第91話 失敗? そんなのは織り込み済みである。



本編とは関係ありませんが、本作がどうやら異世界ファンタジーの週間ランキングの200位に入った様です。(∩´∀`)∩


まぁ……人に言われるまで気が付いてなかったんですが!

だってランキング通知来なかったんだもん……


なにはともあれ、コレも読んでくださった皆様のお陰です!アリガタヤアリガタヤ。

この場を借りてお礼申し上げますm(__)m



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 トマソンを追い出した後、クリンは作業を再開させていた。ノコギリの歪み取りが終わり、成形と切り出しに入るのだが、その前に罫書針と鏨の仕上げに入る。鏨は兎も角罫書針が無いとノコギリの刃の間隔の目安が付けられないので優先的に作る必要があった。


 この鍛冶場にも、ノコギリの刃を切り出せる手動の切断機も有るのだが、この世界のノコギリは西洋のノコギリと同じく「押して切る」タイプのノコギリで、クリンが欲しい日本の「引いて切る」方式のノコギリとは刃の目の間隔と向きが異なり使用できない。


 面倒臭いが金バサミで一々切って行くしかなく、その目安を付けるために罫書針はどうしても必要になった。


 持ちやすい様に角が無い様に金ヤスリで丸く削り、鉛筆の様な形にするだけなので直ぐに終わる。後は焼き入れをして装甲板の時に使った油が丁度温度が保たれているのでそれで油冷却する。ある程度冷めたら取り出し水に浸けたら油をふき取り、先端を尖る様に金鑢で削れば完成である。鏨の方は流石に低温保熱しないと使い難いので後回しだ。


 その罫書針を使い、鍛冶場内にある角出し用の当て板(金属を組み合わせて直角を作る際に角度を決める金属板の事)を定規代わりにしてピンピンと目見当ながらも等間隔に刃になる部分の位置を刻んでいく。


「一枚ダメになったから、今回は縦挽きと横挽きだけだね。まぁ、考えてみれば間に合わせの材料で作るんだからこの二種類あれば何とかなるしね、うん」


 と、大して気にした様子を見せずにクリンが独り言を言うが、実の所少年はノコギリが一本ダメになった事は然程さほど気にしていなかった。


 現代工業機械を用いた工業鍛造でも無ければ、作った品物が十個作って十個とも完成する事など殆ど無い。どんなに腕のいい鍛冶師でも手作業での鍛造で作れば一割から二割は失敗が生まれるのが当たり前だ。しかもコレは名人クラスの話であり「一人前」と言われる熟練鍛冶師でも七割前後の完成率しかないと言われている。


 小説や漫画の様に一個だけ作って全部完成品を作れるようなスーパー鍛冶師など、現実には国宝クラスの名人にも居ない。途中で失敗する物が出て来るのは当たり前なのである。


 今回は実に下らない理由で失敗したが、ただそれだけだ。失敗作が出来る事は最初から織り込み済みであり、だからこそ三枚ものノコギリ用の鉄板を仕込んだのだ。


 いくら熱効率が悪いとはいえ、鉄材に余裕の無いクリンが本来三枚も作る必要は無いのに作ったのはコレが大きな理由である。


 現実世界でも古い時代の刀鍛冶は刀を一本だけ打つと言う事は殆どしていない。大体何本か同じような刀を打ち、成功した物を完成品として扱っている。運良くどれも成功したらその中で一番いい物が銘を切られ世に出て、出来が良く無かったり作者の気に入らない物は鋳つぶされるか、そっと保管されるかのどちらかだ。


 時々出て来る名刀にそっくりな無銘刀とか、無名の名刀と呼ばれる物は、大体こう言う経緯で鋳潰されずに生き残った予備の刀である事が多い。


 話がそれたが、HTWと言うゲームはコレを忠実に再現している頭のおかしいゲームであった。オートモードで制作したり、自動工業機などを用いれば失敗する事はほぼ無いが、その代わり性能が画一であり制作ボーナスも付かない。


 制作ボーナスが付くセミマスターモード以降だと手動で制作必要があり、その際にゲーム側でランダムで選出される「失敗ポイント」を潰して行かないとドンドンと作成成功率が下がって行き、制作中に破損したり性能が著しく低下したりする。


 また、同じ物を作っても微妙に性能のバラつきが出る仕様で、素材のグレードを上げたりスキルを上げたりする事で性能がある程度安定する、と言う現実的ではあるがゲーム的には中々のクソ仕様だった。


 流石にそのままではゲーム的につまらないと言う事で、失敗したアイテムを元の素材に戻せる魔法や、制作精度を向上させるスキルや安定させる課金アイテム等が用意されているので、その辺りはゲームとして機能するように対策はなされていた。


 しかし、それでも失敗する時は失敗するので、熟練のクラフトプレーヤー達にとっては、予め失敗と性能のバラつきを見越して同じ物を複数作るのが常識であった。


 この仕様の為、複数用意出来ないようなレア素材を作成する場合はドキドキ物だし、用心の為に失敗しても素材を保護してくれる課金アイテムを用意していたりした物だ。


 その感覚が強くある為に、ノコギリ用の鉄板が一本ダメになった所で理由はアレだが「失敗が出て当たり前」なので後に引きずる様な事は無かった。


「と言うか、やっぱHTWの仕様って頭おかしいよね。名工のモーショントレースが出来るのは最高にエキサイティングだけどさ。それでも失敗するとかリアル求め過ぎでしょう。まぁお陰で異世界でクラフターやっても順応できているんだけど……何目指していたんだろうね、あのゲーム」


 罫書針で印を付けた所を金切りバサミでバチンバチンと切りつつクリンは思う。ゲームなら別にそこは再現しなくてもいい筈なのに、そこをやってしまうからこそのHTWなのかもしれない。それで前世ではクリンが生きていた時点では百万本の売り上げを達成しているのだから、世の中のニーズはイマイチ彼には分からなかった。





 そんな予想外の仕事と感想を持ちつつも、ノコギリ造りの工程は進んでいき、その日は切り出した刃の均しまでで作業を終え、翌日からは目立てと言うノコギリの刃を一本一本ヤスリで削り出していくと言う重要だがただひたすら怠い作業に入る。


 この日からは普通に仕事をしつつ空き時間を作っての作業だったが、


「ああああああああああ横挽き用なんて作るんじゃなかったぁぁぁぁぁ! 専用のヤスリが無いからやり難いったらありゃしない!!」


 と言う嘆きを上げつつも何とか縦挽きと横挽きの目立てを数日で終わらせ、クリン君が大好きではあるがもっと怠い歪み取りの工程に入る。


 ナイフの時と同じく部屋を明るくして、ひたすら金槌でチンチンと叩いて行く。ナイフとの違いは、こちらの方が薄く幅が広いので残留張力という、金属を互いに引っ張り合う力の方向を見極めて整えて行かなければ歪みが取れないので、さらに時間が掛かる。


 ただ、今回は持ち込みの鉄材が廃材の寄せ集めみたいな物なので、前世の和ノコギリの様な薄さには出来ずやや厚みがある仕上がりなので、そういう意味では本来の和ノコギリの歪み取りよりは楽であった。


 そうやってチコチコと叩いては日に翳して歪みの確認をしていると、


「クリン君、ちょっと良いかな?」


 ノコギリを日に翳したタイミングでそう声を掛けられた。その声で集中が途切れたクリンは一瞬嫌な顔をしながら声の方に顔を向けると、そこにはトマソンが村長を連れてそこに立っていた。例によって集中し過ぎて中に入って来た事に全然気が付いておらず、


『チィ、扉に鍵でも作って掛けちゃうかなぁ』


 などと内心思いつつ、口では、


「こんにちはトマソンさん。槌を振っていない時に声を掛けた点は評価しますが、出来れば作業を中断させないで欲しい所なんですが。これ結構集中力いるんですよ?」


 と、やはり言葉にどうしても棘が入ってしまう。先日の事もあってかトマソンは申し訳なさそうに頭をかく。


「いやぁ、出来れば作業が終わるまで待ちたいんだが、当分終わりそうもないんでね。悪いけれども声を掛けさせてもらったよ」

「まぁ……言われてみれば終わるまで止めないつもりでしたし。村長さんもこんにちは。珍しいですね直接入って来るなんて」


 語外に「時々遠くから覗いているのは知っていますよ」と言う意味を込めて言ったが、村長の方はそれに反応せずに、クリンが手にしている鍛冶道具とノコギリをじっと見つめている。


「うむ……トマソンから話は聞いたが、本当に鍛冶が出来るのだね、君は……」


 挨拶と嫌味を無視されて、クリンはちょっと顔を顰めたが「まぁいいか」と気にしない事にして村長に応じる。


「小屋とこの鍛冶場を借りる時にそう言った筈ですが?」

「確かに言っていたが、普通五歳の子供に本当に出来ると思わないだろう。君だって信じてもらえると思っていなかったんだろう? 出来るとしても、もっと真似事程度だと思っていた。今手にしているのはノコギリかい? そんな物まで作れるなんて誰が思う物か」


「そう言われましても。前の村では気が付いた時にはこういう事やらされていましたので、他の村でもそうだろうとあの時の僕は思っていたので。信じる信じないは、僕から言わせてもらえばそちらの勝手としか言いようがありません」


 少年自身、五歳で鍛冶が出来る異常さは理解しているので、責任を前の村の村長に押し付ける様で心苦しい……事は無いのでそう言う設定にし、信じなかったそちらが悪いと言う風に話を持って行く。その事にこの村の村長は苦笑いを浮かべる。


「相変わらず良く口が回る。確かに勝手に思い込んだ此方が悪いんだろうね。それにしてもどうやったら君の様な子供を仕込めるんだろうね。人間的には好きになれないが、そこだけは素直に凄いと思う所だね」

「多分三歳辺りで家から追い出して何でも自分で作らせて何も出来なければ野たれ死ぬ様な環境に放り込めば、運良く生き延びたらこんな風になると思いますよ。試してみます?」


「……何か昔あった、暗殺者集団が子供を暗殺者に仕立てる時に似た様な方法を取っていたと聞いたのを思い出させるね。私は小心者だからそんな真似はできないな。所で、トマソンから手甲を見せてもらったんだが、中々見事な修理だね。こういう修理は他の物でも出来るのかい? 例えば工具とか農具とか」


 少年のヨタ話に乗ったと思えばサラリと受け流し、村長は本題に入ったようだ。





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ノコギリの製造工程は、本当はもっと詳しくやろうと思ったんですが、考えてみたら間に合わせ素材で作った物を細かく描写する位なら、後でちゃんとしたノコギリ作らせてそこで解説しようかなと思い、飛ばし気味にしました(笑)

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