第87話 地味な物程実は重要である事は良くある事。


書いて思った。

「そうかー、リアル追及するとこんな物も作らせないと辻褄合わないのかー」

と(笑)


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 ノコギリ用の鉄材を再加熱している間、別の工具の加工に入る。こちらの方はノコギリに比べたら大分楽だ。構造が単純なので作るのも楽である。


 だが、鍛冶作業を望んでいるクリンにはこれが無いと始まらない物、それの作成だ。その道具とは——鏨(タガネ)と罫書針(けがきばり)。この二つだ。


 本格的に鍛冶作業に入ったらこの二つは最低限ないと話にならない。指矩(さしがね)や罫挽き(けびき)なども必要ではあるが代用は利く。墨壺を作成済みの現在は優先的に作る程ではない。


 だが鏨は金属の加工の際に代用出来る物がそう無いし、罫書きも精密な加工をするためには無くてはならない物だ。


 鏨は鍛冶場である以上ここにもあるが、この世界の鋳鉄用基準の作りなのでクリンが作りたい鍛造用には硬度が物足りないし造りが甘く感じている。罫書針に至ってはこの作業場には無い。どうやら古釘や金属片で代用していたようだ。


 鏨は工具類を作る際に金属を割ったり溝を付けたり穴を開けたりする為に不可欠で、村を出て行くまでに作らなくてはいけない金槌と金鑢を作る為には絶対に必要になって来る。


 罫書針も今回作るノコギリの、刃の位置を正確に印を付ける為には無くてはならない。目見当で出来なくも無いが、何も難しい事をする必要は無いので作れるのであれば作ってしまいたかった。


 丸太が手に入っていなければノコギリは諦めたにしても、この二つだけは必ず作っていただろう。それ位にクリンには重要な道具だった。

 

 とは言え構造は単純、どちらもただの鉄の塊だ。だが金属に印を付けたりするための道具であるので相応の強度は必要である。


 金属片を板の形に整形し三回ほど折り返して一塊にする。クリンが使っている鉄材は前の村でかき集めたくず鉄だ。この辺りの技術水準を見るに、どれも鋳鉄だと思われる。鋳物に使われる鉄は、鉄鉱石などを炉に入れて炭で加熱して溶かしただけの物が殆どだ。


 製鉄業界では銑鉄と呼ばれ、鉄でも柔らかく溶けやすいために鋳物に好んで使われる。その代わり不純物が多いので以外に脆い。


 コレを熱して叩く事——鍛造を行う事で不純物と過剰な炭素を排斥し、強度と粘りを出した物が製鉄、一般的に鋼鉄と呼ばれる物である。


 必ずしも折り返し鍛錬をする必要は無いのだが、クリンはこのやり方に——ゲームでだが——慣れていたのでその方法を取ったまでだった。


 余談であるが、この不純物を叩き出す工程で結構鉄粉が飛ぶ。前回に輻射熱火傷を起こして凝りていなかったら、この時に細かい火傷を再びしていたかもしれない。


 そういう意味ではクリンの新しい衣服はとても役に立っていたのだった。




閑話休題。




不純物を減らし強度を増したこの鉄を芯鉄にして、上下から普通の鉄板で挟んで鍛着する。これで中心部に硬い鉄、外側が柔らかい鉄で覆われ加工がしやすくなる。


 なんちゃってスプリングハンマーの恩恵は素晴らしく、重要ではあるが簡単な形状の鏨と罫書針はあっという間に整形されて行った。


「ああ、やっぱこれが有ると無いとじゃ大違いだ。こんな手の平サイズの鏨と罫書針を打つだけで今の僕じゃ無理だよなぁ」


 大まかな形に整形されたそれらを火床に戻しつつ、クリンは一人感慨深く思う。ゲーム時代はこの程度の物を打つなど数分もあれば出来たのに、今ではこんな大がかりな装置を作り出さなければまともな鍛造が出来ず、鏨やノコギリの製造もおぼつかない。


 ただ、今のクリンにはコレはコレで非常に面白い。ゲーム時代にこんな事をして鉄を打とうなど考えもせず、この環境でなければやりたくてもやれない事を今やっているとも言える。不自由な自由を楽しむと言えば恰好良いだろうか。一人そんな事を考えながらニヤニヤと笑う。


 そんな事をしている間にもノコギリの方が八百度近辺の温度の、良い色合いになって来る。それをヤットコで掴んで引っ張り出しつつ、


「この色だけで温度を判断するってのも、大概だよねぇ。現代加工ならサーモグラフィで温度計測できるし、ゲームでも課金でだけど温度計測できるし。目見当だけで温度測定していくとか、なんか自分が名工になった気分だよね」


 と、今更ながらもVRで培った知識が現実世界で通じている事に可笑しさを感じる。本人はゲームで遊んでいただけなのに、しっかりと技術者としての技能が身に付いているとか、本当にMZSの技術者達の再現度は常軌を逸していると言いたくなるほど高かったのだと、今更ながらに痛感していた。


 その変態技術者の寵児とも言えるクリンは、異世界で現実に職人として腕を振るいノコギリになる予定の鉄板を延ばしている。まぁ、振ているのはなんちゃってスプリングハンマーのレバーハンドルなのだが……それは野暮な事か。


 やがて十分な薄さと大きさに鉄板が伸び、手槌で形を成形してノコギリに目途を付ける。このまま放置して焼きなましとし、その間に鏨と罫書針も形を仕上げ、同じく焼きなましをしていく。


 そうしたら残りの鉄材を使い、ノミの刃先と軸になる部分の焼成と、鉋用の刃と受け金の焼成だ。これらも鏨や罫書針と同じく、刃先に使う金属は硬い物を、軸となる部分は柔らかい鉄を使っていく。


 なんちゃってスプリングハンマーで折り返し錬成をして錬成した硬度の高い鉄を刃の部分に使い、その上に柔らかい鉄を乗せて鍛着させる。ノミの方が二種類、鉋刃が一種類。どちらもさほど大きく無いので三回ほどの鍛錬で直ぐに整形が終わる。後は金属が冷めてから、それぞれの加工をしていくだけだ。


 こうして、クリンが異世界に爆誕させたなんちゃってスプリングハンマーもどきは、その威力を遺憾なく発揮させクリンの鍛造作業に大いに役立ったのであった。





 と、一日が終わったかの様なノリになっているが、時間的にはまだ昼前である。朝早く日が昇る前から作業を開始したため、これらの作業を終えてもまだそんな時間でしかない。


 元々がノコギリ以外は比較的小さい工具ばかりである。そんなに時間が掛かる訳が無い。とは言え夏が近いこの時期の鍛冶作業は短時間でも大変熱い。


 濡らしながら作業していた服は、途中から汗で態々濡らす必要が無い位にびっちょりになっている。如何に鍛冶好きで近代工業機械モドキを使い作業を簡略化させたとは言え五歳の子供の体にはやはり堪える。


「はぁ、流石にシンドいし汗で気持ち悪い……こういう時は……久々に五歳児の特権を使う時っ! 目の前が水路なのはこの際サイキョーなんですよっ! ってな訳で、りたぁぁぁぁぁんおぶ! ミスタァァァァァァふるもんてぃぃぃぃぃぃぃぃぬっ!」


 全開にした鍛冶場の扉の前で、スッポンポンと景気よく筒型衣とショース、そして自慢の褌を脱ぎ捨てると素っ裸のまま水路に走って向かい、勢いよく飛び込んだのだった。


 小屋の周囲の水路はつい最近、砂鉄を集めるために底攫いして清掃したばかり。それも相まって村の中を通っている水路にしてはかなり綺麗になっていた。


「うっひょぉ~っ、まだちょっと水が冷たいっ! だが今はそれが心地いい! 炎で火照った体には最高ってモンですよ!」


 上機嫌で暫くバシャバシャと水を跳ね上げ、前世であまり出来なかった水遊びを心行くまで楽しんだ。やや浅い水路なので泳ぐのには向いていないのが残念ではあったが。


 しかし、クリンはもう一つ残念な事を思い出した。


「……ハッ!? 考えてみたら別に褌は脱がなくてよかったんじゃね!? 時代劇とかで良く褌一丁で泳いでいたし! うわあ、マジで裸族の海外ニキに毒されたかも僕!!」


 褌を作った今、別にフル〇ンにならなくても良い事に今更ながらに気が付いてしまった五歳児のクリン君であった。






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異世界鍛冶物で手動式スプリングハンマーを出して喜んだり、ドヤ顔で鏨とか罫書針の様な地味な物の解説しているのは私位じゃなかろうか……


 そして、再びフルモンティの登場だ! 名前だけだけど。しかし、ここまで色々と道具が揃って来ちゃったら、そろそろトーマスの出番が無くなって来るな!

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