第86話 文明の利器が無いのなら、作ってしまおうホトトギス。
鍛冶作業はどうしても説明多めになってしまいますね……
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運んだ先にあったのは、丸太と六本もの弓を連結させた複合弓を、拾ってきた雑木で組み上げた奇妙なオブジェの前。形的には)( を横にした六連の弓を、雑木で作った木枠で強引に丸太に括り付けてあるような形のそれは、当然オブジェなどでは無い。
上向き三連、下向き三連の合計六連の弓は上三連それぞれが一番下の弓に向けて通常の物よりも太い弦、いやこの太さなら既に縄だ。その縄で繋がれ、一番下の弓は更に一回り太い弦が張られ、弦の真ん中には柄が折れて放置されていた大ハンマーのヘッド部分が括り付けられている。
そのハンマーヘッドは挙動を安定させる為か、細長い柄が差し込まれて後ろの台座として付けられている丸太にガイドの様に括り付けられたレールに差し込まれている。
この奇妙な物体こそが、五歳のクリンでも鍛造が出来る様にするための秘策。
「じゃじゃーん! こんな時の為に作った僕のご自慢のスーパーまっしーん一号! その名も『なんちゃってスプリングハンマーモドキ君』だぁ!!」
クリンは奇妙なオブジェ——自称スーパーマシーン一号の前に置かれた金床の上に赤く焼けた鉄材を乗せると、スーパーマシーンの横に取り付けてあったレバー式のハンドルを手で上下させる。するとそれに合わせて複合弓が上下に動き、その振動で弓がしなり弦が撓み、括り付けられたハンマーヘッドの重みで激しく振動を始める。
ハンドルを動かせば梃の原理で弓部分が上に持ち上げられて一定の高さに行けば梃が外れるだけの単純な仕組みだ。だがたったそれだけの動きでもハンマーヘッドは上下運動と弓の張力により激しく上下に振られて振動する。
そのハンマーヘッドの上下振動が最高潮に達した頃合で、金床の位置を調節すると——
「パンパンパンパン!」
軽快な音と共に上下するハンマーヘッドが焼けた鉄材を連続で叩き薄く伸ばしていた。
「よっしゃ、予定通りちゃんと機能しているぅ! あの弓作った時、絶対これに使えると思ったんだよねっ! 流石だぜ僕っ!」
褒めてくれる人が誰も居ないので自画自賛しつつハンドルを上下し続けるクリン。
コレはとても原始的な構造ながらも少年が言った通りに現代鍛造では欠かせない工業機械、スプリングハンマー。それの構造を木材のみで模倣して作った、なんちゃってスプリングハンマー「風」の道具である。
本人はマシーンと呼んでいるが総木製であり機械仕掛けの部分は無い。誇大に解釈すればハンドル部分と上下する機構がそれに当たるか。
スプリングハンマーは前世の現代製鉄業、特に鍛造を行う作業において欠かせない道具だ。それまでは人力で何人もの人間が交代で大槌を叩き付けて金属を伸ばしていたのが、この機械の登場により一人での鍛造も可能にし機械による短時間の成形を可能にした、鍛造業に革命をもたらした機材だ。
古くは板バネの反発力を利用しモーターで上下運動させてハンマーを打ち付けるだけの単純な物であり、機構が単純であるが故に丈夫で長い間その形のまま使われていた。
現代では色々と進化し、旧来の板バネ式の物もあればコイル式のバネを用いた物や油圧式のプレス機に近い物などいろいろなタイプがある。
またただの上下運動しかしなかった初期のスプリングハンマーと違い、機械制御がなされて斜めや横にも打てる物が今は有ると聞く。
勿論、クリンが作ったコレはそれには程遠い代物だ。モーターなど付いていないし、本来熱に強い金属でフレームを作る筈が総木造りだ。
少年は生前動画で古いスプリングハンマーを見て、そのスプリング部分をして、
「あ、コレ金属製の弓見たいだな」
と思い、この世界に転生してから強力な弓を作れればこちらの技術水準でも十分模倣できるのではないか、と思った。
実物は見た事がないが、最初期のスプリングハンマーは板バネも弱く、モーターでは無く足踏み式ミシンの様な機構で、足でベルトを回転させる事で上下運動をさせていた、という話を聞いていた。
足踏み式動力にするにはベルトや回転動力部分を作るのが現状では難しかったので、手動で単純に上下運動する機構に変え、金属の板バネには劣るが複合弓の張力なら十分代用できるのでは、と考えたのだった。
人類が最初に作ったバネは弓だと言われているし、実際スプリングハンマーの板バネの形状は弓に酷似している。
出来ない筈はないと思って準備していたのだ。しかし、その際一つのネックがあった。複合弓は確かに強力だ。しかもそれを六本分の弓を一つの弓バネとして利用している。
強すぎるが故に、現状クリンが扱える材料の雑木では重量と強度が足りない為、木枠でフレームを作っても稼働させたら弓の反発力で基部ごと吹っ飛んでしまった。
金属の枠でも使えたら話は別だったが、流石に今のクリンにはそれだけの鉄を用意出来ない。アレコレ工夫して木を組んで強化フレームを作っては見たが、どれも一発で弓に吹き飛ばされて壊れてしまった。
弓の威力を下げるのも考えたが、それをしたらそもそも叩き付ける力が弱くなり本末転倒でしかない。ほとほと困っていたのだが——
「いやぁ、実にいいタイミングでこの丸太持って来てくれたよっ! この重量のお陰でしっかりと地面に設置出来たし反動で吹き飛ぶ事も無い。余計な振動も吸収してくれていうこと無し! マクエルさんはちょっとばかり良い物位のつもりなんだろうけれども、ぶっちゃけこの村で手に入る物の中ではトップクラスだね! 気になるのはこんなクソ重いのどうやって持ってきたかなんだけど……何か普通に担いで来たっぽいのが謎だよ」
クリンにとってはお金や食糧などを貰うよりも嬉しい事だった。ツリーフット肉がこの丸太に、しかも三本にも化けたのだから笑いが止まらない。
コレも価値観の相違と言う奴なのだろう。運搬手段は気になったが、何時も通りに直ぐに気にしない事にした。マクエルやこの村の人にだって隠し事の一つや二つあるだろう。
少年自身幾つも隠している事がある。お互い様と言う事だ。今は有難くこの丸太を有効活用させてもらうだけだ、とクリンはレバーハンドルを動かしながらニヤリと笑う。
この丸太が手に入ってスプリングハンマーの劣化模倣が出来たからこそ、クリンは新たな鍛冶作業に臨んでいる。
流石に現代のモーター駆動式スプリングハンマーには劣るが、それでも普通の大人以上の威力は出ており、子供のクリンでも十分に鍛造が出来るだけのポテンシャルはあった。お陰で作業は捗っている。
これが無ければ少年の筋力的に新規鍛造は諦め既存の物の打ち直しだけにしていただろう。ノコギリなんて打ち延ばしの極使の様な工具を作ろうなどとは絶対にしなかった。
一体何が幸いするか分からない、とクリンは作業を続けながら思っていた。
やがて伸ばしていた鉄から赤味が薄れ、クリンは上下させていたレバーハンドルを止める。ヤットコで鉄材を掴むと上下を入れ替えてから火床の中へと戻した。
今回作る予定のノコギリは一枚だけでは無い。同時に三枚分のノコギリを伸ばす予定だ。それと言うのも、ノコギリは普通の刃物に比べて薄い為だ。
素材が薄いと直ぐに熱が逃げてしまい作業効率が著しく悪い。薄く延ばす素材の場合は最低でも三枚以上を重ねて同時に伸ばしていくのが望ましいとされている。
その為、クリンは今回前世の両ノコでは無く片刃でそれぞれ縦挽用、横挽用、混合挽用の三種を同時に作ってしまう予定だ。
ノコギリは木の繊維に向かって縦に切るか横に切るかで刃の付け方が違う。木の繊維、木目に沿って切るノコギリを縦挽きと言い、刃の目が粗くノミの様に削りながら木を切って行く。対して横挽きは木目を横に切るので目が細かく、カッターの様な刃を八の字の形に配置する事で木の繊維を断ち切るのに使われる。
混合挽きは特殊で、交互に縦挽きと横挽きの刃が並んでいるノコギリで、太い枝の付け根や根の近くなどの、木の繊維が縦と横に複雑に絡んでいる部分を切る為のノコギリである。この三種があれば、どんな木目の木でも一通り加工する事が可能だ。
態々自分で作らなくても、木工所から工具を借りれば良いのではないか、と思うかもしれないが、前世でも大量生産の工具が出現するまでは、各職業の工具と言うのは基本一点物だ。オーダーメイドで頼むか、自分で作るかの二択だ。
そして基本そう言う時代の鉄は高い。各職業に必要な工具一式というのはそれだけで一財産である。それはこの世界でも同じだ。よく現代では「職人という制度は何十年も安価な奴隷を囲う為の制度」などと言われる事があるが、「自力で工具を揃える程の稼ぎを出すのに数十年かかる」という側面も昔は有ったのだ。
そういう財産的な意味もある工具を、そう簡単に貸してくれる訳がない。弟子であるのなら貸出はするが赤の他人に自分の財産を貸す職人などそう居ない。ましてや一点物の工具類、壊されたり変な癖を付けられたりしたら換えがそう簡単に効かない。
だからこそクリンは自分で工具を全て作る他なく、苦労している訳である。正直この鍛冶場が借りれたのは相当ラッキーである。本来借りれない筈の鍛冶用工具が全部そろって使いたい放題なのだ。
そして、この後に来る予定の新しい鍛冶師。実はとても厚遇で迎えている事になる。本来は新しく鍛冶場を開くなら工具一式自前で持ってくる様な事柄だ。それを体一つで来て工具が全て揃った鍛冶場を使わせてもらえるのだから破格も破格である。
今度来る鍛冶師は弟子に元の鍛冶場を譲り、自分は引退するつもりでいたのだが、この条件を提示された為に、工具一式をそのまま弟子に譲る事が出来る。鍛冶師にとってそれは財産相続に等しい。本来は即引退の筈が他人の物だったとはいえ工具付きで移住できる、望んでも簡単に得られない厚遇であった。
村長は職人では無いのでその辺は少し考えが甘かったと言える。無自覚に好条件で鍛冶師を招聘しておきながら、亡くなった鍛冶師の工具をそのまま放置していて錆びさせていたのだから、クリンが手入れしていなかったらブチ切れて移住を拒否していたかもしれなかった。
好条件なのはクリンも同じである。本来借りたくても借りられない鍛冶用具が使いたい放題。しかも都合よく幼い体でも鍛冶作業が出来る環境が整ってしまった。
ならば、最大限利用して村を出て行く前に一通りの工具を作ってしまおうと言うのが今の少年の行動原理であった。
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はい。実はこのなんちゃってスプリングハンマーの構造を思いついたのが、この作品を描こうと思いついた理由だったりしますです、ハイ(笑)
異世界転生物で自力でカンカンするか魔法で便利に整形するような物しか読んだ事がなかったので、こう言うの出したらおもしろそうかなぁ、と思っちゃったんですよねぇ……
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