第83話 真に見るべきはコチラの方?
クリン君の解説講座の第二弾。
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クリンは「揃える物があるので一人で混ぜていてください」と言って外に飛び出していった。残されたマクエルは、仕方なく一人黙々と混ぜ続けた。頼んだ手前怠いからと辞めるわけにもいかずひたすら混ぜ続けるが、多少トロっとしてきた気はするが少年がクリームと評した粘度には程遠く先はまだ長そうだった。
「はぁ……成程、こりゃぁ産業なんか無理だわ。この壷一杯でヒィヒィ言ってんのに産業レベルの量なんざ、そりゃぁちゃんちゃら不可能だわなぁ。簡単でも相当設備整えなきゃやってられんのよ。そしてそんな投資する位なら既にある農業拡大させる方が早いんだわ」
混ぜる手を止めずにマクエルがそうぼやいていると、クリンが水路のあぜから取って来たと思われる野草類を手に小屋に戻って来た。
「おおん? 随分早いと思ったら、そんな草なんてどうするのよ?」
「ま、それは後のお楽しみと言う事で。僕はコレらの灰汁抜きしてますから、マクエルさんは引き続き頑張って混ぜ混ぜタイムをお楽しみください」
「いや、楽しくねえんだわ、コレ……ったく、本当に難しくは無いがひたすら怠いわ」
溜息と共に吐き捨てて、それからまた暫くはひたすら脂を混ぜ続けた。小一時間ほど後、マクエルの混ぜていた壷を覗き込んだクリンが、
「うん……これ位艶が出て粘りがあれば十分です。お疲れ様でしたもう十分ですよ」
と言ったので、ようやく手を止める事が出来たマクエルは自分の肩を揉みながらヤレヤレと溜息を吐いた。
「はぁ~ようやくか……お前さんも前回コレやったのか……」
「ええ。因みにですが今回は僕が監修したので成功しましたけれども、割と失敗も多いですからね。灰汁の出来次第では粘りが出なくて固まらない事もあります」
「……マジか。こんなに時間かけて失敗したら目も当てらんないんだわなぁ……」
「そうですね。と言いたい所ですが、まだ終わりでは無いです。このままだと壷の中で固まって使いにくいので、型に流し込む作業が待っています」
クリンは言うと、大きい葉っぱを敷き詰めた木型をマクエルに差しだした。
「この様に木枠に何か敷いておけば固まった後に取り出しやすいです。今回はこの辺りで良く取れる葉にしましたが別にボロ布でも構いません。さ、移し替えて下さい」
言いながら、自分で削り出したのであろう木べらをマクエルに手渡して来る。それを受け取り木型へと流しいれて行く。
「なるべく、空気が入らない様にしてください。ヘラで慣らしながら入れると良いです。ただモタモタしていると層になって割れやすくなりますから急いで丁寧にお願いします」
「難しい注文何だわなぁ……っと、本当に凄い粘りが出てるのよ。移し難いわぁ」
何とか型に全部流し入れ、表面をクリンに言われた通りに慣らして艶が出るまで整える。
「はい、後は一晩、固まり方が悪ければ二晩放置して、そしたら切り分けて下さい」
「え、切り分けるの?このまま保管したらダメなのか?」
「一晩二晩程度ならまだ柔らかいですが、本格的に鹸化が進むと硬くなって崩れやすくなります。ですので、ある程度柔らかい内に切らないとボロボロになる事もあります。それに小さい方が乾燥が早くなるので、結果的に鹸化が進みやすくなります」
「成程。じゃあ一ヶ月の熟成とやらは切り分けてからの方が良いって事なのよな」
「はい。このサイズだと多分四から六等分が良いと思います」
「これだけ時間かけて混ぜて四個か六個なのか……」
「まぁ一つのサイズはそこそこあるでしょうから、洗濯とかに使わなければ半年、洗濯とか体とか洗いだしたら多分数カ月分、と言った所ですかね」
「そんな物か……量がある様な無い様な……アレだけ長い間混ぜてそれだけなのな……」
「量を増やせばもっと作れますが、その場合混ぜる時間が伸びて失敗もしやすくなります。産業にしてみます?」
「冗談じゃねえのよ。こんな苦労して造れても失敗が出て、挙句に銅貨単位でしか売れないとか勘弁してほしいんだわ、それに大量に作るとなると相当設備だの道具だの人間だのが必要になる位、俺にでも解るわ」
マクエルが心底嫌そうな顔で言うのに、クリンはニヤニヤと笑う。
「まぁ、本来こんなのは副産物ですからね。そんなのを主要産業にしようとしたら割りに合わなくて当たり前です。そしてもっと言ってしまえば、副産物の更に副産物ですからね石鹸なんて」
意味が解ってい無さそうなマクエルに、クリンは笑いながら座って休んでいる様に言うと、竈に向かい鉄鍋でラードを温め始めた。
「本当はマクエルさんとかこの村の人が食いつくならこっちの方の筈なんですよ」
そう言って溶けて来たラードを掬って鉄鍋の中に垂らして見せる。
「あん? それ、ただワイルドホーンボアの脂身を溶かしただけだろうが?」
「嫌ですねぇ、アレだけ何時間も掻き回していて、そんな感想ですか?」
何の変哲もない、と思い詰まらなさそうな顔で答えたマクエルに、クリンはわざとらしく顔を顰めて見せた。その様子にマクエルも改めて先程の脂を思い出す。
「……そう言えばあの脂はイヤに綺麗だったのよな……獣蝋に使う脂はもっと濁っていて茶色だった筈だ……」
「多分、皆さんが使っているのはただの豚脂……この場合はボア脂ですかね。コレはそれを精製して作るラードです。同じように見えますが別の物です」
「ラード……そう言えばお前さん、何度もそれの事をそう呼んでいるのよな……精製といったな、そんなに違うものなのか?」
「匂い嗅いでみます?」
そう言って匙に掬ったラードをマクエルに差しだして来る。
「うん……言われてみればボア脂特有の匂いが無いのよな……何かハーブの匂いかこれ?」
「はい。こちらは食用にする用のラードですから匂い消しに香草類を使っています。こちらの方は作業に使う用のラード……そうですね、工業用ラードとでも言いましょうか。別に食べる訳では無いので匂い消しはしていないので匂いが強いですよ」
クリンはそう言うと、今度は溶けていない白い塊のままのラードを匙で掬って差し出した。それを嗅いだマクエルは眉間に皺を寄せる。
「確かに少し匂うのよな……でも獣蝋に比べれば断然匂いが弱いのよ……コレが精製している恩恵ってやつなんか? 色も随分と白いな」
「はい。豚やボアの脂は下茹でして不純物を出してから脂を出してそれを濾し、更にゆっくりと冷やして残った不純物を沈殿させてその上の部分だけを使います。だから白くなるんですね。それだけで十分匂いが弱くなりますが、慣れていない人だとそれでも臭いので、食用にするのなら香草類を入れて匂い消しをするのが一般的です」
「食用……そういやツリーフット肉をこれに漬けていたのよな……確かにボア臭はなかったが……本当に食えるのか……」
「精製したラードは料理油としても優秀ですよ。今回はそれを解りやすくお見せします」
そう言うと、クリンは麺を売った時に打ち粉にして残っていた大麦粉に水を入れて緩く溶くと、取って来て灰汁抜きをした野草類をその溶いた液体に浸す。
「まぁ、本当は小麦粉と卵で作るんですが……そしてもっと言えば植物油の方が良いんですけどね。まぁラードでやっても旨いと言う話ですし、カツとかフライにするには材料がもっと足りないので、こちらの方がまだマシかなと思って作りますが……」
言いつつ、液体に浸した野草を熱した油の中に入れる。途端に「ジュ~」という軽快な音と油のいい香りが辺りに漂い出す。
「うは、スゲエ音なのな。こりゃオイル煮か? いや、それにしてはちょっと様子が違う感じがするが……」
「これは揚げ物料理、天ぷらです……まぁ、材料が大分怪しいのでかなり『なんちゃって』ですけどね。野草との相性のいい料理です。本当は野菜とか魚系を使いたいんですが、無い物ねだりしても仕方ないですからねぇ」
「ほう……
パチパチと音を上げて揚げられていく野草を見ながらマクエルが何と無しに呟く。
「ああ……そう言えばこの料理、元は外国の物でにほ……ボッター村にやって来た外国の宗教家が宗教儀式の際に食べていた料理なので、神殿を意味するテンプリンが訛って天ぷらになった、とか言う説がありますね」
揚がった天ぷらを手製の菜箸で引き上げつつクリンが応じる。油取り紙とかクッキングペーパーが欲しい所だが、無いので串を並べた上に天ぷらを置いて油を切る。その間に残りの天ぷらも揚げて行く。
マクエルはその手際を感心しながら見つめ「相変わらず変な事を良く知っているガキなのよな」と感想を漏らしていた。
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ラードで揚げる天ぷらは食べた事があるんですが、割と好みが分かれます。ちょっとトンカツ感が出て受け付けない人には受け付けない様です。
私は嫌いでは在りませんでした(笑)
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