第81話 異世界初のラーメンジャンキー、そして石鹸作り再び。
一度中毒になると、中々ラーメン止められなくなるんですよね。
特にジロー系とか……
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クリン的にはこの前のラーメンは未完成も良い所で改良の余地しかない出来だった。そんな物を教えるのは職人のプライドとしてしたく無かったので断ったのだが、青頭マルハーゲンはしつこく食い下がり足にしがみついて離れようとしなかった。
「ああもう……まさか異世界でラーメンジャンキーを僕が作る羽目になるとは……わかった、解りました! 教えますから取り敢えず離れて下さい!」
「ほ、本当っすか? 嘘じゃないっすよね! 放したら『やっぱり止めます』とか言わないですよねっ!? あの素晴らしい麺料理を自分に教えてくれるっすよね!?」
「……チッ、鋭い……ああ、冗談ですから! ちゃんと教えるから! ったくラーメン中毒者は前世でも異世界でも鬱陶しいったらありゃしない!」
あまりにものしつこさにクリンもとうとう折れ、教える事を約束してしまった。しかし、まだ未完成である事、材料も毎回ツリーフットなど使っていられないので、手に入りやすい鳥系の材料に変更する事、材料は自分で集めて持ってくる事などを条件にした。
「あ、あれで未完成っすか……流石自分が夢にまで見る様になったラン麺っす! 燃えてキタっす! 非番の日に森にでも行って鳥狩って来るんで待っていて欲しいっす!」
「はいはい。まぁ、僕が作った物じゃなくて自分で再現したいって言うその心意気はクラフターとしては好ましい事です。ただ、教えられるのはあくまでも不完全なものです。ここでは材料が完全に手に入らないので代用するしかないので。そこから先は自分で改良して、満足のいく物を研鑽してください」
「分かったっす! 絶対に美味いラン麺を作れる様になって見せるっすよ!」
やる気を漲らせてたぎっている青剃りマルハーゲンを、クリンとマクエルは生暖かい目で見ていたが、ふと互いに目を見合わせる。
「所でマクエルさん。自警団的にこう言うのってアリなんすか? 何かこの勢いだと料理人になりそうな勢いなんですが」
「まぁ無しなんだわな。だが自分の生き方だから好きにするしかないわな」
物分かりの言い先輩の様な口調で言うマクエルを、少年は暫くジッと見つめた後、視線を戻して、ポツリと呟く。
「成程。思い込みで失敗するような面倒な人材だから、自警団辞めたら辞めたでそれでいい、という事ですか」
「……勝手に翻訳するのは止めてもらいたいんだわなぁ……」
そんな会話をした数日後、マクエルの非番の日がやって来る。約束通りに前日の夜の内に木灰を鉄鍋で煮込み上澄み液は用意済みである。
「まぁ、この上澄みの作り方は別段難しい事は無いです。水の中に灰を入れて二、三十分煮込んで後は一晩おいて沈殿させるだけです。濾してから置いてもいいですが、アルカリ成分……石鹸を固める成分が十分に出る様にそのまま置いておく方が確実です」
朝から意気揚々とやって来たマクエルに、解りやすい様に別の鉄鍋に灰を入れて煮ている所を見せる。今作っても半日以上はおかないと使えないのだが、灰汁は使い道が幾つもあるので作っても問題はない。
「で、こちらが昨日作っておいた灰汁です。綺麗に沈殿していて綺麗な上澄みが出来ているでしょう?」
「へぇ、こんなふうになるのか。しかし用意が良いねお前さん……」
「何度も押しかけられたら面倒ですからね。どうせなら一発で分かりやすい方が良いじゃないですか」
「ああ、解ってるよ。一々嫌味言いなさんなや、感謝してるってマジで。で、この後はどうするのよ?」
「どうするのよ、と言われても、実は最初に説明したそのまんまなんですよね。脂の中に灰を入れて混ぜる。ただそれだけです。それを扱いやすく灰汁に変えただけです」
そう言うとクリンは壷ごとお湯に浸けて溶かしたラードに灰汁を注ぎ入れるとマクエルに適当に削った棒を渡した。
「おん? 何だコレ?」
「かき混ぜ棒です。言ったでしょう混ぜるだけって。ほら、混ぜて下さい」
「あ、ああ……コレを混ぜればいいんだな」
マクエルは手渡された壷とかき混ぜ棒を持ち、言われた通りにかき混ぜ始める。
混ぜる。混ぜる。ただひたすら混ぜる。黙々と混ぜ続ける。
「……なぁクリンよぅ、これ何時まで混ぜ続けるのよ?」
「ねっとりとクリームみたいになるまでです」
「……なぁクリンよぅ。俺ぁ状態じゃなくて時間で聞いたんだけどよぅ」
「そんなの気候と材料の状態次第です。今日なら多分二、三時間じゃないですかね」
「……マジ?」
「マジです」
「なぁクリンよぅ、お前さん簡単って言ってなかったか?」
「簡単じゃないですか。混ぜ続けるだけです」
「………………マジかよ」
「最初に言ったと思いますが。『時間が掛かって面倒なだけでやり方自体は簡単』と」
その言葉にマクエルは確かに聞き覚えがあったので、大きなため息を吐いて諦め、黙々と壷の中のラードを掻き回し続ける。
途中脂が冷えてきてザラザラとした感じになって来たので、壷ごとお湯に浸けて軽く温める。その間、僅かな休憩である。
「やれやれ……確かに簡単なのかも知れんが、こりゃ疲れるんだわ。良くお前さん前の時コレやったのよなぁ……トマソンの所のガキなら多分数分で飽きて辞めてるわ」
「まぁ、物作りなんて地味な作業を長時間やってナンボです。それを熟してこそいい物が作れると言う物です」
マクエルが作業している間暇だからと、前に作っておいてしまってあった六本の弓を引っ張り出し、何やら加工をしつつクリンが答える。
壺が温まり適度にラードが溶けたのでまたかき混ぜを再開させたマクエルは、壷をかき混ぜつつ見るとはなしにその作業を眺めていたが——
「なぁ、クリンよぅ」
「何です?」
「自分で頼んどいて言うのもアレなんだけどよぅ……コレ、教わって良かったのかね?」
「……はい? ですから何がです?」
「これだよ、石鹸の作り方。お前さん大して気にして居ない様だが、石鹸てな結構な高値で取引される物なのよな。そんな物の作り方を簡単に教えてよかったんかね?」
「簡単に教えるも何も、やってみての通り、ただ脂の中に木灰を煮た汁突っ込んでかき混ぜているだけです。極端な話油の中に木灰突っ込んでそのまま放置しておけば、運が良ければ出来ちゃう程度の事ですよ。教えなくても気が付く奴は気が付きます」
「いや、そうなんだろうけれどもよ……でもよ、もし俺が皆にこの作り方教えたらどうするのよ? 誰でも出来る事ってんならそれで簡単に造れるって事だろ?」
「別にどうにも? 石鹸使ってみんな清潔になっていいですね、って位ですかね。……元々セルヴァン様に技術を広めて欲しいって言われているから寧ろ歓迎ですよ」
「……あん? 何が歓迎だって?」
クリンの最後のセリフは小さかったのでマクエルには聞き取れなかった様だ。しかし少年には別に聞かせるつもりも無かったので「何でも無いです」と言って弓の細工を続けた。
そんな彼の様子に、マクエルは「はぁ」と溜息を吐く。
「解ってないのよな。コレは確かに簡単な作り方なんだろうが、俺がコレを村に広めて、村の産業にしたらどうするのよ? 改良してもっといい作り方が出来れば大儲けできるんだわな」
「へぇ、村の産業に。それは大きく出ましたねぇ。夢があるお話ですねぇ」
いつもの調子で軽く答えて——ふとマクエルが真剣な表情をしている事に気が付く。
「……もしかして、それ本気で言っています?」
「勿論よな。この村は麦でソコソコ潤っちゃいるが所詮田舎の村なのよ。他に産業なんてねえんだわ。ソコにこの誰でも作れる石鹸。これ広めたら村の特産になるんだわ。お前さんがヘラヘラしながら教えているのはそう言う技術なのよな」
「ああ、そう言う……やはり人間は何処の世界でも人間ですねぇ」
クリンは思わず苦笑し、作業していた手を止めてじっと見て来るマクエルの視線を正面から受け止め、珍しく真面目な顔で答えた。
「それじゃあ僕も真面目に話しましょう。どうぞお好きに。教えて産業にでも何にでもしてください。マクエルさんこそ解っていないようですが、それやったら多分十年、良くても二、三十年後位にはこの村は消えていますよ」
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