第72話 ウサギ(モドキ)肉の実食、そして迂闊な5歳児。

 真! 飯テロ回! だけどウサギ肉なんてそう手に入らないから意味が無い!



 

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 小屋にようやく戻り着いたクリンは、さっそく解体した肉を皿に細かく切り分け、それぞれの部位と骨を取り外しにかかった。


 ツリーフットはウサギとほぼ同じく、赤身主体のかなりしっかりした肉質で脂肪が殆どついていなかった。旨いと言われている足の肉はかなり太く肉が詰まっている感がする。


「おお、すんごい色が濃いのなぁ。脂身も殆ど無いし……そう言えば、前世だとウサギ肉は脂が少なくて高タンパクすぎるから、それだけ食べていたら栄養不足になるとかって話だったな……ま、多分僕には関係無いな、うん! これだけ食っていられる程恵まれた生活していないからねっ!」


 クリンが言ったのは前世地球では「ウサギ飢餓」と呼ばれる現象で、古代ローマ時代にローマ兵がウサギ肉ばかり食べて下痢を起こして死亡する事例が多発し、その原因として脂身が少ない事に由来すると結論付けられていた。


 ウサギは極端に脂肪が少なく、牛や豚が約三十パーセントの脂肪を持つのに対し、僅か六~八パーセント程しか持たない。これは競走馬が試合の際の体脂肪率五パーセント前後であるのと殆ど変わらない。


 その為、エネルギーとなる脂質や炭水化物が無い為、肉だけでは栄養不足になるとされている。のだが、まぁコレは本当に肉だけ一ケ月とか二ケ月食ったりしたら起こる事なので、普通の食生活をしている分には大体炭水化物も取るので、それ程気にする必要はない。


 当然クリン君も肉だけ食うなどと言う贅沢は出来ず、何時も通りにライ麦粥と一緒に食べるので問題は無かった。


 夜の食事は旨いと聞いていた足肉を一本丸ごと炙り焼きにし、塩と香草で味付けして麦粥と言う名のライ麦粥と一緒に頂いた。


「うはっ、凄い嚙み応えっ! 匂いもあるけど、香草で十分隠せているし、確かにこれは旨いな! 旨い……けれども、やっぱ脂が少ないなぁ……水分は有るからパサパサでは無いけれども……」


 そう言ってクリンは鉄鍋に残り少なくなってきた食べる用のラードを入れて竈で熱し、炙った足肉に熱したラードを掛け回して加熱し直す。


 技法的には中国の油淋に近い。あちらは最初からだが、途中で油分を足すには悪くない方法である。脂が十分回ったと感じたクリンは、改めて塩と香草を軽くかけ直し、フーフーと息を吹きかけ齧り付く。


「……うん! うんうん、コレだよコレ! 滴る脂と混ざる肉汁! 噛み応えのある肉も油で焼かれた所が香ばしい! こりゃ、次からは最初からから揚げとかにするべきだね!」


 衣が付いていないただの素揚げと同じなのだが、それでもただの炙り焼きよりもラードのコクと旨味の分だけ遥かに旨く感じられる。


 ご満悦の様子で肉に齧りつき、モグモグと咀嚼してから何時ものライ麦粥を啜る。


「う~ん、ビバ炭水化物! やっぱ麦粥は正義! ……実際はライ麦粥で別だとか怒られたけど……何が家畜の餌だよ、こんなに美味い物を家畜にやるなんて勿体ないね!!」


 骨が付いたままの足肉を少し削り落としてライ麦粥に入れ、脂が浮いてきた所を手製の木匙で粥と肉を一緒に掬い口に運ぶ。炭水化物と肉を同時に口にする至福。肉の確かな歯応えと、それをスルスルと流し込む様に滑らかな粥。


 その組み合わせは久しぶりであり堪らなく旨かった。ウマウマと喜び粥をすすり、肉を食べ、すっかり満腹になった少年は満足そうにはち切れそうな腹を撫でながら悦に入っている。のだが——そこでハッとなる。


「違ぇよ現代人だろ僕っ! なんで現地民に家畜の餌扱い受けている物で満足してんのよっ! こんなボソボソゴリゴリでエグ酸っぱいライ麦の粥がそんなに旨い訳ないだろうがっ! ……いや、旨いけれどもっ! でも現代人としてそこで満足したらダメだろっ、味音痴認定されちゃうぞっ!」


 虫や葉っぱ食って満足している時点でもう遅い気もするが、少年は今更ながら自分の粗末な食事に気が付き愕然としていた。


 前世でもそんなにいい物ばかり食べて来た訳では無いが、それでも病院の入院食や晩年に食べていた流動食の方がハッキリ言ってこの食事よりも遥かに美味い。質がそもそも違うし、栄養も計算しつくされた食事である。比べ物になる訳が無い。


「うぬぅ……慣れとは恐ろしい……まさかたった五年でこんな食事でも満足しているとは……決めたっ! 折角自分でお金稼いで自分で狩りが出来る様になったんだ! 装備の充実だけじゃなくて食事面でも充実させて行こう!」


 食事が終わり口を漱ぎ、腹がくちくなりそのまま藁ベッドにダイブしたクリンは、決意も新たにそう誓ったのだった。




「あれ? そう言えば門番二号が石鹸取りに来なかったな? どうしたんだろ……まぁいいや。満腹だし今日は疲れたし……もう寝ちゃおう……おやすみなさい~」


 こうして、激動の一日を過ごした五歳児はスヤスヤと眠りに着くので有った。




 翌朝。早く寝てしまった時恒例の日が昇る前に起きだし、早速昨日取ったツリーフットの毛皮二枚のなめしに入る。


 先ずは竈に火を熾し、外に積んでおいた枯草を持って来て竈の中に入れてワザと煙を出し、木の棒で挟んだ二枚の皮をその煙に翳して燻す。


 これは野生動物には蚤だのダニだのが付いているのが普通で、それを落とすのによく使われる手法である。これ以外にも櫛で鋤いたり水に浸けたり除虫液を掛けたり色々なやり方がある。今回はたまたま乾燥させておいたマリーゴールドがあり、虫よけとしてよく使われているので燻す方法を取っただけである。


 燻した皮を数度地面に叩き付けたらナイフの背でゴリゴリと皮の裏に残っている薄皮や脂身などをそぎ落としていく。小器用なクリンの体で解体した皮には余計な肉が一切残っていなかったので、割と楽に終わる。


 そうしたら、別に取っておいた布を作る際に木皮を煮込んで茶色くなった煮汁に皮を二枚とも浸け込む。これは万が一生き残っていたダニや蚤が居た場合に完全に除去する目的と、木の皮に含まれているタンニンが溶け込んだ煮汁に漬け込む事で皮を柔らかくする昔からある方法である。


 最も、本来はもっとタンニンの多い専用の木皮の煮汁が望ましいのだが、流石にそれを探している余裕は無かったので妥協した。


「これで後は一日浸け込んで干して、毛を抜いて皮の裏をまた擦って浸けての繰り返しだね。やれやれ、やっぱり時間が掛かる……ね……って、ああああああああっ!」


 そこまでやって、とある事を思い出し、クリンは思わず絶望の声を上げてしまう。


「そうだよ、皮の鞣しは時間が掛かるんだよっ! この方法だと確か四ヶ月とか五ヶ月とか、最悪は一年とか掛かるんだよっ! うっわ、この村に居る間に完成しないよっ!?」


 この方法の皮鞣しはタンニン法と言い、丈夫な革に加工できるが天然素材だけで加工する為にとても時間が掛かる。


 現代なら塩基性硫酸と言う化学薬品を使ったクロム法と言う、こちらは数週間もあれば出来る方法なのだが、流石にこの世界にはまだ無い。


 一応、これ以外にも木の棒などでガンガンぶっ叩いて作る原始的法もあるにはあるのだが、こちらも何だかんだで一、二カ月かかる上にかなり疲れる。


 クリンは運よく取れたこの毛皮で鍛冶作業用の革手袋を作り、村を出て行く前に作れそうな道具を作ろうと考えていたのだが、残念ながら皮が出来る頃には早くても村を出る直前、普通にやったら村に出るまで皮を革に加工できずに終わる。


「何てこった……慌てて作る意味が全くないじゃないか……」


 これもある意味ゲーム経験しかない弊害である。幾らリアル志向のゲームとは言え完成するのに何カ月もかけていたら流石にプレーヤーに嫌がられる。


 なので適度な嘘として、クラフターコンセントレーションなんて物を入れたのだし、時間短縮できる魔法があると言う設定も盛り込んである。しかもスキルレベルが高ければ高い程作業効率は高くなり制作時間も短くなる。


 クリンはそのゲームのヘビーユーザーであり高レベルスキル保持者だった。その頃の感覚が抜けておらず、現実でどれくらいの時間が掛かるのかをすっかり失念していた。


「ま、まぁ……何れ必要になる訳だし……作っておいて損はないよね、うん……」


 と、口では言って見る物の、作る物が目白押しである今はどうしても時間を無駄にした感がしてしまい、がっくりと肩を落としたのであった。






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 相変わらず飯テロにならないクリン君でした。


そして、ウンチクが多いのも本作の仕様です! これがやりたくて始めた作品なので諦めて下さい(笑)

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