第60話 異世界弓師(笑)。




 ナイフが砥ぎ上がれば、結構いい時間になっている。クリンは昨日の揚げ芋——敢えてポテトフライとは呼ばない——の残りを入れた麦粥を作り朝食を済ませると、何時もと同じく村の中に向かい畑の手伝いの仕事を貰う。今日は草むしりだけでなく、畑仕事に使う道具運びや囲いの補修に使う材料などの荷運びがメインだった。


 いつもよりも移動と運ぶ物が多かったがもらえる給金は普段通りに銅貨十枚程度。その辺りはもう諦めたので文句も言わずに受け取り、仕事は昼過ぎ位で切り上げる。


 まぁ、村人の感覚では昼過ぎ辺りまでの仕事で銅貨十枚前後は十分多く支払っているつもりらしい。少年の手際が良いので一日分の駄賃を支払っていると言う感覚でいる様だ。


 クリン自身はもう特にその事に付いて何かを思う事はない。ぶっちゃけ金よりも遥かにこの周辺の一般的な考え方や習慣、風習などを知れた事の方が価値がある。


 『どのレベルの物を作れば、少し変な子供位で収まるか』の、とても都合のいいモ

デルケースになってくれている。畑仕事の手伝いや門番ズ(主にマクエル)の前で、この世界にまだ無いであろう物——草抜き器やダブルボウなどを見せても、技術的にこの世界でも再現できる程度の素材で作った物なら「変な物を作っている」で収まりそうだ。


 炭の自作も門番ズがチラッと作業を見たが、まともな炭扱いをしていなかったので、特に何か言われる事はなかった。


 石鹸は微妙な所だったが、ちゃんと説明すればマクエル程度(失礼な言い方だが)でも理解して納得できる程度のレベルで済んだ。


 つくづく炭酸ナトリウムとか酸化ナトリウムを作り出そうとしなくてよかったと思う。流石にそれはやり過ぎだったろう。まぁ何れ作り出す予定では在るのだが……


 ともあれ、この村に居付くつもりはない為、目立つのはもう諦めたが警戒されたり有益と見られて囲われたりするのは避けたかった。


 最も、どうやらこの村の人間はクリンの技術ではなく年齢しか見ていない様なので、この辺りの文化レベルから大きく逸脱しなければ気にされる事は無く、問題は無さそうだと踏んでいた。


 そういう情報収集が主でお金は今の所二の次なので、お小遣いレベルの給金でも普通に仕事をしている。そのせいでお金は殆ど貯まりそうになかったが……


「まぁ、ナイフが出来た今は必要な物は買わないで自作していけるしね。取り敢えずは糸を作るために森に行きますかー」


 薪の追加も欲しい所だったので、昼過ぎからは森に続く裏門に向かう。門を監視していたのは何時もの門番ズのどちらかではなく、クリンが何度か有っただけの名前も知らない自警団の一人だった。特に会話する事も無いので軽く頭を下げて門を抜ける。


 森に着いたら何時も通りに適当な落ち枝で背板を組む。ただ。今日の目的は何時もの薪だけではなく、この背板を組む時にも使った蔓草だ。


 以前の村の森にも生えていたこの蔓草は結構丈夫で、ちゃんと繊維を取り出せれば丈夫な糸が作れそうだと思い、今回はコレも沢山集める。


 ここで早速朝砥いだナイフが役に立つ。これまでは力任せに根っ子から引き抜くか、切れないナイフでギコギコと強引に切るかしていたが、打ち直して砥ぎ直ししたナイフは狙った所をスパッと切り離してくれた。


「うんうん、やっぱりナイフと言うのはこうじゃ無けりゃね。でも前より切れ味が良すぎるから、やっぱ鞘は作らないと駄目だよねぇ。ボロ布巻いて鞘代わりと言い張るのはちょっとおっかないや。ああ作る物が一杯だっ!」


 蔓草を刈り取りつつ、困った困ったと口で言いつつ、少しも困って無さそうな笑顔でクリンは作業を続けていく。


 実の所、満足な道具も無しに一から作り出していく必要がある今の状況は、彼にとっては非常に楽しくやりがいのある状況であった。


「気分はミスタートーマスだね。まぁ素っ裸から始めたい訳じゃないけどさ、自分に必要な道具を最初から自分で作っていくなんて何かロマンあるよねぇ。服も糸から、褌も生地から、ナイフは作り直しだけど鞘は自作が必要と来たもんだ」


 何気にあの海外ニキのあの姿と言うのはクラフター鏡とも言える。それと似た今の状況に、実は密かにワクワクしていたりする。実は意外とドMの気があるのかもしれない。





 そんなこんなをしつつ、纏まった量の蔓草を集めると束にして纏めて置く。そして次に集めたのはそこそこの太さの在る長さ一メートルから二メートル程の、落ち枝を選んで拾っていく。この枝の樹も前の村の森にあった物と同じで、皮が厚く剝きやすいという特徴があった。村ではこの木の皮から繊維を取って服にしていた。


 それを覚えていたので、クリンもこの枝の皮を剥いで布を作ろうと考えている。本当は秋から冬にかけての乾燥しきった時期の皮が良いのだが、この際贅沢は言っていられない。


 落ち枝とは言え一メートル以上の物を選んで集めたのでかなり重い。流石に一度に全部は運べないので、今回は三回に分けて村へと運んで行った。


 次の日からは昼過ぎから糸造りの開始である。と、行きたい所だがその日は皮を剥いで一度洗ったら後は暫く乾燥させるだけである。蔓草も同じだ。カラカラに乾燥するまで出来る事はない。


 なので、木の皮を剥ぎ終わった後は途中で止まっていた弓作りの再開である。門番二号に壊された弓は雑木だが、今回途中まで作っていた物はニレに似た木(西洋圏の弓はトネリコ材が好まれ、ニレはその代用としてよく使われた)の落ち枝で、流石に雑木よりは身が詰んでいていい弓になりそうだった。


 そのニレもどきの枝で弓を作る事八本。最も、実際に弓として使うのは一本。もう一本は予備で、残り六本は弓以外の用途で使うつもりだ。


 ナイフがダメになったせいで出来なかった削り出しを再開させ、中々の手際で枝を弓の形に削り出していく。使う予定の弓は、今回は九十センチ程にしてみた。これはクリンの身長よりも少し短い位の長さで、今後の成長も見越して大き目に作ったので、今の体格だとかなりの大弓になる。


 実はクリン君、この世界の五歳の平均身長が大体百十センチから百十二センチの所、彼は百四センチと小柄だった。四歳位の子供と大体同じ身長である。


 以前の村での生活が生活だったので、立派な発育不良児だ。しかしそれでも重労働をさせられていたので平均的な五歳よりも筋力と耐久性はあったりする。


 まともな食事ができる様になったのはたったの一ケ月ほど前の事なので、まだ身体的に変化は出ておらず、実年齢よりも幼い印象は抜けていない。


「ちゃんとご飯さえ食べられれば、直ぐに背は伸びるはず……うん。大丈夫大丈夫。まだ慌てる時間じゃない。将来に備えて大き目に作っておくのが吉だよね、うん」


 多少の願望が入ってはいるが、まだまだ成長する筈と大き目の弓にしている。以前軽く曲げてあったので、大まかに弓の形に削れば後は鑢を掛けて整えていくだけだ。


 弦は蔓草の繊維から作る予定なので取り敢えず一本は今の所コレで完成だ。残りの予備と六本は曲げが済んでいないので、加熱して曲げてナイフで削りながらの調整が必要になる。


 予備の弓と言っても使では無く、別目的の弓の方の予備だ。こちらの方はクリンが使う用よりも大きい。一番大きいので二メートルが二本。少し短く一・八メートル二本、一・六メートルが二本。予備は一番大きいのと同じ長さで作っておいて、必要になれば長さを切る詰める予定である。


 これらの加工に合計二日掛かった。五歳児にしては正直手際が良すぎる。勿論カラクリがあるのだがそれはまた別の機会にしておこう。

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