第59話 砥いで砥いでまた砥いで。




 翌日。何時もの如く日の出前に起きだしたクリンはさっそく鍛冶場に向かい、ラードの詰まった壷からナイフを出そうとした。


 のだが、ラードなので当然白く固まっている。そして所々に芋のカスが浮いている。流石にこのままでは取り出すのに手間なので、少しだけ炭を熾し軽く温めて脂を溶かした。


 因みに、昨晩はリベンジでちゃんと竈で芋を揚げたが、この辺りで取れる芋は芋ではある物の茎が肥大した物であるためか、油で揚げても変なシャキシャキ感があって前世のフライドポテト程には旨くはなかった。「まぁまぁイケる」と言うのが少年の感想だった。


 そんな事を思い出している内に脂は溶けていく。揚げ物をする訳では無いので溶ければいいだけなので短時間で済む。


 脂が溶けた壷の中から木の棒二本使ってナイフを取り出し、ボロ布で油分を拭い取り改めてナイフを眺める。


 鋳造片刃で実にシンプルな作りのナイフだ。不格好に肉厚だったので叩き出して少し刃渡りが伸び大体十三センチ程、持ち手も金属で少年の手の大きさに合わせて成形したのでこちらもやや柄が長い。多分皮か紐を巻かないと使い難いだろう。


「うん。改めて見ても……自分では絶対作らない形だね。ペーパーナイフみたいなブレード、有るんだか無いんだかわからないヒルト。グリップは叩き出したからまぁマシになったけれども。デザイン的には無いな、うん」


 裏表ひっくり返し、刃先に柄尻を眺めつつブチブチと文句を言う。少年的には不満のある出来の様だ。


 だが、壁際に並べられている道具類の中から金棒を手に取り、軽く刃の腹を叩いてチンチンと音を立て、その音を聞くとニヘラっと笑みを浮かべた。


「ふふふ、流石僕だね! 現実で初の鍛冶で、しかもこんな粗雑な鉄の打ち直しでちゃんと身が詰んでいる音がしてるじゃないかっ! 焼きなましも、硬度よりもやや粘性寄りの感じ、正に狙い通りっ! HTWじゃプラス評価は付かないだろうけれど、こんな環境にしては中々いい出来なんでないの? ウフフフフフ」


 余程嬉しかったのか、自画自賛しヒャッホウと喜ぶ。


 しかし、薄暗がりの中で炉の僅かな炭火の明かりを頼りにナイフを眺めてニヤつく五歳児。傍から見れば割とホラーな光景かもしれない。





 前の鍛冶師が残して行った砥石や水などを汲んで準備している間に辺りも大分明るくなった。閉めていた窓板を開けて室内を明るくして仕上げの研ぎに入る。


 もっとも、前世の西洋圏に文化の近いこの辺りでは日本の専門研ぎ師に比べれば砥石の種類は少ない。荒砥、中砥、仕上げ砥の三つだけだ。しかも痕跡を見るにあまり中砥は使われて居ない様だ。その代わりに荒砥と仕上げ砥は使い込まれている形跡がある。


「へぇ、この仕上げは随分目が細かいね。八千番って所かな? 実際に見た事はないけれどもベルギー砥石って奴の類似型なのかもね」


 ヨーロッパでは天然砥石で高品質として名高いベルギー砥石に似た物がある事に、クリンは思わずニヤリとする。こういう道具を見る限り亡くなった前任の鍛冶師というのは中々こだわりのある人物だというのが見て取れるからだ。


 西洋文化だと仕上げ砥石よりも細かい砥ぎは荒革を使う。その荒革もかなり良い物が揃えられていて、クリンは亡くなった鍛冶師に好感を持っていた。




 水を十分吸わせた荒砥からナイフを当てて砥いでいく。


「うん……前よりも断然硬くなった感があるな。やっぱ焼き入れ焼きなましは重要だね。あ……でもちょっとゴロゴロする感じがするかなぁ? これは硬すぎると言うよりも鉄質のせいかなぁ……」


 荒砥を掛けながら一人呟く。日本の専門研ぎ師では無いのでそこまで砥ぎに精通している訳では無いが、普通に砥ぐだけならHTWで鍛えられているクリンだ。鉄質の違いは感じ取っているようである。


 荒砥を終え中砥を当てる。主に荒砥の後を消してキメを細かくする為の研ぎ。


「ああ、でもこの感じなら中砥は飛ばしてもいいかも……何かそこまで砥げている感じもしないし……これなら確かに中砥を飛ばして仕上げに言っているのも解るなぁ」


 美術刀剣でも無ければ切れ味重視の剃刀や包丁でも無い、質の悪い鉄材のナイフならそこまで細かく砥石を当てなくてもいいかもしれない、とクリンは思う。


 この辺は日本の鉄質を基準に作られているHTWと、西洋世界に近い異世界の鉄との違いと言えるかもしれない。


 中砥を当てるのをソコソコで切り上げ仕上げ砥に入る。ここでもやはり少し研いだ感覚がザラザラした気がする事に、クリンは顔を顰める。


「う~……あれだねぇ……やはりHTWはゲームだと思い知らされるなぁ。こんな感じで質が悪い事なんて実感した事ないや。HTWなら普通に低品質の失敗品として処理されるからなぁ……コレも良い経験って奴かな」


 ブチブチと言いながらもしっかりと仕上げ研ぎをしていく。元が元なのでそこまで時間を掛けても仕方ないと割り切り仕上げ砥も切り上げ、水気を拭き取ると荒革で研ぎ上げる。この砥ぎもHTWでやった事はあるものの、やはり日本式の砥ぎの方が多くそこまで得意でもない。感覚的にこの位でいいや、と思う所で止める。


 砥ぎ上がったナイフを水で洗い、布で拭き取る。以前の鈍らとは違い金肌がしっかりと見て取れる位には鍛え磨かれており、これならナイフとして十分用をなすように思えた。


 右手でナイフを持つと、おもむろに左手親指の爪に刃を当て軽く押す。多少の引っかかりを見せた物の爪の先だけ綺麗にそぎ取る事が出来た。


 その様子にウンウンと頷き、一旦外に出て適当な草の大き目の葉を引きちぎって戻り、ナイフの刃を当てて、軽く力を入れる。切れ味を試すのに本当は紙がいいのだが流石にある訳がないので、柔らかい葉で代用するつもりだ。

中程までは大して力を入れなくても葉が切れていくが途中で刃が引っかかり、そこから葉は破けてしまった。


「うん。ま、こんな物か。別に剃刀でもないしそこまで切れ味なんて求めて無いしね」


 爪の様な硬い物は綺麗に切れ、葉の様な柔らかい物は途中で引っかかる。質の悪い鉄の打ち直しナイフとしては十分な切れ味と言えよう。


「刃こぼれは勿論無いし、刃に傷がついた痕跡も無い……うん、この切れ味と強度があるなら加工用ナイフとしては十分役に立つでしょう! 流石に前のはダメ過ぎたからなぁ」


 少しでも硬い物を切ればすぐに刃がナメて切るのではなく割く事にしか使えなくなるようなナイフでは流石に使い勝手が悪く、今回の焼き入れ焼きなましで、ようやくクリンが求める硬度と切れ味が確保出来た。


「全く、まともなナイフ一本手に入れるだけでこの騒ぎだよ。やはりクラフトに必要な道具は全部自作するしかないだろうねぇ……うん、面白い! 自給自足、完全自作はクラフターの華だっ! こうなったら僕が使う物全て自分で作ってやるもんねっ! 先ずは糸っ! そしてパンツ! じゃなくて褌作りからだっ!」


 漸く仕上がった作り直しナイフを片手に気合を入れ直すクリン君であった。


 ——しかし、別に褌に拘らずに普通にパンツでもいい筈なのだが、クリンがあくまでも褌に拘っているのが、謎と言えば謎である——








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これにて長かったクリン君の鈍らナイフリメイク編は終了です。

引っ張った割には大した完成度では無かったのがちょっと切ない(笑)


ともあれ、ようやくクリン君の制作ツールが一つ完成しました。次回から徐々に物作りが加速していきます。


お楽しみにっ!

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