第56話 一体どちらがチョロいのか。





 元々火傷後のリハビリを兼ねた指の運動がてらのつもりでオカリナを吹いていたので、クリンの感覚では大分たどたどしい演奏だ。


 おまけに顔の皮膚もまだ硬い部分が多く、吹く時にどうしても引っかかりが出てしまうし、皮が剥けた部分の指も実は指紋までは完全に再生していないので穴を押さえる時にツルリと滑ってしまう。


 お陰でピッチは所々間延びしてしまっているし、音の伸びに変な強弱までついてしまっていて微妙に耳障りだ。


 少年的には不満も良い所の演奏だったが、何とか最後まで演奏しきる事が出来た。最後に一際高く音を吹き鳴らし、余韻を残してオカリナから口を放す。


「いや、スゲエなっ!! ちゃんと一端の曲が吹けるじゃないの! しかも何だよその曲!? 聞いた事無い旋律だけどやけに心に響いて来やがるっ!!」


 途端、マクエルがパチパチと手を叩いて褒めちぎって来る。こういう所作は異世界でもやはり同じなんだな、などと思いながらふとロッゾの様子を伺う。そして思わずビクッとして肩を竦めてしまった。


「なっ、何事ですっ!?」

「あ? 何がって……おわっ!? ど、どうしたロッゾ?」


 クリンにつられてロッゾを見たマクエルもギョツとした顔になる。何故ならロッゾは——四角い顔をクシャクシャに歪めて滂沱の涙を流していたのだった。


「ううっ……グスッ……山向こうの拾われ子よ……いや、クリン君だったな……素晴らしい……君の演奏も、その笛の音も実に素晴らしい……」


 グシグシと鼻をすすりつつ、流れる涙を止めようとせずにロッゾは続ける。


「聞いた事のない旋律に笛の音の筈なのに……故郷の山が思い浮かぶ様だ……山々を抜けて徹風、どこか物悲しく感じる夕日に染まる山の森、その間を優雅に飛んで行くガルーダの姿……それがあたかも目の前で実際に見たかのように感じて来る……不思議だ。聞いた事の無い笛の筈なのに、何故か故郷の風を感じた様な気がする……」


 感激止まぬ様子で少年の手を取り、強く握りしめながら言う。が、クリンの内心的には「うわぁ、鼻水ベットリついているよぉ」とドン引きであった。掌がころりと返ったどころかベトベトだ。


「そういやロッゾはずっと南の方にある山国の出身だとか言っていたな。何かすんげえ遠い国なんだよな」


 クリンの訴えかけるような視線に気が付いていたが、マクエルは澄ました顔で無視してロッゾに問いかける。


「うむ。この国から歩いて行ったら何年もかかる位に遠い。生まれる前に部族同士の争いで土地を追われとかで流浪の生活でな。嫌気がさして十三歳で部落を飛び出して以来、故郷の事は忘れたつもりになっていたのだが……」


 ロッゾは山岳民族の出身で、数少ない住める土地を巡って争いが多い国の出身だそうで、そこでの生活から逃げ出した後、キャラバンの護衛団に拾われ護衛として働く事になった。


 そのキャラバンは貴族ともつながりのあるキャラバンであった為、この口調もその時に身に着けさせられた物だ。


 そして内にそのキャラバンが解散したため、冒険者の真似事をしながら幾つかの旅団や商隊に雇われながら各国を渡り歩き、気が付けばこの国に流れ着いた。


 冒険者として本格的に働き出したのはこの国に着いてからの事だ。長年の旅歩きに体がしんどくなって来たと言うのもあるが、そろそろ一か所に落ち着いて仕事をするのも悪くないと思ったのだった。


 そしてこの国で冒険者として活動する事数年。相変わらず護衛の仕事が多かったが結局この国に留まり続けた。肉体の衰えからそろそろ引退と言う言葉がちらつき出した頃、何度か組んで仕事をして気心が知れていたマクエルから誘われ、この村に移住する事になる。


「今思えばマクエルの誘いに乗ったのも、故郷の山とは全然違うがやはり根を下ろすなら山の村にしたかったのだろう。君のオカリナの音にそう思い知らされた」


「は、はぁ……そうですか。それは恐縮です……?」


 何と答えて良いか分からず、取り敢えずそう答えてみるクリン。正直早く手を放して欲しかったが、その気配は全くなかった。


「図々しいとは思うが、出来れば今一度聞かせてもらえないだろうか。同じ曲でも構わないし別の曲でもいい。とにかくもう一度、その笛の音を聞かせて欲しい」


「ええと……それは、まぁ構わないのですが……ですがその前に」

「前に?」


「一回手を洗わせてもらってもいいです?」


 その言葉にロッゾは自分が少年の手を握ったままである事に気が付き、慌てて手を放した。その際微妙に何かが糸を引き少年の眉毛の端がヘニョンと下がったのは内緒だ。




 一旦仕切り直して気を取りなおしたクリンは濡れた手を拭き拭き、オカリナを持ち直す。


「それじゃあもう一曲。えーと。折角だから別の曲にしましょうか。アンデス民謡……ボッター村の辺りの民族曲に鳥繋がりで知っている曲があるからそれにしましょう。本当はチャランゴ……リュートとかギターの伴奏があると良いのですが」


 本音を言えばガルーダは飛んで行くの時にも欲しかったのだが、無い物ねだりをしても仕方がない。前世でも一人でオカリナで吹く人が居たし、その人は足でリズムを切りながら吹いていたのでその真似をすればいいかと割り切る事にする。


「それでは同じ地域の曲でプル・ルナスを。こちらの方の言葉では「鳥の人」と言う意味だそうです。ではお聞きください」


 クリンはそう言うと、オカリナで軽快な前奏を奏で始めた。この曲もHTW時代に好きだった曲で何度も練習していた曲だった。まぁ、コンドルが飛んで行くをアンデス民謡曲に含むのかは議論がある所だが、異世界なのでOKと言う事にしている。


 この曲も演奏ガイドを脳内再生させる必要無く吹き熟せる。前曲で指を動かしたお陰か今回の方がスムーズに吹けている。


 そして足で床板を叩いてリズムを切れば、多少のたどたどしさも有れども軽快でありながらどこか郷愁を誘う音色が小屋に響き渡る。


 今回の演奏も完璧とは呼べないがそれなりに満足の行く仕上がりであり、二人の聴者はヤンヤヤンヤの拍手喝采でアンコール、もう一曲別のを、いややはり最初のをもう一度、とクリンにねだり、すっかり気を良くした少年はそれに答えて計五回の演奏を続けて行う事となった。




「そう言えば、随分調子よくアンコールしていますけれども、時間は良いんです? 結構日が傾いていますけれども。僕は別に構いませんがお二人、特にマクエルさんとか大丈夫です? 次に給料下げられたら奥さんブチ切れませんか?」


「ハッ!? やばっ、少しだけのつもりが結構な時間たってやがる!?」

「ぬっ!? 私とした事が!マクエルじゃあるまいし遅刻などしたら名折れだ!」


「オイコラ、俺をオチに使うんじゃねえよっ! 俺だって遅刻した事ねえよっ!」

「それではな、クリン君。あの様な音色を出せる少年なら間違いはあるまい。また今度そのオカリナと言う笛を聞かせて欲しい。失礼する」


「このロッゾ! テメエコロコロコロコロ態度変えんじゃねえよっ! っと、今度給料下げられたらマジ洒落んならねえっ。それじゃなクリン! あんま変な物つくるなよっ!」


「変な物じゃなくてイカした物しか造りませんよ! ってもう行っちゃった。慌ただしいなぁ……そして前世の曲一発で嫌われてた所から掌コロリとか、チョロ過ぎじゃね、あの門番三号は……」


 どの口が言うのかと言う感じだが、少年の言葉は幸い誰にも聞かれる事はなかった。結果的に、この日の突発演奏会でかなりの指の運動になったのか、足の指も含めて翌日には大分動く様になっており、そのまま仕事を再開できる事になった。
















 そして。マクエルの給料は、同行していたロッゾの生真面目さが知れ渡っていたおかげか、時間ギリギリで間に合ったお陰かは分からないが、下がる事はなかったのだが——


「セーフ! 時間には間に合っているんだからセーフだよなっ!」

「いや、仕事中に体調不良で寝込んでいた子供の家に押しかけ、有ろうことか何曲も演奏させたのだからアウトだろ」


「……スンマセン」

「……申し訳ない」


 後から事の顛末を知った門番一号に怒られ、二号と三号が暫くの間肩身を狭そうにしていたと言う。






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 前回ご指摘があった通り一部キャラのセリフに整合性が取れない部分がでていました。元々はコレを一話にする予定であったので、七千文字オーバーとかアホだよな、と急遽二話に分けた為に説明不足になって居ました。

 なので、前話に一部セリフを足すとともに、この回でも本当は消すつもりでしたが説明箇所を残しておきます。

 なので少々くどく感じられるでしょうが、途中で読んでもこちらの方が分かりやすいかと思いこのままにしました。

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