第53話 回復を待つ日。




 閉じていた目を開く。既にクリンの脳内にはアーカイブがあった痕跡はない。しかし脳内で掘り起こしたレシピはしっかりと記憶に残っている。


「しかし、現実でやるとコレ変な感覚だよなぁ……自前の記憶と言えば自前だし、スキルの恩恵と言えばスキルの恩恵だし……頭の中だけゲームシステムが起動しているというか……うーん……ま、良いか。説明付かなくても出来ちゃうんだしねっ!」


 得意技である「細かい事は気にしない」を発動させたクリンは、作業を再開する為に土間の方へ向かう。


 転生時にセルヴァンがチートは持たせられない、と言うような事をいっていたが、ゲームキャラの記録データも丸ごと記憶として持たせていて、クリンの努力でスキル化出来たりしている辺り、実はかなり確信犯では無いかとクリンは思う。


 チートは「確かに」渡してはいないが、自力チートで何とかしろ、と言う事なのだろうと考えている。まぁ、それは既にチートでは無いと言う気はしているが。


 こう言う仕込みを転生後に気が付いたので、少年は話が違うとボヤきつつもセルヴァンに感謝をしているのだった。


「うん、これ位やれば大分抽出できているだろうね。後はこのまま人肌まで冷ましてから濾してやれば、一応は使える形になる筈」


 クリンは記憶の中のレシピに従い、その中のセントジョーンズワートの加工の部分だけを抜き出して、成分を抽出する作業をしている。


 とは言っても、ただ何時もの鉄鍋で乾燥したハーブを煮込んでいるだけだが。ゲーム時代だとオートモードならレシピを選択し材料を揃えれば完成まで自動で、マスターモードだと、クエスト用に設定だけされている様なアイテムですら、ちゃんと手順を踏んで制作する事を求めて来たのがHTWというゲームだ。


 だがやはりゲームなので、レシピの順番通りの作業をしなければならない。現実となった今は、レシピ通りの物を作らなくても、その工程の一部だけ抜き出して応用出来た。


「こうなると、このアーカイブの価値は跳ね上がるよね。ゲームだと決まったアイテムを最初から作らなきゃいけなかったけど、ゲームじゃないから、本来レシピと関係ない物も、一部工程だけ抜きとれば他の物が作れる訳だし」


 つまり、クリンの発想と応用次第ではアーカイブに無い物をレシピの一部抜き取りに組み合わせる事でほぼ無限に作る方法が見つけられると言う事である。


 今回の場合は、本来は火傷治療用の軟膏を作る所が、その材料の一つに消炎効果があるから、その抽出液だけあれば効果が下がるが薬効自体はある物が作れる。


 その抽出液の粗熱が取れてから煮だしていた乾燥セントジョーンズワートを取り除いて濾すと、予備にしていた亡き村長の服を切り割き幾つかの布地を作るとその液を浸し、ジンジンと傷む顔や手などに張り付けていく。布が当たらない所には液を手で掬って直接塗り込んでいく。……勿論人には言えない部分にもしっかり布を当てたのは内緒だ。


 特に何か効いている様な感覚は無いが、取り敢えずはこのまま大人しくしていようと藁ベッドに戻り、中に潜り込んだ。時間的にはまだ早朝ではあるが昨日の鍛冶作業で意外と疲れていたのか、直ぐにウトウトし始めやがて寝むってしまった。


 昼位に何かの気配に目を覚ますと、火傷特有のピリピリする痛みは引いていた。


「おお、しっかり効いているよ……流石HTWレシピ……いや、この場合は流石MZSクオリティーと言うべきかな。何にしても助かった……」


 実は昨日の夜中辺りから火傷が痛くてあまり眠れていなかったのだ。くっ付いた皮膚はまだ剥がれて居ないので動き難いのに変わりはないが、痛みが引いたのは有難かった。


 一度体に張り付けた布を取り去り、液に浸しなおして再び張り付ける。結局その日の内は何か出来る訳でもなく、藁ベッドでゴロゴロする事と抽出液を塗り直しただけで一日が終わって行った。




 翌日。昨日はほぼ一日寝ていたせいかかなり早い時間に目が覚めた。寝ている間に張り付けた布は乾燥してしまい、全て剥がれてしまっていたが皮膚の痛みは消えていた。


 しかし、流石にまだ皮膚の焼き付きは改善されておらず、指もくっ付いたままで表情も上手く動かせない。


「流石に一日じゃダメか~。これは今日も休むしかないかなぁ……まぁ痛みが無いだけ御の字だし、ノンビリさせてもらいましょうかねぇ」


 まだ日が昇っておらず薄暗い時間で、普段なら朝食前に一仕事始めている所なのだが、動きにくいので藁ベッドの中でダラダラする事にする。


 と、独り言を話した時、表情が動かないのは同じなのだが、何かカサカサした感覚がしたので、何となく頬のあたりをくっ付いたままの指で触ってみる。と——


「お……おおっ!?」


 パリパリとした感じで、頬の皮が薄く剥けて剥がれて落ちた。更にペタペタと触っていると、何か所かの皮が剝がれかかっているのに気が付く。


 慌ててよく見て見れば、掌の端や腕の一部、足の指の一部などの皮が数か所捲れて剥がれそうになっているのが見て取れた。


「おおっ! もう皮が剥け始めているのかっ! 痛みが引くだけじゃなくて、再生もちゃんと早くなっているみたいだっ!」


 嬉しくなり、皮の剥がれそうな部分を摘まんで引っ張ると、ペロンと言う感じで皮が剥けていく。何か楽しくなりそのまま皮を剥いて遊んでしまう。


「本当に日焼けみたいだ……でも、やっぱ剥けた皮の感じが日焼けとは少し違うな。何だろうこの感触……鶏皮に高温の脂をぶっ掛けたらこんな感じになったよなぁ」


 そんな事を言いつつ皮を剥がす事暫し。皮が剥けた部分には新しい皮が出来ているが、敏感になって居る様で剥けた所が痛痒い変な感じになって来た。


「おっと。つい夢中になった……あまりやり過ぎても良く無いし、もう一度抽出液を塗って大人しくしておこう」


 昨日の残りの抽出液に、布切れを改めて浸して顔や手足に張り付けていく。布が足りない部分に液を直接塗るのも忘れない。


 塗り終わるとまた藁ベッドに戻り横になる。別に寝なくてもいいのだが起きていても特にやれる事が無い。


 それに、抽出液を直接塗った部分が少しスースーして、夜明け前の涼しさに少し染みる。ついでにアソコにも。こんな事で季節外れの風邪を引いたらバカバカしい。


 そうやってウダウダしているとやがて眠気に誘われそのまま眠る。目を覚ますととっくに日は昇っていたので朝食にする。


 何時ものライ麦粥だ。やはり手足が動かし難いので作るのに時間がかかり、何時もより加熱時間が長くなったせいか酸味が出てしまいそんなに旨く無かった。


 ちょっとブルーな気分になり、何時もの習慣で食後の一休み。だがやはり眠気に誘われそのまま眠る。目を覚ますと今度は昼過ぎ位の時間になっていた。


「何か昨日今日と寝てばかりいるなぁ……火傷自体は軽くてもやっぱ負担はかかっているのかなぁ……って……お?」


 くっ付いていた手の指が、何本か離れかけている事に気が付き、埋もれていた藁ベッドから飛び起きる。


 手を触ってみればまだ焼けた部分は硬いままだったが、よく見れば指先の方が大分剥がれて来ており、足の指も同じくまだ硬いが剥がれかけて来ていた。


「おほっ……セントジョーンズワートって本当に効くんだなっ! それとも寝まくったから回復が早まったのか……何にしても助かったっ!」


 指の癒着さえ取れれば、多少動かし難くとも何とかなる。


「ふむ……結構剥がれて来ているけれど自然に剥がれるの待っていたら時間かかりそうだし……自分で剥がしてみる……か?」


 強引にやれば剥がせそうだが、迂闊にやると新しく出来た皮膚ごと剥がれてしまいそうだった。だがこのまま自然治癒に任せるよりも少し強引でも自力で剥がすのも有りだろう。


 そう考えたクリンは竈の横の調理場に、この小屋に元からあった調理用ナイフを持ってくる。このナイフもやはり鋳造で焼き入れされていないので切れ味が直ぐに悪くなるナイフだったが、今は逆に切れ味が悪い方がウッカリと力加減を間違えて新しい皮膚を切る可能性は低くなるだろう。


 クリンは慎重にナイフを指と指の間の癒着部分に差し込んでいき、ゆっくりと癒着部位を切り離していく。


「よっ……ほっ……と……はっ……うーん、根本までこのナイフで切るのは怖いなぁ……とりあえずこの位まで剥がせればいいか」


 慎重に、ゆっくりと切り離したので指一本剥がすのに十分以上かかった。それでも人差し指がある程度自由に動かせるようになり、これでもう少し早く切り離す事が出来る様になる筈だ。


 そうして動かし難い指でナイフを操る事一時間。左手の小指と薬指が中程まで、右手が人差し指と中指の間の根本近くが切り離せていないが、大分自由に指が動かせるようになった。










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 しかし、ゲーム内のどうでもいいアイテムにも容量割いて実際に作れちゃう位のレシピを使わせるゲームって、はやり頭おかしいですよね(笑)

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