第52話 転生幼児の ひ み つ ☆




「さて、問題はコレの何処に薬効成分が有ったか、だけど……」


 土間に乾燥したハーブを置き、念のために扉にはつっかえ棒を仕込んで戸締りし、自身は一旦藁ベッドの元に戻る。そこに腰を落ち着けながら、つい辺りをキョロキョロと見渡している自分に気が付き苦笑する。


「こんな所に誰もいないよなぁ。まぁ、問題は今日は誰にも言わないで休みにしたから門番ズのどちらかが押しかけてきそう、って所だけど……まぁまだこの時間なら平気かな」


 これからやろうとしている事は、かなりの集中力を必要とする。一度集中してしまえば他の事に気が回らない程の集中力が発揮される。


 つまり集中している間は無防備な状態になってしまう。以前の村でコレをやっている最中に村長が押しかけ、クリンは気が付く事が出来ずに無反応だった為、彼に腹を立てた村長に無防備な所をしこたま蹴られ殴られ骨を何か所か折られた事がある。


 流石にこの村ではそんな事は起きないだろうし、戸締りもしたので安心だとは思うのだが、あの村での生活でどうしても用心深くなってしまっている。


「よし。それじゃ……クラフターズ・アーカイブ! チェックボックスは火傷用軟膏もしくはセントジョーンズワート!」


 目を瞑ってそう口にすると、クリンの脳内に、ズラリと本が並んだ幻想が浮かび上がる。チェックボックスの言葉に反応し、途端にその本がドンドン数を減らしていき、数冊だけ本が残る。


 と、その本が一斉に開き自動でページがパラパラと捲れていく。


 やがてページが止まり、それぞれのページにクリンが口にした火傷用軟膏やセントジョーンズワートと言う文字が書かれているのが見て取れる。


「コレじゃない……こっちでもない……あった、えーと……聖ジョージの火傷消し……?うわぁ、また適当なアイテム名だなぁ……中堀さんじゃないの、この名前付けたの」


 脳内だけで再生されている本のページに書かれているアイテム名を読み、余りにも安直な名前に前世でアルバイトでテスターをした時に知り合った、いつも眉間に皺をよせていた気難しそうな中年男の顔を思い出した。


 自分では常識人でセンスがいいつもりでいるようだが、面倒臭くなるといつもこんな適当な名前を付ける事で密かに有名だった。


「ええと……作り方は……材料が蜜蝋、セントジョーンズワート、マジョラム、ジャーマンカモミール……ふむ、抗炎症と解熱と沈痛か……で、製法は……ああ、根だけ落として後は丸ごとでいいのか。うん、簡単でよかった」


 目を瞑ったまま頭の中だけに存在する本を読み、ほっと胸をなでおろす。


 実はこの架空の書架こそが、クリンが一番最初に覚えたスキル——クラフターズ・アーカイブである。いや、正確には「自力で編み出したスキル」と言うべきか。


 これこそが、クリンが膨大な知識を持っている最大の理由であり、この世界で臨機応変に対応して生き抜いてきた最大の秘密でもある。


 元々これはスキルでも何でもない。ただの記憶術である。


 転生した時、彼は赤ん坊の状態でこの世界に送られた。しかし、意識と記憶は十六歳のまま。当然何も出来ない赤ん坊の体でいる間は暇である。


 その暇な時間を、前世の記憶を忘れない様に脳内で反芻し、なるべく転生時の記憶を維持できる様に訓練をしていたのだった。


 赤ん坊の時にその記憶の再現をやってみて驚いた事がある。自分の記憶だけでなくもう一人の自分、HTW時代のクリン・ボッターの記憶も全部残っていたのである。


 クリン・ボッターの記憶とは、ゲーム内で取ったスクリーンショットの画像データの記憶や、ゲーム内の町や商店などの構造や配置、値段などの記憶、それとゲーム中にクリンが倒したモンスターの情報や数などのデータ。そして。


 ゲーム時代にコンプリートさせた制作手帳と討伐記録帳——「クリンが経験した職業で作ったアイテムとその製作法、覚えた戦闘スキルの習得法と習得練習法」——が記憶に残されていた。


 それもゲーム時代のアイコンやステータス画面での仕様そのままの形で、一言一句たがわず正確なデザインのまま、完璧な形で。それを完全に脳内で再現できるようになっていた。




 元々クリンはゲーム内の制作レシピは全て記憶済みである。何なら課金で追加で覚えられる特殊レシピも全て網羅している。


 とは言え人の記憶である。一言一句間違えなく覚えている訳では無く、特定のワードを思い浮かべるとその前後の文章が何となく思い出せる。それを脳内で整合性の取れる文章に補完して思い出す、そういう記憶術を元にした記憶法である。多少の食い違いはどうしてもでる。


 それが、「本当に」クリン・ボッターの記憶……と言うよりも直接的にデーターそのものが脳内に入っていたのである。


「全く……何がだよ……殿の間違いじゃないですかね、セルヴァン様。あの人も大概人が悪いよね。いや、人じゃなくて神様か……」


 脳内で制作レシピを再生しつつクリンは思わず苦笑いをする。クリン・ボッターがゲーム内で覚えたスキルは確かに全て消えている。


 現在それを必死に、火傷をしてでも覚え直している所だ。だが、残っている記憶——あのMZSのクリエーター陣が本社マネーを使ってまで作り上げたゲームの、ゲーム内のレシピデータや製作データ、更には戦闘職スキルデータに訓練データまでが詰まった、「アーカイブ」がそのまま記憶出来てしまっている。


 脳内に国立図書館と武道会館の映像資料室が丸ごと入っている様な物だ。


「何が『積極的に何かしなくていい、好きな様に生きて良い』だよ。これ、あからさまに『作れ、広めろ』って言っていますよね、セルヴァン様」


 変態技術者と呼ばれる連中が必死に集めた膨大な量のレシピデータにモーションデーターだ。ゲームが中世モデルの為に技術水準がそれ位だとは言え、その技術でも突き詰めて行けばコンピューター制御がなされる前の時代の水準まで十分発展させられるレベルの物がある。


 戦闘スキルに至っては文字通り各武術の達人のトレースイメージ付きだ。


 しかもミゾグチクオリティのデータである。ゲームデータの癖に無駄に再現率が高い。現実に十分そのまま使えるレシピが山の様にある。そのまま使えなくても多少のアレンジをすれば使える物も同じ位にある。


 藤良衛文ふじよしもりふみの記憶だけでもゲーム内のデータをほぼ記憶しているのに、クリンの記憶データでそれを完璧に補強しちゃっているのだ。


 どう考えてもこれは「そう言う事」としか受け取れないだろう。


 とは言えその時点までは、やはりただの前世の記憶でしかない。時間と共に忘れていく。そこでクリンは前世で身に付けていた記憶方で、データを反芻しアーカイブを脳内イメージとして記号化して記憶する、と言う技を用いて何度も脳内で覚え直しを行っていた。それを何年も繰り返す内、大体三歳位の頃か。


 ただの脳内再生であった前世のアーカイブの記憶が、ほぼHTWのステータス表示の様に、完全に再生できるようになっていた。恐らくスキル化されたのだろう。


 繰り返し反芻をしなくてもデータの記憶が薄れる事が少なくなり、データを思い出すのもスムーズで、今ではほぼゲーム時と同じ使用感で脳内再生が出来るまでになっている。


「これは、多分スキルレベルが上がっているんだろうね。まさかこんな事までスキルで再現できるとは思ってなかったよ。最初から意図してたのか、イレギュラーで覚えたのかは分からないけれども……お陰でこの世界でも何とか生きて行けていますよセルヴァン様」


 赤ん坊の時からの使用頻度が高かったためか、これだけは「多分」ではなく確実に憶えていると確信出来ていた。スキルレベルも絶対に上がっていると断言出来る。


 感謝すべきは無駄なリアリティを追い求めた変態技術者と、解りやすく覚えやすいレイアウトとテキストに固執した苦労人PDと、それを意図してか偶然か分からないが組み込んでくれたセルヴァンだ、とクリンは心の中で思う。


 この「アーカイブ」がスキル化されたお陰で、クリンは色々な道具とその作り方を思い出す事が出来て、HTWで培った技術で作り出すことが出来ている。


 恐らくだが、転生時の会話から想像するにこういう仕込みは、神様的には割とグレーソーンであったのではないか、とクリンは考えている。


「よし、作り方は大体わかった。アーカイブ、クロス」


 クリンが呟くと、脳内の開いていた本は一斉に閉じ、書架の中に戻っていきやがて脳内の書架も頭のイメージの中に溶ける様に消えて行った。






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 はい、52話目にしてようやくできたネタバラシ回です(笑)


 読み返して頂ければ、所々にさり気なくコレを使っている事を示唆する描写が入っていたりします。セルヴァン様も、流石にこの様な状況は想定していませんでしたが、実は飛び切り過保護にクリン君を守って居たんですねぇ。

 数分で拾われる筈のクリン君の入った籠に謎バリアまで張っていましたし(笑)


 本来拾われる予定の家は商家なので、商売のネタには困らない配慮だったのでしょうが、結果としては生き抜く為の最大の援助になって居ました。


ともあれ、余り解説を後でするのも野暮ですので、ここらで〆ます。


 次回もお楽しみにっ!


……一度言ってみたかったんだよな、コレっ!

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