第49話 ー閑話3ー HTWと言うゲーム 中編
引き続き説明話です。 例によって読み飛ばしても問題ありません。一応、読んだ方が話が理解しやすくはなります。
それでは読まれる方はお楽しみください。
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だが結果としてクビになる事は無かった。実は会議の様子は全て親会社であるミゾグチコーポレーションに、全会議がネット回線を通じて流れていた。
その映像を見ていたミゾグチの社長が彼のこの言葉に——何故か——感銘を受け、きわどい内容は全て排除して、企画の初期段階から中堀氏がブチ切れるまでを一時間程のドキュメンタリー動画にしてネットに流してしまった。そしてMZS社名義でこうメッセージを付けていた。
『この様にわが社は本気でゲーム開発に取り組んでいます』
と。これによりMZSが大規模な本格的VRMMORPGを開発している事が世間に知れ渡り、中堀は苦労の多い可哀そうな、だが確固たる信念を持ったプロデューサーとして大々的に知られる様になる。——ババを引かされた男と言うあだ名付きで。
この一件以降、MZSの開発陣は大人しくなった。『遊びをするのがゲーム』と言う中堀の言葉に今更ながら気が付いたのか、彼の意見を素直に聞く様に変わっていた。
「何だかなぁ……一度喧嘩しないと言う事聞かないとか大昔のヤンキーの世界かよ。でもこれでやりやすくなったのは確かだ」
中堀的にはこれでようやくゲーム開発のスタートラインに立てた気分だった。しかし、あの動画が流れたお陰で、自分の尻に火が付いた事も確かだった。
何せ勝手に流されたあの動画は僅か一週間で三千万再生されていた。ソコまで注目を集めてしまえば、今更「出来ませんでした」や「やっぱり辞めます」は通用しない。やったらゲーム業界での自分の人生が終わる。土下座しても元会社に戻れるレベルでは既に無くなってしまっている。
こうして中堀自身も腹を括り、ゲームが不発なら心中覚悟で本腰を入れる羽目になった。漸く開発陣が言う事を聞く様になったとはいえ、いかに別業界でトップのソフト会社でもゲーム開発ではズブの素人ばかり。
中堀一人でこいつ等の監督をするのは不可能だと考え、親会社に乗り込み直々に頼み込んで、中堀の伝手を使って人材を引っ張る許可を取り付ける。
ゲーム業界の長い中堀にはそれなりに付き合いがあり、コネと親会社パワーを使い過去の制作で関わったゲームクリエーターの中から何人かコレだと思う人間に声を掛け、頼み込んで頭を下げて何とかゲームに詳しい人材を確保した。
これらの努力により、ようやくゲーム開発が軌道に乗り出した。開発期間は多少伸びる事になったが、親会社の声掛りのプロジェクトとして期間延長も認められた。
当初、中堀が引っ張って来たゲームクリエーター達とMZSの開発陣が揉めるかと思われたが、元々中堀が連れて来た人材は業界内では職人と呼ばれる一芸特化型のクリエーターばかりである。
同じ職人と呼ばれる者同士、意外と良い組み合わせであった様だ。
一度歯車がガッチリとハマれば、素っ頓狂な事をする畑違いの人間とは言え一流企業で職人を名乗れる連中である。
中堀がこれまでのクリエーター人生で一度も見た事が無いレベルでの猛作業で、山と積まれていたタスクは瞬く間に消化されていく。会議も揉める事は一切ない。実に円滑に物事が進んでいく。
懸念だったMZSの職業訓練ソフトは、流石にそのままでは載せる事が無理であり、ゲームとしても機能しない。
ただ彼らの主張する「物作りの楽しさをゲーマーにも知ってもらいたい」と言うコンセプト自体には賛成していた。彼もゲームを作ると言う、物を作り出す制作者の立場なのでその気持ちは痛い程に理解出来たからだ。
そこで大幅に簡略し、クラフト作業の度に作成作業をさせるのもゲームテンポが悪くなる為、性能向上時のボーナスゲームとして、ちょっとしたタイミングゲームや音ゲーの様なミニゲームを実作業の代わりとして組み込む事で、何とか折り合いがついた。
本格的な職業体験がしたければ改めてMZSの訓練ソフトで体験すればいい、と言う仕様だ。これにより開発者チームの溜飲も下がる事となり結果オーライになった。
気が付けば、期間延長が必要無かったのではないかと思われる程の急ピッチで開発が進められていく。そして延長期間を使って質を上げようとして行く始末である。
どうにかまともなゲームに仕上がりそうだ、と中堀が胸をなでおろした時。狙いすましたかのようにそれは起こった。
彼は油断していたのだ。仮にも変態企業と呼ばれる様な会社の連中が、自分を曲げてミニゲームでお茶を濁す様な真似を良しとする訳がない事に彼は最後まで気が付けなかった。
「や…………やりやがったな、あの変態共め! くそがっ!! 最近大人しかったからと油断したっ!!」
中堀は余りにもの悔しさに歯ぎしりをしたと言う。それにしても随分と口が悪くなった物である。彼自身も転職してから口調が荒くなった自覚がある。
それは、例により彼が出張で居ない時に提出され知らぬ間に可決されて、気が付いた時には実装されてテスト段階にまで入っていた。
そして今、彼の手元に一枚の紙切れ。仕様変更の通知書だ。
『以前より開発が進められていた、アップグレード版職業体験シミュレーターの完成に伴い、HTWへの実装とテストプレイが本日○○時より第〇開発室で行われます』
通知書にはそう書かれていた。そして嫌がらせの様に少年漫画週刊誌並みにぶ厚い仕様変更書までセットで彼のオフィスに届けられていた。
奴らは諦めてなどいなかった。聞き分けても居なかったのである。有ろうことか中堀が連れて来たクリエーター陣を取り込み、ゲームに負担のかからない方法での実装を模索し中堀の預かり知らない所で実現まで漕ぎつけていやがったのであった。
しかも基幹のプログラムはダウングレードではなくアップグレードである。ぶっ飛んでいるにも程がある。彼らは最初からコレを入れる気満々だったのである。
当初中堀が訓練ソフトの実装に反対した理由は、まずそんな面倒な事を全プレーヤーに求めていたらやる訳が無い、と言う部分。そこは選択式とし、通常モードなら普通にシステム上の処理で終わらせ、時々ランダム発生するボーナスミニゲームをクリアすれば性能アップが見込めると言う従来の仕様のまま。
ただ、任意で選べるマスタースミスモードと言う、実際に職業訓練シミュレーターで各職業の制作作業を行う事により、ランダムで起きる性能アップボーナスを、増減幅を押さえて確実に出る仕様にする。
これにより一部のマニアは必ずこのモードで遊び、ライトユーザーは従来仕様で楽しめる様に配慮している。
次に問題にしたのは容量である。選択式にしたとは言えダウングレードのシミュレーターですら容量オーバーでゲーム内容が削られてしまうと言うのに、載せられる訳が無い。
その部分は専用の別サーバーを態々組み上げ、マスタースミスモード選択時にサーバーを移動、そのサーバー内でのみの専用シミュレーターによる作業と分割すれば、後は相互通信で容量はどうとでも調整できる。
幸いその辺りの仕込みは中堀が連れて来た連中が詳しい。彼らがノリノリで協力し、アップブレード版のシミュレーターでも問題なく動く環境を作り上げた。
「だぁぁぁぁぁぁぁっ! アイツら変態共に感化されやがったっ! だから職人なんて連中は大っ嫌いなんだよぉぉぉぉぉぉぉっ!」
暴走を止める為に呼んだ同僚達が
そして、最後に問題となったのが、シミュレーター内でそんな長時間の作業を要求したら、プレーヤーのゲーム時間が確保出来ない、と言う点。ここも奴らは乗り越えて見せた。
親会社であるミゾグチコーポレーションが医療関係者と共同開発した医療用VR機。この機器は体が動かなくなった人間に、仮想現実世界で仮初の身体を与えて自由な行動を取らせる事を目的とした機械である。肉体と神経を切り離し、VR機が神経信号を読み取って仮想現実でそれを仮の体で再現させるこのシステム。
肉体と思考が切り離される為、肉体が受ける制限からも逃れる事が出来る。つまり、思考すらただの電気信号のやり取りと言う事だ。肉体を介さないのであれば磁器信号だけのやり取りは高速で行える。
つまり「脳内だけでの思考の加速」が出来る。つまり現実よりも「思考上のみ」で時間を早める事が可能である。その速度は今の所最大七倍までとされている。研究次第では一二倍速まで出るのではないかとされていた。
この技術に目を付けたのがMZSの変態技術者達である。親会社といえ自社技術みたいな物。自社技術を使わない理由は無い。立っている者は親でも使えと言わんばかりに本当に親会社をこき使いその技術を流用したシステムを組み込んでしまった。
現状ではまだ思考加速法による影響がどれだけあるか分かって居なかったので、医療関係などの例外を除いて、原則一度に思考加速していられる時間に法で制限が設けられていた。
それもこの変態技術者達にとってはうってつけだった。ゲームその物の時間は加速できないが、クラフト工程中だけ加速させれば法にも抵触せずゲーム時間もそこまで損なわない。喜々としてこの技術を入れ込んでしまっていた。
その他幾つもの細かい変更により、言わば「二つのゲームを二つのサーバーに分けて相互通信で一つのゲームとして遊ぶ」と言う無茶な仕様で、本来据え置き型VR機の処理能力全てを使って動かしていた職業訓練ソフトを問題なくゲームに組み込んだのだった。
「ああ、確かにこの仕様ならあのクソ重たいシミュレータープログラムをゲームに組み込めるだろうよ、だがな、コストって物があるだろうがっ! どう考えたって一般的なゲームの値段に収まらないだろうがっ!!」
この方法の場合、当然新たに作ったアップブレード版訓練ソフトのコストも加味される。加えて別サーバーの増設費用に維持管理なども加わる。どう考えても通常の倍の値段でゲームを売らなければ採算が合わない筈だった。
だがコレも思わぬ形で乗り越えて来ていた。担当者を呼び出し怒鳴り付け、コストの問題を問いただしたら、奴はニッコリ笑ってこうのたまった。
「大丈夫です。製品の値段が高いのも
と。つまりミゾグチコーポレーションも既に了承済みの案件であると言う事だ。
「ぬがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 本っ当に親会社が無駄に金と技術を山と持って居る変態企業ほどに厄介な物はねえなぁっ!! どうなっても俺は知らんぞっ!!」
しかもそこにゲーム業界の人材まで足しちゃったのは中堀本人である。ある意味自業自得と言えた。ついに彼はやけになって匙を投げた。
そもそも親会社からして、既にこのゲームで儲ける事を考えていなかった。中堀が会議室で暴れた段階で、既にゲーム業界でシェアを確保する事よりも、ミゾグチの技術力をゲーム業界の奴らに見せつけてやる方向にシフトしていたのだった。なので持てる技術と金とコネはトコトンつぎ込む積りであった。
伊達に医療工具の世界に殴り込みに行った会社では無い。ゲーム業界でも同じことをして見せる気満々である。
本気で大人気ない奴らだった。
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ああ、終わらなかった……いや、本当は終わらせられるんですよ。でも……
流石に1話で七千文字とか八千文字オーバーとか突っ込んだら皆さん怒りますよねぇ……
なので泣く泣く分割しました。閑話は一応次で終わりです。
しかし、思いの外中堀氏が苦労人になって行ったなぁ……
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