第50話 ー閑話4ー HTWと言うゲーム 後編
思いの外長くなった閑話回も今回で終わりです。
前回までと同じく、この回も読み飛ばしても特に問題は在りませんが、読んでいただける方が、物語が楽しくなると思います。
それでは、お読みになる方はお楽しみください。
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このアップグレード版職業訓練シミュレーターの実装で、既にゲームと呼べない何かになってしまったHTWに中堀は頭を抱えた。
当然だ。こんな前例のない物をどうやって売ればいいのか彼にはさっぱり思いつかない。
ここで、彼の福音となったのが当時、ミゾグチコーポレーションで医療用VR機のモニターをしていた関係で、そのまま親会社の声掛りでテストゲームプレーヤーとして引っ張って来た一人の少年——
実装後の稼働実験で実際にアップブレード版の職業訓練シミュレーターを体験した彼は、こう中堀達に告げた。
『コレはゲームじゃないですね。ただの訓練シミュレーターです。コレをこのまま実装したのは頭おかしいとしか思いません』
極まっとうなゲーマーとしての意見に、中堀はようやく自分の理解者が現れたと感動し、開発陣はゲームのターゲット層ど真ん中の年齢の少年にバッサリと切られてがっくりと肩を落として落胆した。
『これゲームですよね。しかも自由度の高いRPG。何でも作れて何にでも成れるってのが売りの。それ、つまりやりたくない事はやらなくていいって事ですよね。でも現状何か作ろうとしたらコレ、必ずやらされますよね。それってどうなんです? しかも戦闘職選んでいたらそもそもこのシミュレーター全くの無関係ですよね。絶対に不満出ますよ? 仕様自体は大して面白くも無くて面倒多いのに。馬鹿じゃないですかね』
回線のスピーカー越しに聞こえる少年の正論どストレートパンチに、さしもの変態職人軍団も悶絶した。正にグウの音も出なかった。そして援護してもらったはずの中堀自身も一応責任者なのでコレを許可した形になってしまっており、非常にソワソワしてしまっていた。
「でも」と少年は続けて言った。
『このシステム自体は、僕の様な人間には大変興味深いです。僕はもう治る見込みは無いですから、VRの世界で色々な職業の、それも専門家の仕事を見れて体感できると言うのはある意味感動ものです。望んでも現実では絶対に無理ですから』
テスターを引き受けている衛文は筋力や免疫力などの身体機能が低下していく難病を患っており、この時はもう歩行が困難になり、呂律もやや怪しくなっていた時期だ。病院からテスト中の医療用VR機を使ってネットワーク回線越しにテストに参加している。
『それに、同じような病気やケガから回復して復帰できる人達には、この機能を使って学習とか出来ますよね? それが出来れば回復後に勉学で後れを取る事が無くなる。若しくは手に職を付けられる。それは多分、とても良いことだと思います』
余命宣告を受けている少年の、スピーカーの合成音越しではあるが、それを全く感じさせない朗らかな口調に、中堀は思わず目頭が熱くなる。
彼自身はまだ未婚であるが、自分に子供が居たらこれ位の歳でおかしく無い年齢であり、どうしても感情移入してしまう。
『でも、やっぱり僕はゲームがやりたいなぁ。このままじゃ本当に学習用体感教材ですよ。もっとこう、ちゃんと遊ばせてもらえません? 例えば、マスタースミスモードと言うのがあるんだから
全部再現していたら時間も容量も勿体ないので制作作業工程の中から面白い所だけを抜き取り、ミニゲームなんてセコい事言わないで本当に職人の動きをリズム化して、それをゲームとして再現出来れば、遊びでは在っても少し踏み込めば結果的に訓練になる、そんな仕様にしてはどうか、と衛文は提案してきた。
子供は遊びから学ぶ物。そしてゲームは子供の遊び。最初から学ぶ事ではなく、先ず遊ばせてそこから学ばせる。ゲームの中に学習系ソフトを組み込む事に何か意味があるとすればそう言う事では無いのか、とこの少年は問うてきたのである。
この問いに、さしもの変態技術屋集団も心を動かされた様子である。テスターである衛文の意見を全て取り入れ、再現する為に一度完成したアップグレード版をさらに魔改造し、新たに武術系の学習データを入れ、モーショントレースによる疑似体験、更にはシステムアシストによるそれの疑似的再現が出来る様に仕上げた。
また、ゲームだけを遊びたい人向けにはこの制作過程を飛ばす代わりに、一、二分程の制作タイムがかかり、制作側が用意したデフォルトの物を多少カスタムできる程度の仕様にし、マスタースミスモードではセミマスターモードを追加。
システムアシストで現実の匠と呼ばれている職人達の実際の動きをオートトレースで体感できる様にし、微量ながらも製作品に性能アップボーナスが付き、部分的にデザインを変更した物が作れる様になり、マスターモードではシステムアシストが入る物の、匠の技を自力で再現するモードが加わった。
制作ボーナスはセミモードとほぼ同じだが、性能面は弄れない代わりに外見は完全カスタムが出来る様になる、と言うマニア心を擽る仕様に変更した。
戦闘職向けのモードも、コレと同じく、スキルを覚えるためのオート訓練モード、武術の達人の動きをトレースして体感できるセミモード、達人のデータと実際に戦闘を行い戦って覚えるマスターモード。このマスターモードの場合はスキルで覚える技の名前や、エフェクトなどを自由にカスタムできる、所謂「オリジナル技」を作れる仕様にして、HTWに組み込まれた。
このシステムは制作職戦闘職共に「マスターモードシステム」と名前を付けられ、このモードをプレイする間に限り、七倍速で体感できる仕様となり、本ゲームの目玉システムとなった。尚、マスターモードは制作なら各職の製作場、戦闘なら各武術の訓練場や道場でないと発動しない様に設定されている。
因みにMZSの開発陣はこの魔改造を、納期を遅らせる事無くやってのけた。何なら納期よりも前に仕上げた位である。変態技術者の面目躍如と言った所だろう。
この改良により、ようやくゲームとしての体裁を整えたHTWは、その後何度かの改良を加えられ、満を持してのお披露目となった。
ココまでの改良が加えられた上で、それでも余りにも職業訓練チックなこのゲームは、前評判で「ゲームであってゲームでは無い、別の職業体験学習的な何かだ」と評価を受けた。
それを聞いたチーフプロデューサーである中堀は激怒してこう言ったと言う。
「馬鹿野郎! これでも超絶マイルドになってんだよ! ちゃんとゲームとしても機能しているだろうがっ! 文句があるならお前がPDやりやがれっ、喜んで何時でも代わってやらぁ!」
と。そんな中堀氏であるが、彼は後にHTWについて平然と「俺の作ったゲームの中で一番嫌いなゲーム」と公言して憚らなかった。
それ程彼は苦渋を舐め苦労を重ねて来たのだ。開発が終わって清々したと言うのが本音であろう。だが、同時に人から「貴方が一番面白いと思うゲームは何ですか」と聞かれた際は、必ず苦虫を千匹嚙み潰したような顔になり地獄から響くような声で、
「HTWだよっ! ムカつく事にアレより面白いゲームを俺は作れてねえよっ!」
と答えていたと言う。
そうして。蓋を開けてみればHTWは製品版ダウンロード版合わせて最終的に百二十万本を売り上げると言うミリオンセラーを達成し、VRMMO市場で初の快挙を成し遂げたゲームとしてゲーム史に名を遺した。
しかし。これだけ売れた作品ではあるが、製品版の価格が他のゲーム二本買えるのと同じ位の価格であった事と、開発費が莫大な金額になっていた事が響き、売上的には課金を合わせてトントンか微妙な黒字に収まっていた。
ミリオンセラーを達成していても、会社的には結局「微妙な売り上げ」と言う結果になってしまっている。まぁ、ミゾグチコーポレーション的には想定範囲内だったらしく、中堀氏の進退問題にはならなかった様子である。
会社的には「ゲーム業界の奴らに技術力を見せつける」という本来の目的は達せられたので、十分満足したらしい。いや、ゲームを作るのが目的だった筈だが。ミゾグチコーポレーションの中ではとっくに本末は転倒していた様子だ。
流石『変 態 企 業』である。
こうして
「何でもかんでも現場仕様の強度持たせて喜ぶんじゃねえよ、この変態共がっ! ゲームプログラムに現場仕様なんてネエし要らねえんだよっ!!」
と言う罵声を上げていたと言うが——それはまた別の物語である。
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以上で閑話終了です。本編でクリン君が何故5歳であんな技術を持ち合わせていたのかの、いいわk……ゲホンゲホンっ! もとい、説明の為の閑話です。
こんな頭のおかしい開発陣が作ったゲームの完全マスターモードで平然と遊んで居たので、あそこまでの技量を身に付けていた、と言う設定になって居ます。
まぁ……現実でミゾグチコーポレーションやMZSが実在したら相当アホな会社なんですがっ! こんなゲームは現実には有り得ませんからねぇ(笑)
ただコレ書いていて一つ分かった事があります。
「モデルにした会社が最初から変態企業だと、それを分からない様に脚色したら本気でぶっ飛んだ企業にならざるを得ない」
と言う事です。いやぁ、勉強になった(笑) 次にモデルにするなら普通の会社にしましょう、うむ。
……え? 殆ど某Mの会社そのままじゃないかって? ……サテナンノコトヤラ。
そして、密かに医療用VRのモニターとこのゲームの開発協力で、実は生前のクリン君はソコソコのお金持ちになっていたと言う裏設定もあったりします(笑)
中堀氏はこれ以降ツンデレPDと呼ばれたりする、という設定もあったり。
次回から次章突入です。
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