第33話 転生幼児、欲しかった情報を得る。

「なぁ、悪かったって。いい加減機嫌直してくれないかな」

「フンっ!」


 未だにプリプリと怒っているクリン少年に、背中に彼には小さな背板を背負い、前にも背板を括り付け、片手に細かく砕けた木片を入れた籠を手にしたトマソンが声を掛ける。



 流石に済まなく思ったトマソンが、門を閉めて夜間の見張りと交代した後、お詫びとして薪を運ぶ事になっていた。


 籠はトマソンが面白がって砕いた薪で、一応使えなくはないので門の詰め所に設置されていた籠を使って全部持ち運んでいる。


「悪気はなかったんだ、本当だぞ? 思いの外その木剣の使い勝手が良くてなぁ。ただの木の棒かと思いきや、ちゃんと武器として使えるなんて考えていなかったからつい夢中になってしまってな」

「護身用に作ったんですから、使えて当たり前なんですが」


「いやいや。だってお前、ただ木を削って鉄片埋めただけだろ?子供の玩具にしては凶悪だが、ちゃんと武器として使えるなんて思わないぞ、普通」

「元にしたのが大昔の民族が主力武器としていた物ですからね。時間と材料が無かったんで作りが雑なのは認めますが、立派な武器ですからねこれでも」


 未だ機嫌が悪いままだが、作成した道具に話を振られてしまえば、つい自慢したくなると言うのがクラフター心。話を変えていると分かってもつい答えてしまう。


「昔の民族? 聞いた事が無いな。しかし前から思ったがクリンは随分物知りだな」

「この名前を貰ったクリンさんから色々教わりましたから。何でもクリンさんが住んでいた地域の、更に遠方に住んでいた民族で、その土地では木材が豊富に取れましたが鉄とかは余り取れなかったんだそうです。鉄の武器を作るには量が足りないので、こういう風に部分的に鉄の板を埋める事で木製の剣に鉄製の武器の特徴を持たせているんです。石を研いだ物で代用している事もあったそうです」


 物に歴史あり。クリンは物を作る事が好きなのは、こう言う自分に足りない物を、足りないと終わらせずに創意工夫で乗り越えて来た、その姿勢が道具を通して垣間見える気がするからだ。


 武器に限らず道具類は全てにおいて、そういう工夫の痕跡が見られる。過去の道具を作ったり模倣したりする事で、当時の道具類の設計者の苦労の一端が覗ける様な気がして、クリンはクラフターと言う沼にどっぷりとハマって行ったのだ。


「成程なぁ……それでこの形なのか……ただ、武器として見たらやはり木製、強度的に鉄には劣るだろ。それに何と言っても軽い。武器としては威力が足りないんじゃないか?確かに薪は切れたが鎧を着ている相手には難しいだろう」

「ああ、そこは割り切って、金属部分は丈夫なので、後は手に入りやすくて加工しやすい木材を使う事で壊れる前に傷んで来たら直ぐに取り換える、と言う事でクリアしているようです。威力は……まぁ使い方次第ですよ」


 クリンはそう言って腰紐に通した木鉄剣を抜き取ると、柄尻の部分にある輪に指を引っ掛けてグルグルと回して見せる。


「で、同時に腕や体も振り回して、遠心力を付けて叩きつけるのが当時の使い方らしいです」

「ああ、成程。そういう使い方なら寧ろある程度軽い方が良いのか」


「はい。で、もっと威力を出したかったらこうしていたそうです」


 一旦立ち止まり腰紐を解くと、その端を輪に結び付ける。クリンが着ている服は袋状の生地に頭と手を通すだけの簡素な服、この世界でも一般的な衣類である筒型衣チェニックなので腰紐をほどいても単に動きやすい様に止めているだけなので、取っても服がはだける事は無い。


 体の横で縦にビュンビュンと紐を付けたマクアフティルを振り回し、歩いていた道の脇に生えている草目がけて勢いよく投げつけると、木鉄剣は重い音を立てて草を吹き飛ばし先端部分が地面に埋まる。


「と、まぁこんな感じです。このマクアフティルを使っていた部族では皮鎧が主流だったのでコレで十分な威力だったそうです。あ、文献だと後年その部族の土地を狙って、金属鎧を着こんだ兵士が攻めて来たそうですが、その時もこの方法で威力を底上げすれば十分倒せたそうです。まぁ苦戦はしたそうで結局その部族は滅んでしまっていますが」


「良く知っているな、君は。そういう謂れの武器だったとはなぁ……成程、道理で木剣の先端にまで鉄板が埋められている訳だ。最初からそういう使い方なら納得だ」


 埋まったマクアフティルを地面から引き抜くと紐を解き、腰に巻きなおして再び歩き出す。それに合わせてトマソンも歩き出しながら感心した声を上げる。


 こんな原始的な見た目でなかなかどうして、しっかり考えられている武器だ、と彼は口の中で呟く。


「やっぱり門番だけに、武器とか見ると興味が沸きますか?」

「まぁ、門番だからという訳では無いが……そう言えば昨日マクエルが行ったそうだが、その時に聞いたろう? 俺は町の衛兵上がりだからな、どうしてもこの手の物には目が行ってしまう。職業病ってやつだな」


「初耳なんですが」

「あれ? 昨日マクエルが色々話をしたと言っていたぞ? 町の話もしたと言っていたが」


「してませんね。町での習慣の話にはなりましたが自分の事は何一つ話して無いですね。あの人がしたのは僕の作業中に、押しかけて、邪魔して、話の流れで人の弓で遊んで、ぶっ壊して、帰って行った。だけですね」

「何やってんだアイツは……」


 本人がこの場にいたら全力で抗議しそうな事を言うクリンに、トマソンは呆れた声をだすが、少年の方はジットリとした視線を向ける。


「貴方も似た様な物ですけどね、人の剣で集めた薪を叩き切りまくって邪魔した門番一号」

「一号ってなんだよ……二号はマクエルか? まぁいい。しかし結構根に持つな君」


「村を焼け出されて何の関係性もない村で稼ごうって五歳児は大体こんな物です」

「金稼ごうって五歳児は普通居ないっ! 全く。とにかく、簡単に説明すると俺とマクエルは出戻りってやつでな。十四の時に町に出て、俺が衛兵でアイツが冒険者上がり。そこそこ稼げたんだが、どっちも長く続けるには危険な仕事だからな。結婚して子供が出来たのを機に村に戻ったんだ。それで荒事が得意だからとそのまま村を守る仕事に着いたんだ」


「へぇ、そうだったんですね。 それにしても冒険者ですか!? そんな仕事も町には有るんですね!! ……やはりちゃんと存在したんだなぁ……」


 どうやら大きい町に行かないと冒険者と言う連中が居ないと察したクリンは、とっさに知らんふりをする。


「ん? 何だ冒険者に興味があるのか?」

「いや、特に無いです。僕は物作りが趣味なので将来はそう言う仕事をするつもりです。ただ、何か面白そうな響きの仕事ですね。どんな仕事なんです?」


「ああ……まぁ言ってしまえば普通の仕事にあぶれた者が付く、雑用が主な仕事の日雇いみたいな物だな。旅の護衛とか、魔物の討伐とか、遺跡やダンジョンの探索とか、そういう危険な仕事もあるが、基本は町や村から依頼された雑用を熟して日銭を稼ぐのが主だな」


 まんま、前世で良く聞く冒険者の仕事だ。ただ話し振りからは荒事よりは雑用の方が主らしいので、前世の小説とは仕事の比重が違う様だ。


「おお、ダンジョンとかもあるんだ……でも総合的に考えたら、日雇い人足みたいなものですかね? それなら町に行ったら日銭を稼ぐ取り敢えずの仕事として考えても良いですかね。年齢制限とかあるんですかね?」


 前の村で調べたくても調べられなかった事柄である。クリン自身は大して興味が無いふりをしつつ、ここぞとばかりに聞き出す。


「年齢制限なんて聞いた事無いな。そこは俺よりもマクエルの方が詳しい。ただ、大体が困っているから金で解決したい奴らが依頼してくるんだ。流石に五歳で出来る仕事なんて依頼する奴は居ないだろう。衛兵時代に見かけたのは、若くても十二歳位、それもドブ攫いとか草刈りとかの仕事だったぞ」


「成程~。どちらかと言えば日雇い仕事の斡旋所みたいな所なんですかね。それじゃぁ町に移動して直ぐに冒険者の仕事をするってのは無理みたいですねぇ」


「そうだな。普通君位の年齢で働こうなんてしない。どこかの店の丁稚ならそれ位から預けられる事はあるが、現実的な所で言うなら、やはり孤児院か神殿に引き取ってもらうと言うのが一番だと思うぞ。働くのはもう少し大人になってからの方が本当はいいのだから」


 クリンは、まぁ本当はそうなんだろうね、と内心思うが孤児院や神殿の世話になるつもりは最初から無い。最終手段としては考えなくもないが極力避けたい。


 ファンタジー物や異世界物だと孤児院スタートとかよくある話だが、前世で色々調べて行く内、殆どがほぼ現代の養護施設的な物をモデルにしており、中世辺りではそんな親切な施設ではない。


 地球前世だと近代辺りまでの孤児院や神殿の保護児童なんてものは、良く言って青田買いの合法奴隷だ。


 一定年齢を超えたら施設から追い出してくれる、なんて親切な事は殆ど無い。神殿なら見習い神官として雑用させられるか人手の足りない神殿に売られるか、農村なら人足や嫁婿不足の村に移住と言う名の売買で送られるのが普通だ。


 無償で育てて稼げるようになったら独り立ちしろ、なんてそんな損をする様な事をしてくれる施設なんて有る訳が無い。子供を育てるのはそれだけで金が掛かるのだ。


 この世界に転生してから厳しい生活を送って来たクリン少年は、既にそう言う夢を見ない事にしている。ゲームや物語の世界ではなく現実の世界なのだから、きっとその辺も前世と大差ない筈だ、と考えている。


「それも考えないでは無いんですけれどもね。ただその場合は将来の仕事限られますよね。僕の望みはどこかに弟子入りでもいいので職人になる事なので、施設に入ったらほぼその望みは途絶えますよね」


 語外に探りを入れて聞くと、トマソンは苦笑いを浮かべただけだった。


『やはりこの世界でも孤児院に入ると言うのはそう言う事なんだろうね』


 心の中で思い、取り敢えずその事には触れずに、


「まぁそんな訳で、僕的には腰を落ち着けられる今の内に木工技術でも鍛冶技術でも磨いて、町に行った時に運よくどこかの鍛冶場とか工場に潜り込める機会を狙うってのが、一番目的に沿っていると思いますよ」

「確かにその年齢でこんな木剣とかが作れるんだ。後七年もすれば運よく下働きを探している工場こうばが有れば入り込めるかもしれないな。ただ……今は無理だろう流石に幼すぎる」


「ええまぁ……やはりそうですよね。でもこの村で生活させてもらえたお陰で、その辺は目途が付きそうなんで、まぁボチボチとやっていきますよ」


 実はクリンには町で孤児達に紛れて生活し、冒険者でも何でもやって金を稼ぐ予定の他に、それがダメな時の予備計画も建てていた。


 実に運がいい事に鍛冶場に住めたので、そちらの計画の方が現実味を帯びてきていると考えている。

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