第32話 やはりこの門番は一号で間違いと思う。

 以前程に警戒は必要ないとはいえ、慣れない土地で実は意外と神経をすり減らしてしまい、何とか裏門に辿り着いた頃には重量と相まって息が荒くなってしまった。


「お、帰って来たか……って随分大量に拾ってきたな? ってこの背板何処から持って来たんだ? お前行く時手ぶらだったろう!?」

「ハハハハハ、前とは違ってクソ村長に取られる事無く全部自分の物になると思うと、つい欲張ってしまいましたよ。でも全然量が足りないんでもう一回行きます。太陽の傾き的に間に合いそうですし」


「おいおい、何日分拾うつもりなんだよ、これだけでお前一人なら三日は使えそうじゃないか。無理するなよ、日が落ちたら門を閉めて朝まで入れなくなるぞ?」


 荒い息と共に背板を下ろしながら言うクリンに目を丸くし、トマソンが心配そうに声を掛けて来る。


『やっぱ人が良いなこの人。前の村じゃこんな事を言って来る人いなかったよ』


 心配する所か、寧ろ見えない所で死んで欲しい位の扱いだったのが前の村だ。何気に初めての優しい言葉に感動していたりする。


「大丈夫ですよ。折角仕事を切り上げて来たんですから、もう一回分取らないと割りに合いませんから。でもこの薪と木鉄剣はココに置いて行っていいですかね。流石に小屋まで戻って置いてくると間に合いそうにないです」


 護身の為に持って行ったものの、薪を拾う間魔物どころか小動物も殆ど見かけなかった。浅い所は本当に安全な様であったし、獲物が居たとしても弓と違って接近して狩れる程の腕は無いと自覚していたので、時間的に身軽にした方が良いと思ったので、薪と一緒に置いていく事にしたのだった。


「ああ、邪魔にならない所に置いておく分には構わないぞ。って、それ村に来た時に持ってた木剣か? 何だ剣士ゴッコをする様な歳でも……あるのか、五歳だったな…何も薪拾いにまでそんな玩具持ち歩かなくてもいいだろうに」


 木剣と言うには大雑把で不格好なそれは、何故か鉄片が埋め込まれているがトマソンには子供が拾ってきた棒切れで名剣ゴッコをしている様にしか見えなかった。


 まぁ埋まっている鉄片のせいで釘バットじみた威圧感が出ているのだが、トマソンは「俺も子供の時に棒きれ持ち歩いてたなぁ」などとホッコリしている。


「失礼な。それでもちゃんと護身に使えるんですよ。ただの木の枝じゃなくて立派な木鉄剣です。切ろうと思えば僕が運んだ薪位の太さも切れますよ」

「ああ、はいはい。何でも切れる名剣だな。ちゃんと預かっておいてやるから安心しろよ。懐かしいなぁ、良く俺も拾った枝を聖剣だ、とか言って振り回してたっけ」


 あくまで子供の遊びだと言う態度を崩さないトマソンに、流石にクリンは少しムッとするが、言っても無駄だとばかりに「じゃあお願いします」とだけ告げて、また森の方に向かう。


「え、もう行くのか? 少し休んでからの方が良いんじゃないか? クリンの足だと森まで結構かかるだろう」

「大丈夫です。前の村だとこの位のペースは普通なんで。それに森に入ったらまた背板を作りますから、その間は休憩している様な物です」


 クリンはそう言うともう一度森への道を歩き出したのだった。



「って、これを一々その場で作ってたのか……本当に器用だな」


 少年の後ろ姿を見送りながら、誰に言うでもなくひとり呟く。ふと彼が置いて行った木剣が目に入る。


「全く、大人びているようでやはり子供だな。こんな木の枝でこんな太さの薪なんて切れる訳がないだろうに」


 そう零しながら何と無しにクリンの木鉄剣、マクアフティルを手に取り何度か片手で素振りする。


「お、意外と重いし重心もしっかりしているな。だが思っていたよりは重いだけで、所詮子供用だな。軽すぎる。こんなので薪なんか切れる訳が……」


 言いつつ、少年が置いて行った背板から薪を一本引き抜き片手で放り投げ、もう片手で握った木鉄剣を冗談に構えると、タイミングを見計らって思いっきり振り下ろす。


「フッ……!」「パギャン!」


 鈍い音を立てて、だが確かに薪は二つに分かれて吹き飛びながらも地面に転がる。


「ふぁっ!?」


 切れたと言うには鈍い音であるし、切れた所も結構ささくれている。「割れた」と表現した方が近いが、この木鉄剣で薪を二つに断ったのは確かだった。


「え、切れたの!? マジでっ!? 何でっ!?」


 暫し、手の中の木鉄剣と二つに別れて転がる薪を見比べて驚愕しているトマソン。やった本人が一番ビビったのであった。




 そんな事とは露知らぬクリン少年は、再び十五分程かけて森に到着していた。多少の疲れは感じているが、それでも前の時の様な楽に歩く方法ゾンビ歩きをするまでも無いので、彼的には疲れた内には入っていない。それに座って背板を作る余裕まであるのだから、休憩を挟んでいる様な物だ。


 つくづく前の村に比べれば天国だと感じているクリン少年である。まぁ前の村が酷過ぎただけとも言うのだが。この村の村長が聞いたら「そんな村と比べ無いでくれ」と額に青筋を立てながら答えていたであろう。


 今回も数分で背板を作り終えたクリンは、今度は少し長くて細めの枝を中心に集めた。薪にしたらすぐに燃え尽きてしまいそうだが、壊された弓を作り直さなければならないし他にも作りたい物が有ったので、殊更丈夫そうな枝を選んで集める。


 その他にも、比較的大きな葉を付けている木によじ登り、丈夫そうな葉を選んで数枚集める。厳選したり他の材料も集めたりしたので時間が掛かってしまい、前回よりは集めた量が少なくなったが、それでも作った背板に軽く一杯なる量が集まっている。


 クリンは集めた葉を薪の一番上に乗せると、蔓草の紐でグルグルにしばりつける。細いとは言え長い物が多い為に重量は軽くなったが歩きにくさは同じ位になってしまった。


 それでも前回よりも移動速度は速くなり、集めるのに時間を掛けたにしては日が暮れる前には裏門に帰って来る事が出来ていた。


 そして少年が目にした物は。


「お、戻って来たか。門を閉める前に間に合ったな」


 クリンの自作マクアフティルをブンブン振り回しながら朗らかな声で言って来る門番一号と、半分近くの薪が細かく分断され辺りに撒き散らされている光景だった。


「……ブルータス、お前もか……」


 いつかは言って見たかったジュリアス・シーザーの名台詞を図らずも呟いてしまったクリンはジットリとした目で門番一号ことトマソンを睨んだが、当の本人は体を動かして満足したのか爽やかな顔で、


「この木剣には驚いたぞ。こんな大雑把な造りなのに本当に物が切れるのなっ!」


 背板を背負ったまま無言でいる少年をよそに、木鉄剣を確かめる様に軽く振る。


「このまばらに埋め込んである鉄板は補強か? だがコレが有るお陰で木剣なのに鉄剣としての機能も持っている。重量を押さえて威力を出すのには中々いい考えだ。鉄剣の方が断然丈夫だし使い勝手がいいが、使用する鉄がこの程度なのにちゃんと切れると言うのは面白い発想だな、これ」


 そんな感想を言って来るのを、クリンはニッコリと笑って見せてから、


「何してくれるんだこのオッサンっ!! 薪だっつってんだろうが、ああん!? 何勝手に試し切りアイテムに使ってんだよっ!! こんな細切れになったら焚き付けにしかつかえないだろうが! それに背板にも積み難いしどうやって運ぶんだよっ! ぶっ飛ばすぞこのオヤジっ!!」


 一瞬で沸点をブッチギり、怒髪天を突いて怒鳴りつけていた。


 既に積んであった薪の半分近く、三分の一以上は横に断ち割られて居て、その中の少なくない数が更に縦にも割られて居て、薪としての用はなさない有様であった。怒鳴りたくなるのも仕方ないと言えよう。


「えっ? あ……す、スマンっ!」


 昨日の内にマクエルから、少年の邪魔をすると激怒すると言う話を聞いていたトマソンは素直に謝るが、既に「車に乗ったら性格が変わるアクセルは踏み抜く主義」モードである少年は止まる事は無くグチグチネチネチと文句を言い続け、それは門が閉まるまで続く事になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る