第30話 虎の尻尾は全力で踏み抜くスタイルの門番。

「ハハハハハ、成程遊びか!その発想は無かったわ! 確かにちょっと引いただけでこんだけ威力が出るのなら、連射して気晴らしにはなるわな!」


 最初はその独特な形状と威力に驚きはしたが、言われてみればクリンの言うとおりに使い勝手は悪く、結局普通の弓の方が使い勝手がいいのかもしれない。


 しかし、状況に合わせて手元にある物だけでコレを作り出した少年の柔軟な発想には、素直に感心した。


 一本の弓で弱いなら二本にすれば強いだろ、的な、いかにも子供らしい発想でありながら、反対側の張力も利用するこの発想は中々でない。


 例え人に聞いていたとは言え、それを思い出して実際に作ってしまう柔軟な発想と行動が出来たから、話に聞いた過酷な生活でも生きて来られたのだろう、と思うとマクエルは少年に対して興味を持った。


「所でさっきから気になっていたんだが、お前のその堅っ苦しい喋り方何とかならん?何か町でお偉い役人とかお貴族様と喋っている様な感じでケツ痒くなってくるんだよな」


 マクエルは手にしたままの弓を何度かビョンビョンと空打ちしながら何気ない口調で言う。実際、村でこんな喋り方をする人間は一人もいない。


 田舎の村なのでもっとフランクな喋り方の方が村には有っているし、短期間だけ住む予定とはいえ、仕事をするのならその方が村に溶け込みやすいだろうから、ちょっとした忠告のつもりで言って見た。


 クリンは、もう自分が手出ししなくても大丈夫だと思ったのか、先程の場所に戻りまた地べたに直接座ると道具磨きを再開しつつ、うーん、と考え込んでしまった。


「ああ……コレは何というか、もう習い性の様な物でして。今更何ともしようが無いと言いますか……」


 この喋り方は今始まった物では無く、元々彼が前世で長期入院をしていた関係上、同年齢の人間よりも遥かに年上の人間と関わる事が多かった。と言うか関わるのはほぼ年上しかいなかった。


 当時の少年はまだ幼かった——今の方がもっと幼いのだが——とは言え、年上相手にタメ口で喋ると言うのは子供心に躊躇われた。


 それに医療関係は意外と礼儀に厳しい人も多い。失礼なガキ扱いをされたくない一心で丁寧な言葉を心がけて居た為、自分一人の時は普通に喋れても、大人が目の前にいるとどうしてもこういう言葉使いになってしまうのであった。


 まさに習慣と言うヤツだ。そう簡単に治りそうもない。


 同年代なら普通に喋れるので不思議な物である。しかし、コレをそのまま言う事は出来ないので、口では別の理由を挙げる。


「ほら、僕って拾われ子だったので立場が弱いと言うか、農奴扱いだったので。普通に喋ると『生意気だー』とか『人間の言葉喋るなー』とか言われてシバかれていたんで。そのくせ何も喋らないとそれはそれで『無視するな―』って殴られるんで。で、こういう喋り方なら……まぁそれでも殴る奴は殴るんですが、多少マシになったんで、今は他人と喋る時はどうしてもこんな感じになってしまうんですよねぇ」


 それはそれで酷い理由であったが、クリンはあっけらかんと笑いながら言う。聞いていたマクエルはピクリと押し黙り、


「だから、お前の前の村での話は一々重すぎるだろっ!! 何なのその村修羅の村かなんかなの!? 捨て子だから名前付けないだの仕事しないと飯食わせないだの、言葉喋ったら殴るだの、一々、五歳の口から出て来るワードじゃないんだよなぁ!!」


「アハハ、何言っているんですか。ウチの村のク〇村長が働いたら飯食わしてくれる程やさしい訳ないじゃないですか。働いたら働いた分だけご飯減らしてきます。働く前は食べ残しをくれましたが働かされてから脱穀カスになって仕事が増えたら脱穀カス抜かれて雑草になって、その後は鍋を漱いだ水に雑草を……」

「ああもういいヤメロ聞きたくない! そんな物飯って言わねえ! 聞いただけで腹一杯だわ!!」


「話だけでお腹膨れるなんて羨ましい。僕はお腹減って仕方なかったですけどね」

「誰も上手い事を言えなんて言ってねえよっ! あ、いいよ言わなくてっ!この流れで言いたい事は大体わかる!!」


 言わせねえよと言わんばかり捲くし立て、クリンを黙らせハァーと溜息を吐く。


「全く、お前と話していると調子が狂ってくるぜ。まるで俺がとても恵まれたヌルい生活送っている富裕層に思えて来るわ」

「実際僕から見たら羨ましい位の生活していると思いますけどね。兎も角、口調の方は追々直して行きたいとは思いますが、すぐには無理なので慣れて下さい、としか」


「それ、直す気が更々ない奴の言い方なんだわなぁ……」

「ハハハ、結構細かいですねマクエルさん。ま、何にしても今日中にこの辺の道具を磨いておきたいんで、僕は作業に戻ります」


「ああ、そうか途中だったな。俺は……なぁ、もう少しこの弓使ってもいいか?何となく気に入ったわ、コレ」

「構いませんよ。そんな物でも自分で作った物を気に入られるのは嬉しいですし。でも壊さないでくださいよ。仕事とか鍛冶場とか色々落ち着いたら、その内森に行って狩り……」


 少年が言い切る前に、トマソンの手にした弓から「ベキッ!」と大きな音がしてブンッと音を立ててヘし折れた弓の破片が弦に吹き飛ばされ彼の目の前に飛んでくる。


「あっ」


 と、トマソンがシマッタと言うような声を上げ、それを見たクリン少年は——


「何晒してくれとんじゃこのオヤジっ! まだ狩りで使うっつってんだろうが!!」

「悪い悪い、保持が出来ないって言うけど、この位の張力なら出来そうだったから試してみたんだけどな……まさかこんな簡単に壊れるとは思わなかったぜ」


「当たり前だろ何言っての!? その辺に落ちていた枝で僕みたいなガキが使う前提の弓に何求めてんじゃワレ!! それ作るのにどんだけ苦労したと思ってんだ! 焼き払われた村で火種集めて温めて曲げて温めて曲げてっ! マトモな道具が無い中木の皮剥いでまともな加工出来ないから切れやすいのを誤魔化し誤魔化し割いて叩いて紐を作って!それをアッサリぶっ壊しやがってブチ食らわすぞ門番二号!!」


「だから悪かったって怒るなよ、てか、お前、ついさっき口調は治せないと言ったんだよなぁ? 普通にタメ口で喋ってんのは何だよっ!? つうか口悪っ!!」


「知るかっ!! まったく、人が最初から道具掃除してるっつうのにゴチャゴチャ邪魔してきやぁがって。挙句の果てに人の弓ぶっ壊して『簡単に壊れるとは思わなかった』だぁ!?子供用の道具を大人のアンタが全力で使ったらぶっ壊れるに決まってんだろうが!! ちったぁ考えろや脳筋野郎ここから叩き出すぞ!?」


 実はクリン少年。普段は何されても大して怒ったりしないのだが、作業や仕事を邪魔されたり、作った道具をけなされたり壊されたりすると人が変わった様に激怒する性質を持っていたりする。


 俗に言う——「車を運転すると性格が変わるタイプ」——だったりする。


 別名、条件付き瞬間湯沸し器。以前の村でも作った道具を壊された時にこの状態になり、返り討ちにあいボコボコにされてから多少抑える様にしていた——つもり——のだが、環境が変わって箍が外れた様である。


 思わぬ逆鱗に触れた事をそれとなく察したマクエルは平謝りしたが、少年が機嫌を直したのは日が大分傾き夕刻に差し掛かった頃だった。

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