第5話 そして転生。

「よし。調整も済んだし時間的にもそろそろ頃合いかな」


 どれくらい時間が経ったのだろうか。セルヴァンが再び目置開けて言う。


「それじゃ、新しい体を作って君の魂を移す……前に、何か聞いておきたい事とか質問とかあるかな?」


「特には……あ、でもテコ入れ転生と言われたけれど、結局生まれ変わって具体的に何をすればいいのか聞いていないんだけど?」

「ああ、それは別に君の好きにすればいいよ。正直転生させただけで僕的には目的は済んだような物だし。此方から何かしてほしいという具体的な物はないんだよ」


「え、そうなの? じゃあ向こうの知識とか隠して生きても良いって事?」

「勿論さ。君がそうしたいのならそれで構わないよ」


「えー、そんな適当でいいの?それじゃテコ入れの意味無くない?」

「そんな事は無いさ。君、今の記憶がある状態で原始時代に行ったとしたら、その知識を全く使わないで生きていける自信あるかい?」


「……速攻で知識使って快適な生活を送ろうとする自信はあるね」

「だろう?君は便利な世界からね。どんなに隠してもどこかにそれが出てくる物だよ。そして、その知識は向こうの世界の住人にとっても役に立つ物なら、必ず真似ようとする。そして100年も経てばそれを元にもっと便利にしようと自分達で考え出す。それだけでも十分な変化だよ。」


「神様らしい気の長い話だね……要は種まき程度でかまわないって事?」

「勿論、隠すことなく知識を披露して、世界を大いに変えても良いよ。その知識で国を興して世界の覇者になるもよし、はたまた爆弾だの大砲だのを作って気に入らない人間を虐殺しまくって世界を滅ぼす世紀の大魔王として君臨しても勿論かまわない。何なら世界中の女性を攫ってハーレムを作って子供を作りまくる絶倫王になってもいいよ」


「いきなり怖い方に話が飛んだ!? 覇王とか魔王とかやだよ!? と言うかそれ世界のテコ入れ所か破壊者になっちゃっているじゃん! ……まぁ絶倫王の方は少し惹かれるけども……でもそれもそれで色々と問題ありそうだし!」

「でも世界の起爆剤になる事に違いは無いだろう? 君がそういう存在になれば、世界の人々も生き残るためにあらゆる努力をする。しなければ滅ぶだけとなれば団結もするだろうし。それはそれで世界の文明を押し上げる一因になるしね」


「うわぁ……まさかの悪役として使われるとか……」

「最も、そんな事を考える人間では無い事は最初から分かっているけどね。何せ私自らがこの目で探し出して呼ぼうとしている人間なのだから。そんな事をしでかす様な人間が神の目に留まる訳ないだろう?」


「はぁ……信頼していただいているようで何より……なのかな?」

「ま、兎も角そんな感じだから君は君の好きな様に生きればいいよ。目立っても良いし埋没しても良い。埋没しても世界の方が君を見つけ目立っても世界の人が君を支えるさ。君を見つけられなければ支えも出来ない世界なら——その時は滅びてしまえばいい。折角変化の要因をが与えて、活かせられない様な世界なら先はないさ」


 そう言って彼ににこりと笑いかける。


「だから君に何かの使命を与えるような事は無いよ。君が向こうの世界に行って何か積極的に世界を変えようとして使命感や責任感を持つ必要は無い。君は君のまま、思う様に生きるだけでいい。例えその結果世界が何も変わらなくても……又は文明が衰退したとしても、君が責任を感じる事は一切ない。君の生を生かしきれない世界だった、とそれはそれで諦めが付く。元々一人の人間に出来る変化なんてその程度でしかないんだ。だから気負わず、君が好きな人生を歩むと良いよ」


「ああ……やっぱりと言うか流石と言うか……本当に神様なんだねぇ……お見通しか……」


 実の所、神様直々の勧誘とあって生前特に信仰心が強かったわけでは無いのに、何か神の意志に従って何かを成さねばならない、新たな世界の舵取りを自分が取らねばならない。そんな使命感じみた物を感じてしまっていたのだ。


 神に選ばれたのだから神の期待に答えねばならない、そんな重圧の様な物を感じていたのだが、今の言葉でそういうことを考えなくて良い、普通に生きれば世界が勝手に変わるから気にしなくていい、と言われたような気持になれたのだ。


「君位に格が上がっている魂だと何だかんだ言って生真面目な性質である事が多いからねえ。私自らこうして欲しいと言えば口ではアレコレ言いながらもそのために全人生掛けかねないからね。折角の他世界の魂を縛る様な事はこちらも望んでいないよ」

「アハハハッ、お陰で大分気が楽になりましたよ……いや、なったよ。それじゃ向こうに行ったら気楽に気が向いたら適度に世界と関わって生きる様にして見ようかな」


「うん、それで十分だよ。では他に何か聞きたい事が無ければ、君の転生の準備を始めようか」

「そうだね。他には特に聞きたい事もないし……それじゃぁ、一思いに殺ってもらおうかな」


「何か物騒な物言いに聞こえるんだけど……まぁいいや。それじゃ、先ずは新しい体に魂を移そうか」


 そう言ってセルヴァンが軽く手を振ると、途端に眼前の風景がぼやける。


『え? ナニコレ!? 何か急に眼が見えにくくなったんだけど!』

 自分ではそう言ったつもりだが、口から出たのは、


「ぅだ~ぁ?」


 と言う赤子のうめき声の様な物だった。


「だだぁ? (え、声も!?)」

「そりゃぁ生まれたての赤子の身体だからね。意識はそのままでもまだまだ目も良く見えないし言葉だって発せないさ」


「うっだぁ~だだぁ~っ!? (早ッそして軽っ!転生ってもっとこう、光がドバーッとか天使の祝福が~みたいな荘厳な感じじゃないの!?)」

「そんな面倒くさ……ゴホンッ!そういう様式美に拘る神もいるらしいけど、やること自体はそんなに難しい事ではないからね。余り勿体ぶって時間かける事でもないしサクサク行こうよ」


「うぅ~~っ……だぁ……だうぅっ!? (面倒って言いかけたっ!折角僕の転生なのに……まぁいいや、確かに時間かけてもしょうがないし……って、コレで言葉が通じている!?)」

「ハハハハッ言ったでしょ、考えも読めるって。じゃ、次は君が拾われる場所に送ろうか」


 言った途端、ぼやけていた視界が闇に包まれ、サッと冷え込んだ空気が肌に当たった。


「う~~~っ!うぅっ!? (寒っ! 暗っ! まさかの夜!?)」

「昼間に赤子を置くと流石に目立って狙った人物に渡し難いからね。もうすぐ君の育て親になる人達が来るから少しの間、悪いけど我慢してね」


「うぅ~~~っううう~っ……(初転生なのに周囲の景色が暗くてサッパリ見えない……まぁこの目じゃ明るくてもどうせ見えないけれども……)」


 視界がぼやけている事もあり、先程から生まれ変わった感覚も異世界に来た感動もちっともわかない。よくある転生物小説みたく「知らない天井だ」とか、実は言ってみたかったのだが、これでは全くそういう気分が湧いて来そうにない。


 と、ふわりと体が何か温かい物に包まれ、ゴソゴソと何かに詰め込まれる感覚が来る。何やら箱詰めにされた様に感じ、思わず身動みじろぎをしてしまう。。


「流石に剥き身で赤子を置くというのは不自然だからね。毛布を敷いた籠位は用意しないとね。後、あの夫婦なら何もなくても粗末に扱う事は無いから大丈夫だと思うけれども、養育費として多少のお金を少し籠に入れておこうか」


 そう言って、彼がくるまっている毛布の下に、10個程の硬い物を差し込む。どうやらこの世界の硬貨らしい。


「よし……準備は大体コレでいいかな。後は君が拾われるのを待つだけだね」


 セルヴァンが生まれ変わった彼の顔を覗き込みながら言う。不思議な事にまだよく見えない目にも、その顔ははっきりと見る事が出来た。


「そりゃぁ、私は神だからね。目じゃなくて魂で僕の存在を認識しているのだから普通に見えるさ。ま、何はともあれ……私が出来るのはここまでだね」

「う?うっだ~~~~っだだぁ!? (え?直接渡してくれるんじゃないの!?)」


「いや、だってそれやってしまうと神から直接与えられた子供、神の子の扱いになってしまうじゃない。元の世界の神話でもそういうのあったでしょう。そうなったら折角ここまで私が表に出ない様にした意味がなくなってしまうでしょ」


 言われてみれば、確かに捨て子とは言え神が直接渡せば、状況的には神の子の降臨と言えなくもない。神が実際に居る世界でそれをやればまず間違いなく担ぎ出される。それでは折角なんの責任も無く気楽に生きていく決心をした意味が無くなってしまう。


「ま、そんな訳だから、悪いけれど私が最後までここにとどまる事は出来ない訳さ。コレも神々の細かいルールと言う奴だね。だからこれから先、君の前に現れる事も簡単には出来なくなる。下手に現れたら神託になってしまうからね。次に会うとしたら君が再び人生を終えた時だろうね」


「だ~ぁ~っ……だぁだぁだぁ~っ(そうかぁ……まぁ言われてみれば神様に直接渡されたりしたら面倒の方が多そうだしね……転生した体も手を加えてくれたんだし、これでも十分良くしてもらえているんだよね。お金まで入れてもらえたんだし)」

「理解してくれて助かるよ……おっと、もう新しい両親の姿が見えそうだね。そろそろお別れかな、藤良衛文君」


「うぅ~~~っう~っ! (色々とありがとうございました、セルヴァン様!)」

「こちらこそ、私達の世界に来てくれてありがとう。願わくば、新しい世界の新しい生が、君にとって幸多き事を。それでは……君の新しい人生の終わりに、再び会うその時まで暫しのお別れだよ」


 その言葉と共にセルヴァンの姿が次第に薄れていく。それに向けて再び、


『ありがとうございました。新しい世界、新しい命、精一杯生きてみようと思います!!』


 声にならない声で告げる。その声にセルヴァンが最後に優しく微笑んだ——様に見え、直ぐに視界は闇に包まれる。


 それと入れ替わる様に、未熟な耳にも地面を踏みしめる足音が聞こえてくる。そしてぼやけた視界にもぼんやりと二つの人影が近づいてくるのが見て取れる。


『この二人が僕の親になってくれる人達……』


 まだ距離があるのか、その輪郭はハッキリとしない。それでも二人の男女である事は何となくわかる。その人影はピッタリと寄り添うように徐々に近づいてくる。


『ああ、思えば前の人生で親孝行だけは出来なかったな』


 近づいてくる影を見ながら、ふとそんな事を思う。生前は自分がやりたい事だけで必死で、その時に出来る事を全てやりつくし、満足したつもりであった。だが、こうやって新しい生を得る事が出来ると、途端にやり残した数多くの事が次から次へと浮かんでくる。


 学校に通って、もっと多くの友達を作りたかった。友達とバカやって教師に怒られたりもしてみたかった。バイクを盗んで走り出す——のは流石に倫理的にアレだが、バイトをして貯めたお金でバイクで日本一周とかもしてみたかった。恋愛もしてみたかったし、結婚して家庭を築くと言う事もしてみたかった。そして——


 親に育ててくれた感謝の気持ちを伝える——親孝行をするという事も。一方的に与えてもらうばかりで此方からは何も返せていなかった。


 納得したはずなのに。満足していたはずなのに。もう一度生きられると分かった途端、多くの後悔が押し寄せてくる。


 やはりあの時に死にたくはなかった、と。もっともっと生きてもっともっと色々な事をしたかった、と。


『我ながら現金な事だよね。生まれ変わった途端にこれなんだから……やっぱり僕は神様が思うような立派な人間じゃなく、もっと俗物的な人間だよ』


 今更の後悔だが、既に前の人生は終わってしまって居る。記憶はあっても、もう同じ人間では無く別の新しい人間、新しい人生なのだ。


『今度は……親孝行ができる様に頑張ってみよう。血の繋がりは無いけれど、いい親だ、この人達の子供でよかった、と思えるようなそんな関係になろう。今度は自分のやりたい事だけじゃなくて、他の人のやりたい事も手伝えるような、そんな人生を目指してみよう』


 神から貰った望外の新しい人生。折角もらえたやり直す機会。前の人生では果たせなかった恩返しは新しい人生で新しい親に返そう。そして再び死んだ時に、神と再会する事が出来たのなら。今度こそ『いい人生だった』と自慢できるように生きていこう。


 先程まで側にいてくれたセルヴァンに向けて心の中でそう誓い、徐々に大きくなる2つの足音に、新しい人生の始まりとなる新しい両親に感謝の念を送った。そして、その時が良いよ訪れる——



















「ヒック……ウィ~~~ッ……ん? 何だこの箱は? こんな所にゴミなんぞ捨てやがって、邪魔だぞ、うらぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ——事は無く、代わりに酒臭い声と共に、ドカンッ!と言う大きな音と衝撃が彼を襲った。


『は……?え……?』


 何が起こったのか。それを把握する前に自分が入れられた籠と共に浮遊感に包まれ、やがて「ドボンッ」と言う音と共に細かい飛沫が頬に当たる。


『あれ……? ちょっと、思っていた展開と違くない!? 何かどうなっているのこれ!?』


 などと思う間に、籠ごと体がゆっくりと揺られながら運ばれていく感覚が来る。

「どいつもこいつも俺をバカにしやがって! 一体俺の何が悪いってんだチクショーッ!」


 やや呂律の回っていない口調で喚く男の声が聞こえたが、それを気にする余裕などなかった。揺られる感覚はどんどん短くなり、頬や体に当たる飛沫がつよくなり、未だに喚き続けているであろう男の声がドンドンと遠くなっていく。


『ちょ、流されている? 流されているよね、コレ!? 新しい両親は? あそこで拾われるって話じゃなかったの? まさかここから捨てられてスタートって事!? セルヴァン様ぁぁぁぁぁぁぁっ!? 話が違いすぎじゃない、ねえ!?』


 力いっぱい声を上げるが、口からは「おぎゃぁ」とか「うだぁ」とか言う音しか出ていない。そしてその声は誰に聞かれる事も無く川の流れと共に流されていく。


 こうして。


 異世界に赤子として転生した少年の最初の夜は予想にない形で過ぎていくのであった。


『いくのであった、じゃないよっ! ねえ、コレ違う話になっているでしょ、絶対!! 本当はあそこで拾われて始まるはずだよねっ! どう考えてもそういう話の流れだったよねっ! もしこれが予定通りなら酷過ぎないセルヴァン様!? チェンジ、リコール、やり直しを要求するっ!! こんな扱い受けるなら転生なんて誰もしないでしょっ! ねえっ!?』


 ……不思議な能力を発揮して何かに突っ込んだようではあったが、夜の河川に赤子の声が響いただけで、残念ながらその声は誰にも届かず、意味を理解する物も存在しなかった。

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