第4話 とある少年の決断。


 唐突に別の名前を呼ばれ、思わず驚愕の声を挙げてしまった。その名前に憶えがなかったからでは無い。逆に憶えがありすぎる名前だったからだ。


 クリン・ボッターは体感型VR用MMORPG、クラフター&ウォリアーズ・ヘブン・ザ・ワールドでプレイキャラとして彼が使っていたキャラクターの名前だ。


 体感型VRと言うのは、俗にいうフルダイブ機能で十五年程前に医療用として開発され七年前には家庭用ゲーム機として転用されており、病気の進行で身体能力の低下していた彼にとっては打って付けであった。


 中でも「自分で作って戦え」と言うキャッチコピーのクラフター&ウォリアーズ・ヘブン・ザ・ワールド、通称HTWは、専門のスキルを上げればゲーム内のありとあらゆる物が作成可能であり、また自分で作った物を使って戦う事も出来(勿論自作が面倒だという人は購入して使うことも出来る)て、材料を集める事が好きな者は素材採取、物作りが好きな者はクラフト、戦う事がしたければバトル専門、魔法が好きならゲーム内にプリセットされた魔法からそれを改良したオリジナル作成まで、勿論やりたいのであればその全てを、と言うやり込み要素が多く自由度が高いMMORPGであった。


 ただ、やり込み要素と自由度が高すぎる為、またゲームによくあるLVは存在せず熟練度を上げていくスキル依存制であったため、時間が掛かる割には目に見えて強くなるようなゲームでは無かったので、大ブームになる程の人気のあるゲームでは無かった。


 しかしその分、ハマれる人にはどハマり出来る程に作り込まれており、リアルなクラフト過程やリアル過ぎる魔法改良にステータス以外の要素が絡む緊迫バトルで、熱狂的なファンによって支持を受けるゲームであった。


 かく言う衛文もどハマりした熱狂的ファンであり、動かなくなっていく体に関係なく自由に動けて何でも作れて何でも出来るこのゲームは、入院中に狂った様にやりまくったのであった。フルダイブ中は投薬治療の副作用もそれによる痛みも無く、入院中で時間はありまくっていたので、一日二十四時間とかやりっぱなしの事もあった。


 そんな無理なプレイをしても場所が病院であるため、その後のケアもバッチリである。廃人プレイをやり放題である。


 ……まぁ、その時は流石に病院から思いっきり怒られたが。

 兎にも角にも、病院へ通院していた時から始めて亡くなる数日前までほぼ毎日欠かさず続けて来たゲームであり、VR世界では在る物の長い時間を過ご(廃人プレイ)したもう一つの世界と言っても良い物であり、ゲーム内で手当たり次第にクラフトスキルを上げ、魔法を改良しまくり、それらで魔物や対人でバトルしまくって来たそのキャラクターは確かにもう一人の自分と言っても良い程に馴染んでいる物だった。


「ああ……確かに廃人プレイしていたから馴染んでいると言えば馴染んでいるのか……いや、寝たきり病人だから病人プレイ?」

「いや、上手くないからね、それ」


「解ってるよ! 僕も外した自覚はある!! それは兎も角、じゃああのゲームのキャラとして異世界に行けるって事?」

「流石にそのままと言う訳にはいかない。今回は一度死んでからの転生だからね。向こうには新しい命として行ってもらう必要があるんだ」


「え?と言う事は……赤ん坊からのやり直し!?」

「勿論。それが生命としては自然な事だろう?まぁ赤ん坊の数年は不自由かも知れないけれども、新しい体はゲームのキャラをベースモデルにして向こうの世界でも問題ない様に調整するからスペックは良いと思うよ。君の方をモデルにしてしまうと流石に病弱になってしまうからね」


「それは……まぁ仕方ないか。それに生まれ変わるのに元のままと言うのも言われてみればアレだし……あ、でもそうするとゲームで覚えたスキルや熟練度は……?」

「それは流石に消えるね。ゲームの中とは言っても体で覚えた物だからね。それに新たに作る訳だから全く同じ体と言う訳でもないしね。ただ、スキルは向こうで覚え直す事が出来るよ。熟練度もスキルを鍛えれば上がっていくよ」


「ああ……つまり本当に最初からやり直しって事か……人生もスキルも。何かあんまりお得感無いけれども……」


 向こうの世界もHTWと同じくレベルという物は無いが、加護と言う形でスキルが存在し、同じく繰り返し作業で熟練度を上げられる、との事だった。幾つか向こうには無いスキルも有るらしいが、そこは似たスキルで代用するか新たに作るかするそうだ。


「まぁ、記憶が残っているなら効率の良い熟練上げとか覚えているし、欲しいスキルとか最初から狙い撃ち出来るから、そういう所では優位と言えば優位なのか……な?」


 効率よく覚える順番を予め決められるのは確かに魅力だが、それでも結局自分で身に付けねばならないので、チートと呼べる程では無いだろうと思う。


「余り強力な力を与えて世界を劇的に変えられ過ぎてもそれはそれで困るしね。それに君の世界にも『記憶は物事の宝であり守護者である』と言う言葉がある位だからね。記憶を残して転生するというのは実は結構な恩恵なんだよ?」

「キケロ……だったけ? 流石神様、随分とマニアックな言葉をご存じで……」


「それが分かる君も相当だと思うけれどね……ま、つまりこんなネタが分かる位に知識がある人物の記憶と言うのはそれだけで素晴らしい価値があるものなんだよ。君にとっても、私にとっても、ね」


 何やら含みのある様な言い方に、はて? と思うが、セルヴァンは素知らぬ顔で、


「さて……何となく転生する方向で話が進んでしまっているけれども、改めて聞くよ、藤良衛文ふじよしもりふみ君。君は私たちの世界に転生する気はあるかい?」

「それは……まぁ、ここまで長々と説明をしてもらいましたし、条件も特に魔王を倒せとか世界を平定しろとかじゃなく単に普通に生活するついでに文明の促進をすればいい程度みたいですし、記憶も残してくれて馴染みのある体を作って貰えるとあれば、やぶさかではありませんね。寧ろお願いしたい位の好条件なんですが」


「おおっ!じゃあ転生してくれると言う事で良いんだね?」

「はい、それでお願いします……あ、もしもだけど転生を断ったら僕ってどうなるんです?」


「うん?それは普通に記憶が消されて地球世界の輪廻の流れに戻るだけだよ。最も、君の魂は向こうの神のお気に入りでもあったみたいだからね。後数回の輪廻で魂が磨かれて格が上がれば使徒として人類を導く立場に選ばれるか、亜神か精霊として次代の神候補になるかしたかも知れないけれど」

「だから何故に神様からの評価が高い!? 期待が重すぎないそれ!?」


「衛文君……他世界とは言え最高神の僕が直接勧誘に来ているんだよ?君の魂がそれなりの格を持っていて当たり前じゃないか。そして格のある魂を神が気にするのは当たり前だよ。どの神もそういう魂が欲しいのだからね」


 魂は輪廻を繰り返す事で格が上がったり分裂して新たな魂を生んだり、新たな世界を作る種となったり新たな神になったりするものらしい。それは人に限らず命ある物の魂は全てそういう物らしい。ただ世界を作ったり神になれたりするまでに成長する魂は非常に少なく、また膨大な輪廻転生を繰り返さねばならないそうだ。


 衛文の魂は格が高くなっているとは言えそこまででは無く、神様的には後千年とか二千年とかの時間の輪廻を繰り返してようやく「候補」に入る程度であるらしい。


 それでも地球の神に大文句を垂れられ長時間ごねられる程には希少であり、『向こうの神に大きな借りを作る事になる』程度には重要視されている、とはセルヴァンの言だ。



 ——閑話休題それはともかく——



「それじゃ、転生するという方向で話を勧めようか。言った通りにゲームキャラのデータを元に肉体を構築するけど……赤ん坊から始めるから流石に最初から同じ身体能力は持たせられないよ。成長するに従って徐々にスペックが解放されていく、と言う感じかな」

「それは当然かな。流石に僕も赤ん坊の時から大人と同じ筋力を持つ金太郎状態とか持て余すに決まっているし」


「お、流石詰め込みマニア、学がある自慢かな? まぁそれは良いとして大人になってもそこまで他と違う能力にまでは育たないよ」

「ほっといてよ。今まで勉強しても披露する機会なんて殆どなかったんだから。能力に関してはそれでいいよ。元々あのゲーム自体がキャラクターの能力値はそんなに高く育たないしね。確か『鍛えれば一般人の平均よりは高い』止まりまでしか行かない設定だったし」


「『作った分だけ成長する、学んだ分だけ鍛えられる。集めた装備で強く成れ!』だったけ、ゲームのキャッチコピー。能力増加がスキル補正の数パーセントとアイテム依存って結構なク〇ゲー臭がするんだけど」


「何てことを……っ! 安易にステータスやレベル上げるだけじゃクラフトできないし勝てない戦略性が良いんじゃないか! 弱いアイテムでも知恵と工夫で強いアイテムコレクターと戦える良ゲーだよ! 数字が無いと遊べないヌルゲーしかやっていない奴にク〇ゲー呼ばわり上等だよっ! このリアルさがいいんじゃないか!!」


「あ~はいはい、廃ゲーマーは流石に熱いね。まぁ君みたいなのが何十万も居てゲームが続いているんだから良ゲーと言えば良ゲーなのかな」

「と言うか、異世界の神様でも良ゲー〇ソゲーで分かるのか」

「一応君を呼ぶに当たってそちらの世界はそれなりに調べたからね……と、十二歳位で大体全スペックの解放、外見もそれに合わせて成長していく方向で調整して、と。後は両親となる人物の設定なんだけど」


 と、彼の方をチラリと見て、


「残念ながら丁度良く衛文君と入れ替えられそうな、自我が芽生える前の胎児を宿した妊婦が居なくてね。それに神が調整した赤子を体内に送り込むというのもそれはそれで問題が有るんだよね。母体が耐えられるとは限らないし下手したら神児受胎になりかねないし」


 セルヴァン自身は無関係であっても、彼が作り出す肉体はある意味彼の子供と言えなくもなく、それを直接母体に送り込むと地球の世界でも神話によくある神の子供を宿す、所謂神児受胎になってしまい下手したら神聖視されて祭り上げられかねない。


「こちらとしてもそこまで大袈裟にしたくは無いし、そもそも君ってそういう扱いは好きでは無いだろう?」


「それはまぁ……チート貰って目立ちまくり、と言うのも憧れはするけどやっぱり目立つと面倒臭そうだし。せっかく生まれ変わるのなら普通に生活したいかな」

「ハハハ、君ならそう言うと思ったよ。それで、今回は生まれたばかりの赤子として向こうの世界に送り、君の両親として選んだ夫婦に育て親になってもらうという形を取ろうと思うんだけど、それでいいかな?」


「それって捨て子になるって事? 平気なの? ちゃんと拾ってくれるのかなぁ」

「その辺りは大丈夫さ。選んだ夫婦は子供が出来ない夫婦でね。丁度養子でも良いから子供が欲しいと願っているし、人格的にも私の目に留まる位には素晴らしい夫婦だね。そして経済的にもそれなりに余裕があるのもいい。少々お人好しの嫌いもあるが、良い夫婦である事は間違いない。それでも心配なら、夢と言う形で君を拾う様に誘導もしてみようか」


「それって洗脳?」

「それは少々失礼な物言いだね。予知夢とか虫の知らせ的な物だよ。夢で見た場所に行けば素敵な出会いが待っている、とかその位の誘導で十分さ」


 信仰心も強い夫婦なので、洗脳みたいな方法を取らなくても夢で風景でも見せる程度で神の導きでは無いかと考えるような人物だそうだ。


 そのような人物であるからこそ育て親に選んだのだし、拾った子供でも無下に扱う事は無いとの事だ。


「う~ん……まぁ、神様がそういうならきっと良い人なんだろうね……うん、解ったよ。それでお願いします」

「よし。それでは衛文君を送り込むタイミングを計りつつ、細かい調整をしてしまおうか」


「調整?」

「ああ、新しい体の設定とかゲーム内の能力と向こうの世界の実際の能力とかのすり合わせとか、殆ど私の方の調整だね。だから君の方には特にやる事は無いかな。まぁ、少しの間楽にしていてよ」


 セルヴァンはそう言うと目を閉じて何やらブツブツと言い始めた。どうやらそれが調整とやらなのだろう。そうなってしまうと特にやる事が無いので、新たに生まれ変わる世界の神の様子を何となく眺めていた。




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