第26話 新しい村での新しい生活。

 そして、クリン・ボッター少年の新しい村での新しい生活が始まった。


 まず手始めに少年が行ったのは、当然だが住居の掃除だ。


 村長に案内された、鍛冶屋が住んでいた小屋と作業場は囲の中ではある物のかなり外れにあった。


 村長の家からは歩いて十分以上掛かった。途中に植林されたと思われる林があり、ソレにさえぎられる形で水路が走りその向こうに小屋と作業場が建っていた。




 一年以上住む者が居なくなった住居は埃が積もり、作業場も少しだが荒れている。最初の二日間は住居の方の掃除を行った。


 近隣に木工所や陶器所、薪や炭などを備蓄する燃料小屋などが間隔を開けて建っていたが、結構距離が開いているし、何よりも作業場と住居が一緒になっているのはクリンが住む鍛冶場だけだった。


 お陰で気兼ねなくバタバタと音を立てての掃除が出来た。手製の箒で埃を外に吹っ飛ばし、何時のだか分からないベッドの藁——この世界では農村の藁ベッドなのが一般的——は村長の家から交換用の物を貰い入れ替え、外壁で傷んでいた場所や床の釘が浮いている所などを打ち直したりして補強する。


 取り敢えず最初の内と言う事で、少年の様子を見に来た村長と門番のトマソンは、器用に枯れ枝から箒を作り手際よく掃除をする少年に、彼が自己申告通りの手際と器用さを持っていた事を確認し、この様子なら本当に一人で生活できそうだと納得して帰って行った。

 

 作業場の方にも手を付けたかったが、そちらは後回しにして先ずは挨拶代わりに村で手伝いの仕事をする事にした。


 元々そういう約束でこの村に入り込んだので、出来るだけ早く顔を売っておく方が良い。そう考え、朝早くに村長宅を訪ね、畑仕事をしていて人手が足りていない所を紹介してもらう。時期的に種まきや苗植え、草むしりに小石拾いなど、細かい作業は幾らでもある筈だ。


 そうして村長に案内してもらった物の、最初はどの農民も良い顔はしなかった。確かに人では欲しいが、五歳の子供に出来る事はたかが知れている。実際、彼らの子供が五歳の頃など大した手伝いなど出来てはいない。


 渋い顔で、村長に言われたので仕方なく、と言う様子で『邪魔さえしなければそれでいい』程度のつもりで少年に雑用をやらせてみたが、思いのほか勤勉に働き、年齢で考えても十分以上に雑務をこなしたので、徐々にではあるが少年への仕事が増えて行った。


 作業自体は今は無き村でやらされた事ばかりであり、しかも前は働けば働く程待遇が悪くなる不可思議な状況だったが、今は働けば働いた分だけお金がもらえる。


 そもそものモチベーションが違うので、作業スピードも違う。新しい村の住人に仕事ぶりが認められるのは当然と言える。




 与えられた賃金は一仕事毎に銅貨数枚から十数枚と言った、正に子供のお駄賃と言える程度の金額だったが、以前の村ではそもそもお金など貰えず、寧ろ働けば働く程に食事が減り住む所が粗末になって行くと言う意味不明状態であった為、少年のテンションは爆上がりして前の村よりも丁寧な作業を心がけたので、アテにしていなかった分、反動で周囲の評価も爆上がりした。


 子供でもできるような雑用と言うのは手間がかかる上に大人がやるには時間だけが無駄にかかり割りに合わない事が多い。


 そしてそういう作業は、得てして当の子供にやらせるには煩雑であり教えたり面倒を見る時間があれば自分でやる方が早い物だ。


 それを率先してこなす子供で、しかも仕事が丁寧で給金も日払いだがお駄賃程度で済むともなれば、村の住人にとっても使い勝手の良い存在である。


 少年にしても、前の村から持ってきた金に手を付ける事無く、安い金額ではあるが得られた賃金で食料やら生活必需品やらを買える様になり、ホクホク顔である。


 そう、少年はココで初めてお金の価値を知る事になった。


 元の村だと行商人が年に一回か二回来るだけだったが、この村では小規模ながらも店が数件ある。数は少ないが食料や衣類、雑貨なども売られている。


 それらの買い物や提示されている値段を見て、クリンは大体の貨幣の価値を知る。


『う~ん、この大葉みたいな野菜が一束で銅貨一枚、リンゴみたいなのが一個で銅貨三枚、あの芋が銅貨十枚から、か……この感じだと、銅貨一枚は向こうの十円相当の金額かな?』


 食料を売る店の前で眺めるとは無しに眺め、頭の中で前世の金額に置き換える。少年が感じた所だと、


 銅貨一枚=十円。

 銀貨一枚=千円。

 金貨一枚=十万円。


 と言う、大体百倍になっていく感じだった。最もこの村で使われているのは大部分が銅貨で銀貨は稀に使われ金貨はめったに見ない、位の扱いの様だ。通貨自体は何種類かあり、それぞれで二十五枚分の価値がある四分の一硬貨、通称中貨と五十枚の価値がある半硬貨、通称大貨がそれぞれにある。らしい。


 それらが使われるのは大体大きな町であり、村で使われるのは普通の銅貨と銀貨までであるのが通常との事だった。


 尚、普通の硬貨は円形であるが、中貨と大貨幣は四角い板状であり、素材問わずに大貨は中貨の倍の大きさであるそうだ。


 この辺の知識はお店の表示額だけでなく、色々とあって仲良くなった門番の二人、最初にあったトマソンと、後から出会ったマクエルの二人からの話を総合している。


 聞いた話では、一応一円に相当する旧貨と言うのも存在するらしい。元々は百年以上前に使われていた銅貨や外国で使用されていた銅貨を指して言われるらしい。


 何でも昔の銅貨は混ぜ物が多く、銀貨や金貨と違って鋳つぶして作り直すにも使いにくいので、端金はしがねとして現在でも使われる事があるらしい。


 そして一円単位での取引はそう行われないために金貨と同じく使われる事は滅多に無いとの事だった。一円単位の取引する位なら量を増やして十円単位にする方が早い、という感覚らしい。


『と、すると報奨金で貰えたのは三万か……ショボい……いや、ただの報告で三万なら十分高いのか? で、あのジジィが隠し持っていたのが三十一万円位って所か』


 ただ、向こうとは物価が違い単純に比較は出来ない。見た限りではこの辺りの食べ物は全般的に値段が安く、金属類は少し高い。


『って事は、この村の仕事で貰えている金額は、大体数百円~数十円って所か……いやぁ、正に子供のお小遣いだね。前世の何でも屋さんの方が遥かに給金良いよな。まぁ、でもここだと一日銅貨二十枚もあれば食うだけなら十分と言えば十分なのか』


 簡単な仕事でも銅貨三枚はもらえるし、数を熟せば、大体日に銅貨二十枚から三十枚に届かない位程度は貰えている。


 最も後で知るのだが、コレは大きいとは言え地方の村であるからこの値段で済んでいる。町規模になると一日の生活費が食費込みで最低限銅貨三十から五十枚掛かる。平均的な町の住人の平均月収は大体銀貨十六枚前後である。


 一日の食費が二百円なんかで済ませられるのは、子供一人が食べる量と言うのもあるが、こういう地方の農村だからで、元の村ではもっと金が掛かっていない。


 クリンは麦粥と呼んでいるが、この村や町で食べられているのは大麦であり、元の村で食べられていたのはライ麦である。

 しかもその中でも売り物にならない物を粥にして基本食べていたので食費はおよそ銅貨三枚位である。


 因みにクリン少年の食費は脅威の〇円である。鍋を洗った排水と脱穀及び調理過程で出る粉と雑草が原料なのは伊達では無い。

 

 尚、クリンの村でも同じだが、この村でも主に育てているのは小麦だ。だがコレはほぼ全て買い取られていき、地域によっては税として納められている。


 食べられるのは貴族階級か富裕層位で、この村や町の住人などが主に食べるのは大麦だ。小麦とは別に作付けされ安く取引されており、この近辺で単に麦と言えばこの大麦を指して言う。


 粒が大きく収穫量も多いので量が取れるがゴリゴリしていて大して旨くもない。農村では粥、町ではパンにして食べられるのが一般的だ。


 そして、クリンが住んでいた様な開拓村や貧困な村では大麦すら売りに出され、もっぱら食べるのは大麦よりも育て易く値段も安いライ麦だ。良く黒くて酸っぱいパンとして出て来るのはこのライ麦を原料にした物で、地球でも古い時代ではライ麦のパンは貧困の象徴として嫌われて居たりする。


 山向こうの村では、その黒パンですら贅沢品であり、粉にして目減りするのを嫌い粥にして食べていたので味はお察しである。


 最も少年の粥はその味すらしなくほぼ雑草味であったが。


 さて、そうやって少しずつ知識を蓄えて居るクリン少年であったが、新しいこの村にきて十二程経った。毎日仕事をこなし、お小遣いレベルの給金でもソコソコの金額を得られたが日々の食料を買っているので実は殆ど貯まっていない。


 最初は芋を二個買って朝と昼で一つずつ食べていたが、村長の家やトマソン達門番ズからライ麦を売って貰えたので貯まった分はほぼライ麦に代わり、今は日々の食事が麦粥生活に戻っている。


「ああ、ちゃんと麦の味がする粥は旨い……事は無いけれどもあの雑草汁とは比べ物にならないね! ちゃんと腹に溜まるって素晴らしい!!」


 実際はライ麦だが、それでも少年には素晴らしいご馳走である。尚、この村で日常的にライ麦を食べているのは彼だけだと言う事を、クリンはまだ気が付いていない。


 普通の家では家畜の餌か、不作の時や食糧不足の時に大麦と混ぜてかさましとして使うのが一般的で、少年の様にライ麦だけを粥にして食べるのは極貧の家位である。


 自炊なので村の雑用を終えた後に薪拾いをしなければいけなかったが、自分一人分であるので大分楽であるし、水汲みも井戸は近いし隣に水路まである。以前と比べれば格段に楽になっていた。

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