第25話 移住と新住居を勝ち取るも、信頼は勝ち取れなかった模様。

 何気なく言ってのけたクリンに、二人は思わずポカンとした顔をする。


「三歳で一人暮らし……?正気かい!?」


「と、言われましても。実際にウチのクソジジ……ゴホンッ! 拾い先の村長が、三歳の時に『お前みたいな薄気味の悪いガキを同じ家においておけるか!』とか言って放り出されましたし。その後は納屋でずっと生活してきましたよ」


 確かにこれだけしっかりしていて五歳で普通に仕事をしている子供は気味悪く感じるのは無理もない、と何となく納得してしまう村長。


「寝る場所作るって……出来るのかクリン!?」


 トマソンも驚いて聞いてくるのに頷き返し、


「ええ、村の遺体を片付ける時に自作していますよ。だって焼き払われたので建物なんて何一つないので。雨露さえ凌げれば良いだけの屋根と壁があれば十分なので、割と簡単に作れますよ?」


 キョトンとした顔で言って来るクリン少年に二人は思わず顔を見合わせる。三歳で一人で生活し、寝泊まりする場所まで自作できる五歳など見た事も聞いた事も無い。


「それに、ここまでの移動の間に狩りも覚えました。途中で何匹かこの弓で狩って食料にしてきましたから、食べ物も自力で何とか出来ますよ」


 背負っていた手製の不格好な双弓を手に取り、ビョンと弦をはじいて見せる。その弓は意外と重たそうな音を立てたので、トマソンは目を丸くする。


「その弓、ちゃんと使えたのか……弓を正反対に二個付けた弓なんて見た事無いから、子供が見栄はって真似事で背負っているのかと思ったぜ」

「流石にそんな意味のない事しませんよ。自作だから不格好ですがちゃんと飛ぶし刺さります。まだ兎しか狩れていませんが、ちゃんと皮とかも剥いでありますよ」


 そう言って腰紐に木石剣と一緒にくくり付けておいた兎の皮を二人に見せる。まだ鞣されていないが、多少の雑さがあるが丁寧に剥されているのが見て取れる。


「ほ、本当にコレを君が剥いだのか? スゲエな……ウチのガキ共より余程器用だぞ……」

「うーん、本当にそんな事が出来るのなら、確かに一人でも生活できそうだが……」


 トマソンは眼を剥いて驚き、村長は腕を組んで考え込む。正直目の前の少年の言葉は出来過ぎていて、事実であるかどうか今一つ信用しきれない。


 と言うよりも素直に信じられない。当然だ。これまでの人生でこんなハッキリと、しかも丁寧な口調で話す五歳児など出会った事が無い。


 実は年齢を誤魔化している、と言われた方が余程シックリと来る。だが、それにしては少年の体格は、ともすれば平均的な五歳に比べて幼く見える。何よりも、


「君の様な幼い子供に仕事をさせると言うのは、流石に外聞が悪すぎる」


 これに尽きるのである。少年の話や、この薄汚れた衣服に痩せすぎの体格を見るに元の村では虐げられて来た事は察して有り余る。


 そんな子供を、幾ら本人が慣れていて手先が器用だと申告されても、幾ら簡単な作業をさせたとしても、事情を知らない人間からはやはり虐待している様にしか見えないだろう。


 それは幾らなんでも体面的によろしくない。やはりどこかの家に引き取らせるのが一番なのだが、それもできればしたくはない。


「それに旅費を貯めるだけなら、今回の褒章で……そうだな、銀貨三十枚を出そう。有益な情報だが未確認であるし、子供に渡すにしては十分以上の金額だろう? 町までの旅費とそこで暫く暮らす分には十分な額になる筈だ。君は自力でそんなに色々と出来るのだろう?ウチの村に留まらなくてもいい筈だ」


 言外に、厄介事は他所に持ち込んでくれ、と言う意味が込もっている事は、流石のクリンにも読み取れる。


 恐らく報奨金云々は本当に予定していた事でもあるのだろうが、それよりも厄介払いの意味の方が強いのだろう。


 確かに銀貨三十枚は魅力的だ。だが、今のクリンにはお金よりも欲しい物がある。元々それが目当てでこの村に住まわせて欲しいと願い出たのだ。


 なので、少年はどストレートに、自分の都合を話す事にした。


「いえ、重ねて言いますが報奨金はいらないんです。ぶっちゃけですね……銀貨三十枚とやらが、もっと言えばお金その物が、どれだけの価値があるのか僕には分からないんですよ」


「何……!?そんなバカな……あ、いや五歳ならソレが普通か……?いやしかし……」

「そういや、貧しい村だと金なんて使わないよなぁ……」


 またしても二人して顔を見合わせて呟く間に、クリンは言葉を重ねる。


「要するに、僕はその辺の……『この周辺の一般常識』ってやつがスッパリと無いんです。誰も教えてくれませんでしたからね。銀貨がどれ位の価値があるのか分かりませんが、きっと町でもそこそこの間暮らせるんでしょう」


 二人の様子を疑いつつ、軽く肩を竦めて本音をぶつける。


「ですが、その辺の知識が無いままに町に行くのは不安でしかないんですよ。その前に、もっと規模の小さそうなこの村で、その辺りの知識を仕入れてから町に出たいって言うのが本音なんです。だから今はお金よりもそういう知識の方が欲しいんです」


 その為に、短期間でいいから腰を落ち着けて情報を得られる場所が欲しい、とクリン少年は二人に向けて話した。


 話を聞き終えたトマソンは苦笑しながら頭を描き、村長は唸りの様な声を上げて押し黙ってしまった。


「勿論、価値は分からなくてもお金は欲しいです。何れ必要になる筈でしょうから。なので、村の仕事を手伝わせてもらえたら、お金稼ぎも出来てその価値も覚えられて、村の人と会話で色々と常識が学べるだろうから、ただ報奨金で纏まったお金を得るよりも、僕的にはソッチの方がお得だと思うんですよ」


 黙ってしまった二人にクリンが言葉を重ねると、先ず門番のトマソンが参ったとばかりに片手で頭をガシガシと掻き毟り、村長に向かって、


「なぁ村長、別にいいんじゃないか? これだけシッカリとアレコレ考えて計画たてられて、こんなにキッチリと説明出来るんだ。妙な真似なんてしないだろう」

「う~む……」


「今日会ったばかりだが、俺は気に入った。こんなしっかりした子供は見た事が無い。流石に引き取るのは無理だが、俺が身元保証人になって仕事の合間に定期的に面倒を見てもいい。本人が腰掛けのつもりなんだ、村に居つく事も無いだろうし、冬前まで村に置いてやってもいいんじゃないか?」

 

 村長は渋ったままであったが、トマソンが援護に回ってしまい、ヤレヤレとばかりに苦笑を浮かべる。


「全く……山向こうの村は、さぞかし君を持て余した事だろうね。こんな雄弁に語る五歳児なんて見た事も無ければ聞いた事も無い。いや、農奴扱いをしていたと言うし、気づきもしなかったのかな? 何にしても、本当にどんな村だったのか今更ながら気になるね」


 村長はクリンに向き直ると軽くうなずいて見せる。


「良いだろう。これだけしっかり喋れて、後の事も考えられる子供なら変な間違いも犯さないだろう。村で引き取る事は出来ないが、冬前までの間は村に住む事を認めよう。住人にも、簡単な仕事がある場合は君に回すように言っておく」

「ありがとうございます!」


 クリンが頭を下げて礼を言うが、村長は軽く手を振りそれを押しとどめると、指をピッと四本立てた。


「ただし条件がある。一つ、先ず報奨金は払う。言った通りに銀貨三十枚だ。価値は追々教えよう。二つ、その報奨金は君が村で生活する間、保証金として徴収する。村に滞在中に何か問題を起こした場合没収の上、即座に村から追放する。三つ、君が受けた仕事で損失金が出た場合も保証金から天引きする。合計金額が銀貨三十枚を超えた時も同様に追放する。四つ、問題を全く起こさず、冬前までに満額保証金が残って居たら、村から立ち去る際にこれを全額君に返却する。この条件が飲めるのなら、この村に住む事を歓迎しよう」


 指を折りつつ、そう村長が告げる。クリンは頭の中でその言葉を素早く反芻する。


『それってつまり、金をくれてやるから村で面倒事を起こすな、だけどその金を村で使い切られて居座られても困るから、出てく時の支度金にとって置けって事だよね』


 まぁ条件的にそんなに悪くもないし、予定道理に一般的な知識を得られるうえに腰を据えてスキルを覚える時間が稼げるので、クリンに否やは無かった。


「わかりました、その条件を了承します。短い間ですがお願いします」


 改めてクリンが頭を下げると、村長と門番は軽く笑いあい、


「さて。となるとクリン君が住む所を決めないとな。どこか空いている所は……」

「村の宿屋で良いんじゃないか? 確か従業員用の屋根裏部屋が開いていた筈だ」


「いや、それだと住み込みの丁稚と同じになってしまう。『村』で保証金を取っている形にしているのだから、特定の職業の家に住まわせるのはダメだ。その家が保証人になってしまうし、従業員として使われたらそれこそ村に定住させなくてはならなくなる」


 二人で腕を組み、どこが良いか、あそこはどうか、とウンウンうなりながら考え込むのを、クリン少年は手持ち無沙汰にただ眺めるしかなかった。


「そうなると、結局中心部はダメだな。部屋は空いていても家は空いてい無いね」

「村長、それなら柵近辺の家はどうだ?あの辺りなら何軒か空いていただろ?」


「確かに空いているが、あの辺りの家は大家族用で、子供一人で暮らすには大き過ぎる。手入れがしきれないだろう」

「小さい家となると空きなんて無いだろう。精々が水路横の鍛冶屋が使っていた家か、今は納屋に使っている小屋位しかないだろ」


 ああでもないこうでもないと言いあう二人から、ピクリとクリンが反応する。


「鍛冶屋……?」

「ああ。元々はウチの村唯一の鍛冶屋が住んでいた家でな。鍛冶場に併設した小屋で生活していたんだが、一昨年の暮れに亡くなってな。鍛冶場はソコソコ広いんだが、一人暮らしで小屋自体は小さいんだ。跡継ぎが居ないから今は空家だ」


 トマソンが何気ない口調で言うが、クリンは勢い込んで、


「そこっ!! そこがいいです!! そこに住まわせてくれませんかねっ!?」

 叫ぶようにそう言う。前世のゲームでメイン鍛冶師をしていた少年にとっては、正に渡りに船の、好物件だった。少年の勢いに二人は少し怯んだが、村長の顔は渋い。


「確かに今は空家だが、来年の春には新しい鍛冶屋が来て、そこに住む事になっているんだよ。確かに小屋自体は丁度いい大きさだけど流石に無理だね」

「それに、鍛冶場が建っているのはは音が煩いってんで、村の中心から離れた寂れた場所だぞ。水路があるから水には困らないが、生活するには少し不便な場所だぞ」


 二人がそう言って否定してくるが、スキル上げをしたいクリンにとってはこの上の無い絶好の場所である。逃す気は無かったので更に言い募る。


「村外れでも大丈夫です。寧ろ腰掛けなんですから目立たなくていいです! それに、村唯一の鍛冶屋さんだったんですよね、亡くなったの。それなら今は鍛冶屋が居ないんでしょう? 僕、前の村で簡単な鍛冶とか研ぎとか加工もやらされて居たんで、本格的な鍛冶屋さんが来るまでの繋ぎとして修理とか研ぎなら出来ますし、鍛冶場の設備とかのメンテナンスもやり方知っていますから、来年人が来るまでの間の管理とかもできますよっ!」


 実際は村ではそんな事をしていない——と言うかそもそも鍛冶師も鍛冶場も無かったのだが、前世でその辺りの知識とゲームではある物の経験を積んでいるので自信があった。


 前のめりに言って来るクリンに、村長とトマソンは暫くポカンとした顔をしていたが、やがて呆れた様にヤレヤレと呟く。


「何でも有りだな、君は……本当に鍛冶が出来るのかはともかく、設備の管理が出来るのなら確かに来年までの繋ぎとしてはうってつけかも知れないな」

「本当に、君が居た村は一体全体どういう所だったんだ!?いくら何でもこんな幼児に色々とやらせ過ぎだろう!?」


 二人が信じられない物を見るような目でクリン少年を見やる。どう考えても五歳児らしからぬ過去にドン引きしている。


 しかしコレで——何やかんやありつつも、クリンの目論見通りに鍛冶場を寝床とする事に成功したのは間違いなかった。


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