第24話 転生幼児の交渉術。

「うん?何だい、そのやけに汚い子供は。見覚えがないがどこの子供だ?」

 出て来た、村長と呼ばれた男は、クリンをぶしつけな目で見た後そう言い放った。


少年的には過去一番綺麗な恰好のつもりであったので、ここでも汚いと言われてしまい、何気にショックを受けていたが門番は特にそれには触れず、


「ああ、この子供、クリン君に関係して至急報告する事がある」


 彼——トマソンは村長にクリンから聞いた話をかいつまんで説明した。


 隣村が壊滅したその理由と、その村の詳しい現状とそれを確認したのがクリンである事。そして、クリンの村もほぼ同時期に襲われており少年以外全滅したと言う話。それにより隣村の壊滅だけでなく、同時多発的に広範囲の村が襲われている可能性が出て来た事。


 この少年が自分の村の片付けをしてから出て来たので時間が開いたらしい、と言う事まで、以外に分かりやすく纏められた説明だった。


『おお、門番でもこんな短時間で頭の中で話を纏められるのか!あの村の連中ならこうはいかないよ。流石人数が多いだけはある!……のかな』


 などとクリンが考えていると、話を聞き終えた村長は深いため息を吐いた。


「なるほど……そうなると近隣の村の様子を見に行かせた方がいいか。山向こうの村と隣村の距離を考えれば、他の村も襲われている可能性は高いだろう……それにしても夜間に襲ってくる野盗集団か。やれやれ、困った事になった物だ」


 やはりこの辺りでも賊が夜に襲ってくるのは珍しい事らしい。無くは無いが、襲うにしてももっと大規模で装備がしっかりした盗賊団が下準備をした上で、更に魔物や魔獣の備えをし、この村位の規模の村を標的にしないとワリに合わない、と言うのが一般認識だった。


 普通の野盗程度では夜に襲えばクリンの村——山向こうの村を襲った連中の様に、もろともに全滅するのは当たり前の事と言えた。


「そう言えば、隣の国では内乱と不作で辺境付近はかなり厳しいらしいと言う噂を聞

いたな……この辺りで隣の村や山向こうの村を襲う程食い詰めた野盗集団など居ないだろうし……もしかしたら隣の国から流れて来た奴らが野盗に成り下がったのかもしれないな」


 夜間に貧しい村を襲うリスクを冒すのは、相当食い詰めていないとまずあり得ないだろう。この近隣ではそこまで貧困になったと言う話は聞いていない。


 それなら噂で聞いた、隣国の貧しい連中が国境を越えて襲ってきたと考えるのが一番しっくりくる考え方だった。


「隣の村が襲われてもう十日以上経っているから大丈夫だと思うが……暫くの間は夜間の見張りを増やした方が良いな。近隣の……他の村の様子が分かるまでは警戒するしかあるまい」


 何人か村から人をやり早急に調べる必要がある、と村長は腕を組みながら考え込み、ふと改めてクリンの方に目を向ける。


「確かクリン君だったね。山向こうの村で生き残ったのは君だけだと聞いたが、大変だったね。それで君はこの後どうするんだい?どこかに親戚がいるとか、頼れる知り合いがいるとか、何かアテがあるのかな?」

「それが村長。その事についても話がある」


 トマソンは今度は少年自身の事について、彼から聞いた事を伝える。


 経緯は分からないが、捨て子として村長に拾われ親が居ない事。どうやら農奴同然に扱われ、粗雑な環境で育っているらしい事。本当は名前も無くヘイローと呼ばれて居た事。流石にアレなのでその場でクリンと言う名を付けた事。


 そういう扱いを受けて来たのに本人の申告では村人の遺体を埋葬して来たと言う事。この村までの日数的にそれは事実に近いであろう事。


 そしてそういう扱いをされてきているので、恐らく身寄りは全くないであろう事、門前で聞いた話と村長宅に着くまでに聞き出した話を簡略的に語った。




『いやいや、話纏めて伝えるの上手過ぎじゃね、この人!?え、何普通の村ってこんな頭の回る人が普通に門番やってんの!?』


 クリンの村でここまで理路整然と話せる人物は見た事が無く内心驚いている間に、話を聞き終えた村長はため息を吐きつつ額に手をやる。


「全くあの村は……あまり付き合いは無いがまさかそんな村だったとは……閉鎖的な村だと未だに農奴を隠れて所有しているとは聞いていたが、まさか本当に存在して居たとはね。拾い子とは言え名前も付けない村なんて初めて聞いたよ」

「そんな訳で、この子は他に当ても無く、この村で保護して欲しいらしいんだ」

「成程、話は分かったが……保護か……それは少し困ったな」


 話を聞いた村長は渋い顔をする。


「この村は大きいが、だからと言って余裕がある訳では無い。他所の村の子供を引き取れる余裕のある家はウチの村にも無いぞ」


 村長が渋い顔をするのも当然で、この村には身寄りのない子供を預かる施設、所謂孤児院の様な物は無い。前世(地球)でも過去の時代の孤児院と言うのは基本、奴隷制度の変形みたいな物だ。村や町で子供を保護して育てると言う建前の元、実情は将来人手が足りない所へ身元保証金と言う名前の金銭で売りつける為、最低限の教育を施す機関として運用されている。


 それはこの世界でも同じだ。だがこの村の場合、規模が大きく余裕のある家がソコソコあり、身よりの無くなった子供は最初からそれらの家に引き取られて育てられている。


 だから特に孤児院が無くても回っているのだが、それは村の子供に限っての話だ。

探せば多分一軒くらいは少年を引き取っても良いと言う家は有るだろう。だが他所の村の、それも捨て子であった子供を引き取ると言うのはしたくない、と言うのが村長の本音であろう。


 もし引き取った後に村から孤児が出て、そのせいで引き取り先が居なくなる事は絶対に避けたかった。優先順位で考えれば彼を引き取るのは憚れるのは当然だった。


「あ、別に保護は求めて無いです。この村に住む事が出来ないのであればそれはそれでいいです。ただ見ての通りなので、他の村か街に移る旅費程度のお金を稼げる仕事を、少しの間だけでもさせてもらえないかな、と思っています」


「コレはまた随分丁寧な言葉を知っている子だな、しかし……仕事? お金を稼ぐ? 君の様な子供がかい?」


「はい。三歳の頃には色々と仕事をやらされていましたから、ある程度の事は出来ると思います。お金はもらえませんでしたが、食べ物を貰うためには働く必要があったんで、一通りは出来るつもりです」


「さんっ……!?君、今幾つだね?」

「五歳です」


 それが何か?と済ました顔で言うクリンに村長は暫し絶句する。


「五歳でお金を稼ぐ為に仕事を要求する子供なぞ聞いた事が無いぞ!まったく、本当にどんな所だったんだ山向こうの村は!」

「確かに五歳にしてはしっかりし過ぎだな。だが村長、折角情報を持って来てくれた子だ。それも未確認とは言え、最低でも二つの村が壊滅したその原因の情報だ。情報を貰うだけ貰って知らんと放り出すのは流石に寝覚めが悪いだろ」


「そうは言ってもな、子供を引き取るには負担が大きい。簡単には頷けない」

「広域盗賊団が出没したと言う情報だぞ。調べれば壊滅した村が後二つ三つ増えるかもしれない。これだけの情報なら普通は報奨金が出てもおかしくない筈だ」


「うむ、その通りなのだが……だがしかしその報奨金を担保した所で子供を育てるには見合わない金額にしかならないぞ」


 その子供の前で随分明け透けにいうなぁ、と思いつつクリンは口を挟む。


「ですから、別に育ててもらうつもりはないです。元々成人したら村を出て大きな街に出るつもりでしたし。報奨金とかいいですから、代わりに短期間住まわせてくれません?そうですね、時期的に来年の冬開けまででいいです。その間に旅費ためて出て行きますから」

「いや、そうは言っても五歳の子供に出来る仕事など……」


「あれでしょ、この村もあと何日もしないで種まきでしょ?その前に草むしりはあるし、そこから畑の維持管理に整備するから、害虫駆除に小石拾い、秋には畑の収穫に収穫した物の販売、納税が有るから収穫の際の落ち穂拾いに荷造り。そして冬に向けての薪集めに狩りに保存食作り。農閑期だから布とか糸作りはあるし薪割りもあるし、何なら皮鞣しに保存食作りの火の番。細かい仕事は幾らでもありますよね。それらの仕事をすれば、冬支度が終わる前に十分なお金が貯められて、村を旅立てると思うんですが」


「流れる様にこれからの仕事を言って見せるんだな、君。しかもそんな計算まで……」

「凄いな、ウチのガキだって五歳の時はこんなに頭と口は回らなかったぞ」


 二人が唖然とクリンを見て来る。彼が挙げて見せたのは実際に村で少年がやらされていた仕事だ。どれも単純作業であり子供でも出来る仕事ではある。あるが、決して五才児が普通の顔をしてやる仕事では無い。


「それが分かると言う事は本当に山向こうの村で働かされていたのだな……確かにそれらの仕事は幾らでもある。子供でも賃金を支払って雇う価値は確かに有るな」


 村長は顎を手で撫でながら考える。が、やはり首を横に振る。


「しかし短期間とは言え、それでもでもクリン君の世話をしてくれる家が必要な事に変わりは無い。了承してくれる所があるとは思えない」

「仕事しながらなら、村長の所に住まわせてもいいのでは?」


「無理を言うな。ウチはもうすぐ孫が生まれる。幾らなんでも余裕が無い」


 門番のトマソンが援護するが、村長は苦い顔のまま否定する。


「ああ確かに。だがこのまま追い出す訳にもいかないだろう。最悪村の神殿で……」


「あ、僕は三歳から家追い出されて納屋で一人で生活していたんで、空き家でも貸してもらえれば十分ですよ? 空き家が無いなら何処か村の端でも貸してくれれば自分で寝る場所作りますんで、面倒見てもらわなくても何とかなります」


「は?」

「え?」


 素っ頓狂な二人の声が村長の家の前で木霊した。

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