第23話 ヘイロー少年、己の名前の秘密を知る。
突然の事に唖然とする少年に、門番の男はやや言い難そうに顔を歪めてから、
「少し古い言葉でヘイは『おい』とか『そこの』とかって意味だ。ローは『君自身』を指す言葉で、意味的には……何て言ったらいいんだ?」
「『お前』ってのが一番分かりやすいだろ。つまりヘイローは『おい、お前』とか『そこのヤツ』みたいな呼び方で、名前なんかじゃねえよ」
先の門番の言葉を受けて、後から来た門番が同情を含めた目で見て来る。
「えぇ……まさか名前すら呼ばれていなかったとか……」
二人の言葉に流石にショックを受ける。言われて思い返せば、ヘイローと呼ばれていたのは村で農奴として使われて居た連中ばかりであり、村長も村の連中も、本気で少年を農奴扱いしていたと言う事実を今更ながらに知った瞬間だった。
「だから、本当の名前がある筈なんだ。それは何というか、思い出せないか?」
「なるほど、だから時々ローと呼ばれて居たのかぁ。愛称じゃなくて、まさかお前って意味だったとは……あ、僕捨て子なんで、他の名前なんて呼ばれた事無いです」
「なん……だと?」
さらりと言った少年に、二人の門番は思わず絶句する。
「そうかぁ~、道理で村の連中が僕の事を農奴農奴と呼ぶわけだよ。農奴になった覚えはないし、そもそも親が居ないんだから農奴の訳ないからおかしいと思ったんだ」
「おいおい、マジか!?本当に今時そんな村があったのかよ!!農奴なんてもう大昔に廃止された制度だぞ!?」
「確かに、噂では閉鎖的な村ではいまだに貧困者を農奴として扱うと聞くが……それでも昔の制度でも子供を農奴にするのは禁止だった筈だぞ?全く、どんな村だったんだろうな……」
少年の呟きに門番二人が憤慨する。聞けばこの国では農奴と言う制度は数百年前には廃止されており、近隣国でも現在も農奴制度を続けている国は無い。
奴隷制度自体はあるが、それはどちらかと言えば金銭契約に近く、借金や税金が払いきれなくなった人間の肩代わりをする代償に、掛かった費用ブラスアルファーの期間、労働を対価として働くと言ったセフティーネットに近い物であり、最低金額ではある物の賃金も支払う必要があり、また財産を持つ事も許されその財産で規定金額を支払えば契約期間内でも自身を買い戻す事も出来た。
農奴はコレとはまた別で、財産も持てず土地や家屋もあくまで所有権は持ち主にあり、賃金も支払われずに期限も無く、また子供を直接農奴にするのは禁止されていたが、農奴から生まれた子供も農奴として扱い、死ぬまで家畜奴隷の様に扱われ使い潰されていた。
余りにも扱いが酷かったので、あちこちで農奴の反乱が多発するようになってから一斉に廃止されたと言う経緯があるらしい。
しかし一部の農村では禁止されているにもかかわらず、役人の目が届かないのを良い事に不法に農奴を使う村もあり、その一つが少年の村であったと言う事らしい。
それを聞いた少年は「ふーん」と思っただけで他には特に何とも感じていなかったりする。そもそも彼自身が村の名前も住民の名前も顔も覚えていない。つまり互いに全く興味も関心も無かったと言うだけの事。
生活水準だって飯が飯と呼べないだけで大差無いレベルだ。精々がお互い様だった、と言う事なのだと思っただけだった。
「とにかく、事情は分かったが……しかし困ったな、名前が無いとなると記録に残せないし、村長にどう紹介した物か……」
「別に気にしないのでヘイローのままでも構わないですが」
「こっちが気にするわ!そんなのを名前として呼んだら俺らの方が怒られるわ!」
新しく来た方の門番にそう言われれば、流石に考え直すしかない。
「じゃ、適当に自分で付けて名乗っちゃっていいですかね?」
「良くは無いんだが……しかしこの場合仕方ない。何か思いつく名前があるのか?」
「はい。クリンと名乗ろうかと。村に時々来ていた行商人さんがそんな名前だったので、あやかってみようかと」
クリンは元の世界のゲームで好んで使っていた名前で、この体のモデルになったキャラクターに付けていた名前である。行商人云々はただのでっち上げだ。
前世の名前は、流石に顔や人種が日本人では無いし、そもそも一度死んでいる。流石にその名前をそのまま使うのは未練過ぎる気がしたので、寧ろゲーム時代の名前を名乗る方が生まれ変わった自覚が持てる。寧ろモデルにしたキャラだ。これ以外に考えられない。
「あ、確かこの辺りだと名前だけじゃなくて、出身の村か町の名前も付けるんでしたよね。元の村の名前なんて知らないので、クリンさんの出身はボッター村と言うそうなので、僕はクリン・ボッター、
こうして、この世界にヘイロー改め、クリン・ボッター少年が爆誕する事となった。勿論ボッター村などこの世界に存在しない。単純にゲーム時代に苗字も付けていたので、平民には苗字が無いこの世界の習慣に託けてでっち上げただけである。
前世で流行っていた映画の主人公の名前をモジった。のではなく、病気で体が動かなくなる前にアレコレチャレンジしている最中にレトロゲームに手を出した結果、某古典RPGに出て来る武器屋の名前、それがファンの間で弄られて呼ばれていた名前。
それが甚く気に入り、そのままどストレートに使うとアレなので、少しモジって苗字と名前に分けて付けた名前だ。
それ以降は名前が付けられるゲームでは全てクリン・ボッターを名乗っており、前世の本名よりも本人的にはシックリくる名前であったりする。
「聞いた事が無い響きの名前だな……それにボッター村なんて聞いた事がないぞ?」
「山向こうの村出身らしいからな。こちら側ではなく国境の向こうからも行商人が来ていたのかもな。あそこは国境の空白地みたいな場所だからな。一応ウチの国の領土と言う事になっているらしいが……とにかく、クリンを正式な名前として記録しよう。ヘイローを名乗られるよりも遥かにマシだ」
さりげなく国からも見捨てられた村的な門番の発言に、クリン・ボッターを名乗る事に決めた少年は苦笑する。既に無くなった村なのでそれ以上は気にしない事にする。
「とにかく、クリン君を村長に紹介しよう。すまないが後は頼んだぞ」
「事情は良く分からんが、何やら面倒事が起きたらしいな。その坊主の事も気になるから引き受けた。ちゃんと案内してこいよ」
新しく来た方の門番はそう言うと、元の門番に片手を振って早く行けとばかりに振って見せた。そんな彼にクリン少年は軽く頭を下げると、門番に連れられて村の門をくぐった。
門番に案内されて村の中の通りを歩く。舗装されては居ないが結構広く道がつくられていて歩きやすい。
歩きながらさりげなく周囲を見渡す。外から見たら大きな村に見えたが、中に入ってみると、割と家が密集して建てられており、柵で囲われている範囲は意外と狭い事が見て取れた。
恐らく半径一キロも無いだろう。クリンが居た村よりも三、四倍広い程度で人数が多い割には建物や施設がコンパクトにまとめられ、畑は全て柵の外に作られているのだと思えた。
『まぁ、人数が多くても村は村って事なんだろう』
通りの脇に立ち並ぶ、似た様な作りの家を眺めながら内心思う。建物もざっと見た感じ、この通りから外れた場所になるとポツリポツリとしか見えない事に気が付く。
途中門番の説明でこの村には大体百八十人程が暮らしているらしいが、恐らく百軒も建物は建っていない。六、七十件も建っていればいい方だろう。
そうこうしている間に村の中ほどにある一際大きい家に辿り着く。
「おお、でけぇ!コレが村長屋敷ってやつ!?やっぱこう言うのこそ村長の家だよね!」
「屋敷って……確かに大きいけれども屋敷と言う程ではないだろう。この辺りの村なら大体村長の家はこれ位の大きさがある物だぞ?」
「ウチの村長の家は他の家と大きさなんて変わらないよ。ウチの村の家だと、このお屋敷の納屋の方がデカいんじゃないかな」
「ハハハハハ。流石にそれは無いだろ。あの広さじゃ二人で生活しても狭いだろう」
門番は冗談だと思ったのか大笑いする。だが少年は冗談で言ったつもりはなく、本当にこの家の納屋の方が大きかった。そこに村長家族が六人で住んでいたと言ったらどんな顔をするのだろう、と心の中でほくそ笑む。
そんなクリンを尻目に門番は村長宅の扉をドンドンと叩き声を張り上げる。
「村長居るかい!急用だ、居たら出て来てくれ!!」
割とぞんざいな態度に一瞬目を丸くする。こんな大きな村の村長なのだからもう少し丁寧な対応をしているのかと思いきや、クリンに対するのと大差がなかった。
「何だ騒がしい。相変わらず煩いぞトマソン。人を訪ねる時はもっと静かにしなさいといつも言っているだろう!」
扉から出て来たのは小綺麗ではあるが質素な服装の中年男性だった。彼が村長らしかったが、中肉中背の特に特徴のない人物でクリンの感覚では村長と言う肩書きの割には若く貫禄に欠けていた。
彼の村の感覚だと村長と言うのは厳つい爺のイメージがあった。目の前の男では村長と言うよりは学校の主任とか教頭辺りの肩書きの方がしっくり来るな、と思うクリン少年であった。
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