第二章 幼少期 第二の村編

第21話 旅の途中のあれこれ。

 あの後。隣村に着くのに結局四日掛かった。村の後始末の七日間でマトモな食事がとれる様になったとはいえ、元々が栄養不足であり五才の体である。想定よりも大分疲れ易く長距離の移動は体に堪えた。


 隣の村への行き来は殆どは無いとはいえ、荷馬車を連れた行商人が行き来していたので道は細いが続いており、数か所に野営や休憩が出来そうな空き地もあったので、道に迷う事は無かった。


 道すがら野兎を見つけたので手製の矢で狩る事にした。保存食はあるし、麦も少しだが皮袋に入れて持っているが、食料補充できるチャンスであり、手製の弓を試す好機であった。


 それに何より肉が食いたかった。転生してから五年、肉を食った記憶はほぼ無い。何度か村の連中が森で野生動物を狩っていて村長宅に献上もされていたが、いつもの水粥に骨を煮た後であろう油が浮いていた事が何度か有っただけで肉その物は口にした覚えがない。


 結果として、弓は十分に役立った。狩りの経験など無かったが、ゲームでは狩りをしていたし弓も使っていたので、この体でも何とか真直ぐ飛ばし当てる事が出来た。


 何より習慣の夜間森歩きで気配の消し方をマスターしていたのが大きかった。兎はこちらに気が付く事が無く呑気に草を食んでおり、一発で仕留める事が出来た。


 人生初の狩りの成功と、転生後初めての肉にテンション爆上がりした少年は、喜々としてナイフで兎を解体し——盛大に吐いた。


 ゲームでの狩りで解体もあったので、やり方は知っているし、リアルでも魚や肉を捌いた事があったので、普通に解体しようとしたのだが……


 スーパーで売っている肉や魚は血抜きされているし加工が最初からなされている。ゲームでも解体があるとは言えリアルにやったら一八禁かモザイクになってしまうので大分簡略化されている。

 それになりよりゲームでは死んだ動物から体温が抜けて行く感覚もないし血の匂いもしない。皮を剥ぐときの手触りも無ければ腹を裂いた時に漂う内臓の匂いも無い。


 正真正銘のリアルな解体は、いかに「気にしない」事がモットーの少年とは言え精神に大ダメージを与えたのであった。寧ろ気にしない方が無理だ。


「うっぷ……コレはキツイ……匂いや体温があるとこうまで不快なのか……ウゲェェェェェッ……!」


 良く小説とかでは転生した後にすぐレベルアップだ何だで皆狩りとか出来るな、と思う。少なくとも自分には無理かもしれない。小動物の兎を殺しただけでコレである。人型のゴブリンとかその手の生物を、魔物とは言え果たして殺せるのか今更ながら疑問に思う。


「ええい、何を都合のいい事を!今までだって虫とか川魚とかなら普通に殺して喰って来ただろ僕!生きて行くなら何かを殺さないとならない!前世でだって僕が殺していないだけで、誰かが代わりに殺していただけだろ!甘えるな僕!!」


 吐き気が収まらない自分をしかりつける様に少年は怒鳴る。ここで躊躇して食べるのを止めたら、何のためにこの兎を殺したのか分からない。ここで食べなければ、ただ単に自分で作った弓の威力を確かめたかっただけになってしまう。


 それは犠牲になった兎に対してとても失礼な行為に少年には思えた。そして少年は歯を食いしばり、吐きながらも解体を再開した。


 適当な枝をナイフで削り、串を作りそこに捌いたばかりの肉を刺す。そして火を起こし枝に差した肉を炙る。本当は血抜きした後冷やしてから食べる方が良いと言われているが、今は水場が近くにない。


 肉が焼ける匂いが鼻をくすぐるが、一向に食欲がわかない。しかしそれでも少年は焼けたウサギ肉に村から持ち出した塩を振ると齧り付く。再び吐き気が襲ってくるが少年は無視して肉を噛み千切る。


 肉を咀嚼し飲み込み——その味に少年は一人涙を流したのだった。


 翌日からはまた移動の日々だ。ただ、農作業や森歩きでそれなりに長距離移動には慣れていたのだが、それでも長距離歩けば足に豆が出来るし膝も痛くなってくる。


 休み休み移動し何とか誤魔化して歩いたのでどうしても時間が掛かってしまった。


 それでも四日目の夕刻には村で聞いていた隣村に辿り着いた。


 否、正確には着けなかった。その場所に在ったのは焼け落ちただ広い空き地となった村跡だけだった。


 ヘイロー少年が出て来た村と同じく、建物は焼き払われており住人の姿はおろか家畜などの生き物の姿も何一つ無く、ただ焼け野原となった空き地が広がるだけだ。


「あらぁ……まさかこの村も襲われていたとか……流石にそれは予想外だよ」


 どうやらこの村にも野盗が出た様子だった。少年の村を襲った連中は埋葬した時の遺体の数から見て、ほぼ全滅したと思われるので、この村を襲った連中は別口の同族集団なのだろう。


 同じ連中であるのなら少年の村よりも遥かに裕福そうなこの村を襲った後に態々もっと貧乏な村を襲う必然性が無いだろう。恐らくもっと大きな集団が何組かに分かれて複数の村を襲撃したのであろう。


 この村を襲撃した盗賊も全滅したのかまでは分からなかったが、少なくとも少年の様に生き残った人間は居ない様に思われた。


 なぜならこの村では焼け残った遺体や瓦礫がそのままあちこちに散乱していたからだ。流石にこの村の住人を埋葬する義理は無いので、遺体に手を合わせつつ村の様子をザっと眺めた後はさっさと村の敷地から立ち去る事にした。


 見た所焼け残って使えそうな物は無かったし、襲撃されたのは村が襲われたのと同時期位の感じであったので、食料も残っていたとしても既に食べられないだろうと思えたし、無いとは思うが下手に村跡で野営でもして生き残りや野党が戻って来て襲われないとも限らないので、村跡から出来るだけ離れる事にした。


 その日は結局道から外れ森の中に入り、木の上で寝る事にした。用心の為に火を焚くのも取りやめ、残っていた保存用の練り芋を齧るだけにとどめた。


「ああ、全く予定が狂いまくりだな。この村で間借りするなり食料を買うなりする予定だったのに、どうしよう」


 そこそこ太い木に登り、丈夫そうな枝の間に木皮の紐を通し何周かさせると十分なスペースが出来るので、そこに腰掛ける。紐ではなく幹の方に体重を掛ける様にすれば、一晩位なら十分な強度だ。まだ五才でしかも欠食児の体重なので出来る芸当でもある。もう少し体重が増えたら流石にこれでは心もとなくなるだろうが。


 それは兎も角、今後どうするか悩み所であった。村にいた時にこの近辺には先程の村と同程度の規模の村が数か所あると聞いていたが、この様子ではそちらも襲われている可能性が出てきてしまった。


 まだ村から持ち出した麦も保存用の乾燥させた練芋もあるので、直ちに食べ物に困る事はない。道すがら狩りをしたり森の浅い所で食べられそうな植物や虫を確保しながら移動する事も視野に入れなくてはならないだろう。


「とはいっても手持ちの道具がほぼ間に合わせの適当な物だから、ちょっと心もとないんだよなぁ……どこかで一度落ち着いてちゃんとクラフトしたい所なんだけど」


 近隣の村もアテにならないとなると、最悪は先程の村跡も片付けるか元の村跡に戻るなりして、森から資源や廃材からある程度シッカリした道具が作り出せるようになるまで、一人で籠ると言う選択もある。


「でも流石にこの年で一人でサバイバルってのもアレだよねぇ」


 この器用な体と前世で得た知識があれば、一から手作りで家も建てられればクラフトに必要な作業場も、鍛冶に使う炉も自作できる自信はある。


 動画サイトとかで実際に作って見せた人達を何人も見ているので不可能では無い筈だ。しかし、流石に五歳で世捨て人の様な生活は出来ればしたくはない。


「大きな街は確かここから大人の足で五日位の所にあるって話だったな。道は続いていそうだしそこまで行くか……?でも食料は持ちそうにないなぁ……ん?待てよ?」


 ふと、行商人の話を盗み聞きした時に聞いた事を思い出す。


「たしか、この先に二股路があって、少し迂回する形の所にこの辺りで一番大きい村があるとかなんとか言っていたな」


 確か、直接来る方が早いのだが規模が大きい村なのでそちらを経由する方が儲けが多くなるので、少年の居た村まで来るのに遅くなる、とかなんとか言っていた。名前は確かファステストの村とか呼ばれていた筈、と少年は思い出す。


「確か隣村から馬車で日の出に出れば日暮れ前につく、歩けば一日の距離とか……」


 元はこの近隣の村はその村からの移住して開拓がなされたとかで、百数十人規模の結構な村だと言っていた筈。それだけ大きな村なら野盗への備えもあるだろうし、この辺りを襲った連中の規模では手が出せなかったのではないか、と予測を立てる。


「今の僕ならここから歩いて二日位かな?それなら食料も何とか持ちそうだし……規模が大きいなら子供一人位入り込んでも何とかしてくれるかもね」


 それだけ大きい村なら孤児院の様な物があって、そこに転がり込む事が出来るかもしれない。そうすれば取り合えず成人までは何とかなるかも知れない。


「でも、出来ればそれしたくないんだよね。そういう施設だと結局スキル上げとか勝手に出来なさそうだし。日雇いでもいいから仕事が出来るのが一番良いんだよね」


 何にしても取り合えず行って見るか。ヘイロー少年はそう決めると、大して旨くもない練芋で夕食を済ませ、日が落ちると同時に眠りに着いた。

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