第19話 お片付けと旅の準備。

 ヘイロー少年が村長宅跡地に向かうと、果たして——村長は既にこと切れていた。どうやら村長が望んだ様な生き残った村人は居らずに助けなど無かったようだ。


「死なば皆仏よ。ナンマンダブナンマンダブ。って、だから仏はこの世界じゃないのについやっちゃうね。この世界こっちで死者にかける言葉はなんていうんだろ?」


 瓦礫に押しつぶされたままの遺体に手を合わせて、はて? と思う。思い返せばこの五年でそういう状況に会った事が無かったので分からなかった。


 知らない物は仕方がない、こういうのは気分の問題だと割り切る事にし、前世のやり方で取り合えず済ます事にする。

 昨日森に入った時に集めた材料で、昨日作った不格好なシャベルモドキを補強してから、遺体の上に載っている瓦礫を撤去し始める。


 この二日でマトモな食事(?)が摂れたお陰が体に力が入り、想定していたよりも早く、柱を除いた瓦礫を取り除く事が出来た。


 少年の見立て通り、遺体の下半身は押しつぶされており、かなりの量の血が地面に染みていた。その脇の少し離れた所に、生前村長が言っていたズダ袋、こちらの世界風に言うのなら肩下げ袋が落ちていた。


 中を覗いてみると入っていたのは着替えにするつもりだったのであろう衣類が二着に保存用の食料や細々とした日用品に、そして皮袋に入った大量の銅貨と数枚の銀貨と金貨。


「おや。まさか全部使わないで残しておいたのかな?」


 銅貨はザっとだが六十枚位はありそうで、銀貨は十二枚、金貨は三枚だった。少年はケチな村長が用心の為に自分からくすねた金貨を残しておいたのだと思ったが、実際の所は少年のもたらした金貨は全部使われており、この金貨はそのお金を元手に収穫量が増えた結果、蓄えられた金貨なだけだった。


「コレは有難く貰っておこう。村から出て生活するには必要だしね。どれ位の価値があるのか分からないけれども、子供が一年位生活できないなんて事は無いだろ」


 何れ村を出て行く予定だった少年は、村に来る商人との取引を盗み見ていたので、これらの貨幣の存在は知っていた。だが流石にそれだけでは貨幣の価値がどれ位あるのかは分からなかった。だが、流石に金貨があれば当面は生活が出来るだろう、と少年は見ている。


 ただ、取引を見るに金貨は殆ど使われず、ほぼ銀貨と銀貨の取引で、銅貨が一番使われていた。そこから考えるに子供が金貨を持っていると言うのは知られない方が良いのかも知れない、場合によっては銀貨も避けた方が良いかも知れない。


 そう考え、金貨と銀貨は別に纏めておいて隠し持ち、銅貨だけをこの皮袋に入れて持ち歩く事にした。


「ま、今は金よりも遺体の埋葬だな。どうせ金なんて今あっても使えないんだし」


 中に入っていた荷物を金ごと中に詰め直すと、少年は改めて遺体の掘り起こしを始めた。村長の遺体は結局上半身だけだったので柱を完全に退かさずとも取り出す事が出来た。


 焼け残った廃材と森で取って来た木材で簡単なソリ式の台車を組み、そこに遺体を乗せて運ぶ。本当は車輪を付けたいのだがそこまでの材料もなく時間もないので、間に合わせでソリ式にするしかなかったのだった。


 村のあちこちを回り遺体を集める。殆どが炭化しているか魔物に食い荒らされるかしているので、意外に軽く少年でも運ぶことが出来たのは、変な話だが大変助かる事であった。


 そして村の跡地で地面の柔らかそうな所を選び、作ったシャベルモドキで穴を掘る。流石に五才児の体では大仕事であり遺体を全部入れられそうな程の穴を掘るのに数日掛かる。


 その間、流石にずっと森の中で寝泊まりするのも嫌なので、簡単なシェルターを作った。昔の日本でもあった、地面に棒を打ち込み、その棒に斜めに棒をくくり付け、横木を何本か木皮紐でくくり付けて上から小枝や葉などを乗せて屋根にする、三角型の雨と風が取り合えず遮れる程度の所謂ターフ型テントに似た物を作り上げていた。


 作り方は前世のサバイバルサイトで動画が公開されており、それを散々見まくって居たので知っていた。つくづく体が動かなくなる病気なのにサバイバル動画を見ていてよかったと思った瞬間であった。


「ホント、何が役立つか分からないよなぁ。まさか転生先で衣食住を五才にして自力で作り出さなきゃいけなくなるハメになるなんて思いもしなかったよ」


 暗くなると埋葬作業は中断し、火を起こしてその灯りを頼りに村から旅立つ準備をする。もう急いで村を出て行く必要は無くなったのだが、流石に無人になった村に一人で暮らすつもりなど無い。


 近隣の村か町にでもたどり着きそこで大人になるまで移住するつもりである。幸い、その為の資金は手に入ったし、後少しすれば秋に向けての農作業が始まる。


 例え五才でも近隣の村でも人手は幾らでも欲しい筈なので、腰掛けで住む事は可能であると踏んでいる。


「とは言え行き当たりばったりだよねぇ。つくづく行商人から情報を得られなかったのが響いて来るなぁ」


 今更言っても仕方が無いか、と前向きに考える事にする。隣の村はこの村よりは大きいと聞いているし、時期的に種植えから畑の維持、収穫までは人手がそれなりに要る筈なので、子供でも何かしら仕事はあるだろう。


 そう思う事にして夜の間は、当面の移動の為の準備をする。

 先ずは衣類だ。少年が着ているのは服と言うのもおこがましい垢まみれのボロキレだ。流石にこんな格好で近隣の村を頼っても追い返されかねない。


 幸い、村長の遺品の中に衣類があったので、それを加工する事にする。当初木皮から糸を自力で作り出さねばならないかと覚悟していたのだが、材料になる服があったので割と簡単に加工が済む。元々簡素な造りなので、布地を詰めるだけで簡単に作る事が出来た。


 余った布は肩掛けカバンの補修に使った。五才の体には結構大きく、色々と運ぶのには便利そうだったので瓦礫に潰されてボロボロになったのを直して使う事にしたのだった。

 次に作ったのは剣と弓だった。今は火を焚いていれば動物や魔物は寄り付かないが、今後絶対に襲ってこないとは限らないし、村から出た後でも大人から聞いた話では一番近い村でも二日かかる。大人の足で二日なのだから、子供の身体の彼ならもっとかかる筈であった。


 そうなると移動の最中の自衛手段は必須であるし、食料の残り量次第では途中で狩りなどをしないと移動は困難になりかねない。


 したがって武器の作成は必須だ。原始的な武器の代名詞であるスリングを作るかと考えたのだが、アレはアレで訓練しないとそう簡単に当たらないと聞くし、そう都合よく手頃な石を見つけられるとも限らない。


 そこで、取り敢えず狩猟にも使えそうな弓と木や草を掃える剣を作る事にした。本当は槍が欲しい所であったが本格的な鍛冶は当然出来ないので穂先を作る事が出来ないために諦めた。


 剣も本来なら諦める所であったが、そこは前世が暇人の引きこもり病人、色々とネタは仕込んである。彼が目を付けたのは前世の南米アスティカで使われていた木剣、マクアフティルである。


 木剣と侮る事なかれ。ただの木剣ではなく刃の部分に石や金属片などをはめ込んだ、かなり凶悪な武器である。良く研いだ石を板で挟み込んだり、小さい金属板を研いで刃にした物を埋め込んだりして、相手に当たれば普通の剣の様に切る事も出来る。木剣と言うよりも木鉄剣、木石剣と呼ぶ方が相応しい。


 本体が殆ど木なので軽く、しかし柄尻の部分にリングがついておりその部分に紐を通して振り回せば遠心力でえげつない威力が出る。古代アスティカで猛威を振るった武器である。


 村の焼け跡から小さい金属片は幾つも手に入れていたので、薄い金属板の形の物を選び石で研いで刃を付け、溝を掘ったバットの様な形状の木の棒に埋め込んで、簡易的に作った木皮の紐できつく縛り簡単に金属板が取れない様に補強する。


 少年の体格に合わせたので短剣サイズであり、切れ味の悪いナイフ一本で作ったのでかなり不格好であったが、これでも小動物相手なら十分切れる筈である。


 次に作ったのは弓である。森で良い感じの硬そうな枝を拾ったので、皮を剥ぎ火であぶって曲げ、湾曲させる。剥いだ皮は煮て叩いて繊維を取り出し弦紐に加工する。


 およそ六十センチ程の弓だが、少年にとっては体の半分以上はあるサイズの弓が出来た。試しに引いてみるが、特に材料を厳選した訳でも特別硬い木を選んだわけでも無いので、少年の筋力でも簡単に引く事が出来た。


 が、その為かハッキリ言って弱い。十数メートルも飛べば御の字で確実に矢が刺さる距離は八メートルも無いだろう。


「う~ん……流石にコレは武器として用をなさないよなぁ。作り直すか? でもこのナイフで削れる程度の木なら結局威力はそんなに変わりそうもないし……まてよ?」


 そこでふと前世で見た動画を思い出す。自作弓を紹介している動画で、その弓のコンセプトは、「弓一本で弱い? なら二本にすればいいじゃなーい」とでも言うべきものだった。


「そうだ、確か、ダブルリカーヴボウとか言うヤツ!アレなら何とかなるかも!」


 思い出し、もう一回り小さい弓を作る。今度は三十センチ強位の大きさの弓だ。この弓を元の弓の反対側に組み合わせる。形で言えば )( の形状に組み、持ち手の部分できつく紐で結び、小さい方の弦は大きい方の弦の方にそれぞれ括りつける。


 これにより、張力は倍以上になり間に合わせにしては結構な威力が出せる様になった。欠点は少年の筋力では完全に引き切る事が出来なくなった事と、二本の弓が重なっているので握り手の部分がぶ厚く持ちにくくなった点である。


「まぁ、別にコレで戦争とかするわけでもないし。取り合えず身を守る武器としては及第点でしょう。後は矢を何本か作っておかないとだね」


 これ等を作るのに正味四日かかったが、何にしてもコレで村を離れても何とかなりそうになった、と胸をなでおろす。つくづく今回の体は器用で良かった、と思うヘイロー少年である。前世の体ならとてもではないが五才でこんな加工が出来るとは思わなかった。


「ホント、セルヴァン様には感謝だね。話が全然違うじゃねえか! とかも思ったりしない訳では無かったりするんだけれども!! こんな苦労するなんて聞いていたら思い直していたとすら思うけれども!! でもお陰様で最終的には何とかなりそうなのは有難いかな、うん」


 どうしても恨み節が出てしまうのは許して欲しい、と思いつつも、作り上げた武器をシェルターに仕舞い、代わりに彫りかけの神像を取り出すと、その日も眠くなるまで彫り続けた。




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