第18話 知らんがな。と幼児は言いたい。

「……何をしているんだロー……」


 気が付けば、そんな声が掛けられる。


「んお……? あ、起きたんですか村長」


 思わず熱中し、思いのほか時間が経っていたようだった。頭上にあったはずの太陽は大分傾き、少年の周りには大量の木くずが散乱していた。


「いやぁ、つい夢中になって作っちゃいましたよ。まだ完成には程遠いですがね」


 そう言って今まで削っていた木材を村長の方に向ける。それは二十センチ程の大きさの木材で、大雑把ではあるが何となく人の形に見える程度には削られていた。


「キサマ……こんな時に人形なんか作っていたのか……」

「や、人形ではないですよ。これでも神様のつもりです。御神像ってやつですよ」


「……何?」

「思い入れも無いし特に恩も感じていない村ですが、まぁ……生き残ったからには最後に骨を埋める位はしようかな、と。それ位は義理と言う物でしょう? ただ埋めるだけだとアレなんで、仏ぞ……じゃなかった、神像でも供えようかなと思いまして」


 そう言って作りかけの木像を村長に見せる。大雑把ではあるがある程度人に見える位には木には彫刻がなされていた。別に信心深いから掘ったのではなく、前世のゲームで神像などの神仏関係の制作が初心者の定番スキル上げであった為で、ただの偶然である。それらしい理屈をつけて見ただけだったりする。


 一応モデルにしているのは転生した時に見たセルヴァンの姿だ。まだ全然面影が無いが、異世界で菩薩とか如来とか彫ってもご利益があるか分からないので、彼なりにこの世界に合わせて見た結果である。


「この……縁起でもないクソガキが! 何が神だ! そんな物を作る暇があるのならワシをさっさと助けろ! 全く気の利かない愚図が!!」


 しかし村長にはただの子供の遊びにしか見えず、顔を真っ赤にして怒鳴って来る。


「ああ、はいはい。一応瓦礫をどかせそうな道具を作りましたから、何とか出来ると思いますが……覚悟は決まったんですかね?」

「何が覚悟だ! お前の戯言など信じられるか!! さっさとワシを助け出せ、それが終わったら他の連中も助けるんだ!!」


「えー……言い難いんですが、材料集める時にざっと見ましたけれど、生き残っているのは今は村長だけですよ。と言うか焼け残っている瓦礫はココと倉庫の一部位で後は大体焼け落ちていますよ」

「なんだと……嘘を言うな、ワシが動けないからと言ってそんな嘘を……」


「少なくとも今の今まで他に生きている人は見かけていません。生き残りがいるのかもですが、少なくとも村内……跡地内には居ません。居たとしても逃げ出したんでしょね。動けるのは僕だけ、他に生きているのは村長だけ。実際に今まで誰も来ていないでしょう?」

「そ、それは……」


「何なら首だけ動かせるようにして、すぐ向こうにある黒焦げ遺体でも見せましょうか?体型的に多分奥さんでしょう。それとも向こうの路上で魔獣に食い散らからされた遺体でも持って来ましょうか?」


 そう言い放つヘイロー少年の顔を憤怒の表情で睨みつけるが、当の本人は特に何の感情も無い全くの無表情でぼんやりと見返して来るだけだった。


 余りにも感情のこもっていない少年の態度に、村長ももしかしたら本当かも知れない、と言う思いが湧いてくる。


「って、そう言えば知らない間に村民募集していたんですか?何か見覚えのない連中の遺体がその辺でゴロゴロしていますが」


 一瞬、少年の言っている事の意味が分からなかったが、徐々に昨晩に見た連中の事では無いかと思い至る。


「……そいつらは恐らく野盗だ。昨夜押し込んで村に火をつけて廻った奴らだろう」

「野盗!? え、夜に野盗? 本当に? 正気なのそいつら!?」


 村の情報から切り離されていたヘイロー少年でも、流石に夜に血の匂いをさせる事の危険性は知っている。人を襲うのも殺すのも昼間。夜にやるのは自殺行為であるのはこの世界の常識と言っていい。


「ハッ!こんな小僧でもわかる事をやったのだから、確かに正気ではあるまい。しかし……ふん、そうか魔獣に襲われたのか……馬鹿な奴らだ。村を襲った所でろくな物など有りはしないのに……挙句に自分達も魔獣に食われたら世話はない」


 アンタも十分その馬鹿共と変わらないよ、とは流石に口に出さず少年はただ黙ったまま村長を見返しただけだった。しかし、村長はそれに気が付かずに続ける。


「奴らは盗賊だったが……話し合っている言葉からどこかの村で食い詰めた奴らの集まりだろう。全く、他所で食い詰めたからとこちらを襲っても収穫量など同じような物だ、大した物など有る訳が無い!!」


 それ以降村長の口から出て来るのは、ただひたすらに村を襲った盗賊に対する愚痴であった。悪口雑言と言ってもいい。


 今そんな事を言った所で意味ないだろう、と思うと同時に、これだけ喚いたら寿命縮まるんじゃないだろか、とも思ったが取り敢えず喚いていれば気がまぎれるんだろうと思う事にして、右から左へと聞き流す事にした。この五年で意味不明な罵声に対するスルースキルも格段に上がっている。


 かくしていつ終わるとも知れない村長のダミ声をBGMに、中断していた神像作りを再開した少年であった。


 暫く彫刻を続ける内に、ふと村長の喚きが止まっている事に気が付く。


「んお!? やばっ、静かになっている? とうとうお亡くなりに!?」

「死なんわ、縁起の悪いガキめ」


 慌てて村長の方を見るとじっとこちらを見ていた。


「はぁ、流石しぶと……丈夫ですねぇ。まぁいいや。それより、そろそろどうするか決めてもらえます? 大分日が傾いてきましたし、どうするか次第では僕の今日の寝床を確保するのがそろそろ難しくなりますんで」


 最も、今からではシェルター的な簡易掘っ立て小屋ですら作るのは難しい。二日連続木の上はちょっとキツイなぁ、なんて思っていたが村長はそれに答えず顔を仰向けに向けると押し黙ってしまった。


 暫くして再び村長が口を開く。

「……ワシは本当に助からんのか?」

「はい」


 こちらを見ようとせずに聞いて来る村長に、殊更淡々と答える。


「ただ腰の上に柱が乗っているだけでか」

「柱の向こうは瓦礫に埋もれています。どう見ても潰れています」


「そう見えるだけで潰れていないかもしれないでは無いか」

「だとしても同じです。潰れていなくても二時間以上瓦礫に押しつぶされていた場合、瓦礫と柱が無くなると同時に止まっていた血が一気に流れて、大体の場合はショックで死にます」


「見て来たような事を……何故分かる」

「直接見た事は無いですが知識としては知っています。常識みたいな物だったので」


 これはクラッシュ症候群と言う、災害大国日本では割と聞く症状だ。血流が止まり細胞が壊死し始めて止められた血に血中毒素が溜まり、その止まっていた血流が急に再開しだすと一気に血中毒素が体中に流れてしまい、心不全や腎不全を引き起こし死亡に繋がる。


 必ず死ぬ訳ではないが、人工心臓や人工透析など有る訳が無いこの世界ではほぼ助けようがない。


「ローの知識などアテになるか。助かるかも知れないでは無いか、その可能性はないのか」

「話に聞いた回復魔法とか、魔法のポーション? とかがあれば助かるかもですが、勿論僕にはそんな物は使えませんし持っていません」


「どうあってもワシをこのまま死なせたいらしいな」

「ただ事実を言っているだけです。まぁそもそも僕の力じゃこの瓦礫をどかすだけで半日仕事で柱をどかすのはもっと大仕事です。それまでちます?」


「……」

「まぁ、色々と道具になりそうな物は作ったんで、半日程度で瓦礫も柱も上手く行けばどかせるかもですが……割と詰んでいる状況ですね」


「なら何故もっと早く瓦礫をどけない! ワシの命だぞ、何が詰んでいるだ!!」

「だから人の話を聞か無いジジぃだなぁ。早く掘ったら早く死んじゃうだけだっての。結果はどっちでも同じなんだからさっさと決めてって言ってるじゃん」


 いい加減うんざりしてきて普段の口調に戻るヘイロー少年に、村長は気が付いた様子もなく声を荒げる。


「お前は黙ってワシを助ければ良いんだ! 何が死ぬだ、ワシが死ぬわけがない!」

「大丈夫、人間誰しも一度は死ぬものよ。案外悪くないかもよ死ぬのも」


「何が悪くないだ! 死んで良い事なんてあるか!! ワシはこんな所で死ぬ人間じゃない!」

「皆必ずそう思う物よ。僕もに考えたし」


 村長は、軽い口調でそう言い放った少年に激高した顔を剥けるが、その時に見えた少年の目の色の暗さに思わず言葉に詰まる。


「は……な? 何を……?」

「僕も死は一度経験しているから。今世は前の記憶を持ったままの転生ってヤツ。だから村長の気持ちはわかるなぁ、自分だけは死ぬわけがないとか考えちゃうヤツ」


 暗い瞳のままクツクツと笑う。その姿は村長には正に死の淵からこちらを覗く悪魔の様に思えてしまう。


「んな訳ないから。人間誰でも死ぬときはアッサリサッパリ死ぬもんです。でも大丈夫。神様って奴は見てるから。何ならリピートしてまで見てるよ。案外村長は死んだら神様に気に入られるかもね」

「死んだ……転生? 何だそれは……神だと? 何を言っている……!?」


「僕も自分が死ぬまで知らなかったんだけど、神様って最後までしぶとく生きようとする人間がお好みらしんだよね。だから最後まで生にしがみ付いて足掻く姿はもしかしたら神様の目に留まって新しく生まれ変わらせてくれるかもよ?」


 少年の言葉に、村長は得体のしれない気持ち悪さを感じる。この世界では輪廻転生はそこまで浸透した考え方ではないし、少年の様に気軽に神の名を出していい物でも無い。


「何だそれは……生まれ変わりだと!? そんな物はあるか、死んだら終わりだ何もない。転生だと? そんな物がある訳が無い」


 コレは村長だけでなく、この世界での一般的な考え方だ。この世界では輪廻転生と言う考え方は一般的では無い。一部の神学者が提唱してはいるが一般的に支持されてはいない。死んだ者の魂は死者の世界で眠り、いずれは消滅するものだと一般的には信じられている。


「そう言われましても実際に転生している訳で。ま、村長が信じようが信じまいが僕には関係の無い話だしね」

「デタラメだ! 死んで神に新たに生まれ変わらされただと? それは神に選ばれると言う事だ。自分が使徒様だとでもいうつもりか!?」


「まさか、僕が使徒だなんて高尚な存在な訳が無いでしょ。神に選ばれた訳でも……って、一応選ばれた内に入る……のかな? 直接転生してもらった訳だし」


 その割には今生は随分と厳しいし、聞いていた話と境遇が違い過ぎるんじゃね? と口の中でブツブツと愚痴るヘイロー少年。そんな少年を村長は薄気味悪い物を見る目で睨む。


「村の人間を誰一人助けられず、何が神に選ばれただ!何が使徒だ!!それならワシを助けて見せろ! 神に転生させられたのなら出来るはずだ!」

「何、その都合の良い解釈。そんな能力あるなら最初からこんな村で生活してないと思わないのかね。第一そんな便利な存在じゃないって言ってんじゃん、さっきから」


「うるさい! 貴様の様な頭のおかしいガキに頼ったワシが愚かだった! 神に選ばれただのと何様のつもりだ! ワシが助からないなどと大嘘を吐きおって!!」


 とうとう聞く耳を持たなくなったのか大きな声で怒鳴り散らし始める。やがてその言葉は支離滅裂となり、ただの喚き声に変わっていき、ヘイロー少年はうんざりとした様子で顔を顰めた。


「はぁ、最後まで話が通じないのかねこの爺さん。喚いた所で何も変わらないのに」


 で、結局掘り起こすのかそのまま放置するのか、どっちがいいのか決めて欲しい。そろそろ本気で日が落ち始めているのに、とか右から左へ聞き流していると、


「……もういい。ローになど頼らん。貴様の話は嘘だらけだ。きっと村の連中は死んでなど居ない。どこかに避難しているだけでその内戻って来る。ワシも絶対に助かる。そうしたら使徒様を騙る不吉な小僧など村から叩き出してくれる」


 どうやら少年が話した事は全て嘘であったとしたようだ。生き残りなど他に居ないが瓦礫に埋もれた村長には確認しようが無いのでデタラメと言う事にするらしい。


「騙ってないでしょ、ガッツり否定したじゃん。何だかなぁ……ま、それで気が済むなら別にいいけど。所詮人間は信じたい物だけを信じる生き物だと言うし」


 ヘイロー少年は肩を竦め、


「じゃあ、結局何もせずこのまま放置ってことで良い訳ね」

「いいからさっさとワシの前から失せろ。声を聞くだけ不愉快だ。ワシは死なん。死んでたまるか。村人だって皆生きている筈だ、きっと戻って来る」


「はいはい、解りましたよ、と。時間の無駄もいい所だったなぁ。まぁ、この話が通じない感こそ村長らしいんだけど」


 少年はそう返しながら体に付いた木屑を払うと彫りかけの神像は懐に仕舞い、間に合わせのスコップモドキや鍬モドキを脇に寄せて纏めると、その場を去る事にした。


 二日連続で森の中で寝るのも落ち着かないのだが、今から間に合わせの寝床を作るにも流石に時間が足りないのであきらめる他が無い。食料こそ昼間見つけた麦や芋類があるので、そこだけは助かる所ではある。


 と——


「待て」

「ん?」


 去りかけている所を呼び止められ振り向く。村長はこちらを見ていないが、立ち止まった事は察知しているようだった。


「この忌々しい柱に押しつぶされる前、ワシは袋を肩に下げとった」

「……はい?」


「今、ワシの肩に紐が掛かっていないと言う事は、この瓦礫のどこかに一緒に埋もれたのだろう」

「はぁ……」


「……いや、何でもない。それだけだ。さっさと失せろ」


 それだけ言うと、村長は押し黙ってしまった。一体何が言いたいのだろうかと少年は暫しの間考えたが、やがて肩を竦めて、


「ジジィがデレた……のか? 判っちゃいたけど、やっぱ会話が成り立たないよね」


 割と酷い感想を口にして、そのまま森の方へと立ち去ったのであった。


 翌日。日の出の少し前に目を覚ました少年は、まだ薄暗い森の中で火を起こしその灯りの中、途中であった神像を掘りだす。


 これまでの生活でも日の出前に起きて一仕事終わらせるのが習慣になっており、こんな状況であってもその習慣は抜けない様だ。


 日が出てから少しして、火の始末をしてから村の跡地に向かう。途中で何時もの薪拾いに使う間に合わせ背負子を作り枝を集めて積む。


 村跡に着くと、流石にもう燻ぶっていた煙は全て消えていた。元々貧乏な村であり家屋も大した量の木材を使っていないので、燃えたらあっという間に燃え尽きてしまったのだ。


 昨日見つけた歪んだ鉄鍋に井戸水を組み、昨日と同じ場所で火を起こし麦粥を作って朝食を済ませると、村長が埋もれていた場所へと向かう。

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