第17話 前世の格言は意外と使い所が難しい。
「あれ? ココまで焼けてるの!? 何で?」
村の貯蔵庫まで来た少年は、見事に焼け落ちている貯蔵庫の姿に唖然とする。
この村では、収穫され売った分以外の麦や野菜は一か所に集めて保管している。収穫量がそこまで多くないので村の住人で分け合うしかないので、村の貯蔵庫にいったん集めた後に週に一度とか二週に一度のペースで各家庭に配給している。少年はこの村以外知らないが、規模の小さい村では大体この方式であると話で聞いている。
なので、この手の貯蔵庫は何かあっては困る為、ここだけは残る様に、周囲からは隔離された場所に作られている。
本来は周囲で火事や水害が起きてもここには被害が及ばない筈である。それなのに綺麗に焼け落ちていた。
野盗が火をつけて回っていた事を知らない少年は、当てが外れてがっくりと項垂れてしまう。
「ぇぇ……ここに来れば食べ物があると思ってたのに……家探しするにも全部焼けちゃってて他にアテなんて無いよ……」
暫し茫然とするも一縷の望みを掛けて、焼け残った物が何かないかと探してみる。と、おかしな事に気が付く。燃えカスに殆ど貯蔵されていた食料品の痕跡が殆ど無かったのだ。
「もしかして誰かが運び出したの? え、じゃあ実は結構生き残った奴が居たり?」
その割には遺体の数が記憶にある村の人数よりも大分多い。しかし、貯蔵庫に備蓄があった痕跡が無いのも事実。
「え~あまり会いたくないんだけどなぁ……こんな状況でもあいつらが僕に食べ物分けてくれるとは思えないし」
目的の食料が無い以上何時までもここに居ても仕方がないと、離れながらぼやく。が、運良くと言うか偶然と言うか、魔獣に襲われたらしい遺体の側に食料を詰めた籠らしい物が散乱していたのを発見した。
遺体の方は魔獣に食い荒らされていたが、食べ物の方は散乱してしまってはいるが手付かずで何とか食べられそうな物も見つける事が出来た。
出来たのだが、麦やイモ類だったので今度は調理しないと食べられそうにない。結局何軒かの家屋の燃え跡を漁り、焼けて歪んでしまっているが使えそうな鉄鍋を見つけ、使えそうな井戸から水を汲み適当に煮て粥の様な物を作る。
幸い……と言っていいのかは分からないが火種には困らないし、燃え残った木材も拾い放題だった。
「おお……まともな麦粥なんてもしかしたら初めて食べたんじゃなかろうか……何か滋養が体に染み入って来る様だ……」
こんな状況だが、転生して初めてのまともな食事に少年は感涙する。何よりあちこちと食料や調理道具を探している途中に塩を見つけられたのが大きい。
因みにその塩も見覚えのない遺体が抱えていた物だった。気にしたら食べられなくなるので、その遺体には前世式に手を合わせて「なんまいだぶ」と呟いてから有難く頂戴した。
麦と野草と言う名の雑草の、ある意味食べ慣れた粥だが今回はちゃんと形のある麦で、しかも匂いだけでなく食べれる量の麦が入っている、何と言っても塩で味が付いて居る。ヘイロー少年にとってはこの世界で初めて口にした大ご馳走である。
本音を言えば後十杯とか食べたい所ではあるが、前世の知識で普段からあまり食べていない人が急に大量に食べたら危険だと知っていたので、量は控えておいたので満腹には程遠かったが、十分満足していた。
「ふぅ、食った食った……さて。確か飢えた状態で急に重い物を食べたら危険、てのは麦粥で回避できたとして……他にも確か、食べた後に急に動くのもダメだったんだよな」
伊達に前世で病気入院していない。若い頃に海外医療ボランティアで貧困国に支援に行った経験があると言う腕時計の趣味が悪い担当医から、入院中の雑談でその辺りの知識は入手済みである。
毎夜森で食料調達をしていたとは言え、絶対量は足りていない筈なのでこういう用心はせねばなるまい。そう考えたヘイロー少年はその場でゴロリと横になる。
「親がしん……って、コレは流石に不謹慎かなぁ。まぁアレを親とは認めないけれども。何が無くても食休み、って方にしておこうかなぁ」
一人でブツブツ言って目を瞑る。数秒程で直ぐに穏やかな寝息を立て始めた。野晒しでしかも村が全焼し、魔獣に食われたらしき遺体が転がる中で何とも豪胆な事であるが、少年の感覚では、村の中には既に魔獣の姿はないし、これだけ煙が燻ぶって居れば新たに魔物や肉食獣が森から出て来る事はないだろうと踏んでいた。
何よりも普段から防犯なんて「ナニソレオイシイノ」と言っている様なボロ小屋で生活していたのだ。ネズミとか虫とか普通に入って来るし、しかも熟睡して寝過ごそう物なら村長かその家族に殴り起こされる。
何時野生動物とかに襲われるか分からない、殆ど野宿と変わらない環境であるため実は熟睡する事は無く、ちょっとした物音や気配がすると直ぐに目が覚めると言う、お前は何処の暗殺者だよ、的な特技を身に付けていたりする。
特に最近は気配を察知する能力が高くなっているので尚更だ。従ってこんな状況、こんな場所でも平気で寝れるのであった。
三十分程してヘイロー少年は目を覚ますと、自分の体に変調をきたしていない事を確認すると、まだ使える井戸で水を汲んで顔を洗いそのまま森へ向かった。
食べ物を探す時に村の中をざっと見たのだが、やはり村の家屋は全焼していた。家屋の材木をケチったのか、どの家も煙が燻ぶる程度で消火が必要な程にまだ燃えている家など見当たらなかった。
つまり使えそうな道具は何一つなかったのだ。仕方なく何時も薪拾いに行く森に向かい、いつもとは違い丈夫そうなある程度太い枝や幹を数本見繕って村跡まで運ぶ。
村長がどういう判断をするかは分からないが、どちらを選ぶにしろ道具が無ければ何も出来ないので、取り合えず良い感じの長さと太さの木を集めておこうと思ったのだった。
途中、魔獣に襲われたらしい遺体がナイフを握っていたままこと切れていたのを見つけたので有難く頂戴する。コレも前世の習い性でつい両手を合わせて頭を下げてから、『いざという時にはどうしても仏教や神道の習慣が出てしまう当たり日本人気質が抜けていない様だと』苦笑いしながら遺体からナイフを取る。
「う~ん、ろくに研がれて居ないし結構ななまくらだけど……まぁ石ナイフよりは大分ましかな。加工に使うのには役立ちそうだね」
鞘は見つからず剥き身のままだったが、切れ味は大分悪いのでそのまま腰ひもに差して持ち運ぶ。押しつぶされた村長の元へと戻ったのだが、どうやら気を失っているようで反応が無かった。
最初間に合わずに亡くなってしまったかとも思ったのだが、胸が上下していて呼吸がある事はすぐに見て取れた。
「流石村長、丈夫だねぇ。仕方がない。このままにしても掘り出すにしても道具がない事には話にならないから今の内に色々と用意しておこうかなぁ」
ヘイロー少年は一人で呟くと、再び森に入り使えそうな木材を集めたり、村に戻っては焼け跡から焼け残った金属類を見つけて一か所に集めておいた。
それらの行動をした後でもまだ村長は起きず、また日は高いままであったので今の内に目ぼしい道具を作ろうとした。
最初にした事は拾ったナイフを研ぐ事であった。懐にしまっておいた石ナイフを取り出し、水をかけるとその石にナイフの刃先を押し当ててゴリゴリと研ぎ始めた。
専用の砥石ではないが元々石ナイフとして使っていた為に粒子は適度に細かく、また平たい物を選んでいたので、十分代用として使えたのだった。
「う~ん、砥石で言えば中砥位かなぁ。荒砥では無い筈だけど随分研げるなぁ。相当柔らかいなこの鉄。もしかして焼き入ってないんじゃないか、コレ?」
現実で研ぎなどしたのは初めてだが、やたらとリアルに拘っていた前世のゲームでは散々やって居たし、五歳では在るがそのゲームで使っていた手先の器用な体が相まって割とスムーズに研ぐことが出来た。
とは言え初めての研ぎで、ちゃんとした砥石でもないただの石でこんなに簡単に刃先が研げたのは、このナイフに使われている鉄の質が悪かった事か、焼き入れ温度が低いか、されずに焼きなまされただけなのか、或いはその全部であるのだろう。
質が悪い上に低温で焼かれた鉄は普通よりも脆く、目が粗い石でも結構簡単に削れたりする。焼きなおしをすれば多少はマシになるだろうが、今回は取り合えず切れればいいので諦め、仕上げ砥石がないので拾い集めた金属片を刃に当てて擦る。
やはり拾った鉄の方が硬かったので、こんな雑なやり方でも十分表面をならす事が出来た。
「まぁこの石ナイフよりは持つでしょう! コレで良しとするしかないね! お次は……」
拾ってきた木の中で、なるべく丈夫そうで真直ぐな物を選び、研ぎ終わったナイフで木から皮を剥ぐ。この辺りの木は皮が結構剝きやすいので、何を作るにしても取り合えず皮を剥いだ方が使いやすい。そして剥いだ皮は乾燥させて叩けば結構丈夫な繊維になる。
それを撚れば紐として使う事が出来る。実際にこの村の住人もそうやって紐を作り木を組んで結んだりするのに使っている。
作り方はこの五年何度も見て来たので覚えている。本来は煮たり乾燥させたりを繰り返して木皮から繊維を取り出すのだが、今回は取り合えず結べればそれでいいと考え、井戸から汲んで来た水に浸した後、焼けた家の灰を被せその上からまだ熱い燃え残りを被せる。
「ふははははははははっ、前世では何の役にも立たなかった僕のサバイバル知識が火を吹くぜ~!」
何だかんだで楽しそうな少年である。何かを作り出すのが元々好きであったし、これまで散々邪魔されて来たのだ。不謹慎では在るが誰にも邪魔をされずに物を作ると言うのは、やはりとても楽しく感じてしまう。
皮を剥いだ木材をナイフで削って厚みを整え適当な長さに切り揃える。先端部分に切れ込みを入れて、燃え残っていた中では適当な大きさの板を噛ませる。幾つか同じ物を作ると、地面に埋めておいた木の皮を掘り起こす。
数時間程度しか経っていないが、今回はこれでいい事にして、丸太っぽい太さの木で木皮をガンガン叩く。五才児の筋力ではやはりたかが知れているが、それでも繊維が解れて行き、木繊維の様な物が取り出されていく。
いくつかの繊維の束が出来たら地面に枝を突きさし、繊維を引っ掛けると水を掛けながら繊維をヨジヨジと依って行く。本来はもっと時間を掛けて乾燥が必要なのだが、その場しのぎで構わないと繊維を依っていき紐状に依る。
木の皮で作るのは初めてだったが、森の中に自生している蔦で何度も間に合わせの紐を作っていたので手慣れた物である。
一時間もしないでかなり不格好ではある物の、結構な長さの紐が数本出来ていた。
「うむ……やはり全然だめだねぇ。ゲームなら最低品質の廃棄品クラスだ……でもまぁ、今は使えれば良いんだよ、使えればうん!! ……ちくせぅ……」
出来上がった紐を前に凹むヘイロー少年は、その紐で先程木と板をはめ込んだ部分を紐でしばりつけて固定する。今の筋力ではそんなに強く縛れないので間に木の枝をかまして絞る事で結束を高める。
出来上がったのは原始的なシャベル……に見えなくもない廃材だった。
「ぬぅ……丁度いい鉄材があれば先端を覆ってもう少しマシになるんだけどなぁ……流石にコレが限界かぁ……」
出来上がったシャベルモドキを見て、更にしょっぱい顔をする。クラフトマニア的には全く満足の行かない出来らしい。
五才の体で碌な道具も無く適当に拾ってきた物だけでここまで出来れば十分なのだが、なまじゲーム時代並みに器用な体であるだけに、もっと早くから木工を繰り返して居れば、もっとマシな物が作れたのではないかと思ってしまう。
「まぁそれも今更だよねぇ。そもそも木工に使える道具から作る必要があった訳だし。無い物ねだりするよりも、今から練習するしかないよねぇ」
取り敢えず、今はナイフで木を加工する作業に慣れる方が先だと考え、少年は集めた木材の中から少し大振りの木を手に取り、ナイフでゴリゴリと削り出し始めた。
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