第16話 転生幼児は気にしない。
「あららぁ……………綺麗さっぱり焼けてらぁねぇ……」
翌日。村の入り口に立ち、朝と言うには随分高く上がった太陽に照らされた、火の手こそ収まっているが未だ煙が燻ぶっている昨日まで自分の住む村である場所を見渡し、場違いにノンビリとした声を上げる少年が一人居る。勿論ヘイロー少年である。
彼はいつもの如くほぼ水と草の名ばかり粥を平らげた後、ひと眠りしてから日課の夜食探しに森へと入っていたのだが、戻りかけの時に何か村の方角が騒がしい気がし、嫌な予感を覚えた為、村に戻らず森の中で木の上に登って一夜を明かす事にしていたのだった。
ただの杞憂であった場合、住処に居ない事がバレると後が怖いので、日が昇る直前に村に戻ろうとしたのだが、普段よりも森が騒がしく何やら魔物や動物やらが活発に動いている気配を感じ取り、諦めて森が落ち着くまで隠れていたのだった。
ようやく魔物の気配が消え動物達が落ち着いてきた頃には太陽はとっくに高く上がってしまっていた。命には代えられないのでどうやって誤魔化そうかと考えながら村の方に向かったのだが——
「まさか村が火事で焼け野原なんてねぇ……流石に予想外もいい所かなぁ」
村を申し訳程度に囲んでいた柵は倒され、或いは燃え、村の敷地内に点在していた家は全て燃えるか倒壊するかし、動く物は何もないと言う、変わり果てた村の様子に、それでものんびりとした声で少年は呟く。
「森が騒がしかったのはコレかぁ……アレかな、魔獣か魔物でも集団で襲ってきたとかかな。ただの火事なら森の動物とかそんなに騒がないだろうし」
全て焼け落ち、どこに何があったのかもう分からない状態ではあるが、いつもの幽鬼の様な足取りでフラフラと村の中に入りつつ周囲を見渡す。と、焼けた家の残骸の脇に散乱する物が目に入り、眉を顰める。
散乱した物とは死体の事なのだが、少年が気にしたのは死体があった事ではなく、
「うん? こんな奴いたっけ? あんま顔なんて覚えてないけれど見た覚え無いなぁ。新しい農奴かなんか? 農具みたいなの持っているし」
どうやら火事の騒ぎに乗じて魔獣に襲われたらしく、喉を噛み千切られ腹部を食い散らかされた様な姿で倒れていた。農奴にしては見覚えが無いし、前回来た商人から買ったにしてはあの時に連れて来ていた覚えもない。
フラフラと歩きつつ周囲をよく見れば、何となく見覚えのある死体は明らかに刃物で切られた様な痕跡があったり、不自然に体の一部が曲がって黒焦げになっていたりしたのが見え、代わりにあまり見憶えの無い農奴みたいな連中がそこかしこで魔獣や魔物に襲われた後の無残な姿で横たわっている。
「う~ん、こっちのコイツも誰だっけ?居たかなぁこの村に……」
どうやらただの火事ではなく、魔物や魔獣に村が襲撃された上の混乱による失火であると見て取れたが、それにしては何か遺体の数が多い気がする。
面影が全くなくなった村ではあるが、それでも所々見えて来る違和感にヘイロー少年は暫し立ち止まり「うーん」と考え込む。やがて、
「ま、いいっか!」
と朗らかに言うと、再びフラフラと歩きだした。
「考えても解らん物は解らんよね! 一々気にするだけ時間の無駄だね」
切り替える様に言うと、少年は自分の住処があったであろう場所を求めて村の中をフラフラと探索しながら進んでいく。元から村民の顔など覚える気が無い。だから見憶えなくてもきっと忘れているだけだと考え、気にしない事にした。
そう、少年は気にするのを止めたのだ。
見た事の無い連中の死体が多数転がっている事も、その転がっている物体の幾つかが、しぶとく動いて何か喚いている事も、昨日まで知り合いの民家があったであろう場所で、焼け落ちた瓦礫の向こうから呻き声の様な物が聞こえてくるのも。
その近くの焼け跡に見覚えのある炭化した小さな物体が幾つか転がっている事も、背中に幾つも農具を生やして横たわっている井戸の側に散乱している物体など、少年は一切気にせず歩いて行く。
気にした所でどうせ何も出来ない。助けを求める様な声も聞こえた気がしたが、5歳の彼の身体で焼け落ちた家を掘り起こす事など不可能だ。
自力で瓦礫から出られた物もある様だが、大体どれも焼け爛れ炭化しており、直ぐに動かなくなりそうな物だけだ。
この様な状態でも助けられそうな知識は確かにあるが、知識はあっても経験はないし使えそうな道具は何一つ持っていない。作った事はあったが全て壊されている。
だからヘイロー少年気にせず、彼の中では死に絶えたこの村の中をフラフラとした足取りで歩き続ける。今動いているだけでどうせ何も出来ない。そんな機会はこの村に拾われた時から奪われている。
村の為に何かしようとすれば邪魔され、知識を披露すれば気味悪がられ、碌な食事を与えられていないと知りつつ村の奴隷の様に扱われた時から、今、この村の人を助ける手段は何一つ残っていない。
可哀そうだとは思うがそれだけだ。助けるための体力すら少年には殆ど残っていないのだ。こんな時だけアテにされても困る、と言うのが正直な所だった。
気にしない少年は、彼にとっては無人となった村を
「お~、ここも綺麗さっぱり……でも無いか。流石村長んチだねぇ。しぶとく瓦礫が結構残っているねぇ。寝床の方は……ダメか。流石廃材小屋、綺麗に燃えたねぇ。これじゃあ埋めておいた道具類を探すより作る方が早いかなぁ」
一応自宅の様な場所であったので幾つか作っておいた道具は隠してあったし、ボロキレ同然であるが着替えの衣類もここに置いてあった。まぁアレを着替えと呼んでいいのか首を傾げる程の物ではあるのだが。
「ん?」
村長宅であった瓦礫の方から何か聞こえた気がした。フラフラとした足取りでそちらの方へ向かうと——
「うっわ~見たくない物が見えた……」
「何が見たくないだ、この疫病神の奴隷め……生きていたのならさっさと助けんか!!」
「だから僕奴隷じゃないでしょ。奴隷契約書なんてどこにあるのさ」
少年が一番合いたくなかった相手、村長が仰向けに倒れたまま、下半身を瓦礫に覆われながらも大声で喚いていた。
「うるさい!ローなどを拾ったからワシがこんな目に遭っているんだ!さっさとこの忌々しい瓦礫をどかせヘイロー!!」
「いやいや、僕拾ってから五年もたっているんでしょ?関係なくない?」
どうやら村長の頭の中でこの惨事の原因はヘイロー少年に決まったようだ。こうなるともう何を言っても無駄な事はこの5年で学習している。
「全く、助けてもらう側なのに元気だねぇ。自力で出られそうな位じゃない?」
「ゴチャゴチャ言っていないで早くせんか!この柱をまずどかせ!」
村長が自分の腰のあたりに乗っている柱を指し示す。村長どころかこの村自体を嫌っている筈の少年は、律儀にも「ハイハイ分かりましたよ」と答えて瓦礫に向かう。
「いいか、そっとだぞ。乱暴にして崩れ「フンッ!あ、無理無理」たりしたら……」
少年は村長の言葉を遮るように、腰の上の柱に手を置き持ち上げる素振りを見せるも、微動も振動も何もなく一瞬で諦めて手を離してしまう。
「ヘイロー!このガキ!! ふざけているのか!? もっとマジメにやらんか!!」
「いやぁ真面目も大真面目、超本気よ? そもそも何で五歳にこんな物持ち上げられる力があると思うんだろ? 普通やる前から無理だろと思わね?」
「ぐっ……へ、屁理屈を捏ねるな!! いいから何とかしてでも……」
「それにね」
少年が言葉を重ねると同時に「グゥーーーーーーーッ」と腹が大きな音を立てる。
「こちとら普段からろくに飯食わせてもらっていない上にまだ朝食食べてないからね。力なんて出る訳がないじゃん。こんな重いの持ち上げるなんて無理よ無理」
言っている間にも、少年の腹が大合唱を奏で始めている。
「ふざけるな、ろくに働かない奴に飯を食わせているだけ有難いと思え!」
「朝から晩まで働かされて仕事してないねぇ……そしてアレを飯と呼ぶのは流石にひどくね?アレ、鍋洗った後の残り水に雑草突っ込んだだけだよね」
「それがどうした!飯は飯だ!!」
「まぁ、そう言うならそれでいいけど。お陰で力なんて全然入らないんですわ。なので助けろと言うのなら先ず飯を食ってからにしないと無理だね。僕の方が先に倒れるよ絶対」
「な!?ふざけるなこんな時に飯だと!!そんな事より……」
「そんな事しないと何もできない状態にしたのは村長なんだから諦めて下さいよ。何か飯探してきて食べてから再トライしますって。まぁ、そんな事よりも、ですが」
ヘイロー少年は瓦礫で埋もれた村長の下半身から離れると地べたに腰を下ろし、普段の村長と対する時のわざとらしい丁寧な口調で告げる。
「気が付いてない様だから言いますけどね。それ腰から下は多分潰れてますよ」
「……は? 何を馬鹿な事を……」
「多分、この柱が潰れた部分を抑える形になって、血が止まっているんでしょうね。だから多分痛みとかの感覚も今は無いでしょうが、向こう側の血の量とか見るにぺっしゃんこの筈ですね……その柱どかしたら止まっていた血が流れて死ぬと思いますよ。治療具も薬もこの様子じゃある訳ないですし」
「う、嘘を言うな!現にワシには足の感覚が……」
「ある気がするだけで実際は無いでしょ。何にしても頼まれたのでご飯を食べたら柱をどかす努力はしますが、どかせたとしても多分数分も持たないでしょう。まぁ、どかさないでも時間の問題だと思いますが。どかすよりは長く生きていられると思います。要するに、緩やかに死んでいくか、急激に死んでいくか選んでくださいよ、って話です」
「ふざ……ふざけるな!そんなバカな二択などあるか!どっちを選んでも死ぬだと!?そんなバカな話があるか!ヘイロー、ワシを見捨てる気でそんな事を言っているんだろう!」
顔を真っ赤にして村長が怒鳴るのを、冷めた顔で見返してからよっこらせと立ち上がり、パンパンと服に付いた汚れを落とす様な仕草をする。
「ま、どう思おうがどう解釈しようがどう喚こうが、事実は事実で変わる事は在りません。一応見つけちゃったんでね。最後位は話を聞いてあげますよ」
流石にコレを気にしないで済ませる訳にはいかないですし、と呟き、
「じゃ、食べ物探して食ってきますんで、その間に決めといて下さいよ」
そう告げるとフラフラと食べ物を探して歩きだす。その後ろ姿に村長は慌てる。
「まて、行くな!戻ってこい!!そしてワシを助けろ!!そんなヨタ話など信じんぞ!ワシはまだピンピンしておる!!ヘイロー!聞いているのか、ヘイ……くそ、あのガキ!!」
村長の怒鳴り声を背中に受け「確かこっちの方だったよな」と昨日までの面影が一切ない焼け落ちた村の中を、村の貯蔵庫があった辺りを目指して立ち去って行った。
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