第13話 ごさいじのじんせいせっけい。
二か月後。季節は夏に向かい徐々に暑くなりつつある時分である。この頃は丁度春の麦の収穫が終わり、その収穫した麦を求めて行商人が訪れる時期である。
年に二回だけ訪れる行商人の到着は、山間の小集落であるこの村ではちょっとしたお祭りみたいな騒ぎになり、滅多に来ない外部の人間で賑わう時期だ。
「つっても漫画とか映画みたいに一遍に来る訳じゃないからそんな賑わっている感じは無いんだけどね」
ロー少年はいつも通りに水桶で水を汲みながら、横目で村長の屋敷に横付けされた荷馬車を眺める。止まっている馬車は一台だけだ。
転生してからの五年間ずっと同じように、今日の様に先ず行商人の先触れの様な者が訪ねて来て、村の収穫量を聞き村長から必要な商品がどれくらいあるのかを聞き出す。其の後、本体と呼べる収穫された麦を回収する荷馬車が収穫量に合わせて来訪し、最後に生活必需品や注文を受けた商品を積んだ荷馬が来て荷を下ろして帰る、と言うのが一連の流れとなっているようだ。
「なる程ねぇ……一々キャラバン組んで来たりしないんだね。どうせこの村が買う量なんて馬車一台分も無いんだからこの方が合理的と言えば合理的なのか」
五年間の観察で分かったのだが、どうやらこの世界では僻地にある村ではこの行商人が徴税官も務めているらしい。
街から遠く離れた小さい村なんて収穫量も知れているし、よくあるファンタジー小説やゲームの様に、一々軍隊率いた徴税官が回収に回って居たらかかる経費で赤字もいいところだろう。
それにどうせ麦で貰った所で金に換える必要があるのだから、商人に直接取引させてその商人から税金を取る方が遥かに早くて経費も掛からない。
「だから商人が麦を買い取る時は最初から収穫量に合った税金を天引きかぁ……一応帳簿が在る様だけど……読み書き計算できないあの
ロー少年は知らなかったが、割とこういう手法は過去の地球でも使われて居たりする。数百人も居るような大規模な村なら兎も角数十人程度しかいない様な小さな村など為政者にとっては棄民の様な物である。
行政側の人間を派遣してしまったら、それは管理している事となり村を守るために公的な支援なり保護なりが必要になるが、掛かる費用と得られる収益を天秤にかければ割に合わない。そこで出て来るのが行商人である。
人が集団で生活する以上、衣食住全てが自己完結していることなどまず無い。必ず外部からの供給が必要になる。農作物を幾ら作った所でそれだけでは生活できないのだ。農作物を金に替え外部から購入と言う形で供給を受けない限り生活が破綻する。
行商人との取引で金銭のやり取りをし、その収益から税金を取れば為政者としては楽して税収が増え、行商人としては税を集める代わりに何かしらの優遇を受ければ文句も無く、村としても一々役人の相手もせずに済み、ウィンウィンウィンと言える状況なのである。
ただ、このやり方は言ってしまえば「お前らは領民では無い」と言っているのと同じで、その場所に住んでいる事を黙認する対価としての税、位の扱いであり他の大規模農村と比べれば税額は少ない。その代わり行政側からの庇護はほぼ得られない。
交通手段や通信手段が発達していない世界では少数集落など管理しきれるものでは無いので、現代で見れば税だけ取って何もしない悪政に思えるが、この様な世界だと割と普通であったりする。
「ま、でもその方がこちらとしても接触はしやすいよね。お役人様だと下手したら無礼打ちとかされかねないし。商人ならそんな事ないだろうしね」
そう、いずれ村を出て行く為にもこの世界の知識が必要だ。この閉鎖的な村では外の知識など手に入れたくても誰も知らない。流石に村長は多少知識が在る様だがそもそも教わろうと言う気にならないし、そんな素振りを見せればどんな事になるか知れた物では無い。
ならば、外の知識は外から来た者から得るしかない。と、言う訳で行商人が訪れるこの時期を待っていたのである。この村に拾われてからずっと観察してきたがこの5年間、ずっと村に来る行商人は同じ人物だ。従業員らしき人物や護衛と思しき者達はそれなりに入れ替わっているが、中心らしい行商人は毎回同じ人物が訪れていた。
つまり、一度接触できれば毎回交渉をせずに知識を得る機会があると言う事だ。村に滞在している時間など二、三日しかないが予定している十二歳まで、最悪は十五歳辺りまでこの村にいる事になるだろうが、年二回の数日しか学ぶ機会がないにしても十分であろう。
そう目論み、村長の目を盗んで行商人と接触する機会を伺う。五年間の観察と、一応は村長宅に出入りしている身であるので、どのタイミングなら声を掛けやすいかもリサーチ済みである。程なくして機会が訪れる。
村長の家から出て来て乗り込んで来た馬車に戻る途中らしい商人を見かけ、ロー少年は寝蔵であるボロ小屋から抜け出し、タイミングを見計らい行商人に声を掛ける。
「ねえ、行商に「邪魔だ小僧! どけ!!」んさ……」
少年は言葉の途中でズカッと腰のあたりを蹴られてゴロゴロと地面を転がる。それを行商人は横目で「フンッ!」と鼻をならしてさっさと立ち去ってしまった。
「おぉう……取り付く島もない!?」
僅か三秒で少年の計画が崩れ去った瞬間である。
「ええぃ、こうなったらプランBだ! 行商人じゃなくても外の人間に変わりは無いだろう!」
地面から起き上がり、土を払いつつ予定を変更する。プランBなど無かったがアッサリと同行人達に接触する方向に変える。 何にしても外の人間から知識を得るのが先決だ。
そう思い、収穫された麦などの農作物を保管してある蔵で何やら作業をしている従業員らしい人物に近づき声を掛ける。
「ねぇねぇ、そこの「うるせぇ農奴のガキが気安く話しかけんな!」おにぃ……」
ドカリと、今度は腹を蹴り付けられ再びゴロゴロと地面を転がるロー少年。
「ったく! こちとら忙しいんだ、余計な手間とらせんじゃねえ!」
一瞥もせずにペッと地面にツバを吐き捨てると、転がっている少年を無視して蔵の中へと入って行った。
「……またかよ! ええぃ、こうなればプランC! 考えて見れば商売している人が暇な訳ないし、村の子供が声かけた所で相手してくれないよなっ。護衛っぽい人の方が話解り易そうだし、一見強面の人達の方が優しいなんてのがラノベとかでもテンプレだったよね!」
プランBが無かったのだから当然Cなど存在していないが、少年はめげずに行商人の乗って来た馬車の近くにいる武装した護衛の様な男性に近づく。
「あの、護衛の叔父さん達ってもしかして冒「馬車に近づくなガキ!叩っ斬るぞ!!」けんしゃ…………」
三度言葉の途中で地面に転がる。今度は顔を思いっきり殴られていた。
「痛っっっった!! だめだこの世界の奴ら人の話聞く気全く無い!?」
殴られた頬を抑えながらホウホウの体で逃げ帰る。流石にもう行商人一行にコンタクトを取る気など失せている。
「村長と言い村民と言い行商人といいその関係者も、何であんなに気が短いんだよ! そりゃ浮浪者みたいな恰好かもしれないけれど話しかけただけで殴るかな普通!!」
納屋に逃げ帰った少年は、傷む腹や腰、頬をさすりながらぼやく。まさか声を掛けるだけでこんな目に合うとは思ってもみなかった。
ラノベやネット小説ではこういう時はフレンドリーに会話をして、情報を得たり状況が変わったりする物なのに、つくづくテンプレと言う物が通じない世界だ、とヘイロー少年は口の中でブチブチと文句を言う。
「ヘイロー! さっきから何をウロチョロしている。そんなに暇なら今からでも森に行ってもっと薪を取って来い!集めて来なかったら今日の飯は抜きだぞ!!」
母屋の方から村長がそう怒鳴り声を上げて来るのに、少年は「うへぇ」と声を上げる。仕事が終わった後なら何してもいいじゃん、と思うがもう後の祭りである。
仕方なく納屋と言う名の掘っ立て小屋からノロノロと出て、
「妙な所で目ざといよな、あのオッサン! 何の成果も無かったのにとんだ藪蛇だ」
とブチブチ文句を言いつつも薪を集めに森へと向かった。
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