第12話 日常はまだ終わらない。どっこい、しぶとく生きています。

「いただきま~す」


 前世の習慣で葉皿の上の芋虫ソテーに手を合わせて言うと、落ち枝で作った箸で摘まんで口に放り込む。ザックリとした歯ごたえと焼けて香ばしい香りが鼻に抜ける。


「う~ん。やっぱうまいな、コレ。ネットだと芋虫はクリーミーとか書いてあったけど、どっちかと言うと木の実みたいな感じだよね。向こうとは種類が似ているけど違うのかな」


 モグモグと咀嚼しながらふと思う。一応、地球の芋虫も生やレアで食べればクリーミーな感じになり、シッカリ火を通せばナッツの様な歯ごたえになる。


 少年も転生後の衛生管理の無さからこちらの世界ではしっかりと火を通して食べる習慣がついていたので硬い食べ心地になっていただけである。


「お、お芋ちゃんも良い感じに焼けてきたなっ!」


 そうこうしている間に蔓芋にもいい感じに火が入る。芋と呼んでいるが、前世でのスーパーなどで売っている芋とはかけ離れており、多少肥大した根っ子みたいな痩せた物だ。味らしい味は無いが少年は喜々として芋に齧りつく。


「ハフハフ……アチッ! 旨いけど……塩かバターが欲しい所だねぇ」


 今となってはこの程度の自生の芋でも貴重な炭水化物である。名ばかりの水っぽい麦粥ばかり食べてきている今の彼にはこれでも十分なご馳走だ。


 芋虫と芋を瞬く間に平らげたヘイロー少年だが、やはりまだまだ食べたりない。だがあの名ばかりの粥よりは食欲がそれなりに満たされ、空腹感は大分紛れた。


「もっと食べたい所だけど……今から追加で探してだと流石に明日に響くかなぁ~」


 あの村では寝るのが早いが起きるのも早い。日が昇る一時間程前に起床し朝の仕事を始める。朝食は一通りの作業が終わった後である。


 文字通りに朝飯前に一仕事どころか二仕事三仕事熟す必要があるのがあの村での現実である。日本でも農村などでは昔はそうであったと聞いていたがまさか自分が実体験するとは思ってもみなかった少年である。


「この虫とか芋とかもあと半年もしたら取れなくなるだろうし……今のうちに集めて保存食にしておきたいけれども、流石にそうはいかないからなぁ」


 火の始末をしながらそうぼやく。元々五歳の体ではそう大した事は出来ないのだが、そこは前世の知識を使って多少の誤魔化しが利く。狩猟具を用いた狩りなどは出来ないまでも、簡単な罠の作成方法は知っている。


 例えば原始的な所では落ち枝や落葉でドームを作り、その中に餌となる物を入れておけば、鳥や小動物などが中に入り込み食べ、そのまま隠れ場所として使用する事がある。その、落葉ドームの中に獲物が入ってるタイミングを見計らって上から木の棒などで叩けば、運が良ければそのまま獲物を仕留めることが出来る。


 この森に入ってまだ一年二年だが、見た限りそれ程豊かではない様であるし確実性は無いが五歳児でも十分出来そうな狩猟法である。


 あるのだが、それで運良く獲物を捕らえられたとしてどうするのか、と言う話である。勿論その場で食べれば良いだけだが、毎回獲れるとは限らない。そうなると多く獲れた時には加工して保存しておきたい。


 おきたいのだが、肝心の保管場所が無いのである。森の中に加工場や保管場所を儲けるのは論外だ。それ程数多くはいないとはいえ野生動物や魔物が居る森の中で、食べ物を加工して保管するなど彼らの餌場を作る様な物である。


 だからと言って持ち帰る訳にも行かない。先にも述べたようにまず間違いなく没収される。上手く持ち込めたとしても村の中にも隠し場所など無い。掘立小屋の様な納屋には隠す場所など無いし、有ったとしてもちゃんとした収納場所でなければ森の中に隠すのと大差ない。

 村の中とは言え小型の野生動物なら簡単に入り込めるし、野ネズミなどは異常に鼻が良いのだ。あっという間に見つけ出されて食い散らかされる未来しか見えない。


 何よりも、万が一見つかった時が怖い。


「自力で食べ物を集めて加工できる五歳児って幾らなんでも無いわなぁ……」


 コレに尽きるのである。今でさえ何とか誤魔化しているが、ハッキリ言って五歳にしては言葉が上手すぎるし考え方がしっかりしすぎている。


 こんな辺鄙な場所に捨てられていただけでも異常であるのに、更に大人びた言動と理解力があるとなれば気味悪がれて当然でもある。


 ヘイロー少年がひと眠りして夜中に食べ物漁りをしているのも、子供の一人歩きが危険な時間に森の中を動き回り人目につかない場所まで移動しているのも、村の者に見つかって警戒されない為である。


「結局、もう少し大きくなるまでは場当たり的にやるしかないんだよなぁ」


 トホホと嘆きつつ森の中を村に向けて移動する。せめて十二歳位まで体が育てばもう少し誤魔化しが利くようになるだろうし、その間に村長や村人に見つからない様に村を出ていくための準備をする。それが齢5歳にして彼が考えた人生設計である。


「大体さ、この世界厳しすぎるんだよ。五歳で自力で食べ物取らないと餓死しそうって何だよ。挙句に村の連中全員から奴隷扱いとかさ。普通、異世界転生して赤ん坊からやり直しとかしたら、優しい親とかかわいい幼馴染とかいてチヤホヤウハウハ俺勝ち組生活ぅとかだよね。居るのは強欲ジジイとクソ生意気なガキ共だけだし」


 自分も十分ガキなのだが、十六歳まで生きていた彼にしてみれば10歳程度の村の子供達はガキでしかない。なので五歳の彼に実際に幼馴染が居たとしても物凄い子供にしか感じずチヤホヤされた所で興味が無いのだが、それはそれである。


 大体、近い年齢の子供は昼間の悪ガキ連中か去年生まれた赤ん坊であり上も下も5歳離れていて同世代と呼べる子供は一人もいない。


「つくづくテンプレという物が通じない世界だよなぁ~。クラフトに向いた体なのにやっている事はほぼ農民と狩人だしさ」


 周囲の気配を探り探り来た道を音を立てない様に歩くヘイロー少年。今の所手先の器用さが発揮される事は殆ど無い。


 それよりも農奴扱いしてくる村長や村民達を上手くあしらう処世術と、人目を忍んで日々の糧を自力で探し出すサバイバル技術の方がぐんぐん上達している。


「予定だと美人で優しい隣のおねぃさんとか、近所の可愛い女の子とかにちょっとした小物とか便利グッズとか作ってさ。きゃー、すごぉ~い、とか言われるの密かに憧れていたんだけどなぁ」


 現実は無常である。お姉さんと呼べる年齢の村の女性もいるが、大体岩の様に厳つい容姿をしているか逞しい体つきの女性ばかりで挙句に全員既婚済みである。


「大きくなって村を出られたら絶対に大き目の街ヘ行こう、うん。そしたら宿とかで部屋借りてさ、同い年位の看板娘か何かいて仲良くなれるかも知れない。聞いた話だとこの世界でも冒険者ギルドってあるみたいだから受付のおねーさんと仲良くなるってものあるかもしれないし。やっぱ巨乳で美人の受付嬢ってテンプレだよね! それで『君みたいな年若い子が冒険者って大変よ?』とか心配してもらえたり……う~ん、憧れるよね! ってあれ?クラフター生活目指す筈がいつの間にか冒険者生活に変わっている!?」


 転生初日に見事にテンプレ神の敷いたレールから外れた少年は懲りずにテンプレ王道の夢を見ている。過酷な環境に生き切羽詰まった状況で何とも脳内お花畑でのんきな物である。


 だが、それもその筈。実は少年自身は自分の置かれた環境や立場を不遇だとも不運だとも思っていなかった。


 確かに、最初にセルヴァンから言われていた状況と全然違うし、虐待同然の扱いを受けているし、本人も口では散々不平を漏らしている。


 しかし、元は何年も満足に動かない体で寝た切りの闘病生活を送っていた身である。そして一度確かにそのまま死んでいるのだ。転生したのはいわば神が与えてくれた延長戦の機会。それも、赤ん坊からのやり直しではあるが、前世で使い慣れたVRゲームキャラをベースにした体である。


 物覚えが非常に良くゲームの時以上に器用に動く指先。そして何よりも、あんな粗末で衛生管理もなされていない食事で体を壊さない丈夫で健康な体。


 自分で考えて自分で動かせて自分で歩ける。ただそれだけで彼的には十分すぎる程に恵まれた環境であった。


 前世では最初の頃こそ自由に何でも出来ていたが、十歳を過ぎた辺りで違和感を覚え十一歳で徐々に体の動きが悪くなり、十三歳で歩くのが困難な程に筋力は衰えた。その時には人の助けが無ければ何も出来ない状態になっている。


 食事は勿論入浴も介助が無ければ出来ないし、何よりもトイレに行くのにも人の手が必要になったという事実は彼にとって最大の苦痛であった。


 十代で他人に下の世話をしてもらうというのは結構精神に来る物で、当時の看護師さんはまだまだ女性が多い。相手はプロなので妙齢の女性でも気にせず世話をしてくれるが患者である少年は残念ながらそこまでプロでは無い。尿意を覚える度に心にクリティカルでヒットなダメージを負ったのであった。


 その前世に比べれば今生のなんと気楽な事か。赤ん坊である最初の2年ほどは大人達の世話を必要としたが、文明が未発達で貧困な異世界の村である。自分の直接の子供では無い赤子の世話など大雑把な物である。垂れ流しでないのが唯一の救いだったような物だ。


 そして三歳前後になり自分である程度動けるようになったらほぼ自力で何でもやらされている。普通の三歳児なら困難な事でも体の不自由な十六歳の前世の記憶を持つ彼からしてみれば自分で自分の事が全てこなせるというのはそれだけで天国である。


『細かい事は気にしない。体が動くだけで人生丸儲け』


 それが転生してから五年の間に学んだ事である。そしてそれが可能な体を与えられている。現代人の記憶が有る人間にはとても過酷な状況において、実は密かにそんな状況を楽しみにしている節もある。


 前世において最後の数年は寝たきりで周囲の手を借りねば満足に生きていけなかった少年にとって、周囲が何もしてくれない代わりに自分で何でもできる今の状況と言うのは十分すぎる程恵まれている生活と言えたりするのだった。


 村人たちの冷たい視線など気にしない。子供達にバカにされイジメられるのも気にしない。どうせ前世の記憶が有る時点で異物だ。無理な仕事を押し付けられるのも気にしない。どうせ文明が未発達なこの世界ではもとより時間は幾らでもある。仕事が多くても空き時間は多い。制限も多いが出来る事も多い。


 そしてセルヴァンが入れてくれた金がありながらも、それをなかったかの様にぞんざいに、無下に扱ってくる村長の事も気にしない。


 そういう態度を取ってくるのであれば、こちらも育てられたという恩を感じずに済むと言う物だ。


 村人からも白眼視されて農奴扱いを受けているのも、寧ろ柵が無くて村長と合わせて考えれば、体が大きくなり次第に村を出ていく予定の少年にとっては大手を振るって出ていけて有難い状況とすら思える。


 総じて言ってしまえば、現状は早い時期から自立の準備が出来ると考えればこの環境も決して悪くは無いのだ。

 

この様に、現代知識を持っていてもなお過酷な五年を過ごした少年は、実は大して過酷だとも思ってもおらずに強かに、図太く育っていたのである。




 意外と図太くある意味現状楽しんでいるヘイロー少年であるが、それでもこの環境からさっさと抜け出したいと願っている事には変わりは無い。大して過酷だとは思ってはいないが、それでも恵まれているとも思っていない。


 正直言えば毎日空腹と無意味な重労働からさっさと逃げ出したい所である。だが流石に5歳では幼すぎる。そしてもっと困った事がある。五年も生きて来ても少年にはこの世界の知識が殆どない、と言うことだった。


 少年が暮らすこの村は、どうやら辺境と呼ばれる地域の更に端にある開拓村と呼ばれる集落らしいのだが、解ったのはそれ位である。自分達の暮らす村がある国の名前など知らない。いや、聞いた事はあるらしいが覚えていない。

 流石にこの辺りの領主の家名だけは辛うじて知っていた。だが現在の当主が誰なのかなど覚えている者は村長を含めて誰も居ない。


 辺境の更に端のド田舎にある閉鎖的な村の生活など引き籠りみたいな物である。何も知らなくても飯が食えて畑が耕せれば何も困らないのである。


 だが村の中では困らなくても外に出る気満々であるヘイロー少年にとっては非常に困った話である。どうにかこの村から出るまでに、この世界の知識が欲しい所だ。


 こんな閉鎖的な村でも年に一、二回は行商人が来る。何とか村長や村民の目を盗んで彼らと接触し、村の外の世界の知識を得るしかない。


 取り合えず体が大きくなるまでは何をしようにも不都合がある。成長するのを待つ間に知識を得るのが合理的と言うものであり、それしかやり様がないともいえる。


 当面は十二歳を目標に何とか生き延びて知識を得よう。そんな計画を練るヘイロー少年であったが……


 少年が計画したよりも遥かに早く状況が一変する機会が訪れる。それも少年が思っても居なかった形で唐突に。


 それは少年が計画を練ってから僅か二ヶ月後の事であった。


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