第11話 転生幼児の日常、後編。
「まぁ……解っていたけどほぼ水と草だね」
裏口を入った所の土間にぞんざいに置かれていた粗末な木椀に入っていた今宵の食事を寝床に運びながらぼやく。
三歳の時から本宅からは追い出され、それ以後は裏口の側にある納屋が彼の寝床になっている。納屋と言っても掘立小屋に近く隙間も多く夜になると結構寒い。夏場だけは涼しいのが救いと言うべきか。
その隙間風が入りまくる納屋の奥に藁屑を敷き詰めた空間が少年の寝床であり居住スペースだ。最初こそあまりにもの扱いの酷さに眩暈を起こしたが、今となっては四六時中村長一家と顔を合わせなくて済むこの環境はむしろ気に入っている。
「あんな連中と一緒に食べてもただでさえマズイ飯が余計不味くなるだけだしね」
水の様に薄くて冷めた粥を手製の匙で流し込みながら独り言ちる。この村では食事は一日二回でほぼ麦粥である。時々パンも焼いたりする事もあるらしいが記憶にある限り少年はこの世界でパンを口にしたことは無い。
ヘイロー少年の粥は、脱穀過程で割れてしまったり育ちが悪い屑麦がごく少量入り、その辺に生えている野草と言う名前の雑草を刻んだ物を煮込んだ粥と言う名前の何か、と言うのがここ数年ほぼ変わらないメニューだ。
この村では他の農民も基本麦粥だ。村長がケチなのか村が貧しいのか、単に両方であるのかは分からないが、パンを焼くのは祭りの時とか麦の収穫後の数日位だ。
麦を粉にするにも労力がかかるし、何より粉末にしてパンに加工してしまうと量を沢山使うし薪も沢山使う事になる。
なので粒のままの麦を粥にするのがこの村では一般的だ。
最も、ヘイロー少年の粥にはその麦すらまともに使われていないのだが。村長と言う地位のある家なので、他の村民よりはよい物が食卓に並ぶ。麦粥に干し肉が入って居たり、芋粥になって居たり、季節の野草がサイドメニューとして並ぶ事もある。
本宅で生活していた時期にヘイロー少年もそういった多少豪華な食事を目にした事がある。あくまで目にしただけで口にしたことは無い。
食べ残しが与えられる事があれば良い方で、大体は調理に使った鍋に、料理に使えなかった麦の細かな破片を水と一緒に入れて煮直したような代物。
身も蓋もない書き方をすれば、麦粥を作り終わった鍋を水ですすいでその残り汁に麦粥を作る時に出た麦カスと軒先から適当に外から引っこ抜いた雑草を入れて一煮立ちさせた液体、それが少年の普段の食事であった。
「それでも今思えばコレよりも豪華だったんだなぁ……まぁ、全然足りないけれど」
本宅に居た頃は一応形の残った麦が入っていたし、野菜もちゃんと畑で取れた物の端っこや本来捨てる部分の葉などが入っていたのだが、今は殆ど麦の味が僅かにするだけのお湯に雑草を混ぜただけの粥でしかも冷めきった物だ。
あっという間に食べ終わってしまう。
「はぁ……食べた側から腹が減る……寝よ、寝よ。寝る程楽は無かりけりってね」
空になった木椀を脇に放り投げ、汲んであった水で口の中を漱ぐと敷き詰めた藁の中に潜り込んだ。
まだ日が落ちてから一時間も経っていない。前世の時間で言えば午後の六時半とか七時とかその位の時間だ。今時小学生でもこんな時間に寝る者はいないだろう。しかし、貧しいこの村では基本暗くなったら寝るのが普通である。
明かり用のランプやロウソクなど無いし、竈の火を頼りに起きている事も出来るがハッキリ言って大して明るく無いし、そもそも娯楽などないので起きてた所でやる事が無い。
村長宅にはランプが有るにはあるが、元々ケチなので油を無駄に使うのを嫌い滅多に使わない。なのでこの村では日が落ちてから一時間以内に皆寝てしまう。
現代人の記憶のある少年にとって、本当はまだ寝る時間ではないという意識が有るのだが灯りが無いと何も出来ない。
以前、前世の知識を使って木の板に木の枝を擦り付け摩擦で火を起こす、漫画などでよく見る原始的な火起こしで火をつけて、それを灯りにして何かスキルを身に着けるための自習時間にしようとしたら、村長に見つかってしこたま殴られた事がある。それに凝りて村にいる間は暗くなったら大人しく寝る事にしている。
「どうせ明日も朝早くから仕事が待っているし……子供は寝て育つものだしね……」
藁の中に潜り込み、ちくちくとする感覚に身じろぎしながら、それでも目を瞑ってしまえば、一分も経たないうちにヘイロー少年はスヤスヤと寝息を立て始める。
こうして。赤ん坊に転生して異世界で五年を過ごしてきた少年の過酷な一日が終わりを迎えるのであった——
——と、言う事は無く。
「お、実ってる実ってる、蔓芋ちゃん。昼間の間に目を付けていて正解だったねぇ」
薪拾いの時に見つけた蔓草の根を拾った丈夫そうな枝で掘り返しつつニヤリと笑うヘイロー少年。辺りはまだまだ暗く夜中に差し掛かった頃合いだ。
食後直ぐにひと眠りし、村長は勿論村の住人が完全に寝入った頃合いに起き、一人でこっそりと再び森に入るのがここ一、二年の少年の日課であった。
「あっ! 周りに芋虫も居たよ、ラッキーッ!」
掘り起こした地中に幼虫の姿を見つけて喜ぶ。早速拾い集めて途中で作った大きい葉を編んで作った袋に芋と共にいれ、そそくさと移動する。
こんな物を集めてどうするかと言えば、それは勿論食べる為だ。五歳と言う成長真っ盛りの幼年期に、たったあれっぽっちの食料で足りる訳が無い。
本来、夜の森に子供が入るなど自殺行為も良い所だが、体に余計な力を入れない独特の歩法で足音を極力消し、村長の目を盗み子供達からの襲撃を避ける為に身に着けた気配察知能力は、危険な生物の存在を見逃さない。
少しでもヤバそうな生き物の気配を感じたら即座に逃げ出し気配を殺して隠れる事で森に棲む肉食獣や魔物と言った存在をやり過ごしている。
今回も危険察知を働かせて他の動物に出くわさない様に森の中を進み、窪地になった場所まで来ると葉っぱの袋を地面に置き、枯れ枝を二本拾うと片方の枝の先端部分の皮を懐に仕舞っておいた石ナイフで剥ぎ、もう一本の枝には切れ込みを入れると、石の上に枯れ葉を敷きその上に置く。皮を剥いだ枝を切れ込みの所に当てて手で抉る様に擦り付ける。
二、三分も擦っていると枝から煙が立ち始め、摩擦で削れた煙を上げる粉が切れ目から枯れ葉の上に落ちて溜まる。煙の量が増えて来たのを見て取ると、擦るのをやめて粉が落ちた枯れ葉を用意していた枯草で包んで息を吹きかける。
暫く息を吹きかけていると、ポッと音を立てて枯草から火が起こる。火が付いたそれを地面の石で囲った簡易竈に置くと昼間集めておいた薪で囲む。
「いやぁ、すっかりサバイバルマンになったもんだよね僕も。おかしいなぁ、転生したらクラフター職になるはずだったんだけどなぁ」
ボヤキながらも薪に火を移すべく調整する。こんな火の付け方が出来るのも前世の記憶が有ればこそだが、最初は勿論中々火が付かず3時間かけて諦めたりもした。
その時はまだ三歳だったので今よりも更に力が無かったので当然と言えば当然だ。なのでその次からは蔓草を干してから撚って紐にして枝に括り付け、弓式火起こしにして何とか火がつけられるようになった。
それでも数時間はかかったが。その甲斐があってか今では手起こしで火がつけられるようになっている。
前世で入院時に暇にあかせて本を読み漁り、興味の赴くままネットでサバイバルサイトを閲覧しまくり知識をため込み、「いや、体が動かなくなる病気なのに何で体を使うサバイバル知識なんて集めてんだよ」と我に返って後悔したのも無駄では無かった、と今にして思う。
「
独り言ちながら前もって集めておいた平たい石を、炎を上げている薪の上に置く。ある程度石が焼けてきたらその上に拾って泥を落とした蔓芋と芋虫を乗せて焼く。
前世でアレコレ体験したとは言え流石に野生の芋や虫の幼虫など食べた事など無い。言っても軟弱な現代の未成年だったので、最初は虫など食べるなど正気の沙汰とは思わなかった。
イナゴとかカイコの幼虫とか地方では食べると聞いていたが自分で口にしようとはどうしても考えられなかった。
しかし、転生した先ではまともな食べ物など与えられず、またこの世界では村民達も普通に森や畑で取れた芋虫やミミズ、蛙などは勿論、野生の芋やら果実やら野草などを食べていたので郷にいては郷に従え……と言うよりも空腹に負けて食べる様になり、普通に虫はご馳走であるし野草やこの芋も常食みたいな物だ。
「ふんふんふ~ん……芋は流石にまだだけど、虫の方は丁度よさそうだね」
鼻歌交じりに枝で焼け具合を確認し、芋はそのまま、芋虫だけを取り出し葉っぱの上に乗せる。本当は塩でも掛けたいところだが、この村で塩は貴重品であり流石に手持ちに無い。
因みにこの場所は薪拾いの時に見つけた場所で、村からは距離が有ると共に死角になっており、火を焚いても灯りが村に届く事は無いので安心して料理が出来ている。
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