第10話 転生幼児の日常、中編。

 最も、今となっては結果的に良かったのだと思う。と言うのも、ヘイロー少年が瓶に水を移し終えた桶をその辺に放り投げ、言われた通りに薪を拾う為にフラフラと歩いていると、


「あんれ、村長とこの捨て子だよ、やなモン見ちまったねぇ」


 とか、


「あんな得体の知れない子供を拾って育てるとか、村長も物好きだべ」

「うぁ、見ぃや、あの歩き方!幽鬼みたいで相変わらず気持ち悪い!!」


 などとヒソヒソと囁き合う声が聞こえてくる。因みに今の彼の歩き方はかなり独特だ。一日二食の水の様に薄い麦と野草と言う名の雑草粥しか食べさせてもらえない為、常に空腹だ。


 なので歩くのにも力を使いたくないが反動を付けないと前に進まないので、手をダラリと倒して体を左右に振り慣性で腕が動く反動を利用して足を引きずる様に歩くという、前世の人が見たら「スリラー?」と言いそうな動きだ。


 また拾われてから一度もカットしていないボサボサの髪と、その辺の布を集めて適当に作られたボロ服と相まって、その歩く姿は正しくゾンビを彷彿とさせる。


 因みに身長はまだ一メートルを超えていないので、顔に札でも貼ってジャンプすればチビキョンシーになれるかもしれない。などと割とどうでも良い事を考えつつ、囁き合う声を無視して歩く。


 この村にも農奴が十人ほどいるが、ただの捨て子の彼は農奴では無いのだが、村長が少年を農奴の様に扱っているせいか、村民も同じ様な扱いをしてくる。


 ただ、大人達は眉を顰めたり陰口をたたく程度で済んでいるが、子供達は違う。


「ヘイロー! 森へ行くんだろ? ならウチの分も薪を取って来いよ!」

「いいな、それ! ヘイロー、ウチの分もな!」

「じゃ、僕の分もローが持って来いよ!」


 そう怒鳴りつけてくるのは村落の十歳位の子供達だ。ヘイロー少年が拾われた前後に生まれた村の子供はいない為、年が近い子供は大体これ位の歳になる。


「ローッ! 聞こえているのかコラッ!?」


 無視してユラユラと歩いていたが、しつこく言い募って来るので、仕方なく立ち止まり振り返らないまま答えた。


「やだよ、僕は僕の仕事分で手一杯だよ。自分んチの仕事は自分でやってよ」

「何だと、ローは生意気だな!」

「この、奴隷の癖に僕たちに逆らうなよ!」

「そうだそうだ!!」

「いや、奴隷ちゃうから。捨て子ではあるけれどもね」


 ヘイロー少年はそう言って肩を竦めると、


「他に用が無いならもう行くよ。ただでさえ少ないご飯が減らされたら、目も当てられないよ」


 両手をダラリと垂らしてフラフラと体を揺らしながら歩きだす。


「君達のご飯を僕にくれるなら考えてもいーよ」


 大した期待を込めないで言いつつ村の子供らに背を向けて歩いていくと、


「ふざけた事を言ってんなっ!」

「奴隷は黙って言う事を聞いていればいいんだよ!」

「生意気な奴め、これでも食らえ!」


 口々にそんな事を言って足元の石を拾い上げると投げつけて来る。


「食らえって、石なんて食えないじゃんか。どうせ投げるのなら食える物にしてよ」


 脱力した歩きで背中を向けたまま、体を揺らしてぴょぴょいと石を避ける。当たると痛いので避けているが、余計な体力を使うからさっさと諦めてほしいなぁ、などと考えつつ見えていない筈なのに華麗……にではない。奇妙な動で避けて森へ向かい歩き続ける。


「うわっ、何だよあの動きっ!?」

「気持ち悪っ!?」

「うへぇ、鳥肌立ったっ!」


 死角からの投石を器用に避けていくヘイロー少年に気味の悪さも手伝ってムキになって余計石を投げ続ける。


『あ~、これ確実に回避系と感知系のスキルが生えているよなぁ。全く、どうしてこうなった!?』


 表面上は飄々と避けているが、内心ではそんな事を思う。日頃から村長に言いがかりじみた折檻を受けたり、その日の気分で無茶な仕事を押し付けられたり、村民からも同じ様に扱われ、時にはこの様に物を投げつけられる事など日常茶飯事となっていたせいか、一ヶ月位前から何となく相手がどこにいるかの気配が分かるようになり、二、三日前には直接目にしなくても障害物や飛来物をなんと無しに避けられるようになってきていた。


『多分気配察知とか空間把握とかのスキルと、苦痛耐性とか病気耐性とかその辺が生えているよな。五歳で探知とか回避耐性系のスキルが真っ先に実感できるってどうなんだろう』


 どうやらこの世界ではよくある転生物の様に、何時でも自由にステータスを確認出来るような世界では無いらしい。ステータスボードとかスキルボードなどと叫んでみても何かが出て来る事は無かった。


 一応、スキルの確認というのは出来るらしい。教会や役場の様な場所に行けば、自分のステータスを確認できる施設という物が存在しているらしい事はこの五年間で耳にしていた。


 が、そもそも教会も役場も無いこの村では関係の無い話で、一体今の自分のステータスがどうなっているのかなど知り様が無かった。何となく体の動きが違う気がするので、多分スキルが身に着いたのでは無いか、と言う予想でしかない。


『まぁ、無いよりはある方がいいのかな。今は特に』


 避けながらそんな事を考えて居る間にも子供達はムキになり石を投げている。と、


「こらぁガキ共ぉっ! 遊んでいる暇あったらぁ仕事さ手伝えやぁっ!!」


 周りで見ていた大人達が石を投げ続ける子供に怒鳴る。この貧乏な村では子供でも家から何かしらの仕事をさせられている。ヘイロー少年程に過酷に仕事をさせられている訳では無いが、それでも子供だからと一日中遊んでいられる訳では無い。


 子供達は襟首をつかまれてそれぞれの親に引き連れられていった。


『結局お前らも奴隷みたいなモンじゃないか』


 フラフラと歩きつつヘイロー少年は苦笑いする。十歳にもなればこの村では立派な労働力である。どれだけ農奴だ奴隷だと蔑もうが下に見ようが、彼よりは自由になる時間が多少あるだけで結局家の仕事をやらされる事に変わりはないのだ。


「あ、でも僕よりは飯が食えてるだけ遥かにマシだよね。ああ腹減った……早い所こんな村からおさらばしたいけれど……流石に五歳じゃぁねぇ……」


 拾われた当初こそ、この村で生きて行く事に疑問を持っていなかったが、動けたり喋れたりする度にどんどんと扱いが悪くなっていく現状に、大きくなったら村を出ようと考える様になった。


 生前の意識が残っている為、目安として成人まではこの村に留まり、知識や技術、スキルなどを可能な限り得てから出て行こうと考えたが、村人たちの会話をそれとなく聞いて集めた情報によると、どうやらこの世界には決まった成人と言う年齢が無いらしい。


 前世の地球でも国が違えば成人年齢が変わっていたが、この世界ではそれ以上に細かく変わり、国だけでなく地域や立場で成人の目安がかなり変わるそうだ。


 例えばこの村なら大体十二歳から十三歳が成人と見なされるらしい。しかし大きな街に行けば成人は大体十五歳前後だそうだ。ただ、庶民や職人の子供達はこの村の子供と同じく大体十歳から十二歳で仕事を始め、ちゃんと給料をもらえるようになる年齢イコール成人と見なされていたり、金持ちや学生などは十八歳前後が成人であったり、貴族などの地位の高い人間の場合は基本十八歳で成人だが家督の後継者に限り、親が死んだ場合は家督を継いだ時点で成人と見なされるそうだ。もっともその場合は後見人が付くのが通常らしい。


向こう前世と同じ十八歳で成人だったら流石に我慢できる自信が無かったけど、十二歳で成人なら何とかなるかなぁ……いや、無理かな。後七年とか生きていく自信ないや」


 森にたどり着き、少し中に入った木々の周囲に落ちている枝を拾いながらブツブツとひとり呟く。


 村長宅では彼が喋ると怒るので殆ど喋らない様にしているが、言葉を覚える時に独り言で喋り方の練習をしていたのが習い性となり、周りに人が居ないと独り言を言うのがつい習慣となっていたヘイロー少年である。


「村を出るまでに何かしらの生産スキルを身に着けたい所だけど……この環境じゃぁ無理かなぁ。自作できる物なんて石器位だし」


 木材を使って木工スキルでも生えれば、色々と潰しが利くので最初それを狙ったりもしたのだが作る側から村長に壊されるし、石をこすり合わせて磨いた石の刃物ではまともな加工など出来なかった。


 ただ、石を割ったり磨いたりするのを繰り返したので石の加工は大分手慣れた感はある。この辺りの加工の仕方は前世でネットなどに出回っていたし、この体の元になったゲーム世界でも石を加工して刃物や斧などを作れたので、作り方は覚えている。


 ただの石とは言え、時間を掛けて磨いた物は一応物を切ったり削ったりは出来る。ただその辺で取れる石で加工しやすい物は割れやすく直ぐに刃がボロボロになり切れなくなった。 


 一応、何本分かを作って現在の寝床である納屋に隠してあるし、今もお守り替わりに小さい石のナイフを懐に入れて居たりする。


「でも石細工ってあんま役に立たないよねぇ。石斧とか石槍とか作れた所で別に原始時代を生きている訳でもないし」


 ゲームでは石の武器や道具を作っていけば、石工スキルという物が覚えられた。ただこれは建築系のスキルで別に石器を作らなくても石切りやレンガ加工などでも覚えられるスキルであり、現状ただの農村の農奴扱いの拾い子である彼がコレを身に付けた所で使いどころが無かった。家を建てる予定など流石にない。


「黒曜石とまでは言わないけどせめてカンカン石(讃岐岩の事)でもあればなぁ……まぁこの辺りに火山はなさそうだから無い物ねだりなんだろうけど」


 どちらも前世日本での石器時代を支えた石であり加工しやすいのに硬いという特製があり、薄く割れた物なら研がなくても中々の切れ味を誇り、研げば金属製の刃物と遜色のないどころか下手したらこちらの方が切れ味が良い位である。


 どちらも主に火山地帯で取れる石である。なので見る限りこの辺りの山は隆起山であり火山が無さそうなこの近隣ではどちらも手に入れる事は先ずできないだろう。それらが有れば、木を削って加工もやりやすかったであろう。


 VRゲーム時代に生産職キャラであったとはいえ、素材集めの為に狩りはしていたしメインスキルが鍛冶であったので一通りの武器は作れたし使えた。


 武器の作成においては弓や槍の柄や剣の握り手などの加工に木工は必須であったのでそれなりに自信もあり、ゲーム内ではあるが加工方法も熟知しているので、道具さえあればスキルが無くてもそれなりの武器を作れる自信はあった。


 とは言え現実世界となった転生先で、それらの技術や経験が何処までこの体で再現できるか、と言う不安はある。


 だが、五年間の生活でセルヴァンがゲームキャラを元にしたと言っていた通りに器用で平均の五歳児よりは物覚えも良く頑丈な体である事は分かっていたので、十分武器を自作して狩りをし獲物を獲る事も可能では無いかと思う。


「いやダメか……獲物を取れたとしても全部持っていかれる未来しか浮かばないや」


 拾い集めた枝を地面に並べ、適当な大きさの物を選びながら考えを否定する。


 あの強欲な村長の事だ。彼が森で獲物を獲れる事を知れば間違いなく全て持っていくだろう。勿論こちらの取り分など無い。村長に言わせれば育ててやっているのだから彼が手に入れた物は全て村長の物になるのが当然なのだそうだ。


 そして、まず間違いなく狩りの仕事も追加されるだろう。他の仕事は無くなる事は無い。それがこの五年で解っているし、最悪は「自分で取れるなら食べ物は要らないだろう」と言われ食事が無くなる。と言うかその確率が非常に高い。


 獲物を全て持っていくのにそんな事を言う阿呆がいるのか、と普通は思うだろうがヤツは絶対にそう言う。


 そこだけはロー少年は確信している。何せ仕事をこなせばこなす程に仕事を増やして食事を減らす常習犯が村長なのだから。


 溜息を吐きつつその辺に生えていたツルの長い草を懐に忍ばせていた石ナイフで切り取り、並べてあった枝の内二本をLの形に蔓草で結わえ、それを二個作る。出来た物に横に枝を何本か張り巡らし同じく蔓草で固定する。


 わずか数分ででっち上げたのは薪を積む為のラックだ。本当は背負子にしたいのだが流石にただの蔓草ではそこまでの強度は期待できないし、出来たとしても加工に手間が掛かり過ぎるので、取り敢えず手で運ぶよりは効率が良ければそれでいいと割り切っている。


「まぁ、こんな物かな。コレを作るのも大分慣れて来たなぁ」


 毎回薪拾いはこの即席ラックを作る所から始まる。ヘイロー少年が何か作る度に壊されて来たので、今はこの大雑把なラックをその場で作り、用事が住んだらバラして薪としてそのまま使える様に、毎回森の中で簡単に手に入る物で作る事にしている。


 どうも村長は便利な道具という物が嫌いな様で、手早く作業を終わらせると言う事を極端に嫌う傾向がある。作業効率を上げるというのは村長にとっては手抜きと同義らしい。


「本っ当に意味分からないよね、あの村長ジジィ。そのくせ作業が遅いと文句言うんだから」


 集めた薪を即席ラックに乗せて蔓草で縛りつつ、ブチブチと愚痴る。


 ずっと村長だのオッサンだのと呼んでいるが、ちゃんと名前があるし教えられている。だが、村民の殆どは村長としか呼ばないので、彼も村長と呼ぶようになっている。間違ってもお父さんなどと呼ぶ気はない。

 例え拾い親であってもこんな扱いを受けていれば、父などと呼びたくもないし名前で呼ぶのも面倒臭い。


 そもそも名前で呼ぶ気が無いので実は忘れている。もっと言ってしまえば、大きくなり次第に村を出ていく予定なので、村長に限らず村の住人の名前など最初から覚える気が無い。


 先程絡んで来た子供達も名前で呼んだ記憶は一度もないし、教えられた覚えもない。そして実は村の名前すら知らなかったりする。


 村に来る人物など年に数回来る行商人だけで他に旅人など来ず、村の住人も勿論行商人も単に村、或いは麓の村としか呼ばないので何か名前がついているらしい、と言う事以外知らない。


 偶に来る近隣の村の住人——それでも徒歩だと二日かかるそうだ——が「山向こうの村」と呼んでいるのを聞いた事がある位だ。


「ま、正直愛着も無ければ興味もないしね、この村には。ああ、腹減ったからさっさと村から出ていきたいなぁ」


 よっこいせ、と年寄りじみた掛け声で薪を積んだ簡易ラックを担ぎ、フラフラとした足取りで村の方へ戻る。日頃から食事の量が少ないので空腹が酷い。秋になれば森の中でも食べられそうな木の実や野生の芋などが取れ、それである程度空腹を紛らわせる事が出来たが、今の時期は草木が茂るだけで食べられそうなのは山菜と村人たちが呼んでいる雑草位だ。


 煮たりすれば辛うじて食えなくも無いが、生で食べてもちっとも旨くない。まぁそれでも何も口にしないよりはマシなので適当にその辺の食えそうな葉っぱを引きちぎって口に放り込みながら歩く。


「苦っマズっ……! もう一杯、とか昔の人は良く言えたもんだよなぁ」


 クチャクチャと葉っぱを咀嚼しながら薪を運ぶ。ラックを使っているとは言え一回では必要な量を運べないので数回コレを繰り返す必要がある。このペースなら日が落ちる前には終りそうだ。


「あまり早く終わると仕事が増える……かと言って遅くなると飯が無くなる……まさか五歳で仕事の時間調節に苦労するようになるとはねぇ。どこの企業戦士なんだよ」


 愚痴りつつも薪を運び続ける。森と薪置き場を行き来する事四回。


 ようやく今日の分の薪が集まり、簡易ラックに使っていた枝をバラして他の薪と一緒に放り込んでようやく仕事が終わると、空は赤く染まり後数十分ほどで日が沈むころ合いになっていた。


 一旦井戸に寄り水を汲んで手や足の泥を落とす。その最中、昼間の悪ガキ共も仕事を終えて井戸に集まって来て再び絡まれて殴られたりもしたが、少年はそんな事よりもさっさと戻って食事を貰う方が大事だったので、二、三発殴られたらさっさと逃げだした。


 例の腕をダラリと垂らしたポーズで殴られながらもズイッと近づいたら、


「うわ、やっぱ気持ち悪っ!」


 と気味悪がって怯んだのを幸いとさっさと村長宅へと戻ったのだった。

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