第8話 転生幼児のお届け先は……


 とある国のとある辺境にある小さな村。その小さな村で、ちょっとした騒ぎが起きたのはその日の夜の事だった。


「何? 何者かが赤ん坊を捨てていっただと?」

 その小さな村の村長に、そんな報告があったのは日が山に隠れて間もなくの事であった。


「こんな辺境の山奥に来てまで赤子を捨てたのか……? 何と面倒な……」


 心底嫌そうに村長は顔をゆがめる。それはそうだ。一番近くの村からも大人の足で二日は離れているし、近隣では一番大きな街も七日はかかる程に離れている。


 そんな場所に来てまで態々捨てて良く赤子など厄介事の匂いしかしない。知らないフリしてどこかに捨て直すのが一番ではないか、と村長が考え始めると、


「へぇ、それが……どうやら魔人の連中が置いて行った様なんで」


 籠を抱えた村民が控えめな様子でそう言ってくる。


「何だと? 魔物が赤子を連れて来たのか!?」


 魔人族と魔物は別なのだが、閉鎖的な国や田舎には混同している者も少なくなく、この村長も同列に見なしている側だ。もっとも、一般的にもあまり魔人と魔物との区別は付いていない。積極的に人を襲わない魔物が魔人、程度の認識だ。


「真新しい足跡があったんで、恐らく……この籠を見るに、随分と汚れてやすし……川か何かで流れて奴らの縄張りに入ったんで、奴らも面倒がってウチの村に置いて行ったんでは無いかと……へぇ、そんな感じかと思いやす」


「クソ、魔物の癖に妙に知恵を付けやがって。そのまま食ってしまえば良い物を! 態々面倒事を押し付けおって!!」


 村長は忌々しそうに舌打ちする。実は、魔人が人里に人間を連れて来るという例は稀に在ったりする。勿論親切心などでは無い。縄張りに入り込んだ人間を問答無用で殺す種族もいるが、人と敵対する気の無い種族はソレをやってしまうと人間が探しに来たり、殺した事を知って報復に来たりする事を経験で覚えた為だ。


 彼らの集落は大体人里から遠く離れた辺鄙な場所にあり、そう簡単にたどり着けるような場所では無い事が多い為、迷った人間が無事に帰りさえすれば、態々そんな場所に好んで行こうとする人間などいない事を妖魔達も学習し、彼らの集落や縄張りに潜り込んだ人間をそのまま人里まで送り返す事もあるのだった。


 いくら魔人と魔物の区別が付かない村長でも、その立場上、彼らがそういう行動を取る事位は流石に知っていた。


「あの……それで、この子はどうしやしょう?」

「そのまま捨て置いていればよかった物を。拾った以上は本人が育てるなりなんなりしろ」


「そ、そんな……ウチにはもうガキがおりやすし、カカぁも当に乳などでやせんよ」

「そんな事は知らん。お前が見つけて拾ったんだ。自分で何とか……うん?」

 素気無く言い捨て村民を追い返そうとしたが、ふと彼が抱えている籠に目が止まる。より正確には、籠の中の布に包まれた赤子の下の方にあった妙な膨らみに、だ。

「おい、ちょっとその籠を貸せ!」

「え? あ、へい!」


 村長は彼から籠を受け取ると、眠ったままの赤子には目もくれず布を捲る。それを目にした途端。


「うむ……考えてみれば押し付けるのも酷な話だな。かといって再び捨てる訳にもいくまいし。分かった、この子は村長であるワシが預かろう」


 あっさりと掌を返した。勿論、それは布の下に隠されていた十枚の金貨を見つけたからだ。それは農民なら五、六年は一家が楽に暮らせるだけの金額であり、子供が成人するまでにかかる金額とみても十分お釣りが出る額であった。


「何、村長としては捨て子と言えど見捨てる訳には行かないからな。それに、将来の働き手が一人増えたと思えばけっして悪くはあるまい」

「へ、へえ……まぁ、村長様が面倒見てくれるというのなら、あっしも安心でさぁ……」


 金貨の存在に気が付いていない村民はキツネにつままれた様な面持ちであったが、村長の気が変わらない内に、とそそくさと村長の家を辞したのであった。


「ちょっと、アンタ!そんな訳の分からない子供を引き取るなんて正気かい!?」


 それまで奥で黙って話を聞いていた村長の奥方が不機嫌そうに言うのを、ニヤニヤと笑いながら押しとどめる。


「まぁ、そう言うな。何もタダで面倒を見る訳でもない」


 そう言って籠から回収した金貨を見せると、奥方は目を丸くする。


「思わぬ臨時収入が入った。ついでに将来の労働力まで付いてきたんだ。働けるようになるまで面倒を見る位はしてやらんとな」


 上機嫌でそんな事を言って籠を奥方に押し付けると、村長は鼻歌交じりに食卓の方へと向かっていった。


「なるほど……あの人が赤子を引き取るなんて、そんな理由でも無ければ無いだろうさね」


 そう言って籠を抱えたまま肩を竦めると、奥方は村長の後を追って食堂へ向かう。あの様子では臨時収入に気を良くして晩酌をする気であろう。その準備と相伴にあずかる為と、どうせその内赤子が目を覚ますだろうから、適当に羊の乳でも与える為の準備をするか、と考えていた。


 こうして。転生したばかりの赤ん坊の激動の一日目がようやく終わるのだった。















 が、その前に。転生したての赤子が拾われた数時間後。来る時は駆けていた山道を今は歩いて戻る二体のコボルトの姿があった。


『人間達はちゃんと見つけただろうか』

『さぁな。だがアソコまで運んだんだ。今日見つけられなくても明日には見つけられる筈だ』


『大丈夫か? 置いて行く前に残りの山羊乳酒を与えたから暫くは寝たままだと思うが、明日まで生きているだろうか』

『大丈夫だろう。それに死んだ所で人間の里で死ぬ分には問題あるまい。我らに出来る事はやったんだ、後は人間共に任せるさ』

『……そうだな……それに見つかりやすい場所に置いてきたのだから、もしかしたらもう拾われているかもしれないしな』


 キッチリと懸念通りに赤ん坊に酒を飲ませるという暴挙をシレッとやってのけたコボルトの二体はガウガウと互いにそんな事を言いつつ、山道をかき分けて戻る。


 まぁ、酒とは言いつつ原始的な文明しか持たない彼らが作った物、アルコール含有量は1%も無く、殆ど飲むヨーグルトやヤ〇ルトに近い感じの物で、そこまで影響が出る程では無い。筈だ。多分。


『何にしてもあの赤ん坊を返せば我らの里に人間が探しに来る事はあるまい。それよりもこれからどうするか、だ。走れば今日中に里に着くだろうが早くても夜中だろう。無理して戻るか、それともどこかで野営するか……お前はどっちがいい?』

『そうだなぁ……まだ走れるが流石に疲れたな。それに夜道は暗くて走りにくい。どこかの木の上でも良いから野営する方が良いんじゃないか』


 犬に似た外見の通り彼らは足が速く、人間の足では1日以上かかる距離でも数時間で走り切る事が出来たし、また嗅覚と聴覚に優れているので山野で野営しても見張りを立てる間でもなく外敵の接近に気付く事が出来た。その代わり——


『あっ!』

『ん? 何だどうした?』


『なぁ、オレ達はあの赤子を探しに来る人間が里にまで来ない様にする為に運んだんだよな?』

『何を当たり前の事を』

『だよな。で、あの赤子は川を流れて来たんだよな?』

『ああ、川岸の岩に引っかかっていたからな。多分そうだろうな』

『と、言う事は、あの赤子は川上から流れて来たって事だろ? 探しに来る連中も、居たとしたら川上から来るんじゃないか? あそこの里は川下の方にある里だぞ?』


『……ハッ!?』


 ——頭の中身も犬に近いようだ。そんな当たり前の事に今になって気が付く。


『ま、まぁ……何とかなるんじゃないか? 人間の里に渡したんだから、人間同士でどうにかして連絡を取るだろ、うん』

『そ、そうだな。何とかなるよな。人間だもんな!』

『ああ、そうだ、人間だもの!! 自分達で何とかするさ!』


 どこかの俳人みたいな事を言うコボルト達。大雑把な所も犬に近い様であった。




 と言う会話があったとか無かったとか。そして——あっという間に時は過ぎ、その日から五年の歳月が流れた。

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