第7話 転生5秒で大冒険。

 と、前回その様な心温まる感動的な出来事が有ったとか無かったりしちゃった訳なのだが。当然その場から弾き出された転生したての赤ん坊には知る由もなかった。


『って酷くね!? 丸々一話、長々と関係ない話をねじ込むとか、そんな事よりも僕のこの先の方が大問題だよねっ!? ハートフルな話だけど今関係ないよねっ!!』


 知る由も無かったと書いたのだから、超能力おやくそくを発揮して察するのは止めて頂きたいものである。



 ——閑話休題——まぁ、それはさておきである。


 水路に蹴落とされた籠は、神が作った物である為か幸いな事に浸水することなく浮かび、流れに任せて水路を進み、街の中を流れる川と合流し、そのまま緩やかな水の流れと共に街の外まで運ばれていく。


 途中、何度か「オギャーッ」と泣き声を上げてみた物の、既に宵の口であり、また緩やかとは言え水の流れる音でその泣き声は遠くまで届かず、彼を乗せた籠はとうとう街の外へと流れ出てしまった。


『えぇ~っ、捨て子で拾われるって話だったけど、まさか桃太郎とか一寸法師みたいな川流れパターンだったの!?聞いてないよセルヴァン様ぁっ!!』


 と心の中で叫んでみるが、当然の様に返答など無い。生まれたての赤ん坊の身体では何をすることも出来ず、また未熟な体からくる眠気には勝てず、いつしか彼は眠り込み、気が付いた時には周囲はとっくに明るくなっていた。籠は変わらず川に流されたままである。


『唯一の救いは水が染み出て来ない事だな。こればかりはマジ助かるわ~』


 どういう仕組みかは分からないか、コレだけの時間水に浸かっているのに籠の中に水が洩れてくることは無く、彼が包まれた毛布も乾いたままである。お陰で夜の間に寝てしまって居ても凍える事は無かった。


 これには本当に助かった、と思う。満足に動けない未熟な体ではどうしようも無かったのだから。とは言え、このままでは結局ジリ貧である事に変わりはない。


 何度か河岸に籠が引っ掛かり流れが止まったが、少し経てば再び流されるを繰り返しており、夜から現在までを考えれば既に結構な距離を流されている筈だ。


『お腹減ったな……牛丼とかハンバーガーとか食べたい……まぁ前世でも、もう何年もそんなの食ってないけれども。赤ん坊だから牛乳位しか飲めないのかな? 流石に籠の中に入ってないし、入っていたとしても自分で飲めないし』


 周囲がぼやけていて太陽の位置とかも分からないが、体に当たる日の暖かさから多分朝と呼ばれる時間帯は過ぎているのだろうと予想を立てる。とすると、もう半日は何も口にしていないと言う事になる。


『でもまぁ……食べたら出る訳だから、今の状態だと寧ろ幸いなのか……? 流石に垂れ流ししたら万が一でも拾ってもらえなさそうだし』


 それに十六歳までの記憶が有る身としては、お漏らしは精神的なダメージがデカいので出来れば避けたい。だが、かと言ってこのまま飲まず食わずでは餓死以前に脱水症になる方が早いかもしれない。そんな事を考えていると、


『うん?』


 バサッバサッと大きな羽音が聞こえ、ガサッと言う音と共にフワリとした転生後2度目の浮遊感が襲ってくる。勿論、羽音は継続して聞こえたままだ。


「オギャーッ!? (ぎゃーっ、まさか人間じゃなくて鳥に拾われたーーーっ!?)」


 思わず泣き声を上げると、それにこたえる様に、


「キョワーーーーーーッ!」


 と、初めて聞く種類の鳥の声が返ってきた。音量はかなりデカい。そして、籠を楽々運んでいる所を見ると、かなりの大型の鳥類であるようだ。彼の目ではハッキリ見えないが恐らく四メートルクラスはあるだろう。そして結構獣臭い。


「オギャッ……オギャギャァァァァァァァァァァッ!? (ま、まさか……餌としてお持ち帰り!?)」


 下手に泣くと鳥がどういう行動を取るか分からないので、本当は泣きたくないのだが赤子である為か止めようとしてもどうしても泣き声は止まらない。


 本格的に自分の命のカウントダウンが始まった、と彼は嘆く。その思いが余計に泣き声を上げさせるのだが、本人の意志ではどうしようもない。泣き続ける赤子が乗った籠を大型の鳥はかまわず大空を飛び続ける。


 どれくらい飛び続けたのか——またしても事態は突然変動する。


「ガァァァァァァァァァァッ!!」

「キョワァァァァァァァァァ!?」


 はるか上空から影が差したかと思うと、瞬く間にその陰が大きくなり、籠を運んでいた大きな鳥に更に大柄の鳥みたいな生物が襲い掛かったのだった。


『え……? あ、ちょっ……マジか!?』


 驚いた大鳥は、籠を掴んだまま滅茶苦茶な軌道で飛び回っていたが、やがて自分の身の安全を優先したのかパッと籠を中に放り出す。


「オンギァァァァァァッ!! (助かった……けど助かってねぇぇぇぇぇぇっ!!)」


 どれくらいの高度を飛んでいたのか皆目見当が付かないが、かなりの自由落下にかかる時間に墜落死の恐怖が襲ってくる。


『鳥の餌死と墜落死と、どっちがマシだったかな……って、違ぇよ! えっ? マジでこんな終わり方なの!? 転生一日で終了!?嫌過ぎるぅぅぅぅぅぅっ!』


 と、考える間にとうとう籠が地面に叩きつけられる。


 が、『バフンッ』と大きな音を立て、籠が大きく跳ね上がり、続けて何度か落下と

跳ね上がるのを繰り返す。その度に何か空気が漏れだすような音が続く。


『お……おぉぉぉぉっ!? もしかして、この籠って何か神様バリア的な物で守られている?』


 着地と反発が繰り返される様子に、ホッと一息つく。原理は分からないがどうやら直接の危害から守ってくれる様な力が働いているようだ。水が浸水してこなかったのもこの為であったのだろう。


『それにしては、普通にお化け鳥に攫われたけど……何か条件があるんだろうか?』


 完全に守られているバリアーではなく、何か特定条件がそろわないと発動しないタイプなのかもしれない。だとすれば完全に安心出来る物でも無いのだろう。


 そんな事を思ったが、そんな予測を立てた所で現状出来る事は何もない。遥か上空の方でギャァギャァと騒ぎあう二匹の鳥(?)の声を背に、籠が跳ねるのに身を任せる。


 気分はスーパーボールの中状態だったが、やがてそれも収まる。が、気が付けば籠が斜めに傾いており、下からはザザザーッと地面を滑る音が上がっている。




「うぎゃっ! おぎゃぁぁっぁぁぁぁぁっ!(おおおおっ、アクロバットの後に紐無しバンジー、直後にジェットコースターとか盛り過ぎでしょう! ってかいくら何でも転生1日目にハード過ぎませんかね異世界っ!!)」


 泣き声がドップラー効果を得そうな勢いで地面を滑ったかと思うと、やがて「スポンッ!」と音と共に血を滑る音が消え、代わりにフワリと浮遊感がまた襲ってくる。


「オギャギャァァァァァァァッ! (またかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!)」


 だが今度は浮遊感は直ぐに終わり「ドボン」と言う音と飛沫が上がりまた飛沫が頬にかかる。高い所から落ちたら謎バリアーが守ってくれるようだが、飛沫には何故か効かないらしい。本気で基準が分からない、などと切羽詰まっている割にはどうでも良い事が頭をよぎる。


「おぎゃぁ……(また水場かよ……何か最初に戻っただけじゃん)」


 前よりはややゆったりした流れに、それでも一応の危機は脱した事に安堵を覚える。状況は好転していないが、少なくとも怪鳥の餌や墜落死の目は無くなった。目まぐるしく変わった状況に精神的に困憊した赤子は、ゆったりとした流れに揺られる内に、うとうととし始めやがて眠ってしまう。



 どれくらい眠ったのであろうか。何やらガサガサと草をかき分けるような音でハッと目が覚める。瞬間、目に飛び込んで来たのは毛むくじゃらの獣っぽい生物の輪郭だった。


「ふぎゃぁぁぁぁぁっ!? (うわっ何こわっ!! 猛獣? 野獣!? 今度こそ食われるの!?)」


 声を上げて泣く間にも獣みたいな生物の顔が近づいてくる。生まれた直後の身体の為に視力がほぼ無いのがせめてもの救いか、などと他人事の様に考える。転生僅か一日目で何度も命の危険を感じ、かつ一度死んでから生まれ変わるまでの体感時間が極めて短いので、正直死への恐怖はとうにマヒしているし、何より疲れ果てていた。


 流石にもう助かるまい、とその時を待つ。が、一向にその時が訪れない。


「オギャッ!?」


 不思議に思い、目の前の獣の様な生物をじっと見る。よく見れば、どうやら1匹だけでは無く、他にもいる様で互いに低い唸りを上げている。何やらその様子は会話しているようにも見える。それもどこか困惑しているような様子だ。


 やがてザバリと籠が水から引き揚げられ、砂利の上の様な場所に置かれる。そして三匹ほどの獣生物が代わる代わる覗き込んで来る。


 輪郭はぼやけているが、どうやら犬に近い様な生物で二足歩行であるらしい。そして低い唸りにしか聞こえないが、それはどうやら独自の言語らしい。3匹の犬型生物は籠を覗きこんではウガウガと声を上げ、まるで『困った、どうしよう』と互いに相談している様な印象を受ける。


『うん? 何だろ……もしかしてこの生物がこの世界の人間に相当するのかな? あれ? でも夜の時に聞こえた声はもっと人の言葉っぽかったし……う~ん?』


 視力がほぼ無い事と夜であったために殆ど状況が分からなかったので、実は彼にはこの世界の風景や人物などは殆ど見ていなかったりする。籠の中から見える景色も霞んでいて、周りが明るいからまだ昼間で、二度目に水場に落ちてからそんなに時間が経っていないんだろう、と言う予想がついているにすぎない。


 だから彼には目の前の生物がこの世界のスタンダードな住人なのかどうかも判断が付かないで、ただ不思議そうな顔で事の成り行きを見守るしかなかった。


 三匹の犬生物がウガウガと吠えあう事暫し。三匹の内の一匹が唐突に「ガウッ」と一声鳴くと何処かへ走り出して行った。それを見送ると残った1匹が籠を抱え走り出す。足音からもう一匹も追走しているようだ。


『おおおおお? 何だいきなり!? どこかに連れていかれるのかな?』


 犬生物の動きに合わせてガクガクと上下左右に揺れる籠の中で困惑する。どうやら犬っぽい輪郭の通り足が速いらしく、結構な速度が出ている様に感じられる。


 どうなる事か、と最初は緊張したままであったが、犬生物は走るのを止めない。途中で何度か走りながら籠の受け渡しが行われた。どうやら交代で運んでいるようだ。だが中々目的地に着かないようで、体感では一時間位は走りっぱなしに思える。


『何時まで走るんだろう……と言うよりも、いい加減お腹空いたぁぁぁぁぁぁっ!』


 衝撃の連続で緊張していたのでこれまで忘れていたが、流石に転生してから何も口にしていない状況ではいい加減限界が来ている。そんな状況では無い事はわかっているが、転生したての赤子の身体では欲求に耐えられず、


「フギャァッフギャァッフンギャァァァァァァァッ!」


 と泣き声が上がってしまう。すると犬生物はピタリと止まり、籠を地面に下ろす。


『ぬぁ?』


 泣きながらも不信に思っていると、唐突に口に何かが突っ込まれ、ドロリとしていて生臭くて酸味のある液体が口の中に流し込まれる。


『匂っ……これは皮の匂いと……生臭い乳? にしては酸っぱっ!』


 何かの皮の匂いとすえた匂いが混然一体となった不思議な味に吐き気も感じるが、それよりも空腹の方が勝り、美味いとは思えない乳の味が一応するそれを必死で飲み込む。


 どうやら革袋に入れられた、乳を原料にした何かしらの飲み物なのだろう。栄養はあるようで、何やら滋養が体に染みわたってくるような感覚だ。


『動物の乳か何かみたいだけど……発酵しているみたいだからヨーグルト? まさか……酒って事は無いよね……?』


 何にしても、加工品を扱う程度の文明を持つ生物である事に違いはあるまい。ましてや赤子にも飲めそうな物を与えるのだ、直ちに殺される様な事は無いと見て良いに違いない。


 一心不乱に酸っぱ臭い液体を飲み込みつつ頭の片隅でそんな事を思う。やがてとりあえずは腹が膨らみ革袋から口を離す。


 彼が満足したと見ると、二匹の犬生物はホッとした様にガウガウと吠えあうと、そのまま座り込み、懐をゴソゴソと漁って何かを取り出すとそれに齧りつく。どうやらついでに自分達の休憩も兼ねるようだ。


 ——どうやら本当に自分を害する気は無い様だ——と、その様子をうかがっていた彼は思い、安堵感を覚えると同時に満腹感から眠気が襲ってくる。


『やはり赤ん坊の身体は直ぐに眠くなっていけないね……』

 起きていた方が良いとは解っていても欲求には勝てず、彼は再びウトウトとし始めるのであった。





『どうやら眠ったようだな』

『ああ。余り泣かないが、その方が静かでいい』

 

 地面に置かれた籠の中で眠っている赤子を見ながら、2匹の犬生物は互いに頷きあう。赤子には犬の鳴き声にしか聞こえていないようだったが、彼らはこの世界で魔人族に分類される生物であり、独自の言語を持っており互いに会話で意思疎通が出来る程度には文明も持っている、コボルトと呼ばれる種族だ。魔人族ではあるが犬に近い容姿をしているので獣人に近い立ち位置に居る。


 この世界では魔人族は完全に人間と敵対している訳では無い。と言って敵対していない訳でもなく、単純に群と呼ばれる集団の性質の違いで敵対している群もあれば、友好的な群もある、と言う形だ。


 彼らが属している群はそのどちらでもなく中立だ。敵対もしなければ特に有効関係も築かず、離れた場所に縄張りを作ってヒッソリと関わらない様に距離を置いている群だった。


『しかし、どうやってあんな所に人間などが居たんだろうな。それも赤子だ』

『さぁな。他に人が入り込んだ痕跡もないし、川にでも流されて来たんだろう』

『何にしても迷惑な話だ。今まで縄張りに人など入った事など無いというのに。もしこの赤子を人が探していて山に入られたら我らの集落の場所も人に知られてしまいかねない』


『ああ。だからこの赤子を人の集落の元に届ける事になったのだが……本当にそこまでしなければならないのか?その辺に放っておいても良かったのではないか? 態々こんな所まで探しに来る人などいないと思うんだが』

『さっきも言っただろう。あの籠の中にはカネが入っていた。しかも黄色くてピカピカしているカネだ。黄色いカネは人族にとっては大事な物らしい。だから探しに来る人間が来ないとも限らん。入り込まれる前に人間の集落に持っていくのが一番だ』


『それが分からんのだがな。確かにピカピカして綺麗だがそれだけだ。食えないしいい匂いがする訳でもない。カネという物はそんなに重要な物なのだろうか』

『詳しくは知らん。だが前に長が、人族と言うのはカネが無いと食い物も手に入れられない。カネが原因で人族同士で殺し合いになる事もある位に大切な物らしい、と言っていた』


『食えないのにか?』

『ああ、食えないのにだ。カネは食えないが食べ物とかそれ以外の道具などとも交換するのに必要な物らしい』


『食えないのに食える物と交換できるのか? 何か……良く分からんな』

『オレにも良く解らん。兎に角、そんな大事な物を持っている以上はさっさと人族の元へ送り届けるのが一番と言う事だ。後山二つ位だ……丁度日が落ちた位に人の集落に着くだろう』


『闇に紛れて置いてくる訳だな?』

『ああ。ウチの縄張りから一番近い人族の集落はあそこだけだからな。面倒だが我らの姿を見せないで渡すにはそれが一番都合がいいだろう』


 二匹のコボルトは互いに頷き合うと地面から立ち上がり、スヤスヤと眠っている赤子を起こさない様にそっと籠を抱え上げるのであった。





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