9ページ目 彼の事情(※メイズ視点)

 メイズ・フォン・ドラギニアは帝国の王太子。王の第一継承者だった。オランジェとサーキスはメイズを帝国の大使の護衛であり、また、そもそもアランヴィアを訪れている帝国の大使を外交官か何かかと予想していたが、全くその予想は外れていたのだ。


 なんとメイズはアランヴィアの実情を耳にすると自身の眼で確認すると言い放ち、僅かな共を引き連れるだけで単身アランヴィアへ来国、王都でアランヴィア王族と会見の後に自身の宮殿に運ばれる水と共にやってきていたのだった。


 帝国より連れてきた数少ない同行者のひとり、アーサーにくどくど言われながらも砂と埃まみれの着衣を着替えると、メイズはフカフカのソファに腰掛ける。


「それで? この国の王族はどうですか?」

 アーサーはティーカップを用意し、ポッドからお茶を注ぎながら主人へと尋ねる。

「真っ黒だな。この国の過酷な現状を産み出してる半分以上は奴らのせいだ。」

 アーサーの手際を見ながら、メイズはそう呟く。

「彼らはなんと?」

「奴らの言い分では、水を施しても強欲な民たちが奪い合い、均等に行き渡らないのだ、と。」

「苦しい言い訳ですね。」

「それと、気になるコトを言っていた。」

「それが『ラクバ車に乗って水と一緒に揺られて来た』原因ですか?」

「ああ。」

 部下の嫌味に苦笑しながらメイズはティーカップをソーサーごと受けとる。


「『実に恥ずかしながら、現在この国には【水泥棒】が出るのです。それも凄腕の。』と言ってきた。話を聞くと襲撃は一回や二回のコトではなく、もう何度も襲われてるとのコトでな。」

「水不足の原因は、その【水泥棒】に水を奪われてるからだ、と? やはり無理がありますな。」

「俺もそう思う。だが、襲撃があるのは本当みたいだったのでな。」

「それで確かめよう、と。」

「まあそうだ。」


 ハア‥‥‥とアーサーは溜め息をつく。

 この主人はいつもこうだ。気になるコトが出来ると自身の眼で確かめないと気が済まない厄介な性格をしている。で、思い付くとフラッと出歩いて厄介事に首を突っ込んでゆくのだ。


「で、収穫はあったんですか?」

「ああ。【水泥棒】に逢った。」

「‥‥‥‥‥はい?」


 アーサーは耳を疑った。この主人は強盗に出くわしたのにまるで親戚にでも会ったかのようなノリでサラッと言ってのけた。ずり落ちた眼鏡を直すと慌ててメイズに寄る。


「だ、大丈夫だったのですか? お怪我は???」

「心配性だな、お前も。」

 メイズは鼻で笑うと、ティーカップに口をつける。カモミールティーだった。

「まあ落ち着け、お前もどうだ?」

 カモミールティーにはリラックス効果があると耳にしていたメイズは、コイツにこそ飲ませるべきなのではと勧めてみる。

「呑気に言ってる場合ですか。貴方は帝国の王太子、王位第一継承者なんですよ? その御身にもしもがあったら‥‥‥」

「息苦しいのは性に合わん。第一俺の足を引っ張られるのはごめんだ。」

 実際にメイズはかなり強い。彼に剣を向けた者は、真っ向からだろうが、奇襲だろうが、軒並み返り討ちに遭うのが関の山だ。この王太子にひと太刀入れるコトはかなり困難を有する。下手な護衛はむしろ自身の立ち振舞いの邪魔になるだけだとメイズは考えていた。



(だが、あの水泥棒は俺にひと太刀入れたな‥‥。)

 思い返すのはあのオレンジの髪が印象的な水泥棒。油断があったコトは確かだし、動揺したコトもあるが、それでもひと太刀はひと太刀─── 

(思えば誰かの一撃を貰ったのはいつ振りだろうか。)

 天賦の才能があり、そして剣の稽古も惜しまないメイズはかなりの実力を持つ。近衛剣小隊の隊長とも互角に渡り合える実力がある彼は、少なくともここ数年は誰かの一撃を貰った記憶はない。

 

「‥‥‥綺麗な顔だったな。」


 そう呟く彼の視線の先には水泥棒のしていたスカーフ。右手で握ったその布に、メイズは彼女の姿をダブらせる。


 水泥棒を捕まえ、アランヴィア国の王族の不正の証拠に繋がる糸口を証言させるつもりだった。

 だが現在、その最初の目的よりも、彼は水泥棒=オランジェに逢うコト自体を望んでいた。


 どうしてなのか、それはメイズも解っていなかった。

 命の危険にさらしたことを謝罪したいのか。

 やはりこの国の王族の不正を正す手助けをして貰いたいのか。

 自分と渡り合える剣の腕を持っている者、更に言えばひと太刀自分に入れたその腕を見込んで、再び打ち合いたいのか。

 逢って何がしたいのか、彼にも分からない。


(また逢えるだろうか‥‥‥)

 

 彼はただただ、逢って話がしたかった。





 婚約者もおらず、恋人もおらず、その歳までずっと独り身でいたメイズには、その心に芽生えた感情の名をまだ知らなかった。

 












「あの‥‥‥さっきから話し掛けてるんですけど、聞いてますか? メイズさま‥‥‥」 






 ひとりの水泥棒に心を奪われているメイズに、主君の心配をする執事の言葉は全く届いていなかったのだった。



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砂賊のオランジェ 発素勇気 @yuuki_hatsuso

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