8ページ目 宮殿と眼鏡の執事(※護衛の男視点)
さて、視点は変わり、ここは宮殿。
オランジェとサーキスの会話に出てきた郊外にある王族の別宅である。
【アランヴィア】の二代前の王族が作らせた保養目的の宮殿であったが、雨が降らなくなり、かつこの宮殿近くのオアシスが涸れ果てたコトにより、現国王は王都から離れず、この別宅を長らく放置していた。
今回、【帝国】からの使者が来国するに当たり、国王はこの別宅に手を入れ、来賓であるその使者が滞在する拠点として充てたのである。
だが‥‥‥
「色々言い訳してたが、どう考えても、体の良い厄介払いだったんだろうな。」
男は呟きながら、視界に迫る宮殿を見上げる。
オランジェと交戦し、出し抜かれた男はそのままラクバ車の荷台に揺られつつ、馬車の目的地であるこの郊外の宮殿へとたどり着いていた。
オランジェを追い払い、積み荷を守ったコトで、ラクバ車の運転手と助手席の男は大興奮し、宮殿までの道中は男に話し掛け続けたが、男の態度は冷めた物だった。
オランジェは『失敗した』と認識し、国王軍のふたりは『輸送は大成功』と認識していたが、当の護衛を果たした男の認識はどう思っていたかというと‥‥‥。
彼の視点では『失敗した』というコトになっていた。
彼の目的はオランジェに逢うコトだった。
来国した際に招かれた王都にて、国王とその娘である【聖女】の口から出た『水泥棒』の存在が気になり、提案されていた専用の移動馬車を断って、彼はわざわざ水の護送のラクバ車に同行したのだ。
まさか件の水泥棒が若い女で、しかもあそこまで腕が立つとは想像していなかった。
もっと事情が聞きたかったが、自身のミスで彼女は逃げてしまった。
更に言えば一部とは言え水も奪われてしまっている。
(‥‥‥また、逢えるだろうか。)
右手に握りしめたオランジェのスカーフを見つめ、ぼんやりと彼女のコトを考える。
褒め称える男たちの言葉は全然耳に入ってこず、男はまんまとしてやられたと気を落ち込ませながら、宮殿の門をくぐった。
敷地内に入り、積み荷の荷降ろしを始めた
正面玄関からロビーに入ると、そこは広いホールとなっていた。
メイドたちや使用人たちが列をなして男を出迎える。
と、燕尾服をきた眼鏡の男がひとりだけ列から出て持ち構えていた。
銀髪をオールバックにし、神経質そうな眼付きが特徴の若い男、使用人をまとめているリーダーのようだ。帰ってきた男に声を掛けるべくひとり一歩前に出ている。
「お待ちしておりましたよ、メイズさま。」
眼鏡の男が男=メイズに言葉を投じる。字面だけ見れば「おかえりなさい」を告げる歓迎の言葉だが、その実「やっと来たか」とか「何やってたんだ」と文句の意が込められた抗議の挨拶だった。事実彼のこめかみはピクピクと引きつっている。
「いつも言ってるが、こんな仰々しい出迎えはいらん。」
だが、メイズはそんな眼鏡の執事の言葉は意にもかけず、眼を細めて不機嫌に言葉を紡ぐ。
「それはこの宮殿の者たちから仕事を奪う、と言ってるのと同義ですよ。」
「......俺の出迎えなんぞよりも他にするべき仕事はいくらでもあるだろう。」
メイズは眉をしかめながら眼鏡の男に言う。眼鏡の執事は溜息を溢しながらメイズに言葉を返す。
「宮殿の主を出迎える。使用人として最優先の仕事だと思いますが?」
メイズとしては、俺なんかの出迎えに時間を割くくらいなら他に作業をしててくれて構わないと常々思っているのだが、目の前のこの男はそれを許してくれない。彼曰く、最低限で最優先で誉れ高い栄誉ある業務なのだとか。「俺の出迎えが?」と、疑問に思うが、この意見だけは絶対に曲げない眼鏡の執事の頑固さにメイズは辟易するのであった。
「随分ゆっくりしたご到着でしたね? 更に言えば、あんな立派な馬車での移動で。」
ああ、これは怒ってるなあ、とメイズは眉をしかめながら耳を傾ける。
「嫌味を言うなアーサー。なかなか快適な移動だったぞ?」
耳を傾けながら、メイズは真っ直ぐ歩みだしホールの奥へと進み出す。
使用人たちは両方に別れ、頭を下げながらメイズの行く手を遮らないように道を作る。
眼鏡の男の横を通りすぎ、緩いカーブがかかった階段が左右一本ずつ掛かっているのを見つけると、メイズは右の階段から吹き抜けになって見えている二階へ向け歩みを続けた。
こっちだろう、と勘で歩くメイズであったが、訂正が入らないところを見ると目的地は合ってるらしい。初めて訪れた建物の中なのに迷いなくズンズンと進んで行く。
「嫌味のひとつも言いたくなります。予定では専用の馬車で来られると決まっていたはずなのに、いざここで待っていたら‥‥直前になって、なんですか? 『急遽、輸送のラクバ車で水と一緒に移動する』というあの伝言は。」
使用人たちはホールで立ったまま動かなかったが、唯一眼鏡の男だけはメイズの後を着いてきていた。移動しながらも会話は続く。
「しかも護衛もなしで単身移動されるとは、聞いたこっちの身にもなって下さいませ。」
アーサーと呼ばれた眼鏡の男は、眼鏡の位置を直しながらクドクドとメイズに話す。
階段を登りきり、左右どっちの道かとキョロキョロするメイズに「こちらです。」とアーサーは告げ、前後を交代、今度はアーサーが前を歩きメイズを先導する形で歩き出す。
「シルフィードさまはどうなされたのですか? 我々に言伝てを伝えたあと、てっきり貴方の元へ舞い戻ったと思っていましたが。」
「アイツには王都に戻って調査するように頼んだ。この国の国王と聖女の同行を探るようにな。」
扉をいくつも通りすぎ、再び現れた階段を登り始める。
三階へと辿り着くと、メイドがふたり立つ仰々しい扉が奥の方にあるのが目に入った。
「あそこだな。」と当たりをつけ、微笑むメイズ。ようやく待っていた人物の来訪だと気づいたメイドたちは恭しく頭を下げ、両開きの扉をふたりで厳かに開けた。
部屋の中に入ったところでアーサーがこう口にした。
「お戯れもほどほどになさって下さいませ。【王太子殿下】。」
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