7ページ目 彼女の事情

「帝国がどんな国なのか知らないけど、アタシはこの国を離れる気はさらさらないね。」


 オランジェはこの国を愛していた。

 どんなに辛い環境でも、笑顔を絶やさず、逞しく生きるこの国の住民が好きだ。

 自分に笑顔を向けてくれる町の住人が好きだ。両親のいない自分に声を掛けてくれる優しい住人の声が、眼差しが、さりげない優しさが好きだ。


 だから自分を想ってくれている仲間たちが水がなくて苦しんでいるというのなら、自分が手に入れてやると盗賊行為に手を出した。何もしない、それどころか国民を苦しめる国王から逆に奪ってやる道を選んだ。


 誰に唆されたわけじゃない。自分がやりたいからその道を選んだ。


「亡きルージェさまもお喜びになっているでしょうな。」

「だったらいいけど。」

 ルージェはオランジェの母親の名だ。若くして亡くなったが、豪快な性格のかなりの女傑だった。元々は町やその周辺を仕切るリーダー的な立ち位置だった。そして弱きを助け悪を挫く義賊的な立ち振舞いはオランジェに受け継がれた。


「やりたいコトはやってやれ。」が口癖の母親だった。


『自分がやりたいと思ったコトは中途半端に投げ出さずにやりきりな。人間やらない言い訳を作るコトに関しては天才的に理由を作り出す。一度やると決めたなら言い訳作って止めるコトは許さないよ。そして自分が正しいと思ってやる行為なら、他人からどう言われようと卑屈になるな、何を言われても恥じるな。堂々と誇りを持ってやってやりな。それが例え悪に見える行ないだろうが、愚かに見える行為だろうが、自分自身が恥と思わなければ後悔しないもんだ。胸を張ってやればカッコよく生きられるってもんだ。』


 生前の母の言葉だ。そしてオランジェが【砂賊】を名乗り水泥棒を始めた根底だ。

 今現在、水がなくて苦しんでいる仲間がいる。

 今現在、水を独占してほくそえんでいる悪党がいる。

 仲間は苦しみながらも懸命に生きている。悪党は笑いながら贅沢を貪っている。


 だったら自分がやってやる。自分が悪党から、苦しむ仲間たちのために水を奪ってやる。

 例え世間から悪だと言われても、賊だと罵られようとも、

 誰かのために、弱き者のために、誇りをもって略取行為に手を染めてやろう。


 誇りを持った砂漠の盗賊、「【砂賊】のオランジェ」として。

 それが現在の自分のやりたいコトだと再認識したオランジェは、僅かに残っていた自身の弱気を振り払い、テーブルに頬杖をついてほくそ笑んだ。

 

「んじゃあ、しばらくはあの宮殿を使うVIPのために、国王軍は水を輸送するだろうな。だったらまた頂かせて貰おうじゃないの。」

 今回は失敗したが、この次はしくじらない。決意を固めるのであった。


 サーキスは彼女のその表情を見て、失敗は引きずっていないなと確信し、内心ホッとしていた。穏やかに微笑むと、静かに椅子から立ち上がり、木で出来た窓から家の外を見た。


「その粋ですぞ、姫様。」


 サーキスは止めない。悪いコトだからとか、危険だからとか、そんな理由は度外視する。オランジェの母、リージェに仕えていたときから二代に渡ってこの親子に仕えているが、色々な思惑や都合、理由はあるものの、結局は彼も「やりたいコト」をやっているのだ。根本は同じ。彼はオランジェに仕えて彼女を助けたいし、彼女と一緒に悪いコトをしたいし、何よりも困っている誰かを助けたいのだ。


 やりたいコトをやってやる。

 

 今は亡きリージェの言葉は大きな影響を与えていた。



「止めないのかい?」

 オランジェはサーキスの答えを解ってて敢えて尋ねる。


「ほっほっ。悪党から奪って平和活用するだけですよ。悪いのは搾取し独占する国王で、奪われるのは防衛が下手な国王が悪いのです。我々が奪った水でアコギなコトを始めれば後ろめたさもありましょうが、そんなコトはやってませんのでな、何も恥じる必要はございませんでしょうや。」


 それに、とサーキスは続ける。


「それで帝国に国王が怒られても我々は知りません。管理不十分な国王が全部悪いのです。ならば精々、国王には帝国に恥をかいて頂きましょう。」



『爺も良い性格してる』と苦笑したオランジェは、

「爺のそういうところ、アタシは好きだよ。」

 と一言告げ、ふたりは備蓄してる水をどう住民に分けるか、分配について相談を始めるのであった。




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