6ページ目 帝国
「水の輸送に護衛‥‥‥ですか。」
「そう。それもかなり凄腕の、ね。」
落ち着きを取り戻したオランジェは、サーキスの自宅で机を囲んで反省会を行なっていた。マントなどの【砂賊スタイル】を脱ぎ、ラフな格好になった彼女は、サーキスの淹れてくれたカモミールティーを口にしながら答える。
「腕が立つ姫様が凄腕と評価するとは、かなりの手練れですな。何者でしょう?」
サーキスの疑問はもっともだ。実際にオランジェの戦闘技術はかなり高い。そこらの荒くれ者は勿論、訓練された一般兵士くらいなら楽に倒せるほどには強い。実際にこれまで現れた護衛は全員オランジェには歯が立たず、返り討ちに遭っている。
「見たことない顔だったな。少なくともこの国の人間じゃない。」
オランジェの発言にピクッとサーキスの頬が動く。
「異国の人間ですか? 何か根拠がおありで?」
サーキスの僅かな反応にオランジェは気づかず、彼の質問に答える。
視線が天井を向いているのは件の男の容姿を思い出しているからなのだろう。
「顔立ちや肌の色がこの辺の人間と違っていたからねえ。それにアイツも自身で言ってた。”自分は他所の国から来た”って。」
そこまで話したところで、オランジェは視線を目の前のサーキスに戻す。
と、ここで気づく。
目の前のこの男は何か思い当たるコトがある、と。
「‥‥‥他に何か言ってましたかな?」
サーキスはそれを口にするコトはなく、重ねてオランジェに問う。
「他に‥‥‥」
ティーカップに口をつけながら思い出そうと思考を巡らせる。
「口にしてたのは”昨日この国に入った”とか、”護衛はついでで盗賊のアタシと話したかった”とか。
ああ、あと”【聖女】は何をやってるんだ”とか言ってたねえ。」
こんなところかな、とオランジェが言葉を切ったところでサーキスは額に手を当て目を閉じた。
「で? 爺は何を知ってるんだい?」
「未確認の情報があります。」
ここまで言い渋っていたサーキスに、オランジェは怒るでも悲しむでもなくからかうトーンで尋ねる。間を置かず帰ってきた彼の声のトーンは深刻なものではなく、「マジか。」という呆れに近い感情のそれだった。
─────────────
「【帝国】の大使?」
「らしいです。」
サーキスが口にしたのはオランジェの予想を越える回答だった。
この砂漠の国【アランヴィア】は領属国だ。
オランジェが生まれるよりも遥か以前、この大陸は戦争の絶えない、血で血を洗う凄惨な大地だったらしい。その絶え間ない戦の歴史に終止符を打ち、大陸を支配したのが【帝国】である。
正式名称は【ドラギニア帝国】。
その名の由来は、聖竜つまりドラゴンから来ている。
帝国の王族は聖竜と呼ばれる強大で特別なチカラを従える能力を持ち、その能力を用いて繁栄してきた。
この世界、魔獣や魔物が闊歩するが魔法を使う人間はほぼ存在しない。
ほぼと言ったのは例外が存在しているからだ。
それは聖獣と呼ばれる特別なチカラを持つ生き物と契約するコト。
高い知能を持ち、強い能力を持つ特別な存在、それが聖獣。
聖獣に認められ、聖獣がチカラを貸してくれた人間は魔法を行使するコトが出来る。
これが唯一の例外。
数多く存在する聖獣の中で、最も強く、神に最も近いとされる種族、それがドラゴン。
帝国は四体のドラゴンを有し、そのチカラで大陸を支配してきたのである。
それが四大属性を司る聖竜、すなわち【炎竜】【水竜】【地竜】【風竜】である。
現帝王は【炎竜】と契約し、他属性の聖竜は王族の血を引く親族に仕えているとのコト。
「伝手から情報が入りましてな? 数日前からここから一番近くの宮殿に人の手が入っていると報告がありました。」
「ああ、あの放置されてた宮殿か。王族の持ち物の。」
「ええ、あそこです。で、それに加え昨日、国の関所に異国の者が入国したとの情報も入りましてな。」
「その異国民が滞在するための宮殿としてあそこが選ばれた、と。で、急遽手入れされた、と。」
なるほど、とオランジェは納得していた。
「その異国民が帝国の人間だって根拠は?」
流石のサーキスも国の関所にスパイは忍び込ませてはいない。あくまでも遠目から様子を監視させているのみなのだ。
「その異国民が乗っていた馬車にデカデカと入っていたそうですぞ。帝国の紋章が。」
帝国を象徴するドラゴンの図案が入った紋章。
それが入った馬車を使えるのはドラギニア帝国の者のみ。
「そんな雲の上の存在たる帝国からこのアランヴィアに大使さまの入国? なんのために。」
‥‥‥。
オランジェの発言のあと、不意に沈黙が走る。
((もしや【水泥棒】を捕まえに‥‥‥?))
サーキスもオランジェも同時におんなじ考えが過り黙り込んでしまったのだった。
「‥‥‥いやいやいや。水泥棒でアランヴィアの王族が出てくるならともかく、帝国の王族がわざわざ出張ってくるなんてそれはないだろう。」
「‥‥‥でしょうな。」
アハハハハハ、とふたりは笑い合って考えを否定した。
「まあ考えられるのは【聖女】に会いに訪問しに来た、とかかな?」
「それが一番無難な理由でしょうな。」
となると、国王軍が今日、わざわざあのルートに水を運んでいた理由も理解できる。
あのルートを抜けるとその先に宮殿があるのだ。
もともとは王族が使う別宅だったのだが使われなくなって久しい。近くにあったオアシスが涸れてしまったのがその理由だ。帝国からの賓客をその宮殿に泊め、そこで使うための水を輸送していたのだろう。
「んじゃあ、あの護衛の男は帝国からの大使の護衛かなんかかな。大使の護衛任務を離れて、情報収集にアタシに接触したとかそんな感じか。」
「話を聞く限りそうでしょうな。帝国貴族の護衛ならば腕が立つのも納得です。」
「要人警護に長けている凄腕か、なら納得だな。
んじゃあ来国してる、宮殿の使用主は帝国の貴族かね?」
「おそらくは外交官でしょうな。」
「アタシ、帝国のコトとか全然知らないからね。せいぜい王族が竜を従えてるってくらいか。」
「ほっほっ。ノーヴァを従えてる姫様が帝国に行けば、すぐさま上級国民の仲間入りですな。」
「冗談。アタシはこの国から出る気は毛頭ないよ。」
お互いに微笑みながら軽口を叩き合うふたり。
例え砂まみれで洗濯ひとつするにもひと苦労で、作物が日照りで育ちにくく、水不足で生きるにも大変で不便でも、オランジェは─── 否、ふたりはこの国を愛していた。
「帝国がどんな国なのか知らないけど、アタシはこの国を離れる気はさらさらないね。」
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