V.秒読み〈Odliczanie〉
午後八時一〇分 クリシュタノ市 メリド区 チェリア 〈市街地〉
街灯に照らされた石畳の道に2つの影が並んでいる。1つはアウスラのもの、そしてもう1つはエリックのものだった。
「……お父さん、お腹空いてないかな」
弱々しく呟くアウスラ。
数年振りに父と再開し、親子2人での食事を楽しみ明日からのメイシ観光に心を躍らせて眠るはずだったであろうアウスラ。しかし、突然の襲撃に、間近で人の死を経験し、その上父親は消息不明。今日一日でアウスラが受けたストレスは計り知れなかった。
病院を出て以来、先程のようにパニックこそ起こして居ないものの、精神的に疲弊しているのは目に見えて分かる。
こんな状態の彼女を1人にするわけにはいかないと、エリックは彼女に自分の家に来いと腕を引きながら強制的に付いてこさせている。
正直に言うとエリックは彼女の父親、フォルカーの生存は絶望的だと思っている。始めに見た大爆発、原因は不明だがあれだけでも内部に居た人間は全滅しかねない。更に追い打ちをかけるように出てきたのはおびただしい数の怪物。そんな中生きているなど、よほど運が良いか奇跡でも起きない限りありえないだろう。
「(……あいつの代わりに俺が何としてでもアウスラを守らなければならない。あの怪物が再び襲ってきた時、万が一メイシ軍が敗れ、やつらが街になだれ込んで来た場合を考えると、一刻も早く彼女を国に送り返す必要がある)」
しかし次にシロノヴィア行きの船が出るのは1週間後だ。他になにか手段は無いのか、と必死に考える。
「(彼女が乗ってきたという軍艦は……当分の間帰ることはないだろう。いっそ大陸を横断させるか……? 駄目だ……大陸東部はどこも内戦中じゃないか……危険すぎる……)」
あれこれと考えながらふとアウスラとの会話が思い起こされる。
「(そういえば、あいつが船で同じ客室だったという老人が彼女を気にかけてくれていたと……あいつも結構懐いていたようだ)」
話によると彼はクアイ島南部にある〈マグリネア市〉にいると言っていた。クアイ島はメイシ島南東部に位置する面積約一万平方キロメートルの島で、メイシ島からも近く高頻度で船が往来している。海を挟めば少なくとも安全だろうし仲の良い人間がいるのであればアウスラの気も少しは紛れるだろう。いきなり行っても迷惑になるだろうし、先ずは彼に連絡をする必要がある。だが手紙を送ろうにも名前も住所もわからない。
「おい、アウスラ」
「……はい?」
いきなり呼びかけられ戸惑った様子で応える。
「お前が船で同じに部屋だった爺さん。名前は」
「なんでいきなり……?」
「いいから、知ってんだろ?」
「……名前はソスナ…ヴェネディクト・ソスナさんです」
困惑しつつも教えてくれた名前を聞いてエリックは目を見開く。
「……? どうかしました?」
「いや……なんでもない」
いきなりのエリックの態度に疑問を抱きつつも住所を教えて貰っていたことを思い出したアウスラは、ポケットから紙切れを取り出してエリックに差し出す。
「これ、ソスナさんの住所ですけど」
「ああ、少し借りておく……」
紙切れを受け取りつつそう応えたエリックの態度は、やはり何処か違和感があった。
午後八時三〇分 クリシュタノ市 メリド区 〈チェリア第2アパート前〉
「着いたぞ」
しばらく歩いてたどり着いたのはコンクリート造りのアパートが立ち並ぶ集合住宅地。
エリックさんは行く当てのない私を見かねたのか、私の手を引いて自分の家まで連れて来てくれた。
「ここには俺達みたいな外国人が多く住んでいる。特にこの棟にはお前と同じシロノヴィア人が特に多いんだ」
アパート内に入りながら、そんなことを聞かせてくれる。そこで疑問が一つ浮かんだ。
「エリックさんもシロノヴィア人ですよね?」
「ああ、勘違いしてしまうのも無理はないな」
そう笑いながら、自分が生まれも育ちもインゼルティアであることを教えてくれた。
あんなにシロノヴィア語を流暢に話すのに、予想外の事実に驚く。
「でも、インゼルティアの人なのにどうしてお父さんと関わりがあったんですか?」
インゼルティア、インゼルティア王国といえばサントラヴィア大陸とは海を挟んだ場所にある島国だ。
「最初にあった時に私が生まれる前からお父さんと親しかったと言ってましたけど、2人が知り合ったきっかけって……」
「あー……そうだな……俺が……旅行でシロノヴィアを訪れた時に知り合って、それ以来親しくしているんだ」
しまった、という顔をした後になんとも歯切れの悪い説明をする。
「……本当ですか?」
「……本当だ」
嘘だ、絶対に何か隠している……。だがこれ以上聞いてもきっと何も教えてくれないだろうし、今は引いておいたほうが良いのかもしれない。
お互いの間に気まずい空気が流れる。
「……とりあえず入りな」
気づけば部屋の前に着いていたようで、扉を開けてくれたエリックさんに礼を言いながら部屋に入る。
玄関で靴を脱ぐ。電気が付き部屋の全貌が明らかとなる。室内は自分にとっても馴染み深い西洋風の装飾だった。
男性の一人暮らしのようだが部屋は思っていたよりも片付いていて綺麗だ。
「驚いただろ? こんなむさ苦しいおっさんの部屋が綺麗で」
得意げな顔のエリックさんを思わず笑ってしまう。思えば先程までの暗い気持ちが幾らか晴れていることに気がついた。
今日は色々と大変だったし辛いこともあった。だけど私は1人じゃない、支えてくれる優しい人たちが近くにいるのだ。
お父さんの事は心配だけど、きっと生きている。大丈夫、私にできることはお父さんが帰ってきた時に笑顔で迎えてあげること。
それまでは私も元気でいなければならない。
やっと笑顔が戻ってきた、先程までと比べても元気を取り戻した様子のアウスラを見ながらホッとする。
「まぁ、俺はこれから飯の用意をしておくから、お前はシャワーでも浴びてこい。疲れただろ?」
「分かりました。お風呂、お借りしますね」
「風呂場はそこのドアの向こうだ」
それだけ伝えると自分は食事の準備のためにキッチンへと向かう。
「(……今日は俺にとっても散々な一日だった……多くの友人や部下達を失い、働いていた職場まで失ってしまった)」
今になって自分が多くのものを失ってしまったことを実感してしまう。
破壊された施設、部下が大勢乗っていた燃え盛るトラック、そして……血塗れになり息絶えた部下、ユゲタ・ヒロユキの姿。
ヒロユキは、生真面目ではあったが思いやりの有るヤツだった。国籍も違う、年の離れた自分の事を兄のように慕ってくれていた。
「(あいつを一番可愛がっていたフォルカーは誰よりも悲しむだろうな……)」
それこそフォルカーが生きていればの話だが、と思いつつ自分からあらゆる物を奪っていった謎の怪物に対する怒りが沸々と湧き上がる。
「(クソ……! 一体あいつらは何者なんだ!)」
先ほどニグストム基地からメイシ軍が出動したらしいと聞いたがとてもあの数の怪物相手に対処しきれるのかと不安が残る。
もしも鉱業所で抑えられなかった場合、このクリシュタノ市は勿論、エンヴァリス州全体が陥落する恐れだって有る。
「(一刻も早くアウスラをクアイまで逃がす必要があるな……)」
今日は徹夜をしてでも手紙を書いてしまおうと思うと同時に例の男性へ思いを馳せるのだった。
「(頼みますよ……ソスナさん……貴方なら、アイツのこと……きっと受け入れてくれますよね……)」
『休止中-9月頃再開予定』SacelFodina【サーケル・フォディナ】 煤石雪 @yukisusuishi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。『休止中-9月頃再開予定』SacelFodina【サーケル・フォディナ】の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます