IV.煤の悪夢〈Koszmary związane z sadzą〉

午後六時一五分 クリシュタノ市 メリド区 〈メイシ連邦軍ニグストム基地〉 会議室

 

 二グストム基地はメイシ最大の軍地基地であり、首都防衛の要でもある。近年拡大を続ける南部の大国〈レクサリス帝国〉に対抗すべく、兵力は年々増加している。


 西洋風の装飾に彩られた室内は重苦しい雰囲気に包まれていた。

「〝報告によると、謎の生物はナジェイエ鉱業所へと引き返していったようです。〟」

 淡々とした声で、だが表情を強張らせながら下士官が現状を伝えている。

「〝都市では砲撃による建物の損壊と数十名が重軽症を負うといった被害が出ていますが、奇跡的に死者は出ませんでした。更に出動した守備隊によって数体の撃破に成功しています。外殻は固く弾かれるものの、正面に空いた穴から見える【目】だと思われる光が弱点のようで当てられれば歩兵の持つ小銃でも十分に撃破可能とのことでした。また北部に隣接する〈ヴレカ区〉でも集落付近にまで接近していたようですが現地の守備隊が出動し、撃退に成功したとのことです〟」

 しかし、と続けると一瞬緩んでいた室内の雰囲気が再び張り詰める。  

「〝当時鉱業所にいた約5000人もの職員、民間人の安否が不明です。生存者の証言をもとに推定される死者数は少なくとも30人を越えています〟」

「〝フォルディヴェアの軍はどうしている〟」

 一人の若い将校がそう尋ねる。

「〝一時間ほど前より、フォルディヴェアに配備されている一個歩兵大隊と一個戦車中隊が鉱業所にて警戒及び捜索活動を行っています〟」

「”それだけで足りるのか? 敵の情報が少ない今、万が一の事を考えて周囲からも増援を出させるべきだと思うが」

「考え過ぎだ。ホシイ君”」 

 声の主は彼の上官である大佐。

「〝大佐? しかし、万が一フォルディヴェアの部隊が全滅しようものなら今度こそ都市が危険です。民間人の犠牲は更に膨れ上がるでしょう〟」

「〝銃弾1発で倒せるような脆弱な連中にメイシ軍が敗れるとでも? こちらには戦車も居るのだぞ〟」

「〝……現に民間人にも被害が出ているんです。用心するに越したことは無いと思いますが。それに敵は野砲に匹敵する威力の砲撃を行います。戦車でも当たればひとたまりもないでしょう〟」

「〝そんな敗北主義的な考えでこの国が守れると思わないことだな、砲撃ができる。だからなんだ、砲撃ができるのはこっちも同じだ。大砲もあるし戦車も有る。民間人に犠牲が出たのは場所が場所だ、運が悪かったのだろう〟」 

 無神経な発言に皆顔をしかめる。

「〝いいか、我軍はかつて悪しき反乱軍と大陸連合軍を打ち倒し祖国を滅亡の危機から救った偉大な軍なんだ。いかなる敵が現れようとも我らが負けるわけがない〟」

「〝大陸連合を倒せたのは我が国だけの功績ではありません……同盟国の兵士も大勢が命を落としました……彼らが居なければ我々に勝利は無かった……〟」

「〝ふん、元はと言えば連中が始めた戦争じゃないか。今もメイシに居座っているが、あいつらは祖国を破滅へと追いやる疫病神だ。早くこの国から追い出してしまえばいいんだ〟」

「〝同盟国の……ベレスタ連盟軍の助けなしに我が国の防衛は成り立ちません。来たるレクサリス帝国の侵略に対しても〟──」

「〝お前たちは、ここに政治をしに来たのか?〟」

「〝司令……!〟」

 司令と呼ばれたのはメイシ連邦軍の中将、このニグストム基地の司令官であり過去の大戦の英雄でもある。年老いた見た目とは裏腹にその佇まいは威厳を感じさせる。

「〝貴様らがくだらない言い争いをしている間にも、危機が迫っているかもしれないんだ。今は一秒でも時間が惜しい。関係のない話で時間を浪費しないでくれ〟」

「〝……申し訳ありません〟」

「〝……善処します〟」 

 渋々、といった様子で大佐も応じる。


「〝失礼いたします!!〟」

 慌てた様子の下士官が部屋に飛び込んできた。

「〝どうした?〟」

「〝報告します! 鉱業所より再出現した怪物の反撃を受け、任務に当たっていた第7歩兵連隊と第5戦車中隊から損害が出ています!〟」

 報告に会議室がざわめき出す。

「〝落ち着け! この基地からも部隊を出す! 現在動ける部隊は?〟」

「〝警戒態勢を取らせていた一個歩兵連隊と戦車一個大隊はいつでも出動可能です〟」

「〝至急出動させろ!〟」

「「”了解!!”」」

 指示を受け室内に居た士官たちは慌ただしく部屋を飛び出していった。

「……チッ」

 不服そうに例の大佐も退室した。あれでも戦車部隊の指揮官なのだ。

「〝残りの部隊にも出撃準備をさせておきますか?〟」

「〝そうしてくれ……〟」

「〝了解しました〟」

 一礼すると若い中佐も部屋をあとにした。

 残された中将は一人、窓の外を見つめる。

「〝また……大勢死ぬかもしれないな……〟」







午後六時五二分 クリシュタノ市 ケルベスト区 〈ナジェイエ・クリシュタノ鉱業所〉 炭鉱住宅地 南部

 

「〝また出てきた! 30体はいるぞ!〟」

「〝撃ちまくれ!!〟」

 第7独立歩兵大隊の兵士達は突如現れた怪物と散り散りになりながらも激戦を繰り広げていた。

 小銃から、機関銃から放たれる無数の銃弾は怪物の外殻を掠め、中央の核を貫いていく。

 その間も怪物によって放たれる炎の弾が飛来し、味方を吹き飛ばしていく。

 突出し過ぎたのだろうか、遠くには戦車や車両の残骸が……兵士だった物が散らばっているのが見える。


「〝間抜け共め! 突撃すれば何でも解決するわけじゃないぞ!〟」

 撃破された戦車の数から、被った損害は壊滅的である事は容易に想像できた。

「〝大尉! 鉱業所北部で戦闘中だった第2中隊が撤退を始めま…!〟」

 言い終える前に付近で爆発。巻き上げられた砂利が頭上に降り注ぐ。

「〝……この中隊もすでに壊滅状態か……俺たちも下がるぞ! 砲兵に砲撃を要請しろ!〟」

「〝了解! 通信兵! おい……クソッ! こちら第4歩兵中隊! こちら第4歩兵中隊! 我々はこれより撤退する! 撤退完了までの間支援砲撃を要請する!〟」 

 

『〝こちら砲兵中隊、現在鉱業所北部への砲撃を行っておりそちらへの砲撃は不可能である〟』

「〝なんだと! 1門もこちらに向けることは出来ないのか?!〟」

『〝すまない、諸君らの健闘を祈る〟』

 どうやら砲撃支援は先に撤退した北の部隊に向けられているようだ。

「〝待ておい! ……大尉どうします?〟」

「〝……仕方ない。残念だが、動けない奴は置いていけ!〟」

 生き残りが40人程度、その半数が負傷し自力で動ける状態ではなかった。

「「?!」」

 衝撃的な言葉にその場に居た誰もが息を呑んだ。

「〝負傷兵を連れていては、共倒れになってしまう可能性もある!〟」

「〝い、いやだ! お願いします! 私も連れて行ってください!〟」

 足を負傷した兵士が大尉にすがりつく。

「〝許してくれ……全員走れ!〟」

 その一声に動かされるようにして最小限の装備を持った兵士たちは後方の陣地に向けてバラバラに走り出した。固まっていてはまとめて吹き飛ばされる恐れがあるからだ。

 何人かは負傷した兵士たちを連れて行こうとしているが、いずれ怪物に追いつかれるだろう。

 逃げている間にも怪物から飛んでくる砲弾が大地を揺らし、火柱を上げている。

「がぁっ!!」 

 突然そんな声とともに前を走っていた大尉が倒れた。背後からは機関銃の射撃音。とっさに伏せる。

「(〝まさか、負傷者たちが?!〟)」

 思わず振り返る。しかし其処にはこちらに向けて銃を撃つ負傷者ではなく機関銃のように弾を撃ち出す怪物の姿があった。

 先程までの個体と比べて目が若干小さいようにも見える。

「(〝新たな個体が現れただと!?〟)」

 1発1発の威力は砲撃には劣るものの当たれば無事ではすまない事に変わりなかった。

「(〝まずい、このままでは……!〟)」

 1人、また1人と背後からの銃弾の嵐に命を奪われていく。守っていた防衛線を突破され、這って逃げていた負傷兵達にも容赦なく銃撃が加えられる。

 五メートル程先に砲撃跡が見えた。そこに飛び込めば、一先ずは安全だろう。

 覚悟を決めて立ち上がり、姿勢を低くしながら走り出す。

「うあッ!」

 砲撃跡に飛び込むと同時に飛んできた弾に足を撃ち抜かれる。燃えるような激痛が右足を襲う。

「〝うぅっ、畜生ッ!〟」 

 すぐ後ろから”ザー”っと引きずるような音が近づいてくる。気づけばそれ以外に聞こえるのは遠くからの砲撃の音だけ。それ以外は何も聞こえなくなっていた。

「(〝これは…あいつらの足音か?〟)」

 自分以外の生き残りは全滅したのだろうか。ここまで追いつかれたらどうなる。撃たれるのか、轢かれて潰されるのか。

 痛みも忘れてそんな不安と恐怖に飲み込まれる。

「い……」

 〝いやだ、死にたくない〟 そう言おうとしたが、自分達が見捨てた彼らもまた同じ気持ちだったのだと気づき弱音をぐっと飲み込む。

「〝……どうせ死ぬのなら1匹でも多くの化け物を殺して……〟」

 携帯していた手榴弾を手に取る。怪物との距離は徐々に近づいてきている。

 震える指で安全ピンを摘む。

 穴の中から外をじっと見つめる──



「──〝今だ!〟」

 が、怪物は突然、何処からともなく飛んできた砲弾に貫かれその場で停止した。

「〝!? 一体何が〟」

 唖然としていると今度はキャタピラの音が近づいてきていることに気がついた。

「〝この音は……まさか!〟」

 恐る恐る穴から顔を出して、見えたのはこちらへと向かってくる十数両の戦車の姿だった。


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