III.爆炎〈Płomienie eksplozji〉

 後方から爆発音。事務所の二階部分が吹き飛び黒煙が上がっている。それだけにとどまらず周辺の施設も次々と破壊されていく。その背後からは怪物が炎の弾を放っているのが見えた。

 そのうちの数発がこちらに飛来する。

「危ない!」

 隣に座っていた男性が叫ぶ。遅れて出た後続のトラックらに弾が命中し爆発。炎に包まれながら次々と吹き飛ばされる数台のトラックが見えた。

「そんな……!」 

「…………! しっかり掴まってろ!」

 運転手が叫ぶと同時にトラックが急カーブ。すぐ後ろで爆発。

「ッ……」

 脳を揺らすような轟音と衝撃に意識が遠のく。ふと、頬に何か温かいものが触れたのを感じる。

「(なんだろう……これ──)」


──うぁああああ!!」

「あ……!」

 叫び声のした方向を見ると、隣の男性が胸から血を流し悶えていた。爆発の破片が直撃してしまったようだ。その更に横には頭から頭から血を流し意識を失っている人も居る。


「おい! しっかりしろ! ボジェク、包帯は積んでいないのか!」

 エリックが暴れる男性の身体を押さえつける。

「そんな物積んでるわけがないだろ!」

「なんでも良い! 縛るものを用意しろ! 血を止めないとコイツが危ねえぞ!」

「〝これを使え! 汚れているが無いよりマシだ!〟」

 先程の青年が煤で汚れたタオルを手渡す。縛れるほどの長さでは無かったため傷口を抑えつける。

 他の職員は意識を失った男性の介抱をしている。頭の負傷箇所を男性の上着で巻いて止血を試みている。

「ここから一番近い病院は何処だ?」

「ここから5分も掛からない場所に病院がある。だが、それではまた奴らに追いつかれてしまうだろう。一先ず安全な場所、南部の〈メリド区〉を目指そう。あそこなら大きな病院もあるし、軍事基地も近いから安全なはずだ!」

 ここから約一〇キロメートル南のメリド区にはクリシュタノ駐屯軍の主力が配備されているメイシ最大の陸軍基地がある。その近くの病院であれば軍に守ってもらいながら治療を受けることができるかもしれない。

「……ちょっと待ってください。この炭鉱地域であの怪物の存在を知っているのは私達だけなんですよね?」

「あ……? そうだが」

「じゃあその外の市街地に住んでいる人達はどうなるんですか……?」

 エリックはハッとした。逃げることに必死で誰もが失念しているであろうこと。奴らは今もこちらに向かって来ている。何が目的なのかは分からない。しかし、間違いなく言えるのは人間を襲うということだ。

 このフォルディベアの街には少なくとも50万人近い人々が暮らしている。この街が襲われた場合、想像もつかない程の被害が出ることは想像に難くなかった。

 

 ふと後ろを振り返ると怪物との距離は大きく開いていた。トラックに追いつけるほど速くは無いらしい。

「急いで街の人達に逃げるように伝えないと!」

 すがるようにしてエリックに言う。

「……だめだ。 こんな事を話したところで、信じて貰えるわけがない。俺たちがそうだったように……」

「でも……」

「それに時間もないんだ、こいつを一秒でも速く病院に連れて行く必要がある」

 先程よりもぐったりとした様子の男性を支えながらそう告げる。

「でも……それだと街の人たちが……あの女の人も……」

「すまない…だがこの地区にも小規模だが陸軍の駐屯地がある。彼らが少しでも時間を稼いで、人々を逃してくれる事を願おう」

 1体や2体であればあの怪物を食い止めることができるかもしれない。だがあの数を、それも建物を一瞬にして瓦礫に変えてしまうような攻撃をしてくる恐ろしい相手だ。小規模な軍隊では10分も持たないだろう。

 住宅地を越え、道も都市へと繋がる舗装された物になってきた頃。

「……なんだ、あれ?」

 そんな誰かの言葉に釣られて前を向くと、前方から何かがこちらに向かってきていた。

「あれは……戦車だ!」

 こちらに向かってきていたのは戦車だった。

「だが、誰も軍への通報はしていないはずだぞ!?」

「もしかすると、他にも生き残りが居たのかもしれん」

「だとしても出動が早すぎる。化け物が出たなんて戯言としてまともに取り合ってもらえるはずがない」 

 だがこれで助かった、と荷台では一同が歓声を上げている。一列に並んだ戦車・軍用トラックが次々にすれ違っていく。

 そんな中エリックは不審に思う。

「(……あれは……どうしてこんな場所に?)」

 






午後四時二四分 〈ナジェイエ・クリシュタノ鉱業所〉 炭鉱住宅地


 ──? それでは、一体何が起き”──」


先頭を走っていた戦車が突如爆発。


『〝指揮車が撃破された!〟』

『〝何処からだ!?〟』


 部隊は大混乱に陥っていた。黒煙の中から飛来した何かに指揮車両が被弾したのだ。

 そして黒煙を抜けて数体の物体がこちらへと向かってきた。白く輝く無数の光点がこちらを見つめている。


『〝なんだ……あれは……化け物か……?〟』

『〝おい! こっちに来てるぞ!〟』

『〝歩兵を展開しろ! 迎え撃つんだ!〟』

 無線を通じて怒号が飛び交う中、白い光点が一斉に紅く染まった。

『”あ──”』

 混乱状態の部隊を砲撃が雨のように襲う。数発がもう一両の戦車を貫き爆散。後続のトラックにも砲撃が降り注ぎ数台が撃破された。

『〝歩兵を早く降ろせ! まとめて吹き飛ばされるぞ!〟』

『〝トーリャ! ボサッとしてないで撃て!〟』

『〝了解!〟』

 戦車砲が火を吹く。まっすぐに撃ち出された砲弾に外殻を貫かれた怪物は瞳の輝きを失いその場に停止、動かなくなった。

『〝命中!〟』

『〝倒せない相手じゃないぞ!〟』

 怪物の撃破に部隊が湧き上がる。戦意を取り戻した兵士たちは仲間の仇を撃つべく総攻撃を開始した。







午後四時四六分 クリシュタノ市 メリド区 〈メリド中央病院〉


「それで彼らの様態は?」

「カワミヤさんは頭を打つなどしていましたがヘルメットを被っていたので重大な怪我は免れたようですね。しばらく安静にすれば問題ありません。また、ザヤツさんも一時は命の危機にありましたが手術も成功し、長期の入院は必要ですがその後は元通りの生活を送れるでしょう」

 負傷していた男性、ザヤツさんは一命を取り留めたらしい。必死の応急処置が功を奏したようだ。

 また、救護隊の青年改め、カワミヤさんも頭を怪我をしていたため治療を受けていた。

 唯一命を落としてしまったのは、はじめにカワミヤさんが詰め寄っていた男性、ユゲタさんだった。頭部への破片の直撃が致命傷となり、ここに来る途中ですでに息絶えていたようだ。何かと世話を焼いてくれる人だったらしく皆にも慕われていた男性だったとのこと。彼の死を知らされた職員たちは皆涙を流していた。


 そして、どうやらフォルディベアの街は多少の砲撃を受ける程度にとどまり、死者は奇跡的に出なかったようだ。

 怪物は街から見える範囲近づき砲撃、街は混乱状態に陥ったが、突如として反転、来た道を戻り始めた。

恐らく途中ですれ違った軍隊に引き寄せられたのでは無いかというのが大人たちの見解だった。

彼らがどうなったか、について触れる人は居なかった。

最終的に鉱業所にいた十数名の職員しか逃げることが出来ず、残りの数千人は安否不明となった。


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