第6話 最期の嘘
1年前に仕事を休職したときから、読書をするのが趣味になっていた。
仕事を辞めた私は、彼の家で薬を酒で飲んで、ぼーっとした頭で読書をするのが日課になっていた。
そうすると、現実世界から離れて、本の中の世界に入れている気がした。
ある本を読んでいると、主人公は精神疾患があり、恋人に支えられながら仕事をしているらしかった。
でも、幸せを感じると、心が脆くなってしまう。
私と似ていた。
確かに幸せなのに、死にたい。
幸せなままこの世界から消えたいと思ってしまうのだ。
ある日、彼の腕の中で、彼の頭を撫でながら、そんなことを考えていたら、
「どうしたの?なに考えてるの?」
と聞かれ、
「なにも考えてないよ」と嘘をついた。
半年近く一緒にいると分かるのだろうか。
彼は、程よく鈍感なくせにそういうところだけ勘がいい。
「それ、嘘でしょ。気になって寝られないから教えて」
「言ったら、貴方が悲しくなっちゃうから言わないよ」
死にたいなんて、嘘でも言えなかった。
「大丈夫だから、はるちゃんが悲しいと俺も悲しい。教えて」
「死にたい」
涙が止まらなかった。
彼は、
「なんで?」と聞くばかりだった。
「こんなに幸せなのに、こんなに好きな人が目の前にいるのに死にたいなんておかしいのに、毎日死に方を考えちゃう」
彼は優しかった。
「大丈夫だよ、はるちゃんはおれが死なせないから。ずっとそばにいるから」
きっと彼は、お金で悩んでると伝えたら、そんなことで悩んでたの?と、解決してくれるだろうが、私の心が持たなかった。
幼い頃から、人に何か大事なことを伝えるのが苦手だった。
後々になってから言うので、色んな人を困らせてきた。
今も、彼を困らせている。
何度も泣きながら、死にたいと言う私の頭を撫でてくれた。
起きると彼は仕事に行っていて、居なかったが、タバコを吸っていると、電話をくれた。
「起きれた?体調どう?今日終わったら、ご飯食べ行こっか」
もう見離して欲しかった。
こんな私は要らないと、捨てて欲しかった。
優しさが人を救うなんて嘘だ。
私をもっと惨めにする。
生きる希望を与えて、生き延びさせて、結果的に苦しくなる。
私は、世界で1番愛している人を心にしまった。
仕事を辞めてから、短期のアルバイトで食い繋いでいた。
朝から、晩まで印刷工場で本を作る。
機械に紙を入れ、出来上がった本を梱包し、シールを貼る。
2回目のアルバイトの時、初めての部署で分からないことばかりだったので隣の男性に声をかけた。
「すみません、今なんて言ってたか分かります?」
「多分、この上で束を整えたら、インク移っちゃうから下でやってねって言ってましたよ。
初めてですか?」
「はい、ここは初めてで。」
「名前はなんて言うんですか?」
ガタイの良い男性は、話しやすく色々教えてくれた。
手が空くと、いろいろ質問してきた。
「春桜さんはおいくつなんですか?」
「今お仕事されてますか?」
「彼氏いますか?」
「いません」
電車で帰ろうと帰路に着くと、その男性が走って追いかけてきた。
「春桜さん!なにで帰るんですか?」
「電車で帰ろうかと」
「迷惑じゃなければ送って行きますよ」
私の勘からすると、私に好意があるようだった。
「今度ご飯行きませんか?」
「はい、ぜひ」
それから、2度程シフトが被り、バイト終わりには必ず送ってくれてご飯に行って、帰った。
バイトが休みの日に、飲みに行くことになり、隅々まで身体の手入れをし、出掛けた。
34歳で、電気系の自営業をしている社長らしい。
しかし、バツイチ。
「ぼく、見た目とかあまり気にしないんですよ。やっぱり人って中身ですから」
褒めているようで、褒めていない褒め言葉にてきとうに相槌をして、ホテルに行った。
好きな人ではない人と寝るのは慣れていたけど、一度幸せを知ってしまった私は、気持ちよくなれなかった。
これで最期にしよう。
彼がいつか言っていた。
「はるちゃんが浮気したら怒るからね。いくらはるちゃんでも嫌いなる」
彼は前の彼女に2度浮気をされて、別れたらしい。
彼の家に久々に帰った私は、彼に伝えた。
「ごめん。浮気、しちゃった。」
「え?もう一回言って?」
「ごめん、終わりにしよう。好きな人ができた」
大好きな彼に。愛している彼に。
愛されている彼に、さよならを言った。
さよなら、私の大好きな人。
さよなら、私の人生。
嘘つきな私の最期の嘘。
ついてはいけない嘘。
大きくなりすぎた嘘。
大好きな彼に捧げる小説を書き上げた。
これで最期。これで死ねる。
愛してくれてありがとう、たかくん。
「別れないよ、それ、嘘でしょ」
嘘の亡者 シチメンチョウ @7men_cho
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