第60話
金曜日の夜、珍しく氷見さんよりも先に到着したのでメニューを眺めていると、限定品のページが目についた。
『ウミガメの刺し身』
「う……うみがめ?」
俺は目の前でドリンクの用意をしていた黒部に顔をひきつらせながら尋ねる。
「うん。ウミガメ。『お前達ぃ〜最高だぜぇ〜』のアレだね」
黒部は両手を上げ、笑いながらそう言う。
「ただでさえ食べづらいのに可愛いキャラクターを引き合いに出されると尚更食べづらいんだけど!?」
「あははっ! ま、気が向いたらどうぞ――あ、氷見ちゃんもいらっしゃ〜い」
黒部が手招きすると氷見さんが小走りで俺の隣にやってきた。
「黒部さん、こんばんは。やっ、砺波さん」
氷見さんは真顔のまま手を振る。
「挨拶の仕方がだいぶ違うね……」
「親しき仲にも礼儀ありだから」
「今の挨拶に礼儀あった!?」
「あるある。言葉なんていらない、そういうことだね」
氷見さんはニッと笑って限定品のメニューを手にする。
「……ウミガメ?」
「らしいよ」
「ゲテモノ感が強い……」
ゲテモノは前に氷見さんと遊びに行った帰りの居酒屋で食べた。どちらも耐性はないことは分かっているため罰ゲームに近い。こういうのは食べたがる人に食べてもらいところだ。
氷見さんも同じことを思ったのか、飲み物と串焼きを注文するとメニューを片付けた。
「あ、砺波さん。ちなみにウミガメといえばだけど」
「それでちなめるの!?」
「ウミガメのスープ、わかる?」
「食べ物……じゃなくて推理ゲームの方? 不思議な状況に至った理由を質問を通して推測して答えるゲームだよね」
氷見さんは真顔で頷く。
「そ。砺波さんブイニーだから弱そうだよね」
「失礼な……」
「じゃ、やってみようか。『勇者はひどく赤面した』。一体なぜ?」
「そんな大喜利みたいな振り方ある!? えぇと……俺が質問をするんだよね。その勇者の名前はメロス?」
「はい」
氷見さんは即座に出てきた飲み物を飲みながら答える。俺は「太宰!?」とツッコみたくなるところをぐっと堪える。うろ覚えのあらすじを思い返しながら、赤面した理由を思い返す。
「……裸だったことに気づいて赤面した?」
「正解」
「それただの『走れメロス』だよね!?」
「ま、今のはチュートリアルだから。じゃ、次ね。『とある病院には健康な人ばかりがやってくる。しかも帰った後に体調を崩す。何故?』」
「その病院は廃病院で心霊スポットだから?」
氷見さんは目を見開いて「すご」と言う。
「砺波さん、質問無しで当てるってゲームバランス崩壊してるよ」
「あ……そうか……」
「知ってたの?」
「ううん。単に思いついただけ」
「へぇ……これは期待できるなぁ」
「期待?」
氷見さんは俺の質問を無視して「次ね」と言う。
「『とある居酒屋に画家の卵の女子大生がやってきた。その女子大生は毎週のようにやってくるが、いつもモヤモヤしながら帰っている。一体何故?』」
「うーん……? 難しいな……」
氷見さんは俺が悩み始めると大笑いした。
「そ、そんなに面白い顔してた?」
「砺波さん、顔以外は面白いんだよね」
氷見さんはいたずらっぽく笑いながらそう言う。
「褒められてるのか貶されてるのか分からない回答だね!?」
「それより考えてよ。なんでわたっ……女子大生はモヤモヤしてるのかな?」
難しい問題だ。腕を組んで考えてみる。
「うーん……その女子大生は誰かに会うためにその居酒屋に来ている?」
氷見さんはニヤリと笑い、俺の目を見ながら「Yes」と答える。
「……分かった! その女子大生は居酒屋の常連に気になる人がいるけどうまいこと進展しないからモヤモヤしながら帰ってるんだ!」
正解を導き出した。ドヤ顔で氷見さんを見ると、氷見さんは目をパチクリとさせて固まってしまった。
「あ……えぇと……せ……正解……え? と、砺波さん?」
「いやぁ……いい問題だったね。ちょっと考えたけどいい問題だったよ。次の問題は? もっとやろうよ」
ウミガメのスープモードに入った俺が目を見開いてそう言うと氷見さんは「あ、そういうことか……」と何かを察して腹を抱えて笑いだした。
「ほんと……そっ……ふふっ……そういうとこいいよね」
「そっ、そうかなぁ……照れるなぁ……」
「ちなみにその女子大生って誰か分かる?」
「え? 問題用の架空の存在じゃないの?」
首を傾げている俺を見て氷見さんがまた大きな声で笑う。
「ふふっ……そ、そうだよ……ふっ……」
「これはまたなんかやってるな……」
「そんな疑わないでよ。そういうとこ、いいよね。今日もモヤモヤしながら帰るんだ」
「なんで氷見さんがモヤモヤするの?」
「そういうとこ~」
氷見さんは少しだけ酔いが回ってきたのか、俺の頬を突きながらそう言ってきたのだった。
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