第36話

 朝日さんとランチの到着を待っていると、不意に朝日さんが俺にスマートフォンを向けて写真を撮ってきた。


「な、何?」


「写真を撮りました」


 朝日さんは本当の狙いを隠すようにニヤリと笑って答える。


「それは知ってるよ……変なことに使わないでよ?」


「大丈夫ですって。横流しするだけなので」


「闇に流れちゃうの!?」


 朝日さんはニヤリと笑うとそれ以上は何も言わずにスマートフォンをポケットに仕舞った。


 ◆


 金曜日の夜、いつものように氷見さんと並んで飲んでいると、テーブルに置かれた氷見さんのスマートフォンにアプリの通知がピコンと鳴った。


 同時に氷見さんのスマートフォンのホーム画面が目に入る。


 ホーム画面には、ナイトプールのバーカウンターで俺と氷見さんが向かい合っている写真が設定されていた。


「……何これ?」


 身に覚えのない写真を見て首を傾げていると、氷見さんは慌ててスマートフォンを隠した。


「こっ……これは……あ、朝日さんにもらって……ま、間違えて設定したら戻せなくなったんだ」


 氷見さんは顔を赤くしてそんな弁明をする。


 氷見さんと機種は世代違いで操作感は似ているので、ホーム画面の変え方が分かりづらいというのはかなり共感のできる話だ。


「分かるなぁ。俺も氷見さんの機種の一個前のやつなんだけどホーム画面の画像って変え方分らないんだよね。やり方教えようか?」


 氷見さんはポカンとして俺を見てきてぷっと吹き出す。


「さすが砺波さんだ」


「まだ戻してないけど……」


「そういうとこ、良いよね」


「はいはい。で、戻すの?」


 氷見さんは「うーん……」と腕を組んで悩む。


「じゃあ……新しい写真にしようかな。これ、二人ともちょっと変な顔なんだよね」


 氷見さんは開き直って俺とのツーショット写真を見せてくる。確かに二人共、口が半開きで間抜けな顔をしている。


「ま……薄暗いところだったしね。というか朝日さんとそんなに仲良くなってたんだ……良かったね。いつの間にかモデル女って呼ばなくなってるし」


「あ……う、うん。色々と供給してもらってるから」


「供給!?」


「こっちの話だよ」


 氷見さんはニヤリと笑ってレディーの世界に入ってくるなと言いたげにテーブルに境界線を引くように人差し指でなぞった。


「写真、どうしようかなぁ」


 氷見さんはチラチラと俺を見ながらわざとらしく呟く。


「何でも良いんじゃないの? 風景とか」


「そうだなぁ……砺波さんにしようかな?」


「えぇ……俺ぇ?」


「占いに『友達とのツーショット写真をホーム画面にすると金運が上がる』って書いてあったんだよね」


「随分とピンポイントだね……」


「砺波さんも金運あげてこ」


「俺も同じ写真を設定するの!?」


「ま、それは任せるよ。とりあえず撮ろうか。他に友達がいないから砺波さんの協力がないと金運が上がらないな〜」


「はいはい……」


 氷見さんに言われるがまま了承すると、氷見さんがスマートフォンでカメラを立ち上げてインカメラに切り替えた。


「もっと寄って」


 氷見さんはそう言いながらも自分から距離を詰めてくる。


 腕を伸ばし、二人が画角に入るように位置を調整する。


 だが、いつまで経っても氷見さんは写真を撮ろうとしない。


「撮らないの?」


「あ……考えごとしてた……」


「今!?」


「なんか……私達って顔似てない?」


「そう?」


「うん。目の雰囲気とかさ。世の結婚してうまくいってる人たちってだいたい顔が似てるよね」


「へぇ……まぁ似てる……かも?」


「でしょ?」


 スマートフォンの画面越しに氷見さんと目が合うと、スマートフォン越しに氷見さんが微笑みかけてくる。


「フィルターもあるよ」


 氷見さんがフィルターボタンをタッチすると、二人して加工で目が大きくなり、輪郭がシャープになり、鼻筋がシュッとした。美形になったと言えば聞こえは良いが明らかにやりすぎな加工だ。


「えぇ……こういうのが流行ってるの? 絶対に何もしないほうが可愛いよ……ほら? 素の時点でバランス完璧なんだから変にいじらないほうが――」


 俺がフィルターを解除して昨今の流行りについての本音を言うと、スマートフォンに映っている氷見さんの顔がみるみる赤くなっていく。


「……あれ? まだフィルターかかってる?」


 不思議に思い横を見ると氷見さんの頬が真っ赤になっているのが見えた。


「かっ……可愛いとか急に言われると……」


「あ、ご、ごめん! 変な意味じゃなくて、本当に、ただ加工しない素のほうが良いよっていう意味で……あのー……ね? 素材の良さと言うか、あーこれも変な意味じゃなくて……」


 朝日さんのために読み込んでいたセクハラ対策本の記憶をフル動員して自然な言い方になるように試みるがどうやっても下心がありそうな言い方になってしまう。


 しどろもどろになっている俺を見て氷見さんは「ふふっ」と笑い始めた。


「本当、砺波さんのそういうとこ、良いけど良くないよね」


「プラマイゼロか……」


「ギリギリプラスかな」


 氷見さんは冗談めかしてそう言うとスマートフォンの画面を俺に見せてくる。


 俺と氷見さんが向かい合い、俺が少し困り顔で氷見さんが笑っている横顔が撮影された写真だ。


 俺がしどろもどろになっている時を撮っていたようだ。


「じゃ、これで金運アップだね」


「これにするの……?」


「いい写真だ」


 氷見さんは嬉しそうにそう言って俺に写真を送ってくる。


 そのまま、氷見さんはすぐに自分のホーム画面の写真を新しい俺とのツーショット写真に変えた。


「……あれ? 変え方分かるんだ」


 ふと思ったことを言っただけなのだが、氷見さんはクールな視線を俺に向ける。


「砺波さん、そういうとこ、よくないよ」


「あ、これは良くないのか……」


 相変わらず氷見さんのラインは謎だ。

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