第27話
朝日さんの歓迎会明けの月曜日。そろそろ昼食時というところで隣の席の朝日さんが椅子を90度回転させて体ごと俺の方を向いた。
「砺波先輩、ご飯行きましょうよ」
「いいよ。他に誰か誘う……って皆テレワークか……」
俺はあたりの席を見渡して誰もいないことを再確認する。月曜日はテレワーク推奨日ということもあり尚更オフィスには人気がない。
朝日さんの面倒を見るために俺は出社しているのだが、さすがに人気がなくて朝日さんも可愛そうになってくる。
「あはは……すみませんね、砺波先輩もテレワークが良いですよね」
「全然。朝日さんが慣れるまでは、ね」
「ありがとうございます。じゃ、行きましょうか」
朝日さんはそんな環境にもかかわらず、ニッコリと笑い椅子から立ち上がった。
◆
会社の近くにある適当なカフェのランチタイムに入店。注文を終えて配膳を待っている間、朝日さんは可愛らしく両肘をついて手の上に顔を載せた。
「可愛いですね、彼女さん」
「……誰のこと?」
「金曜日、いたじゃないですか。あ、もしかして気づいてませんでした?」
「えっ!? あっ……あー……き、気づいてなかったなぁ……」
二次会で同じ店に来ていたことに気づいていたのはお互い様だったらしい。
「先輩、嘘が下手なんですね」
「素直が一番だからね」
「ま、安心してください。私以外の人は気づいてないですから」
「なんで分かるの?」
「みんなの視線は私に釘付けだったからですよ」
自信過剰にも思えるセリフだが、朝日さんが言うと説得力のある言葉に変わる。
「な、なるほど……」
「けど、すごい人と付き合ってるんですね。あの人、氷見涼ですよね?」
「知ってるの?」
「最近、よくバズってるんですよ。『美人すぎる画家』って」
朝日さんが見せてくれたのは氷見さんでエゴサーチをした結果。
『こんな美女がこんな病んでる絵を描いてるのたまらない』
『最近の画風好きだなぁ』
『氷見ちゃんに罵られたいお! クールな目つきがたまらん!』
各々、記事や動画の切り抜きと思しき氷見さんの画像を貼って投稿している。
「あらま……そうだったんだ」
「知らなかったんですか?」
「あんまりそういう話はしないから。というか……別に付き合ってないよ。ただの飲み友達だし」
「へぇ……その割には腕を組んだり距離が近かったりしてましたけどねぇ……二次会に行かずに会いに行くくらいだし……」
朝日さんはニヤニヤしながら探るような目つきで俺を見てくる。
「約束してたからね」
「あ、じゃあ何回も会ってるんですか?」
「かれこれ数ヶ月くらいかな? 毎週金曜はあそこで飲んでるんだ」
「毎週? 必ず?」
「ほぼ毎週だね」
「えっ……それで何も無いんですか? こう……ちょっとやっちゃう寸前とか」
「なっ、ないよ……」
色々と思い当たるフシはあるが、そんなこと会社の新人の女の子に言うような話じゃない。
「あらぁ……あるんじゃないですか。相変わらず嘘が下手ですね」
「本当、そういう関係じゃないから……」
「へぇ……砺波先輩、おちんちんついてますよね?」
「ぶっ……な、何急に!?」
「話を聞いてると、肉食と対極すぎるところにいるというか……なんかもはや性を超越してると言うか……アレだけくっつかれて何も無いなんてありえます?」
「けど現実にないわけだし……」
「あーあー、先輩。鈍っちゃってますよ、それ。最後にヤッたのいつですか? 恋愛したのは?」
「えっ……い、いつだろ……少なくともここ数年は何も……」
「だからですよ。そろそろ周りの人も結婚しだす頃じゃないですか。あんまり鈍チンだと婚期逃しますよ?」
この人……セクハラと言われそうな言動しかしない逆セクハラお化けなのか!?
◆
「――ってことがあってさぁ……」
金曜日の夜、俺は朝日さんとの話を氷見さんに愚痴っていた。
氷見さんは口元だけで微笑むと「ま、けど正論だね」と言った。
「耳が痛いや……」
「実際どうなの? 結婚願望とか……理想の彼女像とかあるの?」
「うーん……そうだなぁ……どっちかといえばだけど、毎日ベタベタするよりはたまに会って話してるくらいがいいかもね」
「なっ……なるほど!?」
氷見さんが珍しく狼狽える。
「あとは……ポワポワした人よりはしっかりした人のほうがいいかな。俺が結構抜けてる時もあるから」
「うんうん」
氷見さんは大きく頷く。心なしか頬が赤くなっている気がする。
「みっ……見た目の好みはあるの?」
「えぇ……そんなにないけど……短めの髪型が似合うといいよね」
「うっ……」
氷見さんは俯きながら自分の首筋に手を置く。奇しくもその髪の毛は首の上で切りそろえられたショートボブ。
「あ……氷見さんの髪型も可愛いよね」
「ひょえっ!?」
「……何?」
「なっ、なんでもない!」
氷見さんは慌てて正面を向いてグラスに口をつける。
そのまま横目で上目遣いで俺を見ながら「年齢は?」と聞いてきた。
「うーん……そんなにかなぁ……結局数字の差が大きいこと自体が問題なんじゃなくて、それに伴って話題や生活が噛み合わないことが問題だと思うから、話せてるなら良いんじゃないかなぁ」
「……クリア」
氷見さんがボソリと呟く。
「何が?」
「なんでもないよ。ね、砺波さん。気づいてる? それ、私全部当てはまってるよ」
「……ん? たまに会う人で、しっかりしてて、短い髪が似合って……あっ……あーっ! た、たまたま! たまたまだから! 氷見さん個人を指しているわけじゃなくて氷見さんのような概念を指していたというか……あ、でもそれだと氷見さんも含まれちゃうけど! と、とにかく……あのー……えぇと……」
思ったことを言っていただけなのに、隣に氷見さんがいたから引っ張られたのか?
氷見さんは狼狽える俺を見て笑いながら距離を詰めてくる。
「トナハラだね。いいよ、そういうとこ」
「む、無意識だった……」
「なら、なおよし」
氷見さんに何がそんなに刺さったのかは分からないが、やけに嬉しそうに鼻歌を歌いながらフライドポテトをつまんでいる。
氷見さんはパセリがかかったポテトを凝視しながら「砺波さん」と俺の名前を呼んだ。
「何?」
「マックのナゲットのソース、バーベキューとマスタードどっちが好きな人が好き?」
「俺の好みじゃなくて好みの人の好みを聞いてるの!?」
「そういうこと」
「うーん……マスタードかな? 自分はバーベキュー派だけど」
氷見さんは俺の方を向いておどけた表情を見せる。
自分がどっちなのかは明言せずに、手に持ったポテトを俺の口にねじ込むと「じゃ、バーベキューも別料金で頼もうね」と言ってきたのだった。
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