第12話
金曜日、いつものように氷見さんと二人で並んで話をしていると、カウンターの向こうから皿を持った黒部が話しかけてきた。
皿にはたこ焼きが6つ乗っていて、そのうちの一つに爪楊枝が刺さっている。
「何これ?」
「ロシアンたこ焼き。わさびがたっぷり入ったたこ焼きが一つあるよ。辛さのテストも兼ねて試食してみてよ」
「えぇ……」
黒部は有無を言わせずにテーブルにたこ焼きを置いて去っていく。残された6つのたこ焼きを氷見さんと二人でじっと見つめる。
「氷見さん、わさびのツーンを一切感じない体質だったりする?」
「しないよ」
氷見さんはそう言って俺にグーを見せてくる。
「……じゃんけん?」
「そ。折角だし二人でやってみようよ」
「こういうのってもっと大人数でやるやつでしょ……なんでこんなババ抜きみたいな緊張感でやるの……」
「じゃ、私が先攻で」
6個あるうちの一つに爪楊枝が刺さっている。明らかに怪しいのはその爪楊枝が刺さっている個体だ。氷見さんは安牌であろう、爪楊枝の刺さっていないたこ焼きを一つつまんで食べる。
「うん……おいひ」
氷見さんはたこ焼きを酒で流し込み満足そうに頷く。
「良かったね……」
「じゃ、次は砺波さん」
「はいはい」
まぁ爪楊枝は最後まで残しておいて俺が食べればいいんだろう。
適当に一つつまんで食べてみる。外はカリカリ、中はふわふわ。ロシアンルーレットの遊び要素は脇においても、たこ焼き単品としてかなり美味しい。
「うん……美味しいね」
「お酒進むよね、これ。味濃いめだ」
「けど……この中にわさび爆弾があるのか……」
「それもまた一興」
氷見さんは勝負師の顔つきになるとまた一つをつまんで口に放り込む。
「うん。おいひ」
俺も2つ目を食べると、これもセーフだった。
「残り2つか……」
氷見さんと二人で残った2つをじっと観察する。
「砺波さん、どっちだと思う?」
「順当に考えたら爪楊枝が刺さってる方だよね。さすがに黒部もそこは分かるようにしてくれてるはずだし」
「敢えて裏を読んで外している可能性はあるかな?」
「そこまでするかな……というか外れが分かりやすければわかり易いほど良いわけだし。俺が取りやすいからさ」
「砺波さん」
「何?」
「年上だよね?」
「今更そんな事言う!?」
ずっとタメ口なのに!?
「砺波さん」
「次は何?」
「男だよね?」
「時代に逆行しすぎじゃない!?」
氷見さんらしくないぞ!?
「砺波さん」
「……今度は何?」
「私のこと、オキニだよね?」
「いや、言い方」
氷見さんは俺とのやり取りで満足したのか「ふふっ」と笑う。
「ま、冗談はさておき。ロシアンたこ焼きのわさび入りは外れなの? 当たりじゃなくて」
「うーん……確率的には低い方だけど……受ける罰を考えたら外れだよね」
「けどウケるって意味ではおいしいよね。それに確率的には低い方を引いてるからラッキーでもある。あとは……そうだなぁ……わさびの健康効果ってなんだろ……大量に接種して腸内を殺菌?」
「どうにかしてハズレを当たりにしようとしてる!?」
「マインドの問題だよ、マインド」
「もう負けに行く人の発想だよね、それ」
「どっちを引いても気分がいいっていうのが最高じゃない?」
「ま、そうだね」
「だからさ、賭けようよ」
「賭け?」
「わさび入りを食べた人は今日は王様。相手はその人の言うことを何でも聞かないといけないんだ」
「強すぎない!?」
「どう? わさび入り、食べたくなってきた?」
「氷見さん……交渉がうまいね……」
「あ、ってことは砺波さんは私に好き放題したいんだ?」
氷見さんは飛躍した論理展開で俺をいじってくる。
「そっ、そういうことじゃないけど!」
「ま、私にとってはご褒美だけどね」
「そりゃ俺を好き放題できるわけだしね……」
見送りをやらされたりパシられたりと散々なことが待っているんだろう。
「そういうこと」
氷見さんはニヤリと笑い、たこ焼きの皿を指差す。
「砺波さん、私は爪楊枝がある方ね」
「えぇ!? 本気!? 絶対そっちがわさび入りだよ!?」
「その代わり、約束して? 今日は……今日はもうすぐ終わっちゃうか。じゃあ明日一日……うーん……やっぱり週末はずっと。月曜になるまで私は王様」
「わさび入りを引く前提だし、何なら期限がどんどん延びてるし……まぁいいよ。どっちなのかは食べるまでわからないしね」
「交渉成立」
氷見さんはそう言って爪楊枝の刺さったたこ焼きを持つ。そして、俺は爪楊枝の刺さっていない方だ。
氷見さんは俺と腕をクロスして「同時に食べよ?」と提案してきた。
「ご武運を」
俺がそう言うと氷見さんは低い声で「お主もな」と言う。
そして、同時にたこ焼きを口に放り込んだ。一瞬、わさびの香りがした気がしたが気のせいだった。
目の前では氷見さんが見たことがないくらいに眉間にシワを寄せている。
「んっ……んっ……ん〜〜〜〜〜!」
氷見さんは目に涙を浮かべながらガッツポーズを取っている。
痛み、苦しみ、喜び。色々な感情が混ざりあった感情キメラとなった氷見さんはわさびの刺激に耐えきり、息を切らせながら俺との距離を詰めてきた。
「砺波さん、王様の名前を言ってみて?」
氷見さんは上目遣いでニヤリと笑って尋ねてくる。
「ひ、氷見さんです……」
その圧力は王様というか女王様だ。
「よろしい。じゃ……うーん……どうしようかな……」
氷見さんは上を見ながらしばらく考える。
「うーん……案外ないかも」
「そ、そうなの?」
どんな無茶振りが来るのかと内心ビクビクしていたのでこれには驚かされる。
「うん、特にないからさ、明日は水族館に行こうよ。その後は一緒に服も見たいな。で、暗くなってきたら夜景を見て、飲み屋街で飲み歩く。やりたいこと無いから、こんな感じで」
「やりたいことばっかりに見えるけど……」
「ううん、やりたいことがなくて暇なんだよねぇ。砺波さん、付き合ってよ?」
「はいはい。王様の命令は……」
「ぜったーい」
氷見さんはローテンションな声のままそう言ったのだった。
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