第6話

 ファミレスに入店すると同時に店内の喧騒と入店音が大音量で耳に飛び込んできた。


「いらっしゃいませ〜! お二人様ですか?」


 店員がすぐにやってくると、指を二本立ててピースサインを向けてきた。


「二人です」


 俺と氷見さんが同時に指を二本立てて返事をする。


 店員に「どうぞ〜」と言われ、二人で店内の奥にある四人がけのテーブル席に通されたので、向かい合う形で座る。普段は隣同士で立って飲んでいるので妙な感覚だ。


 氷見さんは椅子に座るなり「記念撮影みたいだったね」と言う。


「記念撮影?」


「これ」


 氷見さんは右手でピースサインをして左手でそれを指す。


「あぁ……たしかにね」


 相変わらずの感性をしていて少し気が抜ける。


 二人でそれぞれ手元にあるメニューを開く。


「なんかさ、不思議な感じがするね」


 氷見さんはメニューを見ながら呟く。


「何が?」


「普段は砺波さんって隣で立ってるでしょ? 今日は正面で座ってるから。あんまり真正面から見たこと無かったなって」


「そうだね。同じこと思った」


「鼻、高いんだね」


「それは横顔を見た時に言う感想じゃない!?」


「砺波さんも同じこと思ってたんだね」


「うん。けど氷見さんって話す時はよく目を見てくるから案外居酒屋でも正面からのアングルが多い気がするよ」


「うっ……そうなんだ……」


 氷見さんは恥ずかしそうに横を向く。


「だからって横を向かなくてもいいけど……」


 そうは言いつつも、シャープな顔のラインに、少し尖った顎が綺麗な形をしていてつい見惚れてしまう。


 氷見さんは横を向いたまま口をすぼめたり白目を剥いたりし始める。


「な、何をして――」


 突っ込みかけたところで隣の席の子供が仕切りの上から俺達の方を覗き込んできているのが見えた。氷見さんはその子に対して変顔をしていたようだ。


 まだ3歳くらいだろうか。男の子はキャッキャとはしゃいでいる。


「あっ……たっくん! ちゃんと座りなさい!」


 男の子はお母さんに引っ張られて仕切りの下に沈んでいく。


 氷見さんは朗らかな表情で俺の方を向いた。


「子ども、好きなの?」


「人の子は。自分が母親になってるイメージはないかな。まだ21だし」


「まだ大学生だしそりゃね……」


「あ、でも森高千里に言わせればオバサンだね。19がピークだって」


「私がおばさんになっても、ね」


「そうそう……あれ? 私と砺波さんって9歳差?」


 氷見さんは指を折って俺との年齢差を確認する。


「そうなるね」


「じゃあ私が小1の時に高校生か。すごくない? 当時会っても絶対会話が噛み合わないよね」


「確かにね。どんな小学生だったの?」


「教室の隅で一人でスケッチブックに絵を描いてた」


 あっ……(察し)。


「けど図工の時間はヒーローだったよ。絵の具も版画も粘土も。どれも楽しかったなぁ」


 氷見さんは遠い目をしながらそう言う。当時から芸術方面に長けていたらしいし、一匹狼な性格も昔からのようだ。


「そっか。けど仕事を楽しめてるっていいよね。今も楽しいの?」


 氷見さんが突然固まる。唇をぷるぷると震わせているが言葉を紡げなくなっているようだ。


「あっ……ご、ごめん……変なこと言っちゃったかな」


 氷見さんは過剰なくらいに首を横に振る。


「そんなことないよ。ねぇ、砺波さん。砺波さんは仕事は楽しい?」


「うーん……仕事は仕事かな。好きなことに繋がるわけでもないから割り切ってるよ」


 何かやりたいことがあって入ったわけでもないし、情熱を持って仕事をしているわけでもない。それっぽい世辞を並べて徒競走で競って、椅子取りゲームで椅子を確保しただけ。そんな空虚さを思うと氷見さんが羨ましくすら思えてくる。


「そっか……私も同じだ。楽しむって理想論だよね。そりゃ楽しんだ方がいいんだろうけど……楽しいチャンチャンで終われるほど甘くないし苦しいし……あ、ごめんね。なんか考え込んじゃった」


 氷見さんは思っていることを吐き出すように早口で言い、ふと我に返る。


「ううん。聞くよ」


「こういう話は金曜日がいいかな。それよりさ、砺波さんって本当に飾らないっていうか素っていうか……なんだろ? カッコつけないよね」


 氷見さんはリラックスした様子でテーブルに肘をついて顔をのせる。


「そう?」


「『仕事とか割り切ってるよ』なんてさ……ふふっ。嘘でも頑張ってる感じとか出したりしないの? ほら、良く見られたくてとか」


「うーん……けど氷見さんの前でカッコつけてもなぁ……」


「じゃ、私以外の人の前ではカッコつけるの?」


「意地悪な質問だなぁ」


 俺がぼやくと氷見さんは目を細めて笑う。


「砺波さんは絶対に素のままがいいよ。大きく見せようとしないで。そういうとこ、好きだから」


「えっ……!?」


「友達として、ね」


 氷見さんはニヤリと笑ってそういう。


「コテコテなやつやってきたなぁ……」


 どうやら今日も俺は氷見さんに振り回される日らしい。

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