第14話

 今日の夕食は鮭のムニエルと味噌汁。小松菜とベーコンの炒め物にするつもりだった。それを移動中に伝える。

 小月はふにゃふにゃ嬉しそうにしながら、キッチンに備え付けられている収納棚からフライパンなどをがしゃがしゃ取り出してきた。品揃えはいいが、どれもこれも新品同様で使った形跡がない。

 白い目になる。小月はわざとらしく目を逸らしながら、準備したものをキッチンへ並べた。


「……自炊できるように、って用意だけはされたっていうか」

「なるほど。それでこんなに準備がいいわけか。羨ましいほど揃ってる」

「どうぞ。使ってやってください」


 改まって頭を下げられて、笑ってしまう。


「お任せください」


 ふざけて返すと。小月も朗らかに笑った。


「小月は着替えてきなよ。俺は作ってるから、その間暇だろ?」

「うーん。見てるよ」

「それ、楽しいか?」


 小月は無言で頷く。そうは言っても、キッチンにいるのは邪魔だと思ったが、カウンターの向こう側へ回ってそわそわし始めた。


「……いいけどさ。暇だったら自分の好きなことしてろよ」

「うん」


 小月の意見は変わらないらしい。だったら、さっさと作り始めたほうが気楽だ。俺は手をよく洗ってから、料理に手をつける。

 いつも通りのことだし、キッチンの作りも同じだ。小月が必要なものを必要なだけ出してくれていたので、大きく困ることもない。新品の調理器具を使って、調理を進めていった。

 慣れた道具のほうが使いやすさはある。けれど、新品となるとテンションが上がるものだ。フッ素樹脂加工が剥げていない新品は、焦げ付かない。自宅のフライパンも、手入れはしている。それでも、使っていけば消耗するものだ。

 羨ましくなる。嬉しい。それを感じながら、手を動かしていた。


「手際いいねぇ」

「ありがとう」


 心底、感心している。瞳を輝かせて、俺の手元をまじまじと見つめていた。こうも見つめられると緊張するが、他に返しようもない。苦々しく笑いながら、手を進めた。

 うちのマンションは三口コンロだ。同時進行するのに、ありがたい。母さんも料理が好きだった。そういう理由で選んだ部屋であったのかもしれない。

 鮭を火にかけて、ベーコンを炒める。味噌汁のつもりで買っておいた豆腐はそのまま湯豆腐にすることにした。部屋に味噌を取りに行くのは面倒だ。小月が削ってくれた時間を有効活用する。

 それに、小月が嬉しそうに監視しているのから、一時でも離脱するのは気が引けた。


「ムニエルって難しい?」

「蒸し焼きだから、アルミホイルで閉じてればそれでいいし、簡単だよ。焼くくらいはできるだろ?」

「焦がしたりしない?」

「ちゃんと見てること。怖いなら弱火でもいいから」

「……うん」


 教えて欲しいと言っていたわりには、不安定な相槌に苦笑が零れる。

 それでも、興味を持つだけ進歩なのかもしれない。当然のようにファーストフードで済まそうとしていた日があったことを思うと、いい傾向だろう。

 それを聞きながら、ベーコンに小松菜をぶちこんで味付けを考えた。新生活が始まって一ヶ月半程度。基本的な調味料は、まだ使える状態で揃っている。醤油ベースでもいいな、と味をつけていった。


「味付けって決めてる?」

「今、考えてる」

「……こわっ」

「大丈夫」

「私はできないってこと。やっぱりすごいね、帯包くんは」

「それだけ作ってるだけだよ」


 言いながら、味見して味を調える。小月はそれも、凝視していた。本当にじっと見ている。

 何が楽しいのか。そう思う気持ちもある反面、理解できる面もある。手際が良い調理動画など、見ていて楽しい。だから、気持ちは分かった。

 だが、俺の腕がそこに並ぶほどか。腕に自信はあるが、そこまで驕ってもいない。しかし、小月が飽きずに見ているのは事実で、何やらむず痒かった。


「味見するか?」

「いいの?」

「それだけじっと見られたらな……ほら」


 行儀は悪いが、他にどうしようもない。

 菜箸で摘まんで差し出すと、小月は小さく目を見張った。何か失敗したか、と思ったときには小月が箸にかぶりついていた。そこでようやく自分の失態に気がつく。

 自分が今、その箸で味見していた。普段、小月に渡すときには、衛生面にも気を配っている。だが、調理中の味見は気にしていなかった。

 一人で調理してばかりいる。父さんに作り置きをすることもあるが、家族内だ。抜けていることが多い。もっと気をつけていなければならなかっただろう。反省したところで、間接キスになったことには変わりがない。

 小月は最初に気がついていたのだろう。それでも押し切った心境を探ることは難しいし、そんな果敢さはなかった。

 小月は味見で羞恥を飛ばしたのか。それとも、割り切ったのか。口にした瞬間に、表情が明るくなった。


「美味しい」

「小月の口にあったのならよかった」

「帯包くんの料理はどれも美味しいよ。この前の鯖の味噌煮もとっても美味しかったし、オムライスのケチャップご飯もすごく美味しかった」

「薄味だっただろ? よかった?」

「好きだよ」


 なんてことのない。普通のことだ。ほろりと微笑んで漏らされる言葉として、間違ってもいない。

 けれど、シチュエーションがいつもとまるで違った。ここは小月の部屋で、面と向かって言われている。その破壊力に止まってしまった。

 小月はにこにこ俺の手元観察に戻っている。思えば、小月がこんなにリラックスしている姿だって、そう見られるものではない。教室では見たこともなかった。そんなことに気がついて、ちょっとばかり手元がばたつく。

 それを立て直すほどには、自分が料理に慣れ親しんでいてよかった。




 それから、小月の部屋で一緒に夕食を食べることになった。食器の類も調理器具と同じように揃えられていたらしい。

 男扱いされていないのか。かすかに思いはしたが、無意識な小月に突きつけるつもりはない。


「とっても美味しい」


 今日の味は既に聞いているし、今までだって多くあった。それでも、小月は言い足りないらしい。ほろほろ零しながら、箸を進めていた。

 小月は華奢だ。いつも一人前の量を推量していた。しかし、心配はいらない食べっぷりは気持ちよくて、どんどん吸い込まれていく。思ったより、食べるらしい。こうして一緒に食べるのは初めてで新発見だ。

 それを噛み締めながら、自分の料理を味わう。いい出来だった。何より、小月が喜んでくれるのが嬉しい。そうして食べ終えて、後片付けは一緒にすることになった。

 小月は自分がやると言って聞かなかったが、食べるのを優先してフライパンなどを放っておいている。そこまでの片付けを小月に任せるのは申し訳なさが上回った。あちらにしてみれば、ご馳走してもらっているから、という理屈らしい。

 その折衷案で、並んで皿洗いをする。共同作業というのは、どうしてこうも居心地が悪いのだろうか。

 ここが学校なら、こんな感覚にはならなかったのかもしれない。けれど、自宅のキッチンで、二人で作業をしている。日常に根ざした場違い感が、特別に昇華されていた。

 比例するように、居心地の悪さが増している。不快なわけではない。すわり心地の悪さというか、間の悪さというか。同じ家に住んでいる錯覚に陥りそうになる気恥ずかしさだ。

 後片付けには難のない小月は、整然と汚れを洗い流していく。俺は小月の流れに乗って、その水気を拭いていった。

 しばらく流れは止まることがなかったが、不意に指先がぶつかって止まる。小月がびくりと震えたのを見て、こちらも咄嗟に手を引きそうになったのを留めた。ひとまず、お皿は助かって息を吐く。


「ご、めん、ビックリして」

「大丈夫。スムーズにいってたもんな」

「人と一緒に何かをするって部屋じゃないから」

「俺もだよ。いつもは一人だからな。手、冷たいな」

「洗ってるからね。二人でするって何だか不思議な感じ」

「だよな」


 同じ間取りだ。自分の家と誤認しないまでも、同じようなものだった。小月が自分と同じ感覚を持っていることにほっとする。

 ただ、


「面白いね」


 とクスクスと笑い声を立てる姿には、胸がざわめいた。

 そうだな、と打った相槌は、はたしてどの辺りまでナチュラルだったのか。面白いだけじゃない多様な感情が混線して襲いかかってくる。

 それを飲み下すので、いっぱいいっぱいだった。

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