ラッキーハッピーハウスの死闘4(完)

 老人のふざけた説明をまとめると、

・俺とバンダナは散弾銃を交互に打ち合う。

・先攻後攻は老人がランダムで決める。

・銃身の短い散弾銃は50%の確率で一死する弾が、中のモノは33%の確率で二死する弾が、長いモノは25%の確率で三死する弾が出る。

・弾が出ようが出まいが一発撃てば射撃権は相手に移る。

・どの銃を使うかは発射権を得るたびに選択する。

・途中退場はおろか、この話を聞いた時点で逃げることは不可能──なぜなら、上の階でサインを書いた紙が"ゲーム"の契約書だったからだ。逃げ出そうとしたらタレットに三死するまでハチの巣にされジ・エンド。残されたものは勝者となる。

・散弾銃を打つ以外で相手を攻撃しようとしたり、相手の銃撃を避けようとした場合も、タレットに三死するまで撃ち殺される。

・使えるのは今この場にある散弾銃だけ。

・ギフト──生粋のHell地獄住民が稀に持っているやべー能力。もちろん俺は持っていない──は使用不可。

・相手が三死すれば勝利。

・勝者は賞品として事前に老人に伝えた望みの品をもらえる。料金は相手の死。

・まったくもってふざけた話だと思わないか?


『さて、少々長くなってしまったが理解できたかな?』

「面白くない冗談だぜ爺さん」

「マジさ」とバンダナ「俺はついさっきまでそれ見てた、いや、見せられていた」

『そういうことだお客さん。なあに、やってみれば単純なゲームだ』

「そういうことじゃねえよ」

 バンダナは黙ったまま、視線をジッと銃に落としている。何を考えているかはわからない。

「どうにかならねえかな」と俺。

「逃げられるか試してみるか?俺はごめんだね」バンダナは相変わらず目を合わそうとしない。

「ふざけやがって……」

 とんでもないことに巻き込まれちまった。

 どうするべきかを考えようとしたとき、バンダナが右手で左腕を隠し続けていることに気がついた。はじめは無意識の仕草だと思っていたが、ヤツの視線が一瞬俺の腕に向かった時、ひらめきが走った。

「なあ、あんたは何死してるんだ?」

「は? あぁ? 教えるわけねえだろ!?」

 バンダナは一瞬だけ俺の顔を見てそらし、逆に挑むように睨みつけてきた。動揺を隠そうとするかのように。

 間違いない。ヤツはすでに一死以上していてそれを隠そうとしている。

『それでは時間も惜しい。始めてもらおうじゃないか。先行は──』

 三本の散弾銃がコマのように回転。次にサイコロが転がる音。

 こんな場でなければ洒落ている演出だと思えたのだがな。

 音が止まると同時に散弾銃が銃口をこちらに向けてピタリと止まった。

『先行はタイヤ2本を所望のお客さんだ。さあ、楽しんでくれたまえ。ゲッゲッゲ』

 バンダナはじろりと俺を見て、それから三本の銃に視線を向けた。

 ヤツは前の"ゲーム"を見ており、どう進むかを知っている。もしかしたら必勝法とまで言わなくてもコツをつかんでいるかもしれない。

 俺はさりげないジャブを入れて情報差を埋めようと試みた。

「ちなみに前のやつはどうやってケリが付いたんだい?」

「うるせえ」

「そんなつれない態度取るなよ。恨みっこ無しなんだろ?」

「……後攻の野郎が一発目で長いやつを選んだらまさかの大当たり。哀れな相手は一瞬で強制労働所行き。それだけさ」

 バンダナは吐き捨てるように言い、長い散弾銃を手に取った。

 震える銃口の中は光の一切が差さないトンネルの様で、この先の運命をあらわしているように見えた。

 銃口の向こう側で、バンダナの殺意のこもった黒い眼と視線が合った。

 カチッ。

「クソッ!」

 バンダナが散弾銃を置くと、再び全ての散弾銃がコマのように回りだし、こんどは俺の方にケツを向けて止まった。

『グググ。残念じゃったのう。ま、そうそう弾は出ないでの。さ、後攻の番だ。じっくり選んでくれたまえ』

 俺は気を静めようと長く細い息を吐いてから、いったん思考を整理させることにした。

 俺の考えが正しければ、すでにバンダナは一死あるいは二死している。なので長いものを選ぶ必要はない。

 短を二回か中を一回、どちらが最適解なのだろうか。

 短い散弾銃を手に取ってみる。見た感じ、どこにでも売っているような既製品の銃口をギリギリまで切り詰めたものにしか見えない。

 続いて中サイズの方。これも同じような感じ。奴らの話が本当だとして、一発の弾丸でツーアウトさせることができる銃なんてものはめったにお目にかかれない。ましてや一発でスリーアウトだと?老人は相変わらずニタニタと不愉快に笑っている。ふざけやがって。

 老人とバンダナはグルでただ俺をからかっているのか……いや、ヤツが演技をしているとは到底思えない。つまりこれはマジだ。

 短か中か。直感で短いほうを選択。確率は半分。銃口をバンダナに向ける。ヤツは目をそらそうとせず逆ににらみを返してくる。タフな奴だ。

 BANG! 初心者用拳銃程度の軽い衝撃。

 バンダナの左目が抉れ、左耳と頭部が弾ける。壊れた人形のように首から上を後ろに倒して動かなくなった。壁に新しい散弾の穴。

『ほっほー、やるではないか』

 俺は散弾銃を置き、ピクピクと痙攣しているバンダナの腕をつかみ、服の袖をめくりあげた。

 ビンゴ!三つあるドクロタトゥーのうち二つに赤いバツ印が付いている。つまりあと一回殺せば俺の勝ち。

 バンダナが超常現象的に回復したのは約一分後だった。

「くっそなんで俺がこんな目に──」バンダナが治ったばかりの頭を激しくかきむしる。

 血走る目で睨んできたかと思うと奪い取るように長い散弾銃を掴み、銃口を俺に向けた。

 カチッ。

「ちくしょう!!」

 バンダナは散弾銃をテーブルに乱暴にたたきつけた。

「来いよドレッド野郎!」

『流れは後のお客さんにあるかのう。ヒッヒッヒ。最後までどうなるかははわからないがねえ』

 老人の言う通り。流れがあるとしたらここで決めておきたい。あと一回。たった一回が遠く感じる。

 汗ばんできた手のひらを拭こうと腰に手を当てた。

 ジャケット越しに固いものが右手に当たる。その時ふとアイデアが浮かんだ。一見小さな鉄パイプのようにしか見えないそれは……。

「爺さん。ルールの確認だ」

 俺は両足をテーブルに乗せ、アピールするよう大げさに左手の人差し指をたてた。バンダナがいぶかしげな視線を俺に向けてきたが無視をする。

「む?何でも聞きたまへ」

 意識は右手に集中しつつ、悟られないように自然な声を作る。

「このゲーム。自分の番であれば、この場にある散弾銃ならのどれを選んでもいいんだよな?」

「そのとおり。ただし複数の銃を同時に撃つことはでき──」

「オッケイ」

 自分が出せる限界ギリギリの速さので右手を棒ガンへ。身体の上を滑らすように引き抜き、両足の先から見えるバンダナの顔へ先端を向ける。大まかな狙いは足をテーブルに乗せたときにすでに完了している。

 何が起きているかわかっていないバンダナの顔。全身に力をいれ、身体を固定。

 BANG!

 小さな散弾の塊が両足の先の間を抜け、テーブルの上を通り抜け、バンダナの眉間周辺をぶち抜いていく。

 短い悲鳴。飛び散る血。椅子ごと後ろに倒れるバンダナ。舞う埃。

 やったか。俺は棒ガンを突き出した格好のまま待った。10、20秒……

 テーブルの向こうに突如赤い光が浮かび、中からグロテスクな触手が現れる。

 触手はバンダナ野郎が包み込むように持ち上げ、光の中に消えた。スリーアウト、ゲームセットだ。

 俺は沈黙を貫いているタレットを見上げ、そして老人を見た。

「ほぉ」と老人が声を上げた。

「ルールは破ってないはずだが……?」と俺。

「ふむ、たしかに……」

 老人は顎を手で撫でながら考えるように視線を落とした。

 俺はゆっくりと姿勢を戻した。棒ガンを持った手はテーブルの上に。問題が起きたときにいつでもぶっ放せるように握ったまま。

 しばらくして、老人が口を開いた。

「ルールには沿っていることだし、有効ということにしよう」

「じゃあ俺の勝──」

「だがつまらん悪知恵は好かん。ペナルティを受けてもらおう」

 老人が言い終わると同時にタレットがけたたましく唸り声を上げた。慌てて棒ガンをタレットに向けたが、引き金を引くよりも早く轟音が鳴り響き──。

・・・

・・

 重い瞼を開けると老人が俺を見下ろして立っていた。

 何が起きたのかを数秒かけて思い出し、距離を取るように身体を起こして身構える。

「約束の車用燃料だ。持っていくといい」

 老人は冷めた口調でそれだけ言うと、背を向けて階段の方へ歩き始めた。

「おい!」

「今日はもう店じまいだよ。お客さんの必要としている量は入っているから安心したまえ」

 老人は歩みを止めず、やがて階段の向こうに消えた。

 残された俺はしばらくその場で様子をうかがっていた。これ以上何も起きる様子はなさそうだ。

 まず足元に転がっていた棒ガンを拾い、テーブルの上に置かれているジェリ缶の前に立った。ジェリ缶はどこにでもあるようなものだった。ジェリ缶を持ち上げると、たっぷりと液体が入っているような重さを感じた。

 出るか、上に戻ろうと考えたその時、地下室からテーブル以外のモノが一切なくなっていることに気づいた。

 残った空気は恐ろしく静かで冷たく、先ほどまで渦巻いていた熱気と狂気が嘘のように感じられた。

 背筋に冷たいものを感じ、せかされるように部屋を後にした。

 階段を登って先にも老人の姿はどこにもなかった。何の気配もない。死の臭いだけが残されている。

 俺は気の床を鳴らしながら速足で外に出た。

 目を差すような陽射しに目を細め、持ち主を失った二台の車を通りすぎ、ヒートの元へ向かった。

 ヒートに合図を出して給油口を開ける。流し込む前にジェリ缶の中身を確認するとこを忘れない。質の高い燃料特有のガツンと脳にくる臭いがした。この質ならば、満タンでなくてもしばらくは燃料の心配をしなくて済むだろう。

 燃料を全て入れ終え、ジェリ缶を脇に投げ捨てる。ドサッと砂にめり込むジェリ缶が墓標のように見えた。

 運転席へ滑り込むようにして座ると、

『お帰り。死んだのかと思ったわ』ヒートが言った。

「死んだよ。一回だけな」

 エンジンをかける。燃料メーターは満タンになっていた。

『ああもう、だから言ったのに』

「良質な車用燃料が満タン手に入ったんだ。あまり怒らないでくれよハニー」

『そうやって適当に生きてるといつか痛い目に合うわよ』

「だろうな」

 デススタンドの影を振り切るようにアクセルを強く踏み、滑らかに加速して道路に出て次の【√He66】へ向かった。

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