宅配便。/オレンジ11 への簡単な感想

 応募作品について、主催者フィンディルによる簡単な感想です。

 指摘については基本的に「作者の宣言方角と、フィンディルの解釈方角の違い」を軸に書くつもりです。ただフィンディルの解釈する方角が正解というわけではありませんので、各々の解釈を大切にしてくださればと思います。

 そんなに深い内容ではないので、軽い気持ちで受け止めてくださればと思います。


 ネタバレへの配慮はしていませんのでご了承ください。





宅配便。/オレンジ11

https://kakuyomu.jp/works/16818093075524929156


フィンディルの解釈では、本作の方角は北北西です。


これはフィンディルの想像ですが、いちかは母親が嫌いなのではなく実家が嫌いなのだろうと思います。

離れて暮らしていると実家の窓口は母親になりがちなので作中にていちかのヘイトは母親に向かっていますが、いちかは母親個人ではなく実家全体が嫌いなのではないかと想像します。

極端なことを言うと、実家の廊下の感じとか階段の感じとかも嫌いなんじゃないかなと思います。ちょっと汚いトイレのあの感じとかも。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いではありませんが。

何なら実家という括りにおいて、母親はまだマシまであるんじゃないかとすら思います。「余計なことをするな」と文句を言ってもいい程度には、どうしたものかと方針を考えてもいい程度には、いちかは母親のことを人として見ている。断絶するほど嫌いにはなりきれないのだろうと。

反面、これは全くの妄想ですがおそらく父親のことは明確に嫌いなんじゃないかとも思います。文句を言ったりどうするか方針を考えようという気にすらならないのだろうとも。いちかは父親に対して「次に顔を見るのは葬式のときでいいな」くらいに考えているんじゃないかと妄想します。それに比べて母親に対しては「次に顔を見るのは葬式のときでいいな」とまでは思えていない。

いちかが母親が贈ってきたものについてイライラして航に愚痴を言っているのは、嫌いになりきれていないからだろうとフィンディルは想像します。愚痴を言う価値があると思えている。おそらく父親については愚痴を言うことすら嫌なのではないかと妄想します。


そして作中でも触れられていますが、いちかが明確に実家嫌いになったのは親元を離れてからだろうと思います。

実家にいたころはストレスを感じていながらもそれがストレスであるとはっきり自覚できていませんでしたが、実家から離れることによって、それが形あるストレスとしていちかは認識するようになった。

そして特定の事象を形あるストレスとして認識するようになると、そのストレスに対して敏感になります。騒音を騒音と定義した瞬間、その騒音は大きなストレスに変貌する。


母親の言動についてフィンディルがもっともモヤモヤを覚えたのが

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「そうなの? スーパーで安くなってたから送ったんだけど。残念」

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でした。さくらんぼの贈り物の場面。

この日はいちかの誕生日の二日後ですので、いちかは誕生日の贈り物と思ったでしょう。そして母親としても「あの子の誕生日だし」という気持ちがあったはずです。なお配送にかかる日にちを考慮せずに誕生日に発送したのであろうところ、細かくて良い表現ですね。

なのでこのさくらんぼは、半ば誕生日プレゼントだと思います。誕生日プレゼントというわけではないけれど、誕生日にもちなんだ贈り物。

そのさくらんぼが傷んでいたのはともかくとして、半ば誕生日プレゼントを贈るときの言葉として「スーパーで安くなってたから送ったんだけど」というのは気遣いに欠けるように思います。実際そうだったとしても、そんなこと言わなくていい。それを言われた相手がどう感じるかというところに想像がいっていない。

誕生日プレゼントについて「安かったら贈りました」と表明されるのは、贈られた立場として文句を言いづらいこともあわせて、フィンディルはモヤモヤしました。


しかしこの母親の発言に対して、この時点のいちかは特に何も思っていないんですね。

「どこか他人事のような反応に苛々」というのは、ちょっと考えれば傷むのはわかるのに傷ませておいて平気な顔をしていることへのイライラが中心を占め、「安かったから誕生日プレゼントを贈った」との物言いについてはあまり捕捉していません。


そもそもさくらんぼが傷んでいると気づくまえ、いちかは

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 好物の思いがけない到来に、さっそく食べてみようと一つつまみ――タッパーに戻す。

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と、ちょっとワクワクしているんですよね。中身を確認してすぐにひとつ食べてみようとするのは、その贈り物が嬉しかったからに他なりません。厳密に言うと、嬉しいと感じることに疑問を呈していない。

まだこの時点のいちかは実家を明確にストレス源に認定していないことが窺える、優れた人物表現です。


一方、月日が進んだ正月の贈り物については、いちかは細かなことにひとつひとつイライラしている。

実家時代はお小遣いをくれなかったのに今になって金銭を贈ってきていることもそうですが、

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 驚いて封筒の中をもう一度見ると、裸の一万円札が入っている。

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いちかは一万円札が裸で入っていることを目ざとく気にしている。本作は一人称的な三人称視点なので地の文の語彙がそのままいちかの認識であるかはやや微妙ですが、少なくとも作品としてはあえて「裸の」を付け添えている。

ただこの一万円札は便箋と同封のかたちで封筒に入っているので、裸の一万円札かと言われるとかなり微妙なんですよね。ティッシュや懐紙に包んだうえで封筒に入れられていたら確かに丁寧なのですが、封筒に一万円札がそのまま入っていてもわざわざ気にする必要はないはずです。本当に剥きだしというわけではない。

なのですが、いちかは(今になって金銭を寄こしたのはもちろんですが)一万円札がそのまま封筒に入っていたことに対してもイラッとしたんじゃないかと想像します。少なくとも作品としてはそれを示唆するように「裸の」が付け加えられている。

おそらくこのお年玉がさくらんぼのときに贈られていたら、いちかはまぁまぁ喜んでいたのではないかと妄想します。「何で?」と疑問には思ったでしょうけど、まぁまぁ喜んでいたはずです。少なくとも「裸の一万円札」にまでイラッとすることはなかったはずです。

「半ば挑戦的な気持ち」によく表れていますが、特定の事象を形あるストレスとして認識すると自分からストレスを探しにいくようになっちゃうんですよね。自分からイライラしにいくようになってしまう。そしてもっと嫌いになってしまう。

そういういちかの変化が非常に上手く表現されていると思います。素晴らしい。


ちなみに母親が今になって金銭を贈った理由を言語化するのは難しいと思います。おそらく母親自身にもわからないと思います。何かを期待してとか、特別な思いがあってのものではないでしょう。強いて言えば、一緒に暮らしていないから、くらいのものでしょう。

ただ理由は曖昧だとしても「あー何かあるよね」と共感はできるはずです。贈る側としても贈られる側としても。

母親についてそういう表現ができていることも素晴らしいと思います。



と、いくつかフィンディルなりの解釈を述べたわけですが、総じて繊細だと思います。レベルが高い。

いちかの表現も母親の表現も繊細だと思います。フィンディルがこれまで読んできたオレンジ11さんの同様の作品のなかでは、もっとも繊細。

それは親と子の関係性を、人と人の関係性を、よりあるがままに描きだせているからだろうと思います。

本作はオレンジ11さんの狙いに反して、様々な意見や考え方が寄せられる作品となりました。オレンジ11さんは「この母親はおかしい、良くない」との意図で本作を書かれていると思いますが、そうではない受けとりをした読者も少なくありませんでした。

それが良いことか悪いことかと問われると、フィンディルは素晴らしいことと思います。とても良いことだと。

本来、価値観を異にする両者がいたとして、それを見た第三者の判断が10:0に分かれることはありません。5:5なり6:4なり7:3に分かれるでしょう。親と子のあいだのことならばなおさらです。第三者は第三者なりに、それぞれの価値観と立場と生き方に照らして判断しますからね。

そんな繊細な価値観の相違を“わかりやすさ”と称してあえて粗めに描いて10:0に分かれさせるのがエンタメというものです。

そのエンタメが身体に染みていれば読者が10:0に分かれないことに不安を覚えるかもしれませんが、親子を描く、繊細な価値観の相違を描くとなれば、5:5なり6:4なり7:3に分かれるのが自然というものです。本来の価値観の相違がそうであるように。

むしろ読者が5:5なり6:4なり7:3に分かれていることこそが、本作がいちかと母親とその関係性を繊細に上質に描けていることの証左だろうと思います。

ですのでオレンジ11さんが不安に思う必要はないと思います。むしろ良い作品が書けていると思っていい。様々な意見や考え方が寄せられていますが、そのなかに本作自体を否定するものは見られないはずです。


“毒親”を題材にしたオレンジ11さんの創作は新たなステージに移った。そのようにフィンディルの目には映っています。とても素晴らしい。



そのような観点で見たとき、フィンディルは航と亜希がとても気になりました。

両者は「この母親はおかしい、良くない」との作品表現の外堀を埋めるために配置された人物であるように感じられたからです。


航はジャッジ役です。いちかと母親のうち、どちらかが正しくてどちらがおかしいのかを半第三者の立場からジャッジする役。

航は恋人としていちかに同調を示して寄り添っているわけですが、これは作品としては「いちか以外も、母親がおかしいと思っているみたいです」というメッセージを出す効果があります。

亜希はお手本役です。お手本となる完璧な贈り物をすることで、母親の贈り物がいかにおかしいかを示す役。

亜希は凝り性でただ楽しくてやっているだけですが、これは作品としては「他の人はこんなにちゃんとしているのに、母親の贈り物はおかしいですよね?」というメッセージを出す効果があります。

いずれもいちか・母親以外の人物を配置して「この母親はおかしい、良くない」との作品表現の外堀を埋めています。

そしてこの両メッセージはかなり露骨であるように感じています。明らかにジャッジ役だし明らかにお手本役だと。


これは要は印象操作なのですが、真北エンタメ作品では当たり前のように行われています。

ヒーロー役がヒーローであるように感じられるように、悪役が悪人であるように感じられるように、作品主導で描写が配置されたり人物が配置されたりエピソードが配置されたりする。そして作者が意図したとおりの印象を読者に抱いてもらう。

それにより読書体験を作者が管理して確かな面白さを届けるわけですから、この印象操作はエンタメ作品においては当たり前で大事な技術です。


しかしこの技術、本作においてはノイズになっているようにフィンディルには感じられました。

5:5なり6:4なり7:3に分かれる繊細の価値観な相違を描いた“正解”のない作品においては、作者が望んだとおりの印象を抱くような操作はいやらしさとなってしまうことがあります。

フィンディル個人はいちかに共感を示しましたが、それとは別に航と亜希が外堀を埋める仕草を見て「作品としてはいちかに共感してほしいんだろうな」というメッセージを受けとってノイズを感じました。むしろこれが本作最大のモヤモヤまである。

母親に共感を示す読者もいました。そんな読者が同様のメッセージを受けとると「作品の意図とは正反対なんだろうけど」と思わないといけなくなる。それは本作を読むうえで負担となる。

まるで「この母親はおかしい、良くない」が“正解”であるように感じられてしまうんですよね。しかし本作に“正解”は似つかわしくないように思います。そういう方向性、そういうレベルの表現ではない。

本作の作品表現を考えるなら、“正解”の外堀を埋めるのはフェアではない。


もしかしたらオレンジ11さんとしては、いちかと母親だけでは「この母親はおかしい、良くない」という意図が伝わらないと思われたかもしれません。繊細すぎて、上質すぎて。

だから航と亜希を配置して外堀を埋めて「この母親はおかしい、良くない」という意図がしっかり伝わるような作品構成に仕上げたのかもしれません。それはエンタメ的な“わかりやすい”仕草です。

ただ航と亜希を配置しなくても、いちかに共感を示す人はいちかに共感を示します。そして航と亜希を配置しても、母親に共感を示す人は母親に共感を示します。残るのは「こう思ってほしいんだろうな」というノイズのみです。

あるいはいちかにも母親にも寄っていない人は航と亜希の印象操作を受けていちかに寄るのかもしれませんが、あえて本作でそれを行う必要性をフィンディルは感じません。

本作は人間模様、価値観の相違、それらがレベルの高い繊細さを伴なって描かれています。以前にも増してオレンジ11さんの人物表現は、レベルが高くなってきていると思います。細かいところもほとんど気になりませんでした。

そしてその表現のレベルの高さに、他ならぬオレンジ11さんがついていけていないように感じられます。この表現レベルにあった作品の見せ方ができていないように感じられます。

もう“正解”を用意するステージは卒業するころなのかもしれませんね。オレンジ11さんの“毒親”を題材にした創作は。

それを良しとするかどうかは、もちろんオレンジ11さん次第ですが。


航と亜希がいなければ北西だったかもしれません。

航と亜希がいるので、北北西とフィンディルは解釈します。

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