第4章 統治
第17話 公国
会議室は、緋色の柱の彫刻やら金色の繊細な装飾品やらで豪華に飾られた風通しの良い部屋で、中央には縦長の真っ白い机が設置されている。
今日は国内の反乱に備える会議ということで、ヒシアも会議室に呼ばれていた。オラスとネリーの隣に座って進行を見守る。
「そうですか……」
ソウンは会議室の一番奥の立派な椅子に腰掛けて、ユマインス連邦王国ニャンロアイ公国官吏長イーヴ・ベルショーなる褐色肌で目の細い男性の話に耳を傾けていた。
ソウンの隣ではルルナがニャンロアイ語での書記を務めている。また、ロイクは忙しく通訳をやっている。
「内乱の発生しやすそうな地域については、チェトが資料を分析中ですが、……」
ソウンは一旦黙った。澄んだ湖のような緑がかった青色の翼を持つチェトが、じっとソウンを見ている。
聞いたところ、チェトの仙力は、異様な記憶力の良さと、無言で意見を伝達できる能力だという。恐らく今、チェトはソウンに何か伝えた。
「……今現在、最も危険視されるのは、プラチュワン京より南に位置する地域の中でも──マウティム町の郊外、メイラス家の旧領内かと」
「貴殿がそう考えるのはどんな理由がおありかな、ソウン大公殿」
イーヴは重々しく問いかける。
「そうですね、まず、旧メイラス領の地理的条件を考慮するに──」
ヒシアは興味深く話を聞いていた。
てっきり、フウチャイたちはユマインスの言いなりになるかと思っていたが、よりにもよってソウンが大公として選出されたために、ニンゲンたちともそこそこ対等に話すことができている。少なくとも、一方的に物事を決められることはなく、反論する余地が残されている。
「では、その一帯を焼き払えば良い。ヒシア殿の仙力をもってすれば容易でしょう。そうすれば、森林に潜んでいる反乱分子を根こそぎ消せる」
うっ、とヒシアは少し体を強張らせた。ルルナが手を止めて心配そうにこちらを見ている。
ソウンは眉尻を下げて微笑んだ。
「確かに森林は、敵が身を隠すのにうってつけではありますが、大切な資源が豊富にある場所でもあります。焼いてしまうと食糧難を招きかねません」
「大した問題ではないですな。焼けば木々が炭になる。それを肥料とし、田畑として開墾する。むしろその方が食糧が豊富に手に入る」
「……あの面積を全て田畑に? 誰が耕すのでしょうか」
「無論、角性のフウチャイどもが」
「なるほど。かつて角性が僕たちに強いていたような、膨大な量の仕事を、今度は角性のフウチャイに背負わせるということですか。そうとなれば、それなりに反感を買う危険性を鑑みなければなりませんね」
「日々の暮らしを適度に貧しくさせれば、反乱を企む余裕もありませんでしょう」
ソウンはチェトと一瞬だけ目くばせしあった。
「適度、とはどの程度か気になるところですが、その話は後で。今は戦いの話をしましょう。……チェトさん、発言をどうぞ」
「はあい」
チェトは立ち上がった。頭の左側にまとめて結った碧色の長髪を揺らし、象牙のような艶めく瞳でイーヴを見据える。
「森を焼けば隠れ場所がなくなるのは確かですが、視界が開けるのはお互い様ですよ? あちらもヒシアさんの攻撃力を考慮に入れているでしょうから、森を焼くってだけではそんな大それた計画って程でもないかと。それと、象さんの行動範囲も大幅に広がっちゃいますね。メイラス家に象さんは五頭いると資料に書かれてました。焼くならその対策も考えないと駄目ですねえ」
因みにチェトはこれまでの会議やら何やらですっかりユマインス語を覚えてしまい、今では普通にニンゲンと会話できるほどだった。そのため通訳を介さずして、まずニャンロアイ語で話し、同じ内容を自らユマインス語で繰り返している。
チェトの言葉を受けて、イーヴはニンゲンの方を見た。
「……象というのはそれほどの脅威なのかね? ネリー少尉」
「はい。信じられないほどの力と知性を備えており、その巨体は兵たちに恐怖心を与えます」
「ふむ。しかしヒシア殿は象をものともせずに焼き払ったと聞く。クオム殿は拳一つで倒した上に、死骸を振り回して敵を薙ぎ倒したと」
「んー、それはですね」
ヒシアは軽く息を吐いた。
クオムはその軍功から城に部屋を与えられてそこに住んでいるが、近頃は飽きただの何だのごねていると聞く。今回も会議に呼ばれたのに、面倒だといういい加減な理由で怠けている。その内ふらりと一人でどこかへ行ってしまいかねない。
チェトは話を続ける。
「さっきも言いましたけど、向こうも炎の対策は当然しているはずです。クオムさんの対策もしてるでしょうね。お二人とも類稀なる強さの仙力を持ってますが、対抗手段が無いわけじゃないんで。逆にこのお二人にのみ頼るのは危険じゃないですか? もうちょっと真面目に考えましょ」
イーヴはムッとしたようだった。
「私が不真面目だと言いたいのかね」
「えー違うんです? 私てっきり……。だってイーヴさん、反乱するフウチャイのこと舐め腐ってらっしゃいません? そうでないなら尚更、お考えが足りなさすぎると思いますけど……」
イーヴは椅子を蹴って立ち上がり、憤った。
「口を慎みたまえ。私はユマインス国王アルノ様よりニャンロアイ公国の官吏長のお役目を賜った──」
「ちょっと落ち着きましょうね」
ソウンが口を挟んだ。
「イーヴさん。僕からチェトの非礼をお詫びします。許していただけないでしょうか」
「何を……」
「喧嘩しても話は進みませんから。ここは冷静に、建設的な議論をしましょうよ。ね?」
「……むぅ。致し方ない」
イーヴは不満そうに座り直した。
因みにソウンは己の仙力の登録を「仲良し」という名のままにしており、ニンゲンに説明を求められても「みんなと仲良くなれるんです」とだけ答えているようだった。そのためニンゲンたちはソウンの力の危険性を全く把握していない。
その後、様々な可能性を考慮した戦い方や、危険分子のフウチャイが使う仙力についてや、他の地域での反乱に備えた作戦など、様々なことが話し合われ、会議はお開きになった。
途端にルルナが物凄い勢いでヒシアの元まで走ってきた。
「ヒシア!」
「ルルナ。久しぶりになっちゃったわね。元気にしてる?」
「うん! ヒシアは? 疲れてない?」
「大丈夫よ。……そうだわ、ルルナ、仙力の調子はどうなの?」
「えっとね、自分の体はかなり自由に動かせるようになったんだよ。空気より軽くしてみたら体が浮いちゃって、天井に頭をぶつけちゃった!」
「あら、痛くなかった?」
「全然! それでね、俺、自分以外にも仙力が効くかどうかも試してるんだ。こっちはできるかどうか分かんないけど。まだ全然動いてくれないんだよね。でも頑張ったらできるようになるかも」
「そうなのね。あなたが楽しそうで私も嬉しいわ。応援してる」
「ありがとう」
ルルナはにこにことお喋りをしていたが、徐々に下を向いてもじもじし始めた。
「あのね、ヒシア」
「何かしら?」
「俺、本当は……」
ルルナが言いかけた時、会議室の扉がバアンと開いて、伝令の者が転がり込んできた。
「ご報告申し上げます! マウティム町に配属されているニンゲンが、複数名のフウチャイからの奇襲を受けました! また、近郊の丘陵地帯で、フェマ・メイラスを名乗る者が反旗を翻しました!」
恐らく会議室にいた全員がぎょっとした。
「え、早っ」
「こっちに戦略を立てる暇を与えないつもりですねえ。手をこまねいていては、被害が広まっちゃいますよ」
ソウンとチェトは複雑な表情をしている。ヒシアは二人に歩み寄った。
「ニンゲンに影響されすぎよ、ソウン。戦略など最低限でいいわ。だって私たちはフウチャイなのだから」
「ヒシアさん」
「師匠のことは私が引きずっていくから大丈夫。ルルナをお願いね」
「それはもちろん……。あの、ヒシアさん、くれぐれもお気をつけて」
「ヒシア、また行っちゃうの」
ルルナが遠慮がちに問うてくる。ヒシアはいつものように背伸びをして、ルルナの頭を撫でる。
「大丈夫。心配しないで」
今回だってきっと問題無いはずだ。力押しで負けるつもりはない。クオムやトゥイが一緒なら尚更だ。おまけにオラスやネリーまでいる。
初めて戦った時は精神的に参ってしまったが、今後はそんなことをしている暇はない。そんな半端な覚悟ではルルナを守り切れないと思い知った。だからもう、迷ったりしてはいけない。森一つを焼き払うくらいで動揺してなどいられない。
「必ず無事に帰るわ」
そう言って、ヒシアは足早に戦いの準備に向かった。
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